基本うちよそ、自キャラの話。時系列は順不同。TRPGシナリオ・FF14メインストーリーのネタバレがある作品があります。記載しているのでご注意ください。R18タグの作品のパスワードは関連CPのどちらかの身長で開きます。
四季送り現行未通過×うちよそです。
注意
実際にあるお店の名前が出ています。知人から聞いた話を想像し誇張して書いていますので苦手な場合は読まないでください。
#CoC #ネタバレ #四季送り #うちよそ
策士というには余りに拙く、けれども標的は意外と気付かないもので。
「”あび”、休み?」
そう不思議そうに祝に聞いたのは箒を手にし、掃除をしようとしていた雲平だった。テーブルを拭いていた錦玉やチトセも彼の方を見る。
「えっ、なんかあったの? もしかしてノーチラス関係の事で警察きた?」
「…それとも、四季送りとしての仕事です? 何か出た、とか」
「いや違う違う! 厨房の水回りがちょっと傷んできててさ、修理頼んだんだよ。その間は流石に料理を提供できないから。ついで気になってたところも修繕してもらおうと思ってさ。それに色々あっただろ? お店としては休んでたこともあったけど、せっかくだしみんなにまとまった休みでも、と思ってさ」
そう言う祝の顔もどこか疲れた様子だ。それもそうだ、厨房の一角を担っていた彼は現在慣れていない業務も兼ねて行っている。落ち着いたら一休みしたいねとは話していたが、いかんせんやることが多すぎたのだ。一向に落ち着くことなくずっと働き詰めだった。そしてそれは四季送りと呼ばれた四人もそうだったわけで。
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます。期間はどれくらいになりそうなんです?」
「そうだね…明日のお昼には業者さんが入ってくれて、二日あれば終わるらしいらしいから明日から三日間くらいかな。俺は一日早めに出る予定だけどね。修理した後の状態も確認したいし」
「そうですか。何するかな……」
「……祝、僕、休み方よくわからない」
「雲平は休みの練習がてら俺とのんびりしようか。色々試作してみるから味見してくれる?」
「する。やる。今日レポート用紙とボールペンの予備買ってかえる」
「いやのんびりでいいんだって。そうだ、錦玉も時間あったらおいでよ」
「別にいいです。時間潰すところはありますし」
「あはは、気が向いたらでいいんだって」
そんなことを祝たちが話している横で、チトセは妹に声を掛ける。
「ユキちゃんどこか出かけない? 行きたいところある? せっかくの連休なんだしさ」
せっかくだから、賑やかなところや動物とかと触れ合える場所だと楽しいかな? そう思いながらユキを見れば、ユキは御籤と顔を見合わせて、首を横に振った。
「ううん! 大丈夫、ユキは御籤ちゃんと遊ぶから!」
「え、えっ!? じゃあ御籤ちゃんも一緒に……」
「いや、二人で遊ぶからいーよ。クロッシェにも行ってみたいし、ユキに似合うアクセサリー見に行くんだ」
「ユキも御籤ちゃんに選んであげるんだぁ!」
「そ、そうなの…そっか、うん……えっでも心配だからお兄ちゃんもついて行くよ!?」
「あたしいるから大丈夫だろ」
「うんうん、ユキも目が見えるから大丈夫!」
邪気なく断られて、チトセは行き場のなくなった手を宙で遊ばせたままそ、そっか、気をつけてねと半ば呆然としながら返事をする。兄からのお許しがでたユキと神籤はその場でやったぁ! を声を上げてやれどこにいこう何しようと相談し始めた。
その様子を見ながらショックを受けつつ、ああ、今日もユキちゃんがかわいい……と癒されてるんだかそうじゃないんだかよく分からない感情で落ち込んだチトセの服がくい、と控えめに引かれた。
振り返れば先ほどまで修繕してもらう場所を片付けていた杏仁がチトセを見上げている。
「? どしたの杏ちゃん」
「あの、もしよかったら少し付き合って欲しい場所があるんですけどいいですか?」
ちょっと欲しいものがあって、と続ける彼女にわかった、手伝うよと日時を決めて約束する。
――その様子を遠目で見ていた錦玉はこう思ったらしい。「素直にデートしたいって言えばいいじゃないですか」と。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
翌日、チトセは集合場所に指定された店で待っていた。業者が入る、ということで平日休みだからか清水寺の近いこの近辺も人が少ない。だから、杏仁がお待たせしましたと駆け寄ってきたのをすぐ見つけることができた。ふわりと揺れたチュールスカートとちらりと見えたブーツに目を瞬かせる。
「珍しいね、上は着物だけどスカートだ」
「はい、この間こんな感じの着こなしをしてる人を見かけて真似してみました。変じゃないですか?」
「ううん、かわいい。普段純和風! って感じの着物だから新鮮だ」
「ありがとうございます。千歳さんも私服、かっこいいですよ」
ふわりとはにかんで杏仁はいきましょうかと店内へ入っていく。一瞬固まっていたチトセはさらっと褒められたことに時間差で顔に熱を篭らせてもお、と小さく呟いた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
入ってわかったのだが、店ではなく瑞光窯という陶芸の工房だったらしい。あれ、買い物するんじゃないの? そう首をかしげているチトセの隣で杏仁は受付で手続きをしていた。そして、あれよあれよと言わんばかりに案内される。席に案内されるとひざ掛けを貸し出されていた。
目の前にはろくろと、のっぺりとした粘土の塊がひとつ。状況を飲み込めないまま見た隣には、同じくひざ掛けをした杏仁が早速スタッフに教えてもらいながら粘土に手を這わせていた。ゆっくりと動かす手に合わせて粘土が少しずつ整形されていく。普段から器用なんだろうな、と思っていたのは実際その通りで、時間が掛かりながらも綺麗に仕上がっていく。
(綺麗だなぁ)
それをぼんやり見ていたら、大丈夫ですか? とスタッフに声をかけられた。我に帰ったチトセは後で理由を杏仁に聞くとして、今はやってみようと粘土に手を伸ばす。
思った以上に粘土は柔らかく中々思うとおりにならない。隣の杏仁の様子をみては少しずつ焦ってくる。それに呼応するかのようにぐにゃりと曲がってしまうそれにはぁ、とため息を付いてしまう。
と、隣で指導してくれていたスタッフが安心させるように声をかけた。
「お客様、大丈夫ですよ。最初は誰でもこんな感じですし」
「え? あ、はい! あはは、ちょっと恥ずかしいなぁ……」
「思うに、綺麗に仕上げようとしすぎて力んじゃってるのかなって思います。自分もそうですし」
「スタッフさんも?」
「あはは、先生にはよく怒られますよ。でも、そうですね……どんな形になったってお客様が作ったものは世界にひとつだけですから、上手く作るよりも楽しく作ったほうがいいかもしれませんよ」
その言葉にきょとんとして、それもそうだと思ったら、さっきまでムキになって取り掛かっていた自分がおかしくてふはっと笑い出す。驚いたのか隣で杏仁の粘土がぐにゃりと曲がったのが見えて、ああ、こういうことかなと何となく思った。思うままに手を動かせば、今度は曲がることなく整形されていく。それが嬉しくて楽しくて、早く共有したくなって思わず隣を見た。
「ねえ杏ちゃん、粘土遊びって大人になっても楽しいね」
「……はい。楽しいですね」
しかもこのあと、カップになるんですよ? この粘土。
そう言う杏仁の声も楽しげに揺れていて、同じ気持ちなのかもとチトセも嬉しくなった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
次に連れてこられたのは大阪屋マーケット。ここで買い物かな? と思うも中に入ってチトセは買い物という目的が頭からすっぽ抜けてしまうくらい驚いた。
外観はお世辞にも言い難いのだが、中には店舗がひしめき合って活気づいている。入っている店舗に規則性は全くなく、混沌としている。けれども、どれも魅力的で思わずユキちゃん、と思ってしまった。
「この中のお店で、ユキさんが喜びそうなものを見つけたんです。一緒に選びましょう」
そんな杏仁からの言葉に心読まれた!? と一瞬動揺する。が、そんなことはなく元々そのつもりだったらしい杏仁はチトセの手を引いて歩いていく。普段一緒に歩くと人ごみに流されそうになっている彼女が、目的地をしっかり持って歩くのは始めて見たな、と引っ張られながらチトセは思った。
さて、杏仁の案内であおぞらと言う店舗の中に入ると、少しだけ色あせた花々が所狭しと並んでいる。所謂ドライフラワーと言うものなのだが、どれも状態が良く、またそれを使ったのだろうインテリア雑貨が並んでいた。見ていて楽しいな、と思いながら妹が喜びそうなものを探していると、ちょいちょちと服の裾を引っ張られる。振り返れば杏仁が小さなあみぐるみを持ってきていた。
