酔いどれ実行

「どくりつしたい」

 そんなアベルの一言にルカとレイはきょとんとしていた。周りには酒瓶が転がり足の踏み場もなく、三人して血色が非常によろしい顔色になっている。少しばかり見栄を張り洒落た盛り付けだった酒の当ては今や見る影も無く手を付けられ放題だ。
 昔馴染みの不定期に開催されるちょっとした飲み会だった。安酒を酔い潰れるまで飲み倒しへべれけになっても飲むのをやめないような、無法地帯を作り出す集まりだ。と言ってもアベルは飲み方が上手く一気に飲みはしないし、レイは酒に強い。ルカに至ってはヴォイドであるため酒に酔うのかすら不明だ。
 そんな三人が顔を真っ赤にしている、詰まるところ相当飲んだ事実が伺える。彼らの視界の外には酒樽まで空になって転がっているのだから。
 そんな状態のアベルの一言に二人の酒浸しになった頭はあまり意味を理解しなかった。

「なんでやの? ここ、いやになってん?」

 頭を揺らしながら(しかし、恐らくシラフだろう。腐ってもヴォイドの魔物であるので)ルカが形式的に聞いてみる。もちろん答えはあまり期待していない。このへべれけ会に置いて質疑応答は酒の当て以上の価値を持たないからだ。

「いやじゃない、いやじゃない。だってにこらすがいるし」
「にこらすがいるいがいでねーのかよおめー」
「ないなー」
「ないかーそっかーおれもまりがいたらいいなー」

 アベルの色ボケた返答にレイすらも色ボケした回答を返しはじめている。三人とも頭をぐわんぐわんと揺らしていた。ルカ、実は酔っている説。

「せやったらなんで、どくりつ、したいんや?」
「んー、やってみたいことがあって、してみたいなーって」

 ぐわんぐわん。今にも机に突っ伏して寝てしまいそうなアベルがふにゃふにゃの顔で笑いながらそんなことを言い出した。
 曰く、趣味で始めた釣りで収益を出し始め、武器の手入れを覚えるために始めた製作業のために始めた採掘作業で人脈が少しだが増え、つまみを作るためにハーブを育てたくて加入した園芸ギルドで筋がいいと褒められた。最近では傭兵稼業よりも稼げていると言うのだ。そしてアベルなりに採取業について勉強しているのだが、製作業は大規模な組織はあれど、どうも採取をメインに動いているフリーカンパニーがあまりなく、あっても小規模な、同好会のような規模でしかないらしい。基本的に各種ギルドに加入さえしていればそこから安定した仕事は回ってくるので皆それで済ませてしまっているのだろう。

「だからー、ぎゃざらーをしゅようにしたふりーかんぱにーがあってもー、おもしろそうだなぁーっておもったんだー」

 アベルがグラス片手に胸を張る。最近腹が弛んでいるのでついでの様に腹も出る。しかし酔っ払っているルカとレイにはアベルのズボンに乗りつつある腹に興味はなかった。

「へー、いいじゃんいいじゃん。じゃあおれもてつだってやるよー。さいきんしりあったおろしうりぎょうしゃしょうかいしてやるー」
「おれもやるわぁ、けいりとそうばのかくにんまかせえー」

 べろんべろんに酔った二人は大いに乗り気になった。ここでヴィヴィアンがいればアンタたちバカ言ってんじゃないよ、と諫める一言があったのかもしれないし、フィオナが入れば今の発言が穴だらけだし起業するのは大変ですよと静止することもできただろう。リコに関しては便乗してしまうだろうが。
 ともかく、今この酒の匂いが充満した部屋に二人はいない。詰まるところ酔っ払いの妄言を止めるもの等誰もいないわけで。
 やんややんや騒ぎながら紙に机に具体的な(しかし酔っ払いの頭で考えた為支離滅裂かつしっちゃかめっちゃかな)独立計画を書き殴る。いつしか三人は寝落ちした。そして約束された二日酔いで頭を抱えて、それで話は終わった。その時は。
 
 *
 
「ベル坊、これ見てや」

 不定期開催へべれけ会にて、まだシラフのアベルに何処か得意げなルカが一枚の紙を見せる。内容を確認したアベルは勢い良く吹き出した。汚ねぇ! と叫ぶレイの事は無視である。

「おま、なん、え」
「なにて、黒渦団のフリーカンパニー創立許可証や。前の飲みん時言うてたやん。せやから取ってきたってん」
「いやわかる、それはわかる。おまえ、なまえ」
「ん? ああ、言い出しっぺの名前書いといたで!」

