小説 2025/01/21 Tue 四季送り現行未通過×ギャグです。自陣少しお借りしてます。#CoC #ネタバレ #四季送り 続きを読むごちそうをどうぞ「困りましたね……」”あび”の厨房にて。杏仁は言葉のとおり困っていた。目の前には食材たちがずらりと並べられている。別に発注を誤ったわけではない。常連客が実家から送られてきたからおすそ分けと譲ってくれたのだ。それはありがたいのだが、如何せん店の料理に使うわけにいかず、個人で分けて配るにも多すぎるその量に思わずため息が出てしまう。祝がいればともに何か考えてくれるだろうし、閻魔がいれば彼女のつてでどうにかなったかもしれない。しかし二人とも今は出かけており、更に言うなら他の従業員も昼休憩で外に出ているのだ。一人留守番を買って出たタイミングでの出来事である。(皆さん、お昼を食べて帰ってくるでしょうから今すぐ食べるために作るわけにもいかないし……でも廃棄するにはもったいなさすぎる)だって、とこぼしながら食材を見る。みずみずしく、少し泥のついた野菜に、大きなシイタケ。養鶏や牧場もしているのだろう。パックには山ほど卵が入っており、牛乳瓶が隙間なく入っている(鶏卵・牛乳高騰のこのご時世に有り難すぎる)。別の箱は発泡スチロールになっていてなんと鶏肉がこれでもかと敷き詰められていた。胸肉、もも肉、ささみ、はたまた内臓まで。比喩でもなんでもなく、宝の山。それを廃棄するなんて杏仁には到底出来そうもない。しばらく考えたのち、杏仁はスマホを手に取った。メッセージアプリを開いて、ただ一つのグループDMをタップする。『勝手ながら、午後からあびは休業とします。皆さん、ものすごくお腹を空かせてから戻ってくるように』すぐに人数分の既読がついて、閻魔から昼食後それは無茶じゃないか?と届いたメッセージは既読無視した。*まず取り掛かったのは茶碗蒸しだった。牛乳にシイタケ、三つ葉に鶏ももを引っ張り出して業務用冷蔵庫から作り置きしておいた出汁とかまぼこを取り出す。本来出汁取りには時間がかかるので作り置きでも賄いに使うのには抵抗があるのだが、今回は緊急だと言い訳して容赦なく使うことにした。どうせ出汁を引くのは自分か祝なのだし。開き直りながら卵を計量カップに入れて容量をメモする。実家から送られてくる、ということは市場に出せないくらいには、大きさ不揃いだろうかと思ったがそうでもなくほぼ同じくらいだ。ありがたいな、と思いながら卵を十個、ボウルに割り入れる。そのまま白身を切るように静かに混ぜて、卵の三倍の量の合わせ出汁を注ぎ込んだ。泡立てないように静かに混ぜてから塩を少しずつ入れ、味見をする。生卵だが鮮度は良い。先程つやつやで弾力のある黄身で確認済みだ。いい塩梅になってから別のボウルにざるを置いてゆっくり注いで濾す。腕がびき、と鳴ったが気にしない。明日は筋肉痛待ったなしだろうが。そして、大量に並べた湯呑に切り分けたシイタケ、鶏もも肉、かまぼこを入れてからそっと卵液を注ぐ。泡立ってしまわないように、慎重に。その後一つ一つ、すべてにアルミホイルをかぶせた。そうして、湯呑総勢四十個の茶わん蒸しの赤ちゃん(火を通す前の状態は赤ちゃんだと思っている)が杏仁の目の前に並べられた。この光景だけでも満足だ。そう思いながら店で一番大きな蒸し器を引っ張り出し、下の部分に水を入れて、上の部分に茶碗蒸しの赤ちゃんを半分並べた。冷たいものと温かいものを両方出せるようにだ。温かいものは希望されてから蒸せばいい。箸を一本かませて蓋に隙間を作ってまずは強火、水が沸騰したら弱火にしてしばらく様子を見る。その間に、と動いた杏仁は手際よく、否非常に速かった。凄まじい勢いで鶏肉を捌きくしに通して壺に漬け、その間に七輪を複数用意し炭に着火し店中の窓と扉を開け、野菜をカットする。もし誰かがその様子を見ていたのなら口をぽかんと開けてその光景を眺めることしかできなかったかもしれない。