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小説
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小説
アベニコ。YPのある発言から妄想したネタ。
#FF14 #うちよそ
互いの硬さ
 「ねえねえアベル」
 酷く弾んだ声がアベルの角を震わせる。ゆっくり振り返れば満面の笑みのニコラスが期待を隠さずアベルを見ていた。ああ、かわいい。思わず口に出そうになったのを飲み込んでどうした、とぎこちなく笑みを返して返事をする。アベルの下手くそな笑みを馬鹿にせず更ににこー、となんとも緩い音が聞こえそうな笑顔を返してくるニコラスに不器用な心臓が高鳴りっぱなしだ。
 「あのねえ、アジムステップで聞いたんだけどあそこのゼラの人たちは、大好きを角をくっつけて伝えるんだって。アベルは知ってたの?」
 「? そうなのか?」
 「知らないの?」
 二人してきょとんと呆ける。アウラ・レンのニコラスが知らないのはともかくとして(同一種族とは言えレンとゼラでは大きく文化が違うのだ)アウラ・ゼラのアベルが知らないのはなんともおかしな話だ。その意味合いを読み取ったのか特に気にすることもなくああ、と手元のグラスを回しながらアベルが口を開く。
 「俺の一族は特殊なんだ。主な種族がアウラ・ゼラってだけで他種族からも大勢が混ざってる移動民族だったし」
 「そう言えばそうだよね。私の故郷にも年に3回くらいしかこなかったし」
 「だろ?色々変わった種族だったって未だに仕事先で言われるんだ・・・それは置いといて、その中でアウラ・ゼラの特性だけが飛び出してたら他の種族の住民がなじまないかも、っていう理由で色々なくなった風習もあるんだ。それは他種族も同じでミコッテ族の命名規則とかそういったものも含めてな。多分その角をくっつける、って言う奴もなくなった風習の一つなのかもしれないなぁ」
 当然新しくできた風習もあるみたいだけど、とアベルはくいとグラスを傾ける。お昼からお酒?とニコラスに顔を顰められて残念普通のジュースだと苦笑で返す。ついでに手元のグラスをニコラスに渡せばアベルの手からちびりと飲んで酒気がないのがわかったのかそのまま飲み始める。
 ああ、かわいい。今日何度目かわからない感嘆にアベルの頬が緩む。いつものさわがしいFCハウスの喧騒も悪くはない・・・いやかなり疲れるので御免被りたいな、と思い直す。それはさておき、ニコラスと過ごす穏やかな時間が酷く愛おしいと思う。
 恋焦がれて気が狂いそうになったこともある。嫉妬や欲望に荒れ狂ったこともある。二度と会えないかもしれないと、絶望したことさえあった。今でもたまにそうなりそうなことはあって、けれどもニコラスが飛び込んできてくれるから凶悪は衝動は今でもなりを潜めていてくれるのだ。
 本当に、好きだなぁ。口には出さず、膝の上へ座ったニコラスの髪をそっと梳く。お世辞にも手入れが行き届いたとは言えないその髪が好きだ。日焼けしてほんの少し指先に引っかかるのがとても彼女らしくて、好きだ。
 「ねえアベル」
 いつの間にかアベルの手からグラスをもぎ取ってジュースを飲み干していたニコラスが好奇心で輝かせた瞳をアベルに向けていた。なんとなく言いたいことがわかった気がして苦笑する。それでもきちんと思ったことは口に出して伝えたいニコラスだ、きっと理解したことはわかった上で告げてくるのだろう。