「ぬいぐるみ? かわいいね、杏ちゃんそれ買うの?」
「どうしましょうね? 私の分は考え中なんですけど、これならユキさんも楽しいんじゃないかなって思います。手触りもいいし、種類も多くて。猫や猿なんかもあるんです。ユキさんはどれが好きなんですか?」
「え? うーん…基本的になんでも喜んでくれるんだけど……選ぶなら、一番喜んでもらえそうなものがいいなぁ……あ、これとかいいかも」
そう言って手にとったのはクリーム色のうさぎのあみぐるみだった。身につけるものではない、お守りというわけでもない。ただ、ほんの少しだけ願いを込める。
ユキは、戻ってきてからいろんなものを見るたびに感動していた。音や匂いで世界に触れていた彼女に加わった色彩と造形と名のついた世界のひとかけら。なら一等かわいくて優しい色を見てほしい。二度目の生がもっと優しく鮮やかであってほしい。
その様子に何故か、杏仁がどこかホッとした顔になる。どうしたのかと聞く前にさっとそのあみぐるみを取り上げて、彼女は踵を返してカウンターへ向かってしまう。あまりの速さに一瞬呆然と小さな背中を見送ったが、慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと杏ちゃん! お金、僕払うよ!」
「まとめて支払った方が早いと思いますし。後でちゃんと請求しますよ」
「そ、そう? じゃあ、後でレシート見せて」
「はい」
にこにこと微笑みながら頷いた杏仁を見送る。ふと、ひときわ鮮やかな色を視界に引っ掛けてなんだろう? とそちらを見た。
小さなガラスドームだ。中には色とりどりの花が詰められている。これはブリザーブドフラワーなのだろうか、店内のドライフラワーよりもはっきりとした色味をしていた。
一瞬、杏仁にと考える。が、彼女がこういうものを好むのか正直聞いたことがない。渡せばなんでも嬉しそうに受け取ってくれる彼女だから、反応から本当に好きなの探るのも難しいだろう。
(今度、料理以外の好きなものとかも聞いてみよう)
どうせなら、一番喜んで欲しいし。ふわりと生まれた柔らかい感情がほんの少しくすぐったくて、顔に熱が籠る。何自分で考えたことで照れてるんだろう。
どうしました? 会計から戻ってきた杏仁に見上げられながらそう聞かれてなんでもない! と慌てたのは仕方ない。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
もう用事は終わりました。杏仁がそう言ってじゃあ途中まで送っていくよ、と帰路につく。なんとなく買い出し、というには買い物はしていないなぁとチトセが考えた時だった。
「あ! お兄ちゃんだ!」
そう言ってチトセへ手を振るユキと、反対側の手を繋いで荷物を持っている御籤の姿があった。
「ユキちゃんにみっちゃん! 買い物、どうだった? 楽しかった? あっこれお土産!」
チトセはすぐに駆け寄って例のあみぐるみを差し出した。喜んでもらえるかな、と思っていたチトセはしかし、ユキの言葉に固まった。
差し出されたお土産をにこにこと受け取ってお礼を言いながら、ユキは言う。杏仁を見ながら。
「杏仁お姉ちゃん、お兄ちゃんとデート、成功した?」
「は?」
思わず出た「は?」だった。そして勢いよく杏仁のいた方を見る。
顔を真っ赤にして固まっている杏仁がそこにいた。
「えっ、言ってなかったのか? 今日は二人がでーと? ってユキと錦玉と祝が言ってたんだけど」
更に、御籤からの追い打ち。雲平が気づいているかは知らないが、どうやらそれ以外のメンバーは杏仁の目論見などとっくに気が付いていたらしい。知らなかったのはチトセ本人だけだった。
なんで気づいて、あの、だって、えっと。もごもごと何かを言い訳しようと、しかし事実過ぎるが故に返す言葉もない杏仁にチトセは思わず
「先に言ってよ!!!!」
と、京都駅の真ん前で叫ぶ羽目になったのだった。
「普通に誘えばいいじゃないですか、公認なんですから」
「そ、そういう問題じゃ、あああああ………!!」畳む
注意
実際にあるお店の名前が出ています。知人から聞いた話を想像し誇張して書いていますので苦手な場合は読まないでください。
#CoC #ネタバレ #四季送り #うちよそ
策士というには余りに拙く、けれども標的は意外と気付かないもので。
「”あび”、休み?」
そう不思議そうに祝に聞いたのは箒を手にし、掃除をしようとしていた雲平だった。テーブルを拭いていた錦玉やチトセも彼の方を見る。
「えっ、なんかあったの? もしかしてノーチラス関係の事で警察きた?」
「…それとも、四季送りとしての仕事です? 何か出た、とか」
「いや違う違う! 厨房の水回りがちょっと傷んできててさ、修理頼んだんだよ。その間は流石に料理を提供できないから。ついで気になってたところも修繕してもらおうと思ってさ。それに色々あっただろ? お店としては休んでたこともあったけど、せっかくだしみんなにまとまった休みでも、と思ってさ」
そう言う祝の顔もどこか疲れた様子だ。それもそうだ、厨房の一角を担っていた彼は現在慣れていない業務も兼ねて行っている。落ち着いたら一休みしたいねとは話していたが、いかんせんやることが多すぎたのだ。一向に落ち着くことなくずっと働き詰めだった。そしてそれは四季送りと呼ばれた四人もそうだったわけで。
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます。期間はどれくらいになりそうなんです?」
「そうだね…明日のお昼には業者さんが入ってくれて、二日あれば終わるらしいらしいから明日から三日間くらいかな。俺は一日早めに出る予定だけどね。修理した後の状態も確認したいし」
「そうですか。何するかな……」
「……祝、僕、休み方よくわからない」
「雲平は休みの練習がてら俺とのんびりしようか。色々試作してみるから味見してくれる?」
「する。やる。今日レポート用紙とボールペンの予備買ってかえる」
「いやのんびりでいいんだって。そうだ、錦玉も時間あったらおいでよ」
「別にいいです。時間潰すところはありますし」
「あはは、気が向いたらでいいんだって」
そんなことを祝たちが話している横で、チトセは妹に声を掛ける。
「ユキちゃんどこか出かけない? 行きたいところある? せっかくの連休なんだしさ」
せっかくだから、賑やかなところや動物とかと触れ合える場所だと楽しいかな? そう思いながらユキを見れば、ユキは御籤と顔を見合わせて、首を横に振った。
「ううん! 大丈夫、ユキは御籤ちゃんと遊ぶから!」
「え、えっ!? じゃあ御籤ちゃんも一緒に……」
「いや、二人で遊ぶからいーよ。クロッシェにも行ってみたいし、ユキに似合うアクセサリー見に行くんだ」
「ユキも御籤ちゃんに選んであげるんだぁ!」
「そ、そうなの…そっか、うん……えっでも心配だからお兄ちゃんもついて行くよ!?」
「あたしいるから大丈夫だろ」
「うんうん、ユキも目が見えるから大丈夫!」
邪気なく断られて、チトセは行き場のなくなった手を宙で遊ばせたままそ、そっか、気をつけてねと半ば呆然としながら返事をする。兄からのお許しがでたユキと神籤はその場でやったぁ! を声を上げてやれどこにいこう何しようと相談し始めた。
その様子を見ながらショックを受けつつ、ああ、今日もユキちゃんがかわいい……と癒されてるんだかそうじゃないんだかよく分からない感情で落ち込んだチトセの服がくい、と控えめに引かれた。
振り返れば先ほどまで修繕してもらう場所を片付けていた杏仁がチトセを見上げている。
「? どしたの杏ちゃん」
「あの、もしよかったら少し付き合って欲しい場所があるんですけどいいですか?」
ちょっと欲しいものがあって、と続ける彼女にわかった、手伝うよと日時を決めて約束する。
――その様子を遠目で見ていた錦玉はこう思ったらしい。「素直にデートしたいって言えばいいじゃないですか」と。
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翌日、チトセは集合場所に指定された店で待っていた。業者が入る、ということで平日休みだからか清水寺の近いこの近辺も人が少ない。だから、杏仁がお待たせしましたと駆け寄ってきたのをすぐ見つけることができた。ふわりと揺れたチュールスカートとちらりと見えたブーツに目を瞬かせる。
「珍しいね、上は着物だけどスカートだ」
「はい、この間こんな感じの着こなしをしてる人を見かけて真似してみました。変じゃないですか?」
「ううん、かわいい。普段純和風! って感じの着物だから新鮮だ」
「ありがとうございます。千歳さんも私服、かっこいいですよ」
ふわりとはにかんで杏仁はいきましょうかと店内へ入っていく。一瞬固まっていたチトセはさらっと褒められたことに時間差で顔に熱を篭らせてもお、と小さく呟いた。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