もし杏仁の頭の中を見ることができたなら、それこそひっくり返るのかもしれない。(あっどうせならプリンも作って、確かごぼうと人参も入ってたから筑前煮ができますね!うぅん先に作ればよかったな、でも今からでも間に合います!)もう既に色々しているのに作ることしか考えていないのだ。その間も杏仁の手が止まることはなくひと品増え、ふた品増え……。*「わあ! いつものお店じゃないみたい!」そうはしゃぐのはユキだった。甘味処らしい甘い匂いではなくどこか香ばしさを感じる匂いにはしゃいだのだろう。その言葉に雲平はうんうん、と無言で、しかしどこか輝いているような顔で頷いた。手放しで喜んでいるのはこの二人だけで、チトセと錦玉、閻魔と祝はあんぐりと口を開けて店内を見ており、そんな様子を蠱毒が過呼吸になりながら腹を抱えてみていた。テーブル席二つにそれぞれ七輪が、そしてタレを付けられたり、塩を振られた焼き鳥の赤ちゃんが皿に山盛りになっていたのだ。セルフで焼くスタイルの焼き鳥だけでも驚きなのにおにぎりやサラダなど机の上に敷き詰められていた。それをやっただろう当人が厨房からひょっこりと厨房から顔を出す。「あ、皆さんお帰りなさい。どうぞ、お好きな席に」「あ、うん。じゃなくて! 杏ちゃんこれどうしたの!? まさかお店の材料使った!?」そう驚いたのはチトセで、閻魔も少し叱るような目つきで杏仁を見ていた。それに首をかしげながら常連からおすそ分けを頂いたと伝えれば二人ともほっとしたらしい。チトセは早く座ろうお兄ちゃん!とユキに腕を引っ張られて、閻魔はまあ無駄になるよりいいじゃないですかと錦玉に進められて着席する。「杏仁ありがとう、何か手伝うことある?」「大丈夫です、ありがとうございます。それより祝さんは雲平さんを」手伝いを名乗り出た祝に、苦笑いしながら雲平の方を指さす。いつの間にかチトセとユキの相席でおとなしくしていた。が、目は食べ物に釘付けになっている。視線を感じたのか杏仁と祝の方に視線を向けてはっとした様子で立ち上がり、手伝いを申し出ようとするもその前に杏仁はもうできてるから大丈夫ですと言えばその視線は祝に向かった。「祝、焼こう。早く」「はいはい。っと、そっちのテーブルは大丈夫? 手伝い必要?」「いえ、大丈夫です。おじさんにも手伝ってもらいますし」「俺ぇ?」気を配った祝に、錦玉が淡々とそう告げる。氏名された蟲毒はにやにや笑いながら自分を指さした。錦玉は焼いてくれないの? と聞けば閻魔さんの分は焼きますよとこれまた平坦に返された。閻魔がどこか得意げだったのは気のせいだろうか。*そんなこんなで少し早めの賄いが始まった。じゅう、と音を立てて鳥串を焼く間に杏仁が茶碗蒸しと、小鉢に筑前煮を持ってきた。我慢できなかった雲平がいの一番に箸を伸ばす。人参を口に入れれば特有の甘味と出汁の甘味が口いっぱいに広がった。もむ、とゆっくり咀嚼して次は牛蒡を、そして蓮根、シイタケと次々に口に入れては噛み締める。「ちょっと平ちゃん、ユキちゃんの分も残しておいてよ?」「……ごめん。止まらないかと思った」申し訳なさそうに雲平がそう言いながら小鉢をチトセへ渡す。必要な分を小皿に取り分けて「ユキちゃん、筑前煮だって。ちゃんと噛んで食べるんだよ」と言いながら手渡す。「もう、わかってるよお兄ちゃん! ユキはそこまで小さな子じゃないもん!」「あはは、そうだね。ごめんごめん」そう悪びれながら兄妹そろって野菜を口に入れて、一瞬後にん~! と歓喜の声を上げた。どれ、と串を焼いていた祝も口に入れて頬を緩ませる。「杏仁、結構甘めに作ったね? ユキちゃん向け?」「はい。一応甘さ控えめも作ったんですけど、これくらいなら大人が食べても大丈夫かなって」「ユキ専用!? これユキだけの!?」「ふふ。そうですね、ユキさん専用です」そう言えばユキはぱぁっと満面の笑顔を咲かせた。そしてどこか得意げに小鉢を差し出す。雲平さんとお兄ちゃんと祝さんにもおすそわけ!