 「ちゅーもいいんだけど・・・角、くっつけてみない?」
 好きを伝える種類は多い方が素敵でしょう?そう言って立ち上がって、座り込んでいるアベルの両頬を手で挟み込む。鱗を撫でる手が心地いい。アベルのそれより小さくて、けれどもたこができているその手が好きだ。その手に自分の手を重ねながらニコラスを見上げる。
 「いいぞ。でもあんまり勢いよくしないようにな?俺の角硬いんだから、ニコの角が欠ける」
 「わかってるよ!じゃあ失礼しまーす」
 元気のいい声に苦笑する。こつ、と宛てがわれた音が角に響いて脳へ伝える。この風習が伝えられていなかったなのもあるが、他人とこうやって角を合わせるのは初めてだなとぼんやり考えた。
 その思考は、脳に直に響くような音で吹き飛んだのだが。
 「ッ!?」
 「ひゃあっ!?」
 ニコラスが擦り合わせた側の角を抑えながら飛び退いた。相当驚いたのだろう、尻尾の鱗が逆だって尻尾自体もびんと立ち上がってしまっている。それはアベルも同じで全身の鱗が逆だった。心臓がバクバクと全力疾走している。
 響いた音自体はよく聞くような在り来たりな摩擦音だった。それが脳内に響いた瞬間なんとも言えない感覚が過って気が付けばぞわりと身体が粟立った。愛情表現なんて生易しいものではなかった。一気に劣情を煽るような、そんな感触だった。
 それはどうもニコラスもおなじだったらしい。顔を真っ赤に染めて口をはくはくとうごかしていた。きっと間違いなく、アベルも同じ顔をしているのだろうけれども。
 「こ、これっ、だめだね!びっくりしちゃった!あは、あははは・・・」
 言い出しっぺだからか引き攣った笑みを浮かべながら乾いた声を出すニコラスにアベルは近寄ってしゃがみこむ。未だに角を抑えていたニコラスの腕を引っ張って、無防備になったその角に唇を近づけた。
 「あ、べる?」
 「明日、ニコラスは休暇だったか?」
 「・・・そ、うだよ・・・アベルも?」
 「いや、長期依頼が入ってる」
 上擦ったニコラスの声がえぇ、と驚愕に変わる。しかしアベルはそれどころではなかった。明日のことなどもうどうでもよくて、今はただ目の前の愛おしい女の事しか見えていないしかんがえていない。彼女が関わるとなりふり構わなくなると知っているのは果たして何人くらいなのだろうか。なにせ、本人にも自覚がないことなのだから。
 「明日なんて知らない。なあ、ニコラス」
 「・・・な、に?」
 「今夜、抱くから空けておいてくれ」
 日が沈むまでは耐えるから。それだけ言うとアベルは足早に家を出て行った。ああは言ったが恐らく明日の準備でもしに行ったのだろう。その背中を見送ってニコラスは暫く座り込んだまま立ち上がれなかった。別にご無沙汰という訳ではない。ただいつだってニコラスを求めてくるときのアベルはいいか?といつだってニコラスの返事を待っている。
 あんなにストレートに求めてきて、ニコラスの答えを聞かなかったのははじめてだったのだ。
 「・・・あ、アベル、ずるいよ、それ・・・ッ!」
 突然豹変した夫にニコラスが絞り出すよう呟いた。そしてなんとなく今夜がいつもよりも長い夜になりそうだと考えて今度は顔全部を真っ赤に染めたのだ。