入ってわかったのだが、店ではなく瑞光窯という陶芸の工房だったらしい。あれ、買い物するんじゃないの? そう首をかしげているチトセの隣で杏仁は受付で手続きをしていた。そして、あれよあれよと言わんばかりに案内される。席に案内されるとひざ掛けを貸し出されていた。
目の前にはろくろと、のっぺりとした粘土の塊がひとつ。状況を飲み込めないまま見た隣には、同じくひざ掛けをした杏仁が早速スタッフに教えてもらいながら粘土に手を這わせていた。ゆっくりと動かす手に合わせて粘土が少しずつ整形されていく。普段から器用なんだろうな、と思っていたのは実際その通りで、時間が掛かりながらも綺麗に仕上がっていく。
(綺麗だなぁ)
それをぼんやり見ていたら、大丈夫ですか? とスタッフに声をかけられた。我に帰ったチトセは後で理由を杏仁に聞くとして、今はやってみようと粘土に手を伸ばす。
思った以上に粘土は柔らかく中々思うとおりにならない。隣の杏仁の様子をみては少しずつ焦ってくる。それに呼応するかのようにぐにゃりと曲がってしまうそれにはぁ、とため息を付いてしまう。
と、隣で指導してくれていたスタッフが安心させるように声をかけた。
「お客様、大丈夫ですよ。最初は誰でもこんな感じですし」
「え? あ、はい! あはは、ちょっと恥ずかしいなぁ……」
「思うに、綺麗に仕上げようとしすぎて力んじゃってるのかなって思います。自分もそうですし」
「スタッフさんも?」
「あはは、先生にはよく怒られますよ。でも、そうですね……どんな形になったってお客様が作ったものは世界にひとつだけですから、上手く作るよりも楽しく作ったほうがいいかもしれませんよ」
その言葉にきょとんとして、それもそうだと思ったら、さっきまでムキになって取り掛かっていた自分がおかしくてふはっと笑い出す。驚いたのか隣で杏仁の粘土がぐにゃりと曲がったのが見えて、ああ、こういうことかなと何となく思った。思うままに手を動かせば、今度は曲がることなく整形されていく。それが嬉しくて楽しくて、早く共有したくなって思わず隣を見た。
「ねえ杏ちゃん、粘土遊びって大人になっても楽しいね」
「……はい。楽しいですね」
しかもこのあと、カップになるんですよ? この粘土。
そう言う杏仁の声も楽しげに揺れていて、同じ気持ちなのかもとチトセも嬉しくなった。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
次に連れてこられたのは大阪屋マーケット。ここで買い物かな? と思うも中に入ってチトセは買い物という目的が頭からすっぽ抜けてしまうくらい驚いた。
外観はお世辞にも言い難いのだが、中には店舗がひしめき合って活気づいている。入っている店舗に規則性は全くなく、混沌としている。けれども、どれも魅力的で思わずユキちゃん、と思ってしまった。
「この中のお店で、ユキさんが喜びそうなものを見つけたんです。一緒に選びましょう」
そんな杏仁からの言葉に心読まれた!? と一瞬動揺する。が、そんなことはなく元々そのつもりだったらしい杏仁はチトセの手を引いて歩いていく。普段一緒に歩くと人ごみに流されそうになっている彼女が、目的地をしっかり持って歩くのは始めて見たな、と引っ張られながらチトセは思った。
さて、杏仁の案内であおぞらと言う店舗の中に入ると、少しだけ色あせた花々が所狭しと並んでいる。所謂ドライフラワーと言うものなのだが、どれも状態が良く、またそれを使ったのだろうインテリア雑貨が並んでいた。見ていて楽しいな、と思いながら妹が喜びそうなものを探していると、ちょいちょちと服の裾を引っ張られる。振り返れば杏仁が小さなあみぐるみを持ってきていた。
「ぬいぐるみ? かわいいね、杏ちゃんそれ買うの?」
「どうしましょうね? 私の分は考え中なんですけど、これならユキさんも楽しいんじゃないかなって思います。手触りもいいし、種類も多くて。猫や猿なんかもあるんです。ユキさんはどれが好きなんですか?」
「え? うーん…基本的になんでも喜んでくれるんだけど……選ぶなら、一番喜んでもらえそうなものがいいなぁ……あ、これとかいいかも」
そう言って手にとったのはクリーム色のうさぎのあみぐるみだった。身につけるものではない、お守りというわけでもない。ただ、ほんの少しだけ願いを込める。
ユキは、戻ってきてからいろんなものを見るたびに感動していた。音や匂いで世界に触れていた彼女に加わった色彩と造形と名のついた世界のひとかけら。なら一等かわいくて優しい色を見てほしい。二度目の生がもっと優しく鮮やかであってほしい。
その様子に何故か、杏仁がどこかホッとした顔になる。どうしたのかと聞く前にさっとそのあみぐるみを取り上げて、彼女は踵を返してカウンターへ向かってしまう。あまりの速さに一瞬呆然と小さな背中を見送ったが、慌てて追いかけた。
「ちょ、ちょっと杏ちゃん! お金、僕払うよ!」
「まとめて支払った方が早いと思いますし。後でちゃんと請求しますよ」
「そ、そう? じゃあ、後でレシート見せて」
「はい」
にこにこと微笑みながら頷いた杏仁を見送る。ふと、ひときわ鮮やかな色を視界に引っ掛けてなんだろう? とそちらを見た。
小さなガラスドームだ。中には色とりどりの花が詰められている。これはブリザーブドフラワーなのだろうか、店内のドライフラワーよりもはっきりとした色味をしていた。
一瞬、杏仁にと考える。が、彼女がこういうものを好むのか正直聞いたことがない。渡せばなんでも嬉しそうに受け取ってくれる彼女だから、反応から本当に好きなの探るのも難しいだろう。
(今度、料理以外の好きなものとかも聞いてみよう)
どうせなら、一番喜んで欲しいし。ふわりと生まれた柔らかい感情がほんの少しくすぐったくて、顔に熱が籠る。何自分で考えたことで照れてるんだろう。
どうしました? 会計から戻ってきた杏仁に見上げられながらそう聞かれてなんでもない! と慌てたのは仕方ない。
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
もう用事は終わりました。杏仁がそう言ってじゃあ途中まで送っていくよ、と帰路につく。なんとなく買い出し、というには買い物はしていないなぁとチトセが考えた時だった。
「あ! お兄ちゃんだ!」
そう言ってチトセへ手を振るユキと、反対側の手を繋いで荷物を持っている御籤の姿があった。
「ユキちゃんにみっちゃん! 買い物、どうだった? 楽しかった? あっこれお土産!」
チトセはすぐに駆け寄って例のあみぐるみを差し出した。喜んでもらえるかな、と思っていたチトセはしかし、ユキの言葉に固まった。
差し出されたお土産をにこにこと受け取ってお礼を言いながら、ユキは言う。杏仁を見ながら。
「杏仁お姉ちゃん、お兄ちゃんとデート、成功した?」
「は?」
思わず出た「は?」だった。そして勢いよく杏仁のいた方を見る。
顔を真っ赤にして固まっている杏仁がそこにいた。
「えっ、言ってなかったのか? 今日は二人がでーと? ってユキと錦玉と祝が言ってたんだけど」
更に、御籤からの追い打ち。雲平が気づいているかは知らないが、どうやらそれ以外のメンバーは杏仁の目論見などとっくに気が付いていたらしい。知らなかったのはチトセ本人だけだった。
なんで気づいて、あの、だって、えっと。もごもごと何かを言い訳しようと、しかし事実過ぎるが故に返す言葉もない杏仁にチトセは思わず
「先に言ってよ!!!!」
と、京都駅の真ん前で叫ぶ羽目になったのだった。
「普通に誘えばいいじゃないですか、公認なんですから」
「そ、そういう問題じゃ、あああああ………!!」畳む
ソード・ワールド2.5 アイジュネ
#ソドワ #うちよそ
無辜にして、強欲
「ジュネ殿」
中性的な声に一瞬びくりと体が跳ねる。これは彼女に呼ばれたからではなく、誰かに呼ばれると自然と驚いてしまうから許してほしい。名前を呼ばれて、その後に続く行為への連想がどうしても止められない。思わずフードの端を引っ張って顔を隠す。
「……」
取り合えず立ち止まって振り返る。案の定、そこにはフルアーマーを装備した冒険者がいた。一度だけその顔を酒場で見たことはあるけど、あれ以来見ていない。興味もないから見たいとも思わないし。
「今度、大規模な魔物の掃討作戦が都市から降りたらしい」
「……知ってる。受けた」
「そうか、なら今度も組んではもらえないだろうか? まだ貴殿以外の既知はいないし、もう少し戦い方を参考にしたい」
「……臨時パーティーなら、他にも」
「貴殿だと安心なんだ。無理にとは言わないが」
そこまで言われると、何となく断りづらい。
「準備、しておいて」
ああ、わかった。協力に感謝する。
その声が何となく嬉しそうに聞こえた気がして、余計わからなくなる。なんで俺なんだろう。
*
(……わけわかんないって、思ってたんだけどなぁ?)