そんな声に雲平はありがとう、とどこか柔らかく返し祝はご相伴に預かるね、と優しく返す。チトセは机に額を勢いよくぶつけながら「今日もユキちゃんがかわいい……」と呻いていた。そんな彼を知ってか知らずか、ユキは茶碗蒸しに手を伸ばす。暖かいのもできますからね、という言葉にそっちも食べたいと返してからスプーンを差し込んだ。ほんの少しの弾力のあと、するりとくりぬかれたそれを口に入れる。つるりと喉を通っていく。優しい出汁の味も、冷たくするとここまではっきりとした味になるのか。そこまでユキが考えたのかはわからない。一瞬硬直したユキは、はぁぁああ、と大きく息を吐きだした。「すんごい……美味しい……! ぷるぷるで、冷たくて、プリンみたいだけどプリンじゃなくてぇ……!」「……!!」彼女の幼い食レポにつられたのだろう、筑前煮をまた抱えていた雲平が茶碗蒸しに手を伸ばして口にする。そしてユキの顔を見ながらすごい勢いで頷いてから、祝に向き直る。「メニュー化、しよう。企画は僕考えるから」「さすがに甘味処で茶碗蒸しは難しいんじゃないか?」至極真面目な雲平に祝は苦笑いを返す。そのそばではチトセが「杏ちゃん僕暖かいのお願いしまーす!」と叫んでいた。もちろん杏仁の返事はOKである。わあわあと賑やかなテーブルを見ながら錦玉まもぐ、と焼き鳥を咀嚼していた。炭火で焼いた鶏肉は鉄板で通すのとは違い柔らかく焼きあがっている。口に入れて最初に感じるのはほんのりついた炭の香りだが、すぐにパンチの聞いた濃い味噌ダレが口いっぱいに広がった。「……少し、濃い?」準備してもらった手前、あまり大きな声で言うつもりはなかったのだろう。そうぼやいた錦玉の声はしっかり杏仁に届いていたらしい。しかし怒るでもなく、にこにこしながら錦玉の前にグラスを置く。「えっ?」「こちらの席に座る人は、これくらいのがいいでしょう?」そうやって笑顔とともにグラスに黄金色が注がれる。ぱちぱちと気泡を飛ばしながら白い泡がグラスの縁ギリギリまで盛り上がる。綺麗に比率七:三。泡はこぼれてしまいそうだ。錦玉は礼もそこそこにグラスを引っ掴んでぐい、と煽る。口に残っていた焼き鳥の味が、きりっとした辛味と苦みで押し流される。リセットされた口内は柔らかな泡の感触とほろ苦さだけが残っていた。思わず、はぁと息を吐きだす。それは錦玉だけではなく閻魔や蟲毒も同じだったらしい。至福の顔を隠しもしない。少しの間、三人は黙々と串とグラスを交互させる羽目になった。酒飲みの心、わかりすぎでは? 一息ついた錦玉がそう思うよりも早く杏仁が次を差し出してきた。どん、と置かれた茶色の山。「……鳥皮のから揚げと、しいたけ?」「杏仁。これも常連から?」「はい。大きいシイタケだったし筑前煮でも使いきれそうになかったのでマヨネーズとチーズをのせて焼きました」それを聞きながらまじまじとシイタケを見ている錦玉の隣でぱり、と小気味いい音がした。「ん、塩……と、こっちは醤油につけたの? ちょっと味違う気がするんだけど」「はい、お好みでどうぞ」「気が利くね。俺、塩のが好きかも」ありがとね~、とそういいながら行儀悪く鳥皮のから揚げを摘まむ蟲毒に、錦玉もつられて手を伸ばす。口に入れたのは醤油だったらしい。ぱりぱりと小気味よく口の中で割れては鳥の旨味と醤油の香りが広がった。それをまたビールで押し流す。酒飲みの心、掴みすぎでは?「酒飲みの心、掴みすぎでは?」「ふふ、私の英才教育のお陰かもしれないぞ」「閻魔さんはもう少し控えてほしいし私の部屋にお酒を置いていくのやめてください」心の声がそのまんま出てしまった錦玉に、なぜか得意げな閻魔が答え、それに杏仁がぴしゃりと突っ込んだ。面白かったのだろう、蟲毒が噴出して小さく笑い、それにつられて錦玉の口角が少しだけ上がる。それに突っ込むなんて野暮な真似は誰もしなかった。「ねえ、それ。お酒飲まないと、食べちゃだめ?」落着きあるテーブルに、食いしん坊がやってきた。