 同じ表情を手で抑えながら違う部屋でしているアベルの事は気付かずに。畳む
小説
短編創作。おおらかな鬼の話。
#創作
灯送御前物語

 昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。

 ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。
 しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。

 鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。

 ところが。
 その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。
 村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。
 ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。
 「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」
 まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。
 この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。
 村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。
 鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。
 「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」
 呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。

 山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。
 やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。
 ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。
 しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。
 「でてこい!迎えがきたぞう!」
 その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。
 洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。
 「なんで・・・」
 「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」
 鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 鬼が次の日、また村へやってきました。
 経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。
 「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」
 「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」
 「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」
 こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。
 しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。
 「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」
 遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。
 「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」
 「は?」
 必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。
 「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」
 「ひっ!?」
 「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」
 「で、では生贄を・・・?」
 「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」
 村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。
 そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。
 「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」
 雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。
 やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。
 「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」
 「な、なんでしょうか鬼様!!」
 あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。
 「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」
 「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」
 「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」
 その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。

 とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。
 『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』
 雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。
 全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。
 「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」
 「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」
 そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。
 「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」
 村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。
 「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」
 いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。
 「では皆々様方、お手元の提灯を」
 言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。
 ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。

 ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。
 やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。
 
 ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。
 その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。
 「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」
 鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。

 村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。
 この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。
 黄泉之灯送御前(よみのひおくりごぜん)。親しみを込めて、おくり様、と。


 今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む
小説
ちょろっと事後描写あり。直接描写はない。
#現代組 #うちよそ #R15
まあお決まりと言えばお決まりのパターン
 「じゃあせんせーのデビュー戦勝利を祝ってかんぱーい」
 「か、乾杯」
 ごちん、と鈍い音を立てながらビール缶同士がぶつかる。適当に買ったつまみだのジャンクフードだのをあたりに広げて雫月は目の前の男にへらりと笑いかける。長身を縮こまらせるように座った男は彼の大学の非常勤の講師だった。名前は浅霧十鵲。変わった名前だったから妙に頭に残っていた。
 何故講師の彼が雫月の下宿先にいるかというと話は数時間前に遡る。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 「あれ、先生ちゃう?」
 趣味のサバイバルゲーム会場にて、友人の相田雄輔の間延びした声に雫月が目を瞬かせる。あれ、と指さされた方を見ると確かに見覚えのある姿がそこにはあった。
 「なにしてんだろこんなとこで・・・ってまー普通に考えりゃサバゲーだよな」
 「そうやったとして意外すぎへん?・・・佐辺君、またなんかしたんちゃうの?見かけたから追っかけて来たとかありそうやん」
 「いや何もしてねぇ、じゃなくてあいちゃん俺をなんだと思ってんの?」
 「問題児」
 「割と真面目に生きてんだけどなぁ」
 雄輔の冗談(?)に苦笑で返して雫月が歩を進める。行き先がわかった雄輔は苦笑を一つこぼしてその後ろについて行く。
 難なく人混みをかいくぐり、目的の人のすぐ隣まで行ってぽんと軽く叩く。
 「こんな所で何してんすか?せーんせ」
 返事の代わりにじゃこ、と鈍い音が響く。雫月が固まり雄輔が焦ったように目の前の銃口をずらしてくれた。
 「浅霧先生、人に銃口向けたらあかんって」
 「・・・えっと、どちら様でしょうか」
 雄輔が絶句する。まあ非常勤だし覚えてなくてもしょうがねえな、と無理やりそう思うことにして雫月はあんたの生徒ですと頬を引き攣らせた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 「いやほんとせんせ人の事覚えて無さすぎでしょ」
 けたけたと笑う雫月に十鵲が気まずそうにビールを口に含む。雄輔は別の用事が有るからと先に別れたため今はいない。さっき謝ったじゃないですか、と拗ねる姿に雫月の中の十鵲の印象が崩れては組み直される。
 同じ講座を受けている友人も雫月も彼に対して何を考えているのか分からない、少々気味の悪い講師だった。素性もしれないし最低限の会話しかしない。余り関わりたくない類の人間である、と言うのが彼への第一印象だ。
 しかし喋って見れば結構すぐ拗ねたり、デビュー戦の反省点を言えば次はこうすると負けず嫌いを見せてきたり。雫月の冗談に本気で驚いたり少し笑ったりと、かなり感情豊かだった。何より自分が興味のあることに対して饒舌に喋るのだ。聞き心地のいい声とまとまっていてわかりやすい話し方に雫月も思わず踏み込んで質問をして、と会話が途切れなかった。
 時計が日付を超えたあたりで、雫月は十鵲に声を掛けようとした。2人で相当飲んだし、終電も無いだろうから泊まっていけと言うつもりだった。現にそこそこアルコールに強い自分が目を回している。結構早い段階で顔を赤くしていた講師1人追い出すのも気が引けたのだ。
 その言葉は、十鵲の唇でせき止められた。
 酔ったらキス魔になるタイプなんだろうな、と緩く考えていた雫月はしかし次の瞬間長身に押し倒されて組み敷かれる。
 「ちょ、せんせ?」
 退いて、と薄くは無い胸板を押し返す。しかし熱に浮かされた目はずっと物欲しそうに雫月を見ていた。こくり、と喉が鳴る。どちらのものかは分からない。まずいと訴えていた理性は十鵲の熱とアルコールに当てられて溶かされる。
 やがて十鵲が雫月の唇を再度塞いだ。大きな手が雫月のシャツの下に潜り込んで、そして。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 雫月はぱち、と目を覚ました。薄ら寒いのは服を着ていないからだし腰が痛くて下肢がベタつくのはまあつまりそういう事なんだろう。思ったよりダメージねえな、と思いながら煙草に手を伸ばす。誰かと寝た後の習慣だった。身体に回された長い腕が少し邪魔だった。動いたからか引き込むように腕に力が込められる。跳ねている髪を梳いたのはなんとなくだった。
 薄らと十鵲が目を開ける。素っ裸の雫月を見て跳ねるように飛び起きた。
 「・・・」
 「おはよ、せんせ」
 鬱血と歯型だらけで、しかも掠れた声の雫月と下着だけしか着けていない自分の状態で全て察したのだろう。
 「・・・すいません、でした・・・ッ!」
 下着1枚で土下座された。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