久々に見た夢はアイラと知り合ってまだ間もない頃のことだった。どうして自分なのかわからなくて、今思うと結構失礼なことを言ったりしたりした気がする。
隣で俺を抱きしめながら寝てるアイラを見る。ふにゃふにゃしてて、ちょっとだけよだれが出てる。それがなんだかかわいくて思わず笑ってしまった。
今一緒にいるのは、きっと刷り込みのようなものなんだろうなとは思う。俺(ナイトメア)に対して、変な偏見なく、弱っているのだからこの家の物を持ち出すなんて簡単だっただろうに、それもしないで俺の看病なんてして。俺が一番してほしかったことをしてくれた。
その後風邪を移してしまって彼女も寝込んだんだけど、その間に一緒にいてそれが当たり前に感じた。彼女からそろそろ帰らなきゃなんて言葉が出たときは……怖かった。
そう、怖かった。俺のことを唯一認めてくれた彼女が離れていくことが。
だから引き留めた。俺の為だけの安全地帯に彼女を閉じ込めた。
それについては、少しくらいの罪悪感はある。でも、そんなことよりも彼女と過ごせることの方がうれしい。
いいじゃないか、世界から嫌われているんだから。人目のつかない端っこで、好きな人を閉じ込めるくらいの幸せが俺にもあったって。
アイラは俺をかわいいっていう。正直複雑に思いもするけど、アイラがそういうなら俺はそれでいい。ずっとアイラの為のかわいいジュネでいよう。そうしたらきっと、アイラもここから離れてなんていかないはずだから。
垂れてるよだれを起こさないように拭く。口がもにゃもにゃ動いて起こしちゃったかなと思ったけどそうでもなさそうで一安心。俺の前で安心して起きることもしない。そうだよ、ここは安心できるんだ。息ができるんだよ。ここだけだよ、アイラ。安心できるのは。
「アイラ、かわいい」
俺の幸せ。かわいいアイラ。どこにも行かないで。めいっぱい幸せにして安心させてあげるから。
今自分がどんな顔をしてるかなんて、知らないな。畳む
#ソドワ #うちよそ
無辜にして、強欲
「ジュネ殿」
中性的な声に一瞬びくりと体が跳ねる。これは彼女に呼ばれたからではなく、誰かに呼ばれると自然と驚いてしまうから許してほしい。名前を呼ばれて、その後に続く行為への連想がどうしても止められない。思わずフードの端を引っ張って顔を隠す。
「……」
取り合えず立ち止まって振り返る。案の定、そこにはフルアーマーを装備した冒険者がいた。一度だけその顔を酒場で見たことはあるけど、あれ以来見ていない。興味もないから見たいとも思わないし。
「今度、大規模な魔物の掃討作戦が都市から降りたらしい」
「……知ってる。受けた」
「そうか、なら今度も組んではもらえないだろうか? まだ貴殿以外の既知はいないし、もう少し戦い方を参考にしたい」
「……臨時パーティーなら、他にも」
「貴殿だと安心なんだ。無理にとは言わないが」
そこまで言われると、何となく断りづらい。
「準備、しておいて」
ああ、わかった。協力に感謝する。
その声が何となく嬉しそうに聞こえた気がして、余計わからなくなる。なんで俺なんだろう。
*
(……わけわかんないって、思ってたんだけどなぁ?)
久々に見た夢はアイラと知り合ってまだ間もない頃のことだった。どうして自分なのかわからなくて、今思うと結構失礼なことを言ったりしたりした気がする。
隣で俺を抱きしめながら寝てるアイラを見る。ふにゃふにゃしてて、ちょっとだけよだれが出てる。それがなんだかかわいくて思わず笑ってしまった。
今一緒にいるのは、きっと刷り込みのようなものなんだろうなとは思う。俺(ナイトメア)に対して、変な偏見なく、弱っているのだからこの家の物を持ち出すなんて簡単だっただろうに、それもしないで俺の看病なんてして。俺が一番してほしかったことをしてくれた。
その後風邪を移してしまって彼女も寝込んだんだけど、その間に一緒にいてそれが当たり前に感じた。彼女からそろそろ帰らなきゃなんて言葉が出たときは……怖かった。
そう、怖かった。俺のことを唯一認めてくれた彼女が離れていくことが。
だから引き留めた。俺の為だけの安全地帯に彼女を閉じ込めた。
それについては、少しくらいの罪悪感はある。でも、そんなことよりも彼女と過ごせることの方がうれしい。
いいじゃないか、世界から嫌われているんだから。人目のつかない端っこで、好きな人を閉じ込めるくらいの幸せが俺にもあったって。
アイラは俺をかわいいっていう。正直複雑に思いもするけど、アイラがそういうなら俺はそれでいい。ずっとアイラの為のかわいいジュネでいよう。そうしたらきっと、アイラもここから離れてなんていかないはずだから。
垂れてるよだれを起こさないように拭く。口がもにゃもにゃ動いて起こしちゃったかなと思ったけどそうでもなさそうで一安心。俺の前で安心して起きることもしない。そうだよ、ここは安心できるんだ。息ができるんだよ。ここだけだよ、アイラ。安心できるのは。
「アイラ、かわいい」
俺の幸せ。かわいいアイラ。どこにも行かないで。めいっぱい幸せにして安心させてあげるから。
今自分がどんな顔をしてるかなんて、知らないな。畳む
四季送り現行未通過×ギャグです。自陣少しお借りしてます。
#CoC #ネタバレ #四季送り
ごちそうをどうぞ
「困りましたね……」
”あび”の厨房にて。杏仁は言葉のとおり困っていた。目の前には食材たちがずらりと並べられている。別に発注を誤ったわけではない。常連客が実家から送られてきたからおすそ分けと譲ってくれたのだ。それはありがたいのだが、如何せん店の料理に使うわけにいかず、個人で分けて配るにも多すぎるその量に思わずため息が出てしまう。祝がいればともに何か考えてくれるだろうし、閻魔がいれば彼女のつてでどうにかなったかもしれない。しかし二人とも今は出かけており、更に言うなら他の従業員も昼休憩で外に出ているのだ。一人留守番を買って出たタイミングでの出来事である。
(皆さん、お昼を食べて帰ってくるでしょうから今すぐ食べるために作るわけにもいかないし……でも廃棄するにはもったいなさすぎる)
だって、とこぼしながら食材を見る。みずみずしく、少し泥のついた野菜に、大きなシイタケ。養鶏や牧場もしているのだろう。パックには山ほど卵が入っており、牛乳瓶が隙間なく入っている(鶏卵・牛乳高騰のこのご時世に有り難すぎる)。別の箱は発泡スチロールになっていてなんと鶏肉がこれでもかと敷き詰められていた。胸肉、もも肉、ささみ、はたまた内臓まで。
比喩でもなんでもなく、宝の山。それを廃棄するなんて杏仁には到底出来そうもない。
しばらく考えたのち、杏仁はスマホを手に取った。メッセージアプリを開いて、ただ一つのグループDMをタップする。
『勝手ながら、午後からあびは休業とします。皆さん、ものすごくお腹を空かせてから戻ってくるように』
すぐに人数分の既読がついて、閻魔から昼食後それは無茶じゃないか?と届いたメッセージは既読無視した。
*
まず取り掛かったのは茶碗蒸しだった。牛乳にシイタケ、三つ葉に鶏ももを引っ張り出して業務用冷蔵庫から作り置きしておいた出汁とかまぼこを取り出す。本来出汁取りには時間がかかるので作り置きでも賄いに使うのには抵抗があるのだが、今回は緊急だと言い訳して容赦なく使うことにした。どうせ出汁を引くのは自分か祝なのだし。