物欲しそうに鳥皮のから揚げとシイタケのピザ(何と呼称すればいいのか錦玉にはわからなかったのでそう言うことにした)を見てくる雲平にはあ、と息を吐き出す。「そんな言い方しなくても、欲しいくださいでいいじゃないですか」「ごめん。じゃあほしい、ください」そっくりそのまま言ってくる雲平に呆れながら皿ごと渡す。ありがとう、と受け取った彼は立ったままその場でぱりぱりと食べ始めてしまった。そして止まらないし、席へ戻らない。「テーブルに戻ってから食べてくださいよ。うわ、破片落ちた」「後で完璧に掃除する。今はから揚げのおいしいを逃がさないように、食べるのが最優先」「あー! 平ちゃんずるい! こっちもってきてよ! というか錦ちゃんも教えてくれたらいいのに!」「私の取り分が減るので」「けちー!」「けち」子供のように男二人掛りやいのやいのされた錦玉は、しょうもないと思いつつふと少しだけ意地悪な心が首をもたげた。「じゃあ、何かと交換で。こちらからばかり持って行かれるのは納得できないですね」「え」「交換です、交換。ほら、何を出してくれるんです?」ほらほら、と手のひらを雲平に向けてやればあ、とかう、と呻く。しばらく考えた彼はのそ、と自分のテーブルに戻ると冷えたおにぎりを恐る恐る差し出してきた。これ見よがしに少し大げさにため息をつく。「揚げたてのから揚げの代わりがこれですか」「これしか、残ってなくて」「ほとんど雲平が食べちゃったしね」祝が苦笑しながらそう答えるのを聞いてしょうがないですね、とおにぎりを受け取った。ほっとした様子の雲平が自分の席に戻るのを見ながら、さすがに冷えたおにぎりにビールは合わないかと錦玉がそう思った時だった。「それ焼いてくれますか?」はた、と顔を上げたら小壺を抱えた杏仁がにこにこと立っている。また何かするのか、と思いながら言われるまま網の上におにぎりを並べた。おにぎりに焦げ目がつくと、杏仁は壺に匙を突っ込んでそれを乗せ広げた。茶色いそれにあ、となりつつ様子を見ていると、さらに真ん中へ白い何かを乗せる。そして徐に杏仁は、ガスバーナーでそれを炙り出した。じじ、と音を立てながら上に乗せたものに焦げ目をつけていく。ふわりと広がった香りに思わず目をぱちぱちさせる。「味噌と……チーズ、ですか?」「はい。肉みそとモッツァレラチーズです。以外とおいしいんですよ」そういいながら空いてる皿に焼きおにぎりにを乗せて差し出される。ありがとうございます、と言ってから箸で割って、口に運んだ。そしてビールを煽る。焦げ目のついた濃いめの肉みその香ばしさを感じ、その辛さの角をとるようにチーズのまろやかさに追いついてくる。噛めば広がるのはその二つだけでなく白米の甘味も強く感じる。意外と会うのだ、ビールに。おにぎりなのに。「……英才教育、大成功してるじゃないですか」「そうだろう?」思わず閻魔を見た錦玉に、彼女は得意げな顔を隠しもしなかった。そのまま杏仁の後ろ姿を見る。向こうのテーブルでも焼きおにぎりを、しかしこちらはスタンダードな醤油で焼いていた。*「さすがに、もうおなか一杯」雲平が自分の腹をゆっくり摩る。”あび”きっての大食いがこれなのだ。他のメンバーは当然満腹だった。しかし満足そうだったユキがくん、と鼻を鳴らす。「? どうしたのユキちゃん」「なんだか、甘い匂いがするの」ふん、ふんと匂いを辿る。ユキの顔は厨房に向いていて、それを見た閻魔がはっとした顔で勢いよく立ち上がり厨房へ駈け込んで、叫んだ。「杏仁! もう皆食べれないから追加でケーキを焼こうとするんじゃない! って、クッキーがもう出来てる!? プリンアラモードも!? あ、アイスまで……!? まちなさい、ま……作りすぎだ!」その声に、蟲毒が爆笑し椅子ごと後ろへひっくり返った。スイーツは次の日、スタッフでおいしくいただきました、とのことだ。畳む
#CoC #ネタバレ #四季送り
ごちそうをどうぞ
「困りましたね……」