 雫月がシャワーから出ると十鵲が抜け殻のような顔でテーブルに簡単な食事を並べている光景に目を白黒させる。
 「え、何。つか材料とかなかったよね?」
 「買ってきて作りました・・・」
 「別に帰ってよかったのに」
 「帰れるわけないでしょう!?その、無理させましたし・・・」
 あっけからんとした雫月の言葉に十鵲が目を剥く。その直後目に見えて落ち込んだ講師にわかりやすいなぁと苦笑した。
 「まあせんせーは気持ちよかったかも知んないけど俺全然イってねえし、あちこち痛いし」
 「う」
 「中出しされたし、俺処女食われたし」
 「・・・すいませ」
 「でもメシ作ってくれたし、それでチャラでいーよ」
 は?と思わず十鵲が素っ頓狂な声を出す。並べられたサンドイッチをひとつ摘んで口に放り込む。自分の為に食事を用意されたのはいつ以来だっけと考える。
 「下手くそだったけどね」
 よかったね、女の子じゃなくて俺で。大ダメージを受けたのか崩れ落ちた十鵲に雫月は嘲笑ではない笑みをひとつへらりと零した。

 その後、
 「わ、私も童貞でしたからね!?」
 と言うとてつもなくどうでもいい十鵲のカミングアウトに雫月はものすごく生ぬるい眼差しでそっかぁ、と呟くのだった。


 「なんですかその目は!!」
 「いや、初めてなら下手くそでもしょうがねえよ、うん」
 「慰めてるんですか!?貶してるんですか!?」畳む
小説
TRPGのPCじゃない、診断やら話の流れで生まれたやつら。基本現代日本。現代組とでも銘打っておく。
佐辺雫月の話
#現代組
既に凍えて死んでいた
 「佐辺ー今日って暇か?」
 「残念、バイトでーす。また誘ってー」
 級友に片手を上げて軽く返した雫月はスマホ端末に記載された日時を視界に入れてため息を付いた。ほんの少しの哀愁を苛立ちの中に混ぜ込んで飲み込む。
 十二月二十四日。世間ではクリスマスムード一色だ。その中を一人バイト先へ足を進めることにもう何も思わなくなった。ただイルミネーションが目障りだった。

 佐辺雫月はクリスマスを筆頭に、カレンダーに記載されている行事が軒並み嫌いだった。人といるのが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。しかしイベントが嫌いだった。
 昔は人並みに心が躍っていた気がする。父と母と、三人で過ごす日だとずっとずっと楽しみにしていた。正直な話、サンタクロースという存在を信じていたわけではない。いないものだと割り切った上で両親と過ごせる時間が好きだった。翌朝置かれているプレゼントよりも、自分がプレゼントを抱えて笑ってくれる二人を見れるのが大好きで嬉しかった。
 事故だった。居眠り運転で信号を無視し突っ込んできたトラックが、二人が乗っていた車に衝突した、と言うことを知ったのは雫月が高校に上がって暫くした頃だった。即死だったらしい。当時患っていた祖父母では雫月を引き取ることができず父方の兄夫婦のところへ引き取られることになった。
 二人が雫月の前から消えたのは奇しくも彼が小学校二年生の、クリスマスだった。

