藤堂明彦とフィンセント=スカイグレイのPM12:16

「やあ、来たよ」
「だから連絡……誰だアンタ」
「オレが聞きてぇよ……」

 例によって鮫島が連絡も取らずに清水邸へやってきた。いつもの文句を言おうとして、見知らぬ顔に明彦はぽかんと間抜けな顔をする。自分よりは年上だろう赤毛の外国人に知り合いはいないよな、と思ったところで背後から耳を劈く声が轟いた。

ーーーーーーー!!?!??お前!!!なんでここにいやがる!??!?!?!」

 なぜかスリッパを両手に持ち威嚇しながら叫ぶウィリアムの声に明彦はもちろん目の前の赤毛の男も耳を閉じる。鮫島だけが面白そうに眺めていたが、彼女を認識したウィリアムの目がぎょろりとそちらを見て吠えたてる。

「ニーナお前か!?こいつ連れてきたの!!」
「そうだよー、フィンくんにご飯をご馳走しようと思ってね」
「連れてくんなよ!!!かえ……むぐっ!?」
「ウィルさんうっさい、ちょっと静かにしててくれ。ややこしくなる」

 ウィリアムの口に朝顔用のビスケットを押し込み黙らせながら帰ろうと鮫島と格闘する赤毛の青年に声かける。

「……取り敢えず、どちら様で?」
「いや、大丈夫。帰るから」
「ここの最寄りのバス次来るの一時間後だよ。今帰るのおすすめしないなぁ」

 明彦の質問は無視され、しかし帰ると一点張りの青年にまるで脅しのような鮫島の言葉が内容と噛み合わない呑気さを纏って吐き出される。
 青年はまじかよ、と肩を落とした。

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 ことことと音を立てる鍋を眺めながら明彦はちらりと背後を見た。酷く居心地の悪そうな青年の目の前でウィリアムと鮫島が作品が掲載されている冊子を囲んで評論している。と言ってもウィリアムの評価は最終的に自分の作品が一番という自意識過剰まみれのセリフしか出てこず、最初面白がって茶化していた鮫島も飽きたのか自分の好き勝手に評価している。傍から聞いていれば会話になっていない言葉の応酬に頭がおかしくなりそうだ。事実赤い髪はうろたえるように時折すこし揺れている。

「……フィンセントさん、ちょっと」
「? オレか?」

 大騒ぎする芸術家二人を尻目に明彦が小声で青年の名前を呼ぶ。青年基フィンセントは何故自分が呼ばれたか分からず、しかし目の前の頭がおかしくなりそうな二人の会話を聞くよりマシかと明彦の方へ寄って行く。
 近づいた途端ん、と渡された小皿に目を白黒させる。

「なんだ?」
「あの二人泥でも食いそうだし、あんたに味合わせる」

 味見しろ、ということらしい。断ろうとしたが鼻をくすぐる匂いに思わず腹がくぅと鳴る。気まずかったが眼前の白い男は笑うことなくずっと小皿を差し出しているのでまあ、と受け取って一口それを飲み込んだ。
 煮込んだ野菜特有の優しい甘味と、これは肉の旨味だろうか。舌を滑っていったそれに思わずうまいと呟けばそうかと目の前の白が再び鍋の方を見る。釣られて視線を向ければ黄金色のスープにキャベツの塊が沈んでいた。

「ロールキャベツか……?」
「晩飯のつもりだったんだけどな。鮫さん、いっつも突然来るから変更した」
「……オレそのつもりじゃなかったし、別に」
「いーよ。アンタ連れてこられただけなんだろ?後でイヤミは鮫さんに言うから気にすんな」

 もうちょっとでできっからこっち座ってろよ、とソファではなくテーブルの方を勧められて、のろりと座り込む。えらくしっかりしたガキだなと、フィンセントは上の空そんな事を考えた。

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 目の前に並んだ料理にフィンセントはは?と口をぽかんと開けた。
 一人二つずつ並んでいるロールキャベツに、目の前の大きな耐熱容器にはチーズがふんだんに使われたパンキッシュ、綺麗な皿とシルバーが丁寧に並べられている。これを用意したのはお世辞にも(自分が言うのもなんだが)柄が良さそうではない白髪の子供で、しかしこれを作っていたのをフィンセントは見ていた。なんだがリアリティがなくてきょとんとしてしまう。

「赤毛、気持ちは分かるぞ。俺も最初ビビった」

 小声でウィリアムが英語でそんな事を言ってきた。まあそうだよな、と普段は揚げ足を取りからかいまくる対象の言葉に素直に頷く。

「早く食べなよ、冷めてしまうよ」

 既に口にキッシュを詰め込んでいた鮫島の声に我に返る。と、ウィリアムの反対がをみたら小さなパンが一つ皿に乗せられて押し出されているところだった。

「いや、こんなに食えねえんだけど」
「あーうん。アンタ何食えねえか聞いてなかったから、食えねえんだったらこっちどうかなと」

 それだけ言うと明彦は自分の分のキッシュを取り分けて黙々と食べていた。反対側を見ればウィリアムもフィンセントを気にせず既に口にロールキャベツを押し込んでいた。あついあつい、と言いながらも普段見る自称イケメンの普通な仏頂面がどこか本当に美味しそうに見えて、思わず唾液を飲み込んだ。
 そういえば、朝から何も食べてない。
 今更そんなことを思い出してフィンセントも恐る恐るロールキャベツを切り分けて一口放り込む。まず、熱い。そんなことを思いながらもゆっくり咀嚼していけば先刻味見させてもらったものよりしっかりした味が口の中に広がる。キャベツは芯が取り除いてあるのか固い部分はなく、肉もほろりと崩れるくらい柔らかい。肉汁はコンソメスープに混ざって優しい甘みの中でもしっかり旨みを主張する。ふ、とキッシュに目が向いた。こっちはどうなんだ、と少しだけ取り分ける。周りの記事は食パンの耳を取ったものだった。チーズの下はベーコンとしめじ、スナップエンドウと・・・と考えてもう一つ見慣れないものが目に付いた。見てくれはブロッコリーに近いがフォークでつつくとそれよりもかなり柔らかい。得体の知れないものを食べる気にはなれなくてどうしたものかと視線を泳がせると赤い目とバッチリ視線がかち合った。

「菜の花、嫌いか?」
「ナノハナ?」
「……野菜みたいな、花?まあ普通に野菜」
「いやアンタもよくわかってないもん入れるなよ」
「でも旨いのは知ってるからいいだろ」

 そんな大雑把な言葉にええいままよとチーズを多めに絡ませて菜の花を口に入れ込んだ。
 チーズの味の中にほんのり混ざっているのはオリーブオイルか。胡椒のぴりっとした辛味がアクセントにちょうどいい。絡んでいるのは卵だろうか、ふんわりとした口当たりで生地として敷かれているカリッと焼きあがった食パンと相性がいい。そして、菜の花は思っていた以上に柔らかく、苦味も少なく食べやすい。なんとなく酒が欲しくなるようなそんな味だ。

「……不味くはねえな」
「だろ?」

 まあ残してもいいけど。そんな明彦の言葉はフィンセントには届かなかった。ゆっくりだが、口を咀嚼するのに忙しくなったからだ。フィンセント用に用意されていたパンはいつの間にかウィリアムが食べていた。

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「ただいまぁ……ありゃ、お客さん?」

 ひょこ、と顔をのぞかせたのは芳だった。そういえば仕事午前中で終わるつってたな、と芳の分の用意をしようとして明彦はふとフィンセントの顔が引きつっているのを見た。鮫島はデザートのシフォンケーキに生クリームを乗せながら黙々と食べている。そしてウィリアムはと言うと。

「カオル、おかえり」

 いつの間に芳の前に来ていたのだろうか。と、明彦が考えるより早くぎゅ、と芳に抱きついた。客人がいる羞恥心よりウィリアムがいた事の嬉しさのが優ったのか芳も周りを気にせず抱き返す。フィンセントがギギギ、と音が出そうな動きで明彦を振り返る。

「……アレ」
「付き合ってる」
「……マジだったのかよ」

 顔は画像で知ってたけど、と青ざめるフィンセントに苦笑いした明彦は、くいくいと袖を引っ張られて振り向いた。僅かに顔をしかめながら生クリームだけを差し出す鮫島が立っている。

「明彦くん、これお返しするよ。甘すぎる」
「クレームはあっちにつけてくれ……」

 とんだとばっちりじゃねーか。明彦のぼやきは虚しくキッチンへ散り、人目も気にせず仲睦まじく甘い空気を飛ばす二人を後でしばき倒すと決める。

 取り敢えず、明らかに大ダメージを受けたであろう赤毛の客人のためにすっぱいレモネードでも出すか、と明彦は憂鬱になりながら重い腰を上げたのだった。