”あび”の厨房にて。杏仁は言葉のとおり困っていた。目の前には食材たちがずらりと並べられている。別に発注を誤ったわけではない。常連客が実家から送られてきたからおすそ分けと譲ってくれたのだ。それはありがたいのだが、如何せん店の料理に使うわけにいかず、個人で分けて配るにも多すぎるその量に思わずため息が出てしまう。祝がいればともに何か考えてくれるだろうし、閻魔がいれば彼女のつてでどうにかなったかもしれない。しかし二人とも今は出かけており、更に言うなら他の従業員も昼休憩で外に出ているのだ。一人留守番を買って出たタイミングでの出来事である。
(皆さん、お昼を食べて帰ってくるでしょうから今すぐ食べるために作るわけにもいかないし……でも廃棄するにはもったいなさすぎる)
だって、とこぼしながら食材を見る。みずみずしく、少し泥のついた野菜に、大きなシイタケ。養鶏や牧場もしているのだろう。パックには山ほど卵が入っており、牛乳瓶が隙間なく入っている(鶏卵・牛乳高騰のこのご時世に有り難すぎる)。別の箱は発泡スチロールになっていてなんと鶏肉がこれでもかと敷き詰められていた。胸肉、もも肉、ささみ、はたまた内臓まで。
比喩でもなんでもなく、宝の山。それを廃棄するなんて杏仁には到底出来そうもない。
しばらく考えたのち、杏仁はスマホを手に取った。メッセージアプリを開いて、ただ一つのグループDMをタップする。
『勝手ながら、午後からあびは休業とします。皆さん、ものすごくお腹を空かせてから戻ってくるように』
すぐに人数分の既読がついて、閻魔から昼食後それは無茶じゃないか?と届いたメッセージは既読無視した。
*
まず取り掛かったのは茶碗蒸しだった。牛乳にシイタケ、三つ葉に鶏ももを引っ張り出して業務用冷蔵庫から作り置きしておいた出汁とかまぼこを取り出す。本来出汁取りには時間がかかるので作り置きでも賄いに使うのには抵抗があるのだが、今回は緊急だと言い訳して容赦なく使うことにした。どうせ出汁を引くのは自分か祝なのだし。
開き直りながら卵を計量カップに入れて容量をメモする。実家から送られてくる、ということは市場に出せないくらいには、大きさ不揃いだろうかと思ったがそうでもなくほぼ同じくらいだ。ありがたいな、と思いながら卵を十個、ボウルに割り入れる。そのまま白身を切るように静かに混ぜて、卵の三倍の量の合わせ出汁を注ぎ込んだ。泡立てないように静かに混ぜてから塩を少しずつ入れ、味見をする。生卵だが鮮度は良い。先程つやつやで弾力のある黄身で確認済みだ。いい塩梅になってから別のボウルにざるを置いてゆっくり注いで濾す。腕がびき、と鳴ったが気にしない。明日は筋肉痛待ったなしだろうが。
そして、大量に並べた湯呑に切り分けたシイタケ、鶏もも肉、かまぼこを入れてからそっと卵液を注ぐ。泡立ってしまわないように、慎重に。その後一つ一つ、すべてにアルミホイルをかぶせた。
そうして、湯呑総勢四十個の茶わん蒸しの赤ちゃん(火を通す前の状態は赤ちゃんだと思っている)が杏仁の目の前に並べられた。この光景だけでも満足だ。そう思いながら店で一番大きな蒸し器を引っ張り出し、下の部分に水を入れて、上の部分に茶碗蒸しの赤ちゃんを半分並べた。冷たいものと温かいものを両方出せるようにだ。温かいものは希望されてから蒸せばいい。
箸を一本かませて蓋に隙間を作ってまずは強火、水が沸騰したら弱火にしてしばらく様子を見る。
その間に、と動いた杏仁は手際よく、否非常に速かった。凄まじい勢いで鶏肉を捌きくしに通して壺に漬け、その間に七輪を複数用意し炭に着火し店中の窓と扉を開け、野菜をカットする。
もし誰かがその様子を見ていたのなら口をぽかんと開けてその光景を眺めることしかできなかったかもしれない。もし杏仁の頭の中を見ることができたなら、それこそひっくり返るのかもしれない。
(あっどうせならプリンも作って、確かごぼうと人参も入ってたから筑前煮ができますね!うぅん先に作ればよかったな、でも今からでも間に合います!)