 叔父は家にいることが少なかったものの、自分の兄弟の子どもということで気にかけてくれていたとは思う。しかしその妻が雫月を邪険に扱った。自分の子をあからさまに贔屓し、事あるごとに優劣をけては貶す。両親の遺産にこそ手を出さなかったものの、そこから雫月の学費と生活費を出す。授業参観は当然来ないし、運動会は離れたところで一人でコンビニ弁当を食べていた。それだけではなく、毎日の食事も出たことはない。叔父がいるときは大体外食だったし、そこから出た雫月の分だけ遺産から引いていたのを知ったのは家を出る直前だった気がする。
 幼心なりに、雫月もこの人の子供じゃないからと理解していた。だからその年から自分の一年の中に誕生日も正月も、クリスマスだって無くなって当たり前だと思っていた。違うとこの子供なんだから好きになってもらえなくて当然だと、必死で思い込んでいたような気がする。

 完全に決別したのは高校二年の冬だった。きっかけは雫月があまり喋らなかった(というよりは避けられていた)叔母に両親の死因を聞いた時だった。
 「義兄さんも義姉さんもぐっちゃぐちゃで汚かったわよ。あんたのクリスマスプレゼントでも買いに行ってそうなったんじゃない?車に壊れた玩具が乗ってたらしいし。あっやだ、これあんたがいたせいで死んでない?」
 あんたがいなきゃ、二人共生きてたかもねえと嘲笑する叔母を、雫月は感情に任せて暴力を振るうことも言い返すこともしなかった。ただ、ありがとうございました。その一言だけ言ってすぐに離れた。叔母は気味悪がっていた。
 感情が停滞する。そんなことがあるのかと雫月はどこか他人事のように関心していた。本当なら、それこそこれまでの不満ごとあの女にぶつけても良かったはずなのにそれすらする気力がなかった。一瞬たりとも自分はこの人たちの家族になれていなかった事実と、叔母の話した事実が雫月にほんの少し残った希望も砕いて行く。
 「俺の、せいか」
 凪いだ心でただ、それだけを呟いた。

 そこからは早かった。県外の大学を奨学金で進学し、高校の間ひたすらバイトを掛け持ちした。あの家にはほとんど寄り付かなかった。年齢をごまかして夜中まで働いて今後の貯蓄を蓄える。世間に出てから必要なことを勉強の合間に頭に叩き込む。その頃になると雫月はクラスメイトと遊ぶこともほとんどなくなっていた。必要最低限の物だけ残して全て売り払い、遺産に関しては叔父に相談し世話になった分と少ないながらも半分はあの家に送ることにした。そして一言「これまでお世話になりました」と言って雫月はあの家を出た。返事はなかった。

 悴む両手を無造作にポケットに突っ込んで、雫月は次のバイト先へと足を進める。別に金には困っていない。ただこの日持て余してしまう時間に困る。友人たちも大抵イベントで盛り上がっているのだろうが、もうその輪に入りたいとは思えなくなっていた。

 どうせ明日は休講だし、ぶっ倒れるまで働いておこう。昔を思い出して凍えてしまわないように。
 鮮やかなイルミネーションを睨みつけながら、雫月は次の仕事の内容を無機質に繰り返し思い出していた。畳む

小説
CoCシナリオ「オールドメン・アクト・ライク・エンジェルズ」のネタバレがある。後日談。
#CoC #ネタバレ #上田剛 #メンジェ
貴様の矮小な罪悪感など断罪も救済もするに値しない

「判決を言い渡す」

時折遠くなる音の中、無罪と言われた瞬間どこか萎えて無感動になる自覚を抱えたまま、上田は弁護した相手の罵倒を聞き流した。嘘つき、勝とうと言ったくせに、etc.

