藤堂明彦とウィリアム=J=ブラウンの正午12:00

 「おいポメヒコ早くしろよ!カオル帰ってくるだろ!?」
 「急かすなよウィルさん・・・開けるぞ・・・!」
 ごくり、と明彦とウィリアムが喉を鳴らす。がぱ、と冷蔵庫から肉の塊を取り出してお互いの顔を見合わせた。

 事の始まりは一週間前、昼食をウィリアムと明彦が二人でとっていた時だった。スマホを眺めながら明彦がおお、と感嘆の声を上げた。
 「? どしたポメ」
 「ウィルさんこれ知ってっか?くんせーき」
 ん、と渡されたスマホの画面を見れば煙で肉やチーズ、魚を燻している動画だった。やけにのんびり食べていると思ったらこれを見ていたらしい。くんせーき、という聞きなれない言葉にウィリアムが首をかしげる。
 「いや、知らねえな。なにやってんだこれ」
 「自分でハムとかベーコン作るらしいぜ」
 「へー、んなこと家でできるのか?」
 「ちょっと待ってろ」
 そう言うとスマホを返してもらった明彦はたしたしと画面を叩く。ぱっと顔を明るくしてその画面をウィリアムに見せつけながら楽しそうに声を揺らす。
 「専用の道具もあるけどダンボールとか一斗缶でもできるってよ!」
 「まじか!?えっポメお前」
 「作る」
 わくわく。わくわく。そんな効果音が聞こえてきそうな明彦に釣られたのかウィリアムの顔もいたずらっ子のような笑みを浮かばせていく。
 「肉はブタバラ?のブロックでいいよな?」
 「おう、そみゅーる液?とかの材料は家にある奴でいけっから・・・あ」
 「ポメ?」
 「・・・最大ミッション、芳にバレない」
 「あ」
 芳、と家主の名前に二人で固まる。細身の大食いである芳にバレでもしたら全部食べられる、と二人で顔を見合わせる。
 「・・・ウィルさん」
 「わかってる」
 スニーキングミッションだ、と二人で神妙な顔で頷いた。

 豚バラのブロックを買ってきたウィリアムと下準備を済ませた明彦が二人で並んで台所に立つ。二人の手にはゴム手袋がピッタリと嵌められている。
 「ポメヒコ、これいるのか?」
 「元々保存食だから雑菌が入らねーように一応?」
 「ふーん」
 そう言いながら二人は目の前の肉の塊にフォークで穴を開けていく。ぶつぶつと肉が刺さる感触を感じながら表裏と側面にまんべんなく穴を開ける。
 そしてウィリアムは表面に塩をすり込んだ。少し塩っからさが欲しかったので肉の重さに対して2パーセントよりも心なし多めにすり込んだ。明彦は既に終わったのかごそごそと何かしていた。しかし自分の分に夢中なウィリアムが明彦のしていることに特に興味を持たず、しっかりと肉をラップでくるんでジップロックに入れる。
 ジップロックの表面にあきひこ、うぃると小学生のような字が並んでいる。それを明彦が冷蔵庫の配置を変えて芳に見つからないようにしているのを見ながらウィリアムは口を開ける。
 「これで一週間だっけか」
 「って書いてあんな。時々ひっくり返すといいらしいぞ」
 「そうか・・・カオルの足止めは任せとけ」
 「わかった、ひっくり返すのは頼ってくれていいぞ」
 きり、と二人で表情を引き締めた。

 そこから一週間、ウィリアムと明彦の戦いが始まった。運悪く芳の休みが重なってしまい、腹を空かせた芳が台所をうろつく。ウィリアムがわざと甘えたり、明彦が大量に食べ物を与え冷蔵庫への接触がないように立ち回り続けた。その間明彦がまたこそこそと一人で何かをしているのをウィリアムは見かけたが今は内緒、とにんまり笑った明彦に楽しみにしてるとだけ伝えていた。

 そして一週間後、昨日のことである。
 その人翌日は芳が泊りがけの仕事だと聞いていた。叫び出しそうなのを抑えながら二人は冷蔵庫を開ける。血の混じった水分が出ているのを確認した明彦はうぃる、と書かれている方の肉をウィリアムに渡す。
 「おお・・・!ちょっと水出てるぞ!」
 「ウィルさん早くしろよ、塩抜きして乾燥まであんだぞ!」
 「そうだな!」
 興奮が冷めないまま二人は慌てて肉を水で洗い、少しの間だけ浸す。そうすることによって余分な塩分が抜け程よい塩辛さになると書いてあった。のだが。
 「あれ、ポメのだけ色ちがくね?」
 にわかに茶色味を帯びて、植物の破片のような物がくっついている明彦のブロック肉を見てウィリアムが首をかしげる。よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりに明彦は親指をたてた。
 「ピックル液作って浸した」
 「? なんだそれ」
 「ベーコンに味つける液。二人合わせて二キロもあんだ、味変えたほうがいいじゃん?」
 「おっまえ・・・おっまえ!!俺の次くらいに天才かよ!?」
 「そうかもしれねえ!!」
 もはや声を抑えることもせず叫ぶ。と、入れたタイマーが二十分たったことを知らせる音が響いた。肉を明彦に託しウィリアムは庭先へ出る。
 並べられた一斗缶を万能鋏で無理やり切っていく。煙がもれないように組み立てたり、鉄串を刺して行けば簡易版燻製器の完成である。ちょうど明彦の方も乾燥が終わったのか肉を持ってきた。タコ糸で結ばれたそれを見てウィリアムが思わず噴き出す。
 「ちょ、ポメヒコお前、おまえぇ!それ、くっそ!うわははははは!!」
 「まあやりたくなるよな!!」
 どやぁ、とこの上なく腹の立つ顔をしながら亀甲縛りにされた肉の塊を両手に持ってウィリアムの前で揺らしてみせる。二人してテンションの落ち着かせどころを完全に見失っていた。
 肉を吊るせるように渡された鉄串に合計二キロもの肉の・・・亀甲縛りされた塊が吊るされる。まだ吹き出しそうなウィリアムの隣で明彦がそっと仏のような顔でアルミホイルを敷いた。その上に乗っているものをみてウィリアムが目を見開く。
 「・・・ポメ、お前ってやつは・・・!」
 「ポメヒコさん、って呼んでいいぜ」
 そっと閉じられる燻製器の戸の隙間から、水気を取ったたまごやササミが乗っていた。