もう既に色々しているのに作ることしか考えていないのだ。その間も杏仁の手が止まることはなくひと品増え、ふた品増え……。
*
「わあ! いつものお店じゃないみたい!」
そうはしゃぐのはユキだった。甘味処らしい甘い匂いではなくどこか香ばしさを感じる匂いにはしゃいだのだろう。その言葉に雲平はうんうん、と無言で、しかしどこか輝いているような顔で頷いた。
手放しで喜んでいるのはこの二人だけで、チトセと錦玉、閻魔と祝はあんぐりと口を開けて店内を見ており、そんな様子を蠱毒が過呼吸になりながら腹を抱えてみていた。
テーブル席二つにそれぞれ七輪が、そしてタレを付けられたり、塩を振られた焼き鳥の赤ちゃんが皿に山盛りになっていたのだ。セルフで焼くスタイルの焼き鳥だけでも驚きなのにおにぎりやサラダなど机の上に敷き詰められていた。それをやっただろう当人が厨房からひょっこりと厨房から顔を出す。
「あ、皆さんお帰りなさい。どうぞ、お好きな席に」
「あ、うん。じゃなくて! 杏ちゃんこれどうしたの!? まさかお店の材料使った!?」
そう驚いたのはチトセで、閻魔も少し叱るような目つきで杏仁を見ていた。それに首をかしげながら常連からおすそ分けを頂いたと伝えれば二人ともほっとしたらしい。チトセは早く座ろうお兄ちゃん!とユキに腕を引っ張られて、閻魔はまあ無駄になるよりいいじゃないですかと錦玉に進められて着席する。
「杏仁ありがとう、何か手伝うことある?」
「大丈夫です、ありがとうございます。それより祝さんは雲平さんを」
手伝いを名乗り出た祝に、苦笑いしながら雲平の方を指さす。いつの間にかチトセとユキの相席でおとなしくしていた。が、目は食べ物に釘付けになっている。視線を感じたのか杏仁と祝の方に視線を向けてはっとした様子で立ち上がり、手伝いを申し出ようとするもその前に杏仁はもうできてるから大丈夫ですと言えばその視線は祝に向かった。
「祝、焼こう。早く」
「はいはい。っと、そっちのテーブルは大丈夫? 手伝い必要?」
「いえ、大丈夫です。おじさんにも手伝ってもらいますし」
「俺ぇ?」
気を配った祝に、錦玉が淡々とそう告げる。氏名された蟲毒はにやにや笑いながら自分を指さした。錦玉は焼いてくれないの? と聞けば閻魔さんの分は焼きますよとこれまた平坦に返された。閻魔がどこか得意げだったのは気のせいだろうか。
*
そんなこんなで少し早めの賄いが始まった。じゅう、と音を立てて鳥串を焼く間に杏仁が茶碗蒸しと、小鉢に筑前煮を持ってきた。我慢できなかった雲平がいの一番に箸を伸ばす。人参を口に入れれば特有の甘味と出汁の甘味が口いっぱいに広がった。もむ、とゆっくり咀嚼して次は牛蒡を、そして蓮根、シイタケと次々に口に入れては噛み締める。
「ちょっと平ちゃん、ユキちゃんの分も残しておいてよ?」
「……ごめん。止まらないかと思った」
申し訳なさそうに雲平がそう言いながら小鉢をチトセへ渡す。必要な分を小皿に取り分けて「ユキちゃん、筑前煮だって。ちゃんと噛んで食べるんだよ」と言いながら手渡す。
「もう、わかってるよお兄ちゃん! ユキはそこまで小さな子じゃないもん!」
「あはは、そうだね。ごめんごめん」
そう悪びれながら兄妹そろって野菜を口に入れて、一瞬後にん~! と歓喜の声を上げた。どれ、と串を焼いていた祝も口に入れて頬を緩ませる。
「杏仁、結構甘めに作ったね? ユキちゃん向け?」
「はい。一応甘さ控えめも作ったんですけど、これくらいなら大人が食べても大丈夫かなって」
「ユキ専用!? これユキだけの!?」
「ふふ。そうですね、ユキさん専用です」