その一切合切が途切れ途切れに聞こえて、感情に何も響かず、ただ淡々と頭を下げて申し訳ありませんでしたと熱すら込められない謝罪を吐き出した。

 *

自首しよう、そう覚悟した頃には全てが終わっていた。奇天烈も通り越した、口にするのも忌々しい格好で、恐怖と不愉快の全てを入り混ぜたようなあの空間で起こった出来事を夢と切り捨て、流れたニュースで現実だと思い知ったのはかなり早い段階だ。四十年も続いただろうあの悍しいカルトそのものの出来事が自分の白昼夢ではなく現実にあったものとして再認識した瞬間思わず頭を抱えて半日程動けなくなったくらいだ。

それでも、そんな上田の心象もお構いなしに日常は過ぎていく。何度も自首しようとか、人をあんな惨たらしく殺した自分が誰かを弁護士するなんてちゃんちゃらおかしいと自嘲しても、あれはしょうがない事なのだと、そうしないと自分が死んでいたかもしれないと言い聞かせても無駄だった。許されたくて裁かれたくて、けど誰も、共に巻き込まれて行動した二人の男達以外は上田が何をしたのか知らないから誰にも吐き出せないまま、一ヶ月を無理やり過ごした。

 *

お前最近様子おかしいぞ。長めの休みやるから病院行ってこい。

事務所長からそう言われて一週間の休暇を言い渡されて上田はしどろもどろになった。

耳がおかしくなった自覚はあったが、それでも依頼人や裁判官、相手の検察や別の弁護士の口元を見ていれば聞こえない事を差し引いても答弁は出来ているはずだ。証拠は揃えても裁判に負けるのはよくあることで、上田自身の戦績は良くも悪くも普遍的で、病院に行けと言われる程ではないはずなのだ。それを所長に伝えても取り付く島もなく強制的に休まされ、挙げ句の果てに病院まで本当に紹介されてしまった。あの件もあり何がなんでも行きたくなくて抵抗したが恩人に困り顔をされてしまったら上田は何も言えなくなってしまったのだ。

紹介された病院はいくつもの科を抱えた大型の病院だった。それがあさひのクリニックを、藤堂医院を思い出させて腹の底から苦いものが込み上げる。耳鼻科で診療されてから心療科へ回される。細かい事は聞き流す、というより普通に聞こえづらかったので理解などほとんど出来やしなかったが、どうやらストレス性の難聴らしかった。

「何か、悩みでもあるようでしたらカウンセリング等もしてますけど、どうされます?」
「……いや、いいです。大丈夫なんで」

そうですか。それだけ言うと深くは踏み込まず処方する薬の説明に入ったことに安堵した。

会計もそこそこに逃げ出すように病院から飛び出す。あの、清潔感に紛れた薬品臭さから逃げ出したかった。脳裏に鮮明に映るのは自分が轢き殺した、否すり潰した男の最後の顔と、ドリルの先からわずかに溢れた血の色と。そして逃げて見ないようにしていた、重機の下の人体とも言えない肉片。

「あれ、上田さんじゃん。纐纈さんと待ち合わせでもしてたの?」

は? と思わず顔をあげる。色付きのメガネと、まだ冷えるのに有名な菓子のイラストがプリントされているふざけたTシャツ。老木とそのすぐ隣には助けてくれ、と言わんばかりの顔をした纐纈がいた。
 


「はえ〜上田さんも体調不良だったの。大変だね〜」

どうしてこうなった。知るか俺に聞くんじゃねえ。

視線だけで纐纈と簡単なやりとりをして、目の前で何故か二人前頼んだパフェを見てえぇ〜? 俺甘いものの気分じゃなかったのになんで頼んだんだろ? と首を傾げながら口に甘味を運んでいる。

