藤堂明彦と桜森夫婦+αの12月24日
「ええと、こいつを…うぇぇぇえええぇぇ…?」
年間自室にいる時間より長くいるであろう台所で、明彦は頭を抱えていた。目の前には少々大きめのチョコレートでコーティングされたケーキがあり、バラの形を取ったマジパンやあらかじめチョコペンで書いた幾何学模様のチョコプレート、その他諸々が作られ所狭しと並べられていた。。
それを見ながら明彦は頭を抱える。いくら調理・製菓・工作が好きだからと言ってこれはやりすぎたと。せっかく作ったのにケーキの上に並べられないではないかと。
「俺はアホか…いや、アホだった…」
うろうろと台所を落ち着きのない動物のように動き回っていた明彦は、ふと戸棚を開けた。恐らく秋奈の買ってきたであろうお徳用のマシュマロとビスケットに目をつけたのだ。勢いよく冷蔵庫の扉をあけ(メキ、と冷蔵庫が軋んだのには気付かなかったらしい)はちみつを見つけると引っ張り出しっしゃと小さくガッツポーズをする。
「秋奈さんグッジョブだぜ…毎回食えねえのに大量に買ってくんのは謎だけどな」
そんなことをつぶやきながら明彦はビスケットの裏にはちみつを塗っていく。ある程度の枚数塗って、塗ってない方のビスケットにマシュマロを乗せていく。電子レンジを500wに合わせ熱を通すこと数秒、ふんわり膨らんだマシュマロを見ながらはちみつ付きのビスケットで挟み余っていたガナッシュでコーティングする。
その作業を延々と繰り返し、チョココーティングのビスケットを冷ましている間にケーキの方を飾り、ビスケットの方が冷えたのを見計らってそちらにも余った装飾を施した。
ここまでして、明彦はまた頭を抱えることになる。
「…………作りすぎた」
明らかに渡す人数以上の量になった菓子を眺め呆然と呟いた。
いくつかは秋奈と栞へと冷蔵庫へ突っ込み、ラッピングしたそれを片手に明彦は家を出る。目的地へ行く最中、見知った赤いクセ毛みやり丁度いいやと声をかけた。かけたのだが。
「………おい、何やってんだあんた…」
「んー?見て分からないかい?」
「分かんねえよ。不自然に電柱に隠れてるだけだろうが」
明彦がジト目で見やるとなぁんだ、わかってるじゃねえかと独特な口調で山田義弥が軋むような笑い声をあげた。神出鬼没でどこへ行けば会えるのかと考える間もなく現れた義弥に明彦はぐい、と小さい方の包みを押し付ける。
「? これはなにかね???」
「お菓子。作りすぎた、やる」
「ほぉぉお?ボクに?お前さんがぁ?」
ぱちりと片目を瞬きさせて明彦と包みをみやり、にんまりと笑う。うわ、と明彦が思ったのも束の間明彦の顔を下から覗き込んで不気味に歪んだ笑みを覗かせた。
「なァんだよォ~、旦那、結構俺のこと好きなんじゃ…」
「一々うっぜぇわアホが!!」
最後まで言わせず、明彦は容赦なく義弥を宙に放り投げた。
暫く義弥と戯れ、別れてから明彦は目的地へと到着した。広々としたコーナーはここで飼育されている馬たちの為にあり、時間帯が重なったのか外でゆっくりと歩いている馬を眺め、ふと馬を引いている人影を見つけ、近づいた。向こうも気がついたのかぺこりと頭を下げる。下の方で二つに結んだ桜色の髪が動きに合わせて下へと流れる。
「藤堂さん、こんにちわ」
「うっす、おーじさんたちいる、いますか?」
「やだなぁ、藤堂さんのが年上じゃないですか。普通でいいですよ」
と、快活に笑う桜森さくらにわかったと頷く。
「そういえばお兄ちゃん夫婦ですよね、丁度向こうの仕事終わったから家の方に居ると思いますよ」
「おう、サンキュー。あ、そうだ、これ」
思い出したように明彦はさくらにも義弥と同様の包みを渡す。きょとんとしたさくらの顔に既視感を覚えて思わず吹き出しそうになるのをなんとか堪えて明彦は普段から邪魔してる礼だと告げる。
「わ、わ…そんなの気にしなくてもいいのに」
「いや、結構おーじさんには世話になってるし、お前の家に上がらせてもらって割と好き勝手してるしな」
「ありがとうございます!」
「だからいいって…ところでよ」
突然意味深に声を潜めた明彦に首をかしげさくらは明彦の妙に真剣な顔を見上げる。それに気づいて明彦は少し屈んで
「…馬肉、食いたいから1頭もらっていいか?」
その瞬間、だめです!!!食べれないですから!!!というさくらの絶叫がコーナー中に響き渡った。
「もう、そんな意地悪言っちゃったんですか?」
「いや…冗談って気づいてくれるかなって…」
「だからと言って言っていい冗談と言ってはいけない冗談があるだろう?」
「…はい、すいません…」
ちょっと泣きそうな形相で叫んださくらの声を聞いて飛び出してきたのは明彦の尋ね人で二人揃って飛び出してくる辺りやはり仲がいいなぁとしみじみ思う。そんなことを考えている明彦に尋ね人のうちの片方、きさりが声をかけた。
「所で、私たちを訪ねてきてくれたって聞いたんですけど…」
「なんだ?分からないことでもあるのか?」
「いや、そうじゃねえんだけど…これ」
そう言って二人の前に、一番大きな包みを差し出し照れくさそうに明彦は告げた。
「おーじさん、きささん…ええと、め、メリークリスマス…大したもんじゃねえけど、プレゼント…に、なりゃあいいなぁ」
「! はい、メリークリスマス、です…!」
「明彦くん…!」
夫婦揃って顔を明るくされて恥ずかしさが増し、少し俯いた明彦にきさりが開けてもいいですか?と聞いてくる。小さく肯けばかさかさと紙を開く音がして、またもや夫婦そろって声をあげた。
「す、すごいです…!おいしそうです…!」
「これは…プロ顔負けじゃないか…」
二人の眼前には艶やかなガナッシュでコーティングされ、ほんのりと柔らかい色で着直されたバラのマジパン、Merry Christmasと書かれた文字だけのチョコプレート、少量のアザランで上品に飾り付けられ…ケーキの下に桜士ときさりを模したマジパン細工が添えられていた。
「はは、きさりさんにそっくりだな」
「ええ、桜士さんにとてもよく似てます。明彦さんすごいです」
「そ、そこまで言われると…恥ずかしいんだけど…サンキュー…」
「食べてしまうのが勿体無いな…」
「え、こんなんいくらでも作るから食ってくれよ…ほら、二人でケーキ入刀!的な?」
照れくさすぎて訳の分からないことを言い始めた明彦に勿体無いと言いながらもきさりは小さなナイフを持ってくる。それをそっと取り上げて明彦は包みについていたリボンをくくりつけきさりに返せば二人共頬を赤らめ小さなナイフを二人で持つ。
ナイフの刃は柔らかくケーキに沈んでいく。それを八等分繰り返し一切れを皿へ移そうとしたときまた二人から声が上がった。
「わぁ…っ!」
「サン・セバスチャンじゃないか…!」
通常生地とココア生地が交互に入れ替わり綺麗なモザイクを描くケーキにちょっと頑張ったんだぜ、と明彦は頬を掻く。
「いつも世話になってるから、あれだ、うん。ありがとう的な…?んで、末永くお幸せに!」
最後の一言が本気混じりの軽口で、桜士ときさりは一瞬ぽかんとして、おかしそうに笑ったのだ。