そう言えばユキはぱぁっと満面の笑顔を咲かせた。そしてどこか得意げに小鉢を差し出す。雲平さんとお兄ちゃんと祝さんにもおすそわけ!そんな声に雲平はありがとう、とどこか柔らかく返し祝はご相伴に預かるね、と優しく返す。チトセは机に額を勢いよくぶつけながら「今日もユキちゃんがかわいい……」と呻いていた。そんな彼を知ってか知らずか、ユキは茶碗蒸しに手を伸ばす。暖かいのもできますからね、という言葉にそっちも食べたいと返してからスプーンを差し込んだ。
ほんの少しの弾力のあと、するりとくりぬかれたそれを口に入れる。つるりと喉を通っていく。優しい出汁の味も、冷たくするとここまではっきりとした味になるのか。そこまでユキが考えたのかはわからない。
一瞬硬直したユキは、はぁぁああ、と大きく息を吐きだした。
「すんごい……美味しい……! ぷるぷるで、冷たくて、プリンみたいだけどプリンじゃなくてぇ……!」
「……!!」
彼女の幼い食レポにつられたのだろう、筑前煮をまた抱えていた雲平が茶碗蒸しに手を伸ばして口にする。そしてユキの顔を見ながらすごい勢いで頷いてから、祝に向き直る。
「メニュー化、しよう。企画は僕考えるから」
「さすがに甘味処で茶碗蒸しは難しいんじゃないか?」
至極真面目な雲平に祝は苦笑いを返す。そのそばではチトセが「杏ちゃん僕暖かいのお願いしまーす!」と叫んでいた。もちろん杏仁の返事はOKである。
わあわあと賑やかなテーブルを見ながら錦玉まもぐ、と焼き鳥を咀嚼していた。炭火で焼いた鶏肉は鉄板で通すのとは違い柔らかく焼きあがっている。口に入れて最初に感じるのはほんのりついた炭の香りだが、すぐにパンチの聞いた濃い味噌ダレが口いっぱいに広がった。
「……少し、濃い?」
準備してもらった手前、あまり大きな声で言うつもりはなかったのだろう。そうぼやいた錦玉の声はしっかり杏仁に届いていたらしい。しかし怒るでもなく、にこにこしながら錦玉の前にグラスを置く。
「えっ?」
「こちらの席に座る人は、これくらいのがいいでしょう?」
そうやって笑顔とともにグラスに黄金色が注がれる。ぱちぱちと気泡を飛ばしながら白い泡がグラスの縁ギリギリまで盛り上がる。綺麗に比率七:三。泡はこぼれてしまいそうだ。錦玉は礼もそこそこにグラスを引っ掴んでぐい、と煽る。
口に残っていた焼き鳥の味が、きりっとした辛味と苦みで押し流される。リセットされた口内は柔らかな泡の感触とほろ苦さだけが残っていた。
思わず、はぁと息を吐きだす。それは錦玉だけではなく閻魔や蟲毒も同じだったらしい。至福の顔を隠しもしない。少しの間、三人は黙々と串とグラスを交互させる羽目になった。
酒飲みの心、わかりすぎでは? 一息ついた錦玉がそう思うよりも早く杏仁が次を差し出してきた。
どん、と置かれた茶色の山。
「……鳥皮のから揚げと、しいたけ?」
「杏仁。これも常連から?」
「はい。大きいシイタケだったし筑前煮でも使いきれそうになかったのでマヨネーズとチーズをのせて焼きました」
それを聞きながらまじまじとシイタケを見ている錦玉の隣でぱり、と小気味いい音がした。
「ん、塩……と、こっちは醤油につけたの? ちょっと味違う気がするんだけど」
「はい、お好みでどうぞ」
「気が利くね。俺、塩のが好きかも」
ありがとね~、とそういいながら行儀悪く鳥皮のから揚げを摘まむ蟲毒に、錦玉もつられて手を伸ばす。口に入れたのは醤油だったらしい。ぱりぱりと小気味よく口の中で割れては鳥の旨味と醤油の香りが広がった。それをまたビールで押し流す。酒飲みの心、掴みすぎでは?