 そして片付けもとい証拠隠滅をし、味をなじませるために更に一晩おいた今日。明彦とウィリアムの昼食の時間。冷蔵庫で寝かせられたそれに思わず生唾を飲み込んだ。落とさないように取り出した肉の塊、いやベーコンを見て明彦がそっと包丁を取り出す。
 「ウィルさん、厚さは」
 「めっちゃ分厚くで!」
 「任せろ!!」
 もう誰にもとめられないテンションで明彦がベーコンを分厚く、大きく切り分けていく。今回したのは温燻という燻し方でしっかりと水分が抜けた肉特有の弾力が包丁越しに伝わる。それを熱していたフライパンに並べれば油も引いていないのにじゅう、といい音を立ててベーコンが焼ける。ウィリアムに頼んで食器の準備やパンを焼いている間、明彦が卵を割りながら別の作業も同時に進行していた。
 そして、分厚いベーコンのベーコンエッグが並べられる。更に明彦が隣に並べたのはほんの少し茶色く色づいたカマンベールチーズや、ササミとたまごの燻製で作ったであろうサラダと、ウィリアムの席に赤ワインの入ったグラスを並べる。自分のところには牛乳の入ったマグであったが。
 「ポメ、おいポメヒコ。まだ昼だぞ」
 そうたしなめるようなことを言いながらもウィリアムの顔はにやけてひくついている。明彦がにひ、と笑い声を立てながらピースサインを向けた。
 「飛鳥井は仕事、芳も仕事。普段やったら怒られるフルコースにんな野暮ったいこと関係ねーだろ?」
 「そうだな、さんせー!」
 「「いただきます!!」」
 言うやいなやベーコンエッグ、というかベーコンにかぶりつく。ジューシーな歯ごたえと共に口内にふわりと広がったのは桜の香りで。ウィリアムの作ったベーコンはしっかりと塩味が付いていて卵の黄身を絡ませるだけでも十分おいしい上、明彦が味付けた方のベーコンは塩辛さだけではなく玉ねぎの甘みが加わってそれで酒が進む。サラダも、ササミとたまごにあらかじめ味をつけていたのだろうドレッシングなしでもフォークが止まらないし、明彦の思いつきで燻されたカマンベールチーズはとにかく伸びる。それをカリカリに焼いたフランスパンで掬ってかじればやはりチーズの匂い意外にも薫香が口の中いっぱいに広がる。
 簡単に言うと、美味かった。うますぎた。市販のベーコンはなんなんだ、と言いたくなるレベルだった。二人共無言で口の中にベーコンだのなんだのを押し込み、飲み物で流し込む。
 やがて空になった食器に腹をさすりながら二人そろって大きな息を吐いた。
 「食いすぎた・・・」
 「だな・・・いやでもこんなの食っちまうだろ、普通に・・・」
 ワイン二本開けちまった、とぼやくウィリアムに苦笑した明彦がさて、と立ち上がる。
 「ささっと片そうぜ。証拠隠滅、大事」
 「そーだな、カオルにバレたらやべえしな」
 「俺にバレたら、なんやの?」
 時間が止まった。ぎぎぎ、と音が出ていそうな動きで振り返った二人の視線の先、にこにこと芳が笑って立っている。
 「えろう美味そうなもん、二人で食うてるんやねぇ。ウィリアムは昼から酒ですかぁ」
 「いや、あの」
 「えっと、か、カオ」
 「もちろん、あるんやんね?俺の分」
 薄ら目を開きながら笑みを向け続ける芳に、ウィリアムも明彦もひぇ、と悲鳴を零す。
 その目は笑っておらず、ただ、自分をのけものにした二人をどうしてやろうかと楽しげに歪んでいたのである。

 更に一週間後、夜風味の強いベーコンや各燻製料理で酒を楽しむ芳と小桃がいる傍ら、様々な食材を合計二十キロほど延々と燻製し続け、その間芳からの催促を浴び続けた明彦とウィリアムが床に転がっていたのは言うまでもない。

 「隠し事なんて、えらいさみしいことせんでもいくらでも言うてくれたら良かったのになぁ?俺もいくらでも頂けるんやし?」
 「そうね、今度の新刊はこの二人で描くことにするわ」
 「「慈悲はねーのかよ!?」」