 キリッ。ピシッ。キラン。
 そんな効果音が聞こえてきそうな挙動でルカが笑顔全開のサムズアップを繰り出した。とりあえず気持ち悪かったのでその頬をビンタしつつ震える手で書類を拾う。
 マスターの名前の記載欄に、まごう事なくアベル=ディアボロスと書かれていた。

「無理だ!!!」
「無理でもやれや」

 アベルの絶叫にルカが笑顔で切り捨てる。言い出しっぺやろ、と言われればぐうの音も出ない。

「あ、そいやあ俺も前言ってた卸売業者と話つけたんだった。言うの忘れてたわ」
「そこは言えよ!!」

 そこに昨日の夕飯思い出したわ、見たいな軽いノリでレイが追撃を入れる。後に引けない状況にアベルが二日酔いではない理由で頭を抱えた時だった。

「え? アベルさん独立するんですか?」

 アベルががばりと顔を上げると、書類を覗き込んでいたリアムがいた。違う、と否定する前にこの間話しとってんとルカが先手を打つ。その後レイが経緯を話するとふむ、とリアムが顎に手を当て考え込む仕草をして、アベルを見る。

「滅茶苦茶いいじゃないですか! ニコラスさんに言っときますね!」

 すごくいい笑顔でそう言い残し、アベルが制止する間もなく走り去った。後には固まったアベルとげらげら笑い転げるルカとレイだけが残された。
 
 *
 
 アベルの独立はフリーカンパニー内に瞬く間に広がった。どうやらリアムから話を聞いたニコラスが驚きのあまり階段ホールの上から「アベルーーー!! 独立ってほんとなのーーーー!?!?」と叫んで周知の事実となったらしい。リアムもリアムでまだ知らないメンバーに言いまくったらしく、最早収集不可能となった。引くに引けなくなったアベルは、メンバーが集まった時にウォッカをストレートで浴びながら叫んだ。

「私アベルディアボロスはァ!!! 独立を宣言しまーーーーーーーーーす!!!!!」

 酔っ払いの様にも、ヤケクソの様にも見えたとは、その時集まっていたメンバー談である。
 
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 独立宣言の後は早かった。すでに色々抑えていたレイとルカによって業者やツテは抑えられていたし、やはり便乗したリコは勝手にメンバーに声をかけて何人か引き抜くと言うことがアベル抜きに実行されていた。とは言っても現在所属のフリーカンパニーから物理的に離れるつもりはなく、割と近所に拠点を構えることになった(その際ルカのことで一悶着あったのだが丸く収まったので割愛させていただく)。その事実に盛大なガッツポーズを決めたのはリアムで、どうやらアベルの考えるギャザラー事業に便乗して素材を安く卸せないかと考えていたかららしい。距離的に離れていると輸送代が余分にかかることを懸念していたのだが、アベルが意外と離れないことに最早隠すことなく盛大に喜んだ(色々安上がりになると言う意味で)ちゃっかりしている、とアベルは不貞腐れたがリアムから酒を奢ってもらい仕方ないなぁとすぐに機嫌を良くしていた。扱いやすい男である。
 
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「ベルー、これどこにおけばいいの?」
「ああ、それはそっちだな。レイ、机はこう並べてくれ」
「あいよ」

 拠点の建設も終わり、内装作業に集まった組員が家具や小物を運び込む。二階建ての小さなFCハウスの一階部分は喫茶店になる予定だ。これはフィオナからの要望を拡大解釈したもので、冒険者になる前やってみたかったと言っていた彼女の意見をリコが汲み取ってアベルに(角を引っ掴みながら)伝えた結果である。まあ、材料費はほぼタダだからいいかなと採用した。後は人数分の部屋を用意したり、地下は談話室として準備したりと、兎に角全員が忙しかった。
 
 門の前にアベルが立つ。その後ろにはルカ、アキ、レイ、リコ、そして冒険者からリテイナーへ転向したヴィヴィアンとファイ。アベルを含めればたった八人。でも、少しだけ誇らしいのは内緒にしておこう。

「FC『secret』設立と言うことで。代わり映えしないメンバーだが、まあよろしく頼む」

 アベルのそんな締まりのない一言で、ギャザラー系FC『secret』は正式に稼働を始めた。
 
 名前の由来は、設立の理由あまりに恥ずかしいきっかけだから内緒にしてくれ。とのことらしい。