「酒飲みの心、掴みすぎでは?」
「ふふ、私の英才教育のお陰かもしれないぞ」
「閻魔さんはもう少し控えてほしいし私の部屋にお酒を置いていくのやめてください」
心の声がそのまんま出てしまった錦玉に、なぜか得意げな閻魔が答え、それに杏仁がぴしゃりと突っ込んだ。面白かったのだろう、蟲毒が噴出して小さく笑い、それにつられて錦玉の口角が少しだけ上がる。それに突っ込むなんて野暮な真似は誰もしなかった。
「ねえ、それ。お酒飲まないと、食べちゃだめ?」
落着きあるテーブルに、食いしん坊がやってきた。物欲しそうに鳥皮のから揚げとシイタケのピザ(何と呼称すればいいのか錦玉にはわからなかったのでそう言うことにした)を見てくる雲平にはあ、と息を吐き出す。
「そんな言い方しなくても、欲しいくださいでいいじゃないですか」
「ごめん。じゃあほしい、ください」
そっくりそのまま言ってくる雲平に呆れながら皿ごと渡す。ありがとう、と受け取った彼は立ったままその場でぱりぱりと食べ始めてしまった。そして止まらないし、席へ戻らない。
「テーブルに戻ってから食べてくださいよ。うわ、破片落ちた」
「後で完璧に掃除する。今はから揚げのおいしいを逃がさないように、食べるのが最優先」
「あー! 平ちゃんずるい! こっちもってきてよ! というか錦ちゃんも教えてくれたらいいのに!」
「私の取り分が減るので」
「けちー!」
「けち」
子供のように男二人掛りやいのやいのされた錦玉は、しょうもないと思いつつふと少しだけ意地悪な心が首をもたげた。
「じゃあ、何かと交換で。こちらからばかり持って行かれるのは納得できないですね」
「え」
「交換です、交換。ほら、何を出してくれるんです?」
ほらほら、と手のひらを雲平に向けてやればあ、とかう、と呻く。しばらく考えた彼はのそ、と自分のテーブルに戻ると冷えたおにぎりを恐る恐る差し出してきた。これ見よがしに少し大げさにため息をつく。
「揚げたてのから揚げの代わりがこれですか」
「これしか、残ってなくて」
「ほとんど雲平が食べちゃったしね」
祝が苦笑しながらそう答えるのを聞いてしょうがないですね、とおにぎりを受け取った。ほっとした様子の雲平が自分の席に戻るのを見ながら、さすがに冷えたおにぎりにビールは合わないかと錦玉がそう思った時だった。
「それ焼いてくれますか?」
はた、と顔を上げたら小壺を抱えた杏仁がにこにこと立っている。また何かするのか、と思いながら言われるまま網の上におにぎりを並べた。
おにぎりに焦げ目がつくと、杏仁は壺に匙を突っ込んでそれを乗せ広げた。茶色いそれにあ、となりつつ様子を見ていると、さらに真ん中へ白い何かを乗せる。
そして徐に杏仁は、ガスバーナーでそれを炙り出した。じじ、と音を立てながら上に乗せたものに焦げ目をつけていく。ふわりと広がった香りに思わず目をぱちぱちさせる。
「味噌と……チーズ、ですか?」
「はい。肉みそとモッツァレラチーズです。以外とおいしいんですよ」
そういいながら空いてる皿に焼きおにぎりにを乗せて差し出される。ありがとうございます、と言ってから箸で割って、口に運んだ。そしてビールを煽る。
焦げ目のついた濃いめの肉みその香ばしさを感じ、その辛さの角をとるようにチーズのまろやかさに追いついてくる。噛めば広がるのはその二つだけでなく白米の甘味も強く感じる。意外と会うのだ、ビールに。おにぎりなのに。
「……英才教育、大成功してるじゃないですか」
「そうだろう?」
思わず閻魔を見た錦玉に、彼女は得意げな顔を隠しもしなかった。そのまま杏仁の後ろ姿を見る。向こうのテーブルでも焼きおにぎりを、しかしこちらはスタンダードな醤油で焼いていた。
*
「さすがに、もうおなか一杯」
雲平が自分の腹をゆっくり摩る。”あび”きっての大食いがこれなのだ。他のメンバーは当然満腹だった。
しかし満足そうだったユキがくん、と鼻を鳴らす。
「? どうしたのユキちゃん」
「なんだか、甘い匂いがするの」
ふん、ふんと匂いを辿る。ユキの顔は厨房に向いていて、それを見た閻魔がはっとした顔で勢いよく立ち上がり厨房へ駈け込んで、叫んだ。
「杏仁! もう皆食べれないから追加でケーキを焼こうとするんじゃない! って、クッキーがもう出来てる!? プリンアラモードも!? あ、アイスまで……!? まちなさい、ま……作りすぎだ!」
その声に、蟲毒が爆笑し椅子ごと後ろへひっくり返った。
スイーツは次の日、スタッフでおいしくいただきました、とのことだ。畳む