開き直りながら卵を計量カップに入れて容量をメモする。実家から送られてくる、ということは市場に出せないくらいには、大きさ不揃いだろうかと思ったがそうでもなくほぼ同じくらいだ。ありがたいな、と思いながら卵を十個、ボウルに割り入れる。そのまま白身を切るように静かに混ぜて、卵の三倍の量の合わせ出汁を注ぎ込んだ。泡立てないように静かに混ぜてから塩を少しずつ入れ、味見をする。生卵だが鮮度は良い。先程つやつやで弾力のある黄身で確認済みだ。いい塩梅になってから別のボウルにざるを置いてゆっくり注いで濾す。腕がびき、と鳴ったが気にしない。明日は筋肉痛待ったなしだろうが。
そして、大量に並べた湯呑に切り分けたシイタケ、鶏もも肉、かまぼこを入れてからそっと卵液を注ぐ。泡立ってしまわないように、慎重に。その後一つ一つ、すべてにアルミホイルをかぶせた。
そうして、湯呑総勢四十個の茶わん蒸しの赤ちゃん(火を通す前の状態は赤ちゃんだと思っている)が杏仁の目の前に並べられた。この光景だけでも満足だ。そう思いながら店で一番大きな蒸し器を引っ張り出し、下の部分に水を入れて、上の部分に茶碗蒸しの赤ちゃんを半分並べた。冷たいものと温かいものを両方出せるようにだ。温かいものは希望されてから蒸せばいい。
箸を一本かませて蓋に隙間を作ってまずは強火、水が沸騰したら弱火にしてしばらく様子を見る。
その間に、と動いた杏仁は手際よく、否非常に速かった。凄まじい勢いで鶏肉を捌きくしに通して壺に漬け、その間に七輪を複数用意し炭に着火し店中の窓と扉を開け、野菜をカットする。
もし誰かがその様子を見ていたのなら口をぽかんと開けてその光景を眺めることしかできなかったかもしれない。もし杏仁の頭の中を見ることができたなら、それこそひっくり返るのかもしれない。
(あっどうせならプリンも作って、確かごぼうと人参も入ってたから筑前煮ができますね!うぅん先に作ればよかったな、でも今からでも間に合います!)
もう既に色々しているのに作ることしか考えていないのだ。その間も杏仁の手が止まることはなくひと品増え、ふた品増え……。
*
「わあ! いつものお店じゃないみたい!」
そうはしゃぐのはユキだった。甘味処らしい甘い匂いではなくどこか香ばしさを感じる匂いにはしゃいだのだろう。その言葉に雲平はうんうん、と無言で、しかしどこか輝いているような顔で頷いた。
手放しで喜んでいるのはこの二人だけで、チトセと錦玉、閻魔と祝はあんぐりと口を開けて店内を見ており、そんな様子を蠱毒が過呼吸になりながら腹を抱えてみていた。
テーブル席二つにそれぞれ七輪が、そしてタレを付けられたり、塩を振られた焼き鳥の赤ちゃんが皿に山盛りになっていたのだ。セルフで焼くスタイルの焼き鳥だけでも驚きなのにおにぎりやサラダなど机の上に敷き詰められていた。それをやっただろう当人が厨房からひょっこりと厨房から顔を出す。
「あ、皆さんお帰りなさい。どうぞ、お好きな席に」
「あ、うん。じゃなくて! 杏ちゃんこれどうしたの!? まさかお店の材料使った!?」
そう驚いたのはチトセで、閻魔も少し叱るような目つきで杏仁を見ていた。それに首をかしげながら常連からおすそ分けを頂いたと伝えれば二人ともほっとしたらしい。チトセは早く座ろうお兄ちゃん!とユキに腕を引っ張られて、閻魔はまあ無駄になるよりいいじゃないですかと錦玉に進められて着席する。
「杏仁ありがとう、何か手伝うことある?」
「大丈夫です、ありがとうございます。それより祝さんは雲平さんを」
手伝いを名乗り出た祝に、苦笑いしながら雲平の方を指さす。いつの間にかチトセとユキの相席でおとなしくしていた。が、目は食べ物に釘付けになっている。視線を感じたのか杏仁と祝の方に視線を向けてはっとした様子で立ち上がり、手伝いを申し出ようとするもその前に杏仁はもうできてるから大丈夫ですと言えばその視線は祝に向かった。
「祝、焼こう。早く」
「はいはい。っと、そっちのテーブルは大丈夫? 手伝い必要?」
「いえ、大丈夫です。おじさんにも手伝ってもらいますし」
「俺ぇ?」
気を配った祝に、錦玉が淡々とそう告げる。氏名された蟲毒はにやにや笑いながら自分を指さした。錦玉は焼いてくれないの? と聞けば閻魔さんの分は焼きますよとこれまた平坦に返された。閻魔がどこか得意げだったのは気のせいだろうか。
*
そんなこんなで少し早めの賄いが始まった。じゅう、と音を立てて鳥串を焼く間に杏仁が茶碗蒸しと、小鉢に筑前煮を持ってきた。我慢できなかった雲平がいの一番に箸を伸ばす。人参を口に入れれば特有の甘味と出汁の甘味が口いっぱいに広がった。もむ、とゆっくり咀嚼して次は牛蒡を、そして蓮根、シイタケと次々に口に入れては噛み締める。
「ちょっと平ちゃん、ユキちゃんの分も残しておいてよ?」
「……ごめん。止まらないかと思った」
申し訳なさそうに雲平がそう言いながら小鉢をチトセへ渡す。必要な分を小皿に取り分けて「ユキちゃん、筑前煮だって。ちゃんと噛んで食べるんだよ」と言いながら手渡す。
「もう、わかってるよお兄ちゃん! ユキはそこまで小さな子じゃないもん!」
「あはは、そうだね。ごめんごめん」
そう悪びれながら兄妹そろって野菜を口に入れて、一瞬後にん~! と歓喜の声を上げた。どれ、と串を焼いていた祝も口に入れて頬を緩ませる。
「杏仁、結構甘めに作ったね? ユキちゃん向け?」
「はい。一応甘さ控えめも作ったんですけど、これくらいなら大人が食べても大丈夫かなって」
「ユキ専用!? これユキだけの!?」
「ふふ。そうですね、ユキさん専用です」
そう言えばユキはぱぁっと満面の笑顔を咲かせた。そしてどこか得意げに小鉢を差し出す。雲平さんとお兄ちゃんと祝さんにもおすそわけ!そんな声に雲平はありがとう、とどこか柔らかく返し祝はご相伴に預かるね、と優しく返す。チトセは机に額を勢いよくぶつけながら「今日もユキちゃんがかわいい……」と呻いていた。そんな彼を知ってか知らずか、ユキは茶碗蒸しに手を伸ばす。暖かいのもできますからね、という言葉にそっちも食べたいと返してからスプーンを差し込んだ。
ほんの少しの弾力のあと、するりとくりぬかれたそれを口に入れる。つるりと喉を通っていく。優しい出汁の味も、冷たくするとここまではっきりとした味になるのか。そこまでユキが考えたのかはわからない。
一瞬硬直したユキは、はぁぁああ、と大きく息を吐きだした。
「すんごい……美味しい……! ぷるぷるで、冷たくて、プリンみたいだけどプリンじゃなくてぇ……!」
「……!!」
彼女の幼い食レポにつられたのだろう、筑前煮をまた抱えていた雲平が茶碗蒸しに手を伸ばして口にする。そしてユキの顔を見ながらすごい勢いで頷いてから、祝に向き直る。
「メニュー化、しよう。企画は僕考えるから」
「さすがに甘味処で茶碗蒸しは難しいんじゃないか?」
至極真面目な雲平に祝は苦笑いを返す。そのそばではチトセが「杏ちゃん僕暖かいのお願いしまーす!」と叫んでいた。もちろん杏仁の返事はOKである。
わあわあと賑やかなテーブルを見ながら錦玉まもぐ、と焼き鳥を咀嚼していた。炭火で焼いた鶏肉は鉄板で通すのとは違い柔らかく焼きあがっている。口に入れて最初に感じるのはほんのりついた炭の香りだが、すぐにパンチの聞いた濃い味噌ダレが口いっぱいに広がった。