再会してからは早かった。何が早かったと言えば老木の動きがだ。元々とっ捕まっていた纐纈はもちろん目の前にいたのが老木だと認識した瞬間回れ右をした上田を容赦なく引っ捕まえて感動の再会〜、等ふざけた事を言いながら近くの喫茶店へ連れて行かれた。一人で思うまま注文していく老木に難聴の上田、ほぼ治っているとは言えチック症の纐纈にストップをかける余力はない。おっさん三人が顔を突き合わせて、そのうち一人は淡々とパフェを食べている図に一ヶ月の苦悩も少し馬鹿らしくなる。

「あ、これ上田さんの奢りね。弁護士さんって儲けてそうだし」
「あ? ……あ!? バカ言うなギリギリで生きてるわ!」
「えぇー……宛にしてたのに。じゃあ纐纈さんは? タクシーの運転手さんなんでしょ?」
「……ざ、んねんながら、今月はや、休んでて余裕、な、いな」

渋面でそう答える纐纈にええぇ? とさして残念そうな顔もせず呻いて、しかしまあいいやと再びパフェに口をつける。その隣にフライドポテトの山やらチキンステーキやら山盛りになっているのだが、それらを食うつもりなのだろうか。このトンチキな男は。上田の視線に気づいた老木はわざとらしく体をくねらせていやん、と気持ちの悪い声をあげた。

「何? 俺の事そんなに好き?」
「……? は!? バカ言ってんじゃねえよ気持ち悪ぃなお前! そんなに食えんのかって思っただけだ!」
「え? 食べたかったら食べてもいいよ? それ二人のだし」
「そ、んなに、食える、か、!」
「一人で食え!!」
「えーしょうがないなあ」

しょうがない、で済むのだろうか。そのまま一人で何事か喋りながら一人で注文した料理の山を消費し始める老木に、耳が聞こえないからと言い聞かせて上田は無視した。纐纈も同じ選択をした。
 


案の定、食べすぎた老木が苦しい〜動けない〜とごねたので二人で抱えて拾ったタクシーに詰め込み、彼の住居の近くらしい場所まで送る。なんでこんなことをしているのか、と上田が一瞬虚無に襲われる。

「ほえー、上田さんってこの事務所なんだねえ。纐纈さんはあのタクシー事務所なんだ。なるほどね、タクシー頼むとき指名するね」
「は?」

素っ頓狂な纐纈の声で我に帰る。いつの間にくすねたのか、老木の手には二枚の紙片がつままれていた。二人の職業用の名刺だった。

「お前こら返せ! 普通に窃盗だぞそれ!!」
「名刺って人に渡すためにあるからいいじゃ〜ん」
「あ、んたに!渡したお、覚えはない、ッ!」
「じゃあちょうだい? オッケーオッケーありがとー」

のらりくらりと躱してへらへらと笑う老木に纐纈が食ってかかる。上田も文句を追加しようとして、ふと冷静になる。

「あんたら、俺が何したか分かってこんなことしてんのか?」

ぽろりと溢れたのはそんな言葉だった。老木がキョトンとし、纐纈は吐きかけた溜息を止める。いや、わからないならいいと続けようとした上田の言葉をわざとかそれともたまたまか、どちらとも読めないタイミングで老木があぁ! と声をあげる。

「あれだよね、院長ブチっとやったやつ! あれかっこよかったよね〜」
「は……?」

ドリルギュイーン、ってさぁ。からから笑いながら不謹慎もいいところの発言を繰り出す老木に上田が固まる。察したらしい纐纈が軽くポンと肩に手を置いた。

「あ、の時は、あんたの行動が、さ、最適だった」
「何が、だ。俺は殺したんだぞ?」
「さんざ、ん。人を、巻き込んで、じ、自分たちだけ、栄えてきたに、人間、だ。酌量の余地ありじゃ、ないか、?」
「そーそー、と言うか上田さんがやらなきゃどのみち無理ゲーだったでしょあんなの。俺か纐纈さんがやってたよ」

