あなたがよかった

 ただ、そう、本当にたまたまただった。その日の冒険者として受けていた短期間の護衛の任務最中立ち寄った集落で野生生物の襲撃があって。自分にとっては大したことのない相手で、雇用主を守る為に、もっと言うなら梅雨払いのつもりでその群れを討伐した。その行動について、特に何か思う事もない。雇用主が無事でよかったな、その程度だ。
 だから、集落の住民達が総出で感謝してくれて、雇用主ごと最大のもてなしを受けることになるとは思わなかったのだ。
 
「いや、まさかこんなことになるなんてな」
 
 雇用主が苦笑いする。それに向けた自分の笑顔は恐らく彼と同じ様な物だっただろう。こうやって一言会話するまで自分は住民達に囲まれて感謝されたり、子供達には話をせがまれたりした。
 
 ふと、苦笑いしていた彼が少し笑みの種類を変えてきた。少し揶揄うような、楽しげな笑みだ。短い期間とはいえずっと顔を突き合わせてきた相手の表情に思わず肩をすくめる。
 
「しらなかったみたいだな、お前が‘光の戦士’ってこと」
「まあ辺境も辺境だし、そんなこともあるだろ」
「けど、今日なっちまったな。名実共に彼らにとっての英雄に」
 
 その一言に、口いっぱいに苦いものが広がった気がした。全然そんなつもりなんてなかったのだ。自分はただ火の粉を払っただけにすぎない。
 そう言い返せば、そこだろと揶揄ってきていた筈の雇用主がふと真剣な顔になる。
 
「そこだよ。助けるつもりは無かった。俺の護衛の片手間にやった。お前はそれで終わりだろう。返礼や見返りを求めてたわけじゃない。それが彼等にはできないことだ。お前がどう思おうともその行為は彼等にとって尊くて眩しいものになったんだ」
「それは、そうだが。でもその理屈で言うなら、俺じゃなくてもよかった筈だろう?」
「ああ、そうだよ。お前じゃなくてもいいのさ。でも今ここで彼等を危機から救ったのは間違いなくお前だ。逆にお前のように助けても見返りを求める奴もいればさっさと逃げる奴もいる。その選択のどれもやらなかったお前じゃないと彼等の救世主にはなれはしなかったんだ」
 
 彼はそこまで言うと酒を煽る。と、集落の若い男達に呼ばれて行ってくるとグループへ紛れ込んでしまった。思わず護衛対象なんだから勝手に行くなよ、とぼやいたが目に見える範囲だし、守れない距離でも無いから追い掛けなかった。
 
 ふと、先ほど言われたことを反芻する。
 自分じゃなくてもよかったが、自分でなければならなかった。
 それがなんとなく頭に残って、けれど嫌な気分にはならない。
 
(根っからのお人好しだと、言われるんだろうな。俺みたいなのは)
 
 ただの自己満足や自分勝手な選択なのに。
 それを知らずに感謝して、少ない物資で礼までして。それをほんの少し哀れに思う。
 
 離れたところで一人深酒をする光の戦士と呼ばれた男は知らない。
 集落の住民達が彼に礼をした理由を。
 
 騒動が収まってから、怯える彼等を見て一言「よかった、怪我をした人がいなくて」と、彼は本当に安心した様に笑みを浮かべて呟いた。
 
 その様子に優しくて強い人だから、せめて心を込めて礼を返したいのだと思ったのだと言う事は。