「……少し、濃い?」
準備してもらった手前、あまり大きな声で言うつもりはなかったのだろう。そうぼやいた錦玉の声はしっかり杏仁に届いていたらしい。しかし怒るでもなく、にこにこしながら錦玉の前にグラスを置く。
「えっ?」
「こちらの席に座る人は、これくらいのがいいでしょう?」
そうやって笑顔とともにグラスに黄金色が注がれる。ぱちぱちと気泡を飛ばしながら白い泡がグラスの縁ギリギリまで盛り上がる。綺麗に比率七:三。泡はこぼれてしまいそうだ。錦玉は礼もそこそこにグラスを引っ掴んでぐい、と煽る。
口に残っていた焼き鳥の味が、きりっとした辛味と苦みで押し流される。リセットされた口内は柔らかな泡の感触とほろ苦さだけが残っていた。
思わず、はぁと息を吐きだす。それは錦玉だけではなく閻魔や蟲毒も同じだったらしい。至福の顔を隠しもしない。少しの間、三人は黙々と串とグラスを交互させる羽目になった。
酒飲みの心、わかりすぎでは? 一息ついた錦玉がそう思うよりも早く杏仁が次を差し出してきた。
どん、と置かれた茶色の山。
「……鳥皮のから揚げと、しいたけ?」
「杏仁。これも常連から?」
「はい。大きいシイタケだったし筑前煮でも使いきれそうになかったのでマヨネーズとチーズをのせて焼きました」
それを聞きながらまじまじとシイタケを見ている錦玉の隣でぱり、と小気味いい音がした。
「ん、塩……と、こっちは醤油につけたの? ちょっと味違う気がするんだけど」
「はい、お好みでどうぞ」
「気が利くね。俺、塩のが好きかも」
ありがとね~、とそういいながら行儀悪く鳥皮のから揚げを摘まむ蟲毒に、錦玉もつられて手を伸ばす。口に入れたのは醤油だったらしい。ぱりぱりと小気味よく口の中で割れては鳥の旨味と醤油の香りが広がった。それをまたビールで押し流す。酒飲みの心、掴みすぎでは?
「酒飲みの心、掴みすぎでは?」
「ふふ、私の英才教育のお陰かもしれないぞ」
「閻魔さんはもう少し控えてほしいし私の部屋にお酒を置いていくのやめてください」
心の声がそのまんま出てしまった錦玉に、なぜか得意げな閻魔が答え、それに杏仁がぴしゃりと突っ込んだ。面白かったのだろう、蟲毒が噴出して小さく笑い、それにつられて錦玉の口角が少しだけ上がる。それに突っ込むなんて野暮な真似は誰もしなかった。
「ねえ、それ。お酒飲まないと、食べちゃだめ?」
落着きあるテーブルに、食いしん坊がやってきた。物欲しそうに鳥皮のから揚げとシイタケのピザ(何と呼称すればいいのか錦玉にはわからなかったのでそう言うことにした)を見てくる雲平にはあ、と息を吐き出す。
「そんな言い方しなくても、欲しいくださいでいいじゃないですか」
「ごめん。じゃあほしい、ください」
そっくりそのまま言ってくる雲平に呆れながら皿ごと渡す。ありがとう、と受け取った彼は立ったままその場でぱりぱりと食べ始めてしまった。そして止まらないし、席へ戻らない。
「テーブルに戻ってから食べてくださいよ。うわ、破片落ちた」
「後で完璧に掃除する。今はから揚げのおいしいを逃がさないように、食べるのが最優先」
「あー! 平ちゃんずるい! こっちもってきてよ! というか錦ちゃんも教えてくれたらいいのに!」
「私の取り分が減るので」
「けちー!」
「けち」
子供のように男二人掛りやいのやいのされた錦玉は、しょうもないと思いつつふと少しだけ意地悪な心が首をもたげた。
「じゃあ、何かと交換で。こちらからばかり持って行かれるのは納得できないですね」
「え」
「交換です、交換。ほら、何を出してくれるんです?」
ほらほら、と手のひらを雲平に向けてやればあ、とかう、と呻く。しばらく考えた彼はのそ、と自分のテーブルに戻ると冷えたおにぎりを恐る恐る差し出してきた。これ見よがしに少し大げさにため息をつく。
「揚げたてのから揚げの代わりがこれですか」
「これしか、残ってなくて」
「ほとんど雲平が食べちゃったしね」
祝が苦笑しながらそう答えるのを聞いてしょうがないですね、とおにぎりを受け取った。ほっとした様子の雲平が自分の席に戻るのを見ながら、さすがに冷えたおにぎりにビールは合わないかと錦玉がそう思った時だった。
「それ焼いてくれますか?」
はた、と顔を上げたら小壺を抱えた杏仁がにこにこと立っている。また何かするのか、と思いながら言われるまま網の上におにぎりを並べた。
おにぎりに焦げ目がつくと、杏仁は壺に匙を突っ込んでそれを乗せ広げた。茶色いそれにあ、となりつつ様子を見ていると、さらに真ん中へ白い何かを乗せる。
そして徐に杏仁は、ガスバーナーでそれを炙り出した。じじ、と音を立てながら上に乗せたものに焦げ目をつけていく。ふわりと広がった香りに思わず目をぱちぱちさせる。
「味噌と……チーズ、ですか?」
「はい。肉みそとモッツァレラチーズです。以外とおいしいんですよ」
そういいながら空いてる皿に焼きおにぎりにを乗せて差し出される。ありがとうございます、と言ってから箸で割って、口に運んだ。そしてビールを煽る。
焦げ目のついた濃いめの肉みその香ばしさを感じ、その辛さの角をとるようにチーズのまろやかさに追いついてくる。噛めば広がるのはその二つだけでなく白米の甘味も強く感じる。意外と会うのだ、ビールに。おにぎりなのに。
「……英才教育、大成功してるじゃないですか」
「そうだろう?」
思わず閻魔を見た錦玉に、彼女は得意げな顔を隠しもしなかった。そのまま杏仁の後ろ姿を見る。向こうのテーブルでも焼きおにぎりを、しかしこちらはスタンダードな醤油で焼いていた。
*
「さすがに、もうおなか一杯」
雲平が自分の腹をゆっくり摩る。”あび”きっての大食いがこれなのだ。他のメンバーは当然満腹だった。
しかし満足そうだったユキがくん、と鼻を鳴らす。
「? どうしたのユキちゃん」
「なんだか、甘い匂いがするの」
ふん、ふんと匂いを辿る。ユキの顔は厨房に向いていて、それを見た閻魔がはっとした顔で勢いよく立ち上がり厨房へ駈け込んで、叫んだ。
「杏仁! もう皆食べれないから追加でケーキを焼こうとするんじゃない! って、クッキーがもう出来てる!? プリンアラモードも!? あ、アイスまで……!? まちなさい、ま……作りすぎだ!」
その声に、蟲毒が爆笑し椅子ごと後ろへひっくり返った。
スイーツは次の日、スタッフでおいしくいただきました、とのことだ。畳む
#CoC #ネタバレ #四季送り
ごちそうをどうぞ
「困りましたね……」
”あび”の厨房にて。杏仁は言葉のとおり困っていた。目の前には食材たちがずらりと並べられている。別に発注を誤ったわけではない。常連客が実家から送られてきたからおすそ分けと譲ってくれたのだ。それはありがたいのだが、如何せん店の料理に使うわけにいかず、個人で分けて配るにも多すぎるその量に思わずため息が出てしまう。祝がいればともに何か考えてくれるだろうし、閻魔がいれば彼女のつてでどうにかなったかもしれない。しかし二人とも今は出かけており、更に言うなら他の従業員も昼休憩で外に出ているのだ。一人留守番を買って出たタイミングでの出来事である。
(皆さん、お昼を食べて帰ってくるでしょうから今すぐ食べるために作るわけにもいかないし……でも廃棄するにはもったいなさすぎる)