ノーカンノーカン、と軽く言う老木に纐纈があんたは不謹慎すぎだ、と勢いよくど突く。いったぁ! と悲鳴をあげる老木の声を聞きながら上田はそうじゃないと言おうとして、やめた。なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。何が、とは言わないが。
 
許しが欲しいんじゃない。裁かれた上で許されるまで償わせて欲しかったんだ。
けど到底、俺が願っても叶うことはないらしい。畳む
小説
自探索者小噺 シナリオのネタバレはありません。
#CoC #不破碧
何でもない日のエトセトラ
あら碧さん、と呼ばれて私は振り返る。今担当している患者の鈴木さんがニコニコしながら車椅子を動かしていた。

「ああ、私が押しますから」
「すまないねえ、いつも助かるよ」

人好きのする笑顔を浮かべながら私を見上げる鈴木さんはもうすぐ退院だ。碧さん、碧さんと私を呼ぶ声はいつだって優しくて、その声がもう聞けなくなると思うとほんの少しだけ寂しい。けど、患者さんが良くなって日常へ送り出すのが私の仕事だと思えば嬉しさのが勝った。

「それでね、今度孫が生まれるの。この病院に入院するんですって」
「そうなんですね。鈴木さんとは入れ違いになってしまいますね」
「そうねえ。けど元気になれば私から会いに行けるから」

初夏の風が生ぬるさを孕んで私たちを撫でていく。少し汗を書いた鈴木さんの額を拭いながら退院後の楽しみですね、と頷くとそれはもう嬉しそうにそうなの、と弾んだ声が帰ってくる。

「それに、碧さんにも会えるでしょう?」

その声に思わず呆気に取られた。私は看護師で、鈴木さんは患者で。私は患者さんを大切に思うし患者さんは私たちを頼るけど、結局のところはビジネスライクだと思っていたから。

ぽかんとする私を見上げながら鈴木さんは柔らかい笑みで深く頷いてくれた。

「碧さんには怪我をしてから本当に良くしてくださって感謝してるの。それにね、うちは娘夫婦も息子夫婦も共働きでお見舞いは難しいって聞いてたから寂しいんだろうなって思っていたの。けど、碧さんは休憩時間でも私を見掛けたら声をかけてくれたでしょう? そのおかげで全く寂しくなかったのよ。勝手に私の娘だと思っちゃったくらい」

ころころと転がす様にそう言ってくれた鈴木さんは、とても優しい顔で。私はうっかり、ぽろりと泣いてしまったのだ。

* 

「そんな事もあったわねえ」

休日の少しおしゃれな喫茶店で、私の大好きな声がころころと笑う。

「その節は驚かせてしまって本当にすいませんでした」
「いいのよ、嬉し泣きって聞いた時は私だって嬉しかったんだから」

患者さんから年上の友達に変わった鈴木さんはあいも変わらず柔らかく笑ってくれる。
 
鈴木さんご一家とはなんのご縁か、私が当直の日の夜に娘さんが産気付いてスタッフが少なかった事もあり助産に関わった。双子の赤ちゃんを抱きしめながらありがとうと言ってくれた娘さんの泣き笑いが鈴木さんそっくりで、思わずもらい泣きして目を腫らしながら家に帰ったっけ。

そんな話をしながら、鈴木さんはふと思いついたような顔をした。

「そういえば、碧さんご結婚は?」
「お恥ずかしながらまだ、そういう人はいなくて……」
「そう……ねえ、もし良かったら紹介しましょうか?」

私の弟の息子なんだけれども、真面目な人なの。あなたを幸せにとは行かなくても苦しい時は一緒に頑張ってくれる子なの。
どうかしら? と聞かれて私はきょとんとした。一瞬遅れてそれがお見合いの話だと理解する。

頭に過ったのは、ぼんやりとしてるのに美味しそうにご飯を食べる顔。

「ごめんなさい、お気持ちはとても嬉しいんですけど大丈夫です」
「あら、そう?」
「はい。ちょっと、気になる人がいるから」

私の言葉に今度は鈴木さんがきょとんとして、それは素敵ね、大切にしてねと笑ってくれたのだ。畳む

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