だって、とこぼしながら食材を見る。みずみずしく、少し泥のついた野菜に、大きなシイタケ。養鶏や牧場もしているのだろう。パックには山ほど卵が入っており、牛乳瓶が隙間なく入っている(鶏卵・牛乳高騰のこのご時世に有り難すぎる)。別の箱は発泡スチロールになっていてなんと鶏肉がこれでもかと敷き詰められていた。胸肉、もも肉、ささみ、はたまた内臓まで。
比喩でもなんでもなく、宝の山。それを廃棄するなんて杏仁には到底出来そうもない。
しばらく考えたのち、杏仁はスマホを手に取った。メッセージアプリを開いて、ただ一つのグループDMをタップする。
『勝手ながら、午後からあびは休業とします。皆さん、ものすごくお腹を空かせてから戻ってくるように』
すぐに人数分の既読がついて、閻魔から昼食後それは無茶じゃないか?と届いたメッセージは既読無視した。
*
まず取り掛かったのは茶碗蒸しだった。牛乳にシイタケ、三つ葉に鶏ももを引っ張り出して業務用冷蔵庫から作り置きしておいた出汁とかまぼこを取り出す。本来出汁取りには時間がかかるので作り置きでも賄いに使うのには抵抗があるのだが、今回は緊急だと言い訳して容赦なく使うことにした。どうせ出汁を引くのは自分か祝なのだし。
開き直りながら卵を計量カップに入れて容量をメモする。実家から送られてくる、ということは市場に出せないくらいには、大きさ不揃いだろうかと思ったがそうでもなくほぼ同じくらいだ。ありがたいな、と思いながら卵を十個、ボウルに割り入れる。そのまま白身を切るように静かに混ぜて、卵の三倍の量の合わせ出汁を注ぎ込んだ。泡立てないように静かに混ぜてから塩を少しずつ入れ、味見をする。生卵だが鮮度は良い。先程つやつやで弾力のある黄身で確認済みだ。いい塩梅になってから別のボウルにざるを置いてゆっくり注いで濾す。腕がびき、と鳴ったが気にしない。明日は筋肉痛待ったなしだろうが。
そして、大量に並べた湯呑に切り分けたシイタケ、鶏もも肉、かまぼこを入れてからそっと卵液を注ぐ。泡立ってしまわないように、慎重に。その後一つ一つ、すべてにアルミホイルをかぶせた。
そうして、湯呑総勢四十個の茶わん蒸しの赤ちゃん(火を通す前の状態は赤ちゃんだと思っている)が杏仁の目の前に並べられた。この光景だけでも満足だ。そう思いながら店で一番大きな蒸し器を引っ張り出し、下の部分に水を入れて、上の部分に茶碗蒸しの赤ちゃんを半分並べた。冷たいものと温かいものを両方出せるようにだ。温かいものは希望されてから蒸せばいい。
箸を一本かませて蓋に隙間を作ってまずは強火、水が沸騰したら弱火にしてしばらく様子を見る。
その間に、と動いた杏仁は手際よく、否非常に速かった。凄まじい勢いで鶏肉を捌きくしに通して壺に漬け、その間に七輪を複数用意し炭に着火し店中の窓と扉を開け、野菜をカットする。
もし誰かがその様子を見ていたのなら口をぽかんと開けてその光景を眺めることしかできなかったかもしれない。もし杏仁の頭の中を見ることができたなら、それこそひっくり返るのかもしれない。
(あっどうせならプリンも作って、確かごぼうと人参も入ってたから筑前煮ができますね!うぅん先に作ればよかったな、でも今からでも間に合います!)
もう既に色々しているのに作ることしか考えていないのだ。その間も杏仁の手が止まることはなくひと品増え、ふた品増え……。
*
「わあ! いつものお店じゃないみたい!」
そうはしゃぐのはユキだった。甘味処らしい甘い匂いではなくどこか香ばしさを感じる匂いにはしゃいだのだろう。その言葉に雲平はうんうん、と無言で、しかしどこか輝いているような顔で頷いた。
手放しで喜んでいるのはこの二人だけで、チトセと錦玉、閻魔と祝はあんぐりと口を開けて店内を見ており、そんな様子を蠱毒が過呼吸になりながら腹を抱えてみていた。
テーブル席二つにそれぞれ七輪が、そしてタレを付けられたり、塩を振られた焼き鳥の赤ちゃんが皿に山盛りになっていたのだ。セルフで焼くスタイルの焼き鳥だけでも驚きなのにおにぎりやサラダなど机の上に敷き詰められていた。それをやっただろう当人が厨房からひょっこりと厨房から顔を出す。
「あ、皆さんお帰りなさい。どうぞ、お好きな席に」
「あ、うん。じゃなくて! 杏ちゃんこれどうしたの!? まさかお店の材料使った!?」
そう驚いたのはチトセで、閻魔も少し叱るような目つきで杏仁を見ていた。それに首をかしげながら常連からおすそ分けを頂いたと伝えれば二人ともほっとしたらしい。チトセは早く座ろうお兄ちゃん!とユキに腕を引っ張られて、閻魔はまあ無駄になるよりいいじゃないですかと錦玉に進められて着席する。
「杏仁ありがとう、何か手伝うことある?」
「大丈夫です、ありがとうございます。それより祝さんは雲平さんを」
手伝いを名乗り出た祝に、苦笑いしながら雲平の方を指さす。いつの間にかチトセとユキの相席でおとなしくしていた。が、目は食べ物に釘付けになっている。視線を感じたのか杏仁と祝の方に視線を向けてはっとした様子で立ち上がり、手伝いを申し出ようとするもその前に杏仁はもうできてるから大丈夫ですと言えばその視線は祝に向かった。
「祝、焼こう。早く」
「はいはい。っと、そっちのテーブルは大丈夫? 手伝い必要?」
「いえ、大丈夫です。おじさんにも手伝ってもらいますし」
「俺ぇ?」
気を配った祝に、錦玉が淡々とそう告げる。氏名された蟲毒はにやにや笑いながら自分を指さした。錦玉は焼いてくれないの? と聞けば閻魔さんの分は焼きますよとこれまた平坦に返された。閻魔がどこか得意げだったのは気のせいだろうか。
*
そんなこんなで少し早めの賄いが始まった。じゅう、と音を立てて鳥串を焼く間に杏仁が茶碗蒸しと、小鉢に筑前煮を持ってきた。我慢できなかった雲平がいの一番に箸を伸ばす。人参を口に入れれば特有の甘味と出汁の甘味が口いっぱいに広がった。もむ、とゆっくり咀嚼して次は牛蒡を、そして蓮根、シイタケと次々に口に入れては噛み締める。
「ちょっと平ちゃん、ユキちゃんの分も残しておいてよ?」
「……ごめん。止まらないかと思った」
申し訳なさそうに雲平がそう言いながら小鉢をチトセへ渡す。必要な分を小皿に取り分けて「ユキちゃん、筑前煮だって。ちゃんと噛んで食べるんだよ」と言いながら手渡す。
「もう、わかってるよお兄ちゃん! ユキはそこまで小さな子じゃないもん!」
「あはは、そうだね。ごめんごめん」
そう悪びれながら兄妹そろって野菜を口に入れて、一瞬後にん~! と歓喜の声を上げた。どれ、と串を焼いていた祝も口に入れて頬を緩ませる。
「杏仁、結構甘めに作ったね? ユキちゃん向け?」
「はい。一応甘さ控えめも作ったんですけど、これくらいなら大人が食べても大丈夫かなって」
「ユキ専用!? これユキだけの!?」
「ふふ。そうですね、ユキさん専用です」
そう言えばユキはぱぁっと満面の笑顔を咲かせた。そしてどこか得意げに小鉢を差し出す。雲平さんとお兄ちゃんと祝さんにもおすそわけ!そんな声に雲平はありがとう、とどこか柔らかく返し祝はご相伴に預かるね、と優しく返す。チトセは机に額を勢いよくぶつけながら「今日もユキちゃんがかわいい……」と呻いていた。そんな彼を知ってか知らずか、ユキは茶碗蒸しに手を伸ばす。暖かいのもできますからね、という言葉にそっちも食べたいと返してからスプーンを差し込んだ。
ほんの少しの弾力のあと、するりとくりぬかれたそれを口に入れる。つるりと喉を通っていく。優しい出汁の味も、冷たくするとここまではっきりとした味になるのか。そこまでユキが考えたのかはわからない。
一瞬硬直したユキは、はぁぁああ、と大きく息を吐きだした。
「すんごい……美味しい……! ぷるぷるで、冷たくて、プリンみたいだけどプリンじゃなくてぇ……!」
「……!!」
彼女の幼い食レポにつられたのだろう、筑前煮をまた抱えていた雲平が茶碗蒸しに手を伸ばして口にする。そしてユキの顔を見ながらすごい勢いで頷いてから、祝に向き直る。
「メニュー化、しよう。企画は僕考えるから」
「さすがに甘味処で茶碗蒸しは難しいんじゃないか?」
至極真面目な雲平に祝は苦笑いを返す。そのそばではチトセが「杏ちゃん僕暖かいのお願いしまーす!」と叫んでいた。もちろん杏仁の返事はOKである。
わあわあと賑やかなテーブルを見ながら錦玉まもぐ、と焼き鳥を咀嚼していた。炭火で焼いた鶏肉は鉄板で通すのとは違い柔らかく焼きあがっている。口に入れて最初に感じるのはほんのりついた炭の香りだが、すぐにパンチの聞いた濃い味噌ダレが口いっぱいに広がった。
「……少し、濃い?」
準備してもらった手前、あまり大きな声で言うつもりはなかったのだろう。そうぼやいた錦玉の声はしっかり杏仁に届いていたらしい。しかし怒るでもなく、にこにこしながら錦玉の前にグラスを置く。
「えっ?」
「こちらの席に座る人は、これくらいのがいいでしょう?」
そうやって笑顔とともにグラスに黄金色が注がれる。ぱちぱちと気泡を飛ばしながら白い泡がグラスの縁ギリギリまで盛り上がる。綺麗に比率七:三。泡はこぼれてしまいそうだ。錦玉は礼もそこそこにグラスを引っ掴んでぐい、と煽る。
口に残っていた焼き鳥の味が、きりっとした辛味と苦みで押し流される。リセットされた口内は柔らかな泡の感触とほろ苦さだけが残っていた。
思わず、はぁと息を吐きだす。それは錦玉だけではなく閻魔や蟲毒も同じだったらしい。至福の顔を隠しもしない。少しの間、三人は黙々と串とグラスを交互させる羽目になった。
酒飲みの心、わかりすぎでは? 一息ついた錦玉がそう思うよりも早く杏仁が次を差し出してきた。
どん、と置かれた茶色の山。
「……鳥皮のから揚げと、しいたけ?」
「杏仁。これも常連から?」
「はい。大きいシイタケだったし筑前煮でも使いきれそうになかったのでマヨネーズとチーズをのせて焼きました」
それを聞きながらまじまじとシイタケを見ている錦玉の隣でぱり、と小気味いい音がした。
「ん、塩……と、こっちは醤油につけたの? ちょっと味違う気がするんだけど」
「はい、お好みでどうぞ」
「気が利くね。俺、塩のが好きかも」
ありがとね~、とそういいながら行儀悪く鳥皮のから揚げを摘まむ蟲毒に、錦玉もつられて手を伸ばす。口に入れたのは醤油だったらしい。ぱりぱりと小気味よく口の中で割れては鳥の旨味と醤油の香りが広がった。それをまたビールで押し流す。酒飲みの心、掴みすぎでは?
「酒飲みの心、掴みすぎでは?」
「ふふ、私の英才教育のお陰かもしれないぞ」
「閻魔さんはもう少し控えてほしいし私の部屋にお酒を置いていくのやめてください」
心の声がそのまんま出てしまった錦玉に、なぜか得意げな閻魔が答え、それに杏仁がぴしゃりと突っ込んだ。面白かったのだろう、蟲毒が噴出して小さく笑い、それにつられて錦玉の口角が少しだけ上がる。それに突っ込むなんて野暮な真似は誰もしなかった。
「ねえ、それ。お酒飲まないと、食べちゃだめ?」
落着きあるテーブルに、食いしん坊がやってきた。物欲しそうに鳥皮のから揚げとシイタケのピザ(何と呼称すればいいのか錦玉にはわからなかったのでそう言うことにした)を見てくる雲平にはあ、と息を吐き出す。
「そんな言い方しなくても、欲しいくださいでいいじゃないですか」
「ごめん。じゃあほしい、ください」
そっくりそのまま言ってくる雲平に呆れながら皿ごと渡す。ありがとう、と受け取った彼は立ったままその場でぱりぱりと食べ始めてしまった。そして止まらないし、席へ戻らない。
「テーブルに戻ってから食べてくださいよ。うわ、破片落ちた」
「後で完璧に掃除する。今はから揚げのおいしいを逃がさないように、食べるのが最優先」
「あー! 平ちゃんずるい! こっちもってきてよ! というか錦ちゃんも教えてくれたらいいのに!」
「私の取り分が減るので」
「けちー!」
「けち」
子供のように男二人掛りやいのやいのされた錦玉は、しょうもないと思いつつふと少しだけ意地悪な心が首をもたげた。
「じゃあ、何かと交換で。こちらからばかり持って行かれるのは納得できないですね」
「え」
「交換です、交換。ほら、何を出してくれるんです?」
ほらほら、と手のひらを雲平に向けてやればあ、とかう、と呻く。しばらく考えた彼はのそ、と自分のテーブルに戻ると冷えたおにぎりを恐る恐る差し出してきた。これ見よがしに少し大げさにため息をつく。
「揚げたてのから揚げの代わりがこれですか」
「これしか、残ってなくて」
「ほとんど雲平が食べちゃったしね」
祝が苦笑しながらそう答えるのを聞いてしょうがないですね、とおにぎりを受け取った。ほっとした様子の雲平が自分の席に戻るのを見ながら、さすがに冷えたおにぎりにビールは合わないかと錦玉がそう思った時だった。
「それ焼いてくれますか?」
はた、と顔を上げたら小壺を抱えた杏仁がにこにこと立っている。また何かするのか、と思いながら言われるまま網の上におにぎりを並べた。
おにぎりに焦げ目がつくと、杏仁は壺に匙を突っ込んでそれを乗せ広げた。茶色いそれにあ、となりつつ様子を見ていると、さらに真ん中へ白い何かを乗せる。
そして徐に杏仁は、ガスバーナーでそれを炙り出した。じじ、と音を立てながら上に乗せたものに焦げ目をつけていく。ふわりと広がった香りに思わず目をぱちぱちさせる。
「味噌と……チーズ、ですか?」
「はい。肉みそとモッツァレラチーズです。以外とおいしいんですよ」
そういいながら空いてる皿に焼きおにぎりにを乗せて差し出される。ありがとうございます、と言ってから箸で割って、口に運んだ。そしてビールを煽る。
焦げ目のついた濃いめの肉みその香ばしさを感じ、その辛さの角をとるようにチーズのまろやかさに追いついてくる。噛めば広がるのはその二つだけでなく白米の甘味も強く感じる。意外と会うのだ、ビールに。おにぎりなのに。
「……英才教育、大成功してるじゃないですか」
「そうだろう?」
思わず閻魔を見た錦玉に、彼女は得意げな顔を隠しもしなかった。そのまま杏仁の後ろ姿を見る。向こうのテーブルでも焼きおにぎりを、しかしこちらはスタンダードな醤油で焼いていた。
*
「さすがに、もうおなか一杯」
雲平が自分の腹をゆっくり摩る。”あび”きっての大食いがこれなのだ。他のメンバーは当然満腹だった。
しかし満足そうだったユキがくん、と鼻を鳴らす。
「? どうしたのユキちゃん」
「なんだか、甘い匂いがするの」
ふん、ふんと匂いを辿る。ユキの顔は厨房に向いていて、それを見た閻魔がはっとした顔で勢いよく立ち上がり厨房へ駈け込んで、叫んだ。
「杏仁! もう皆食べれないから追加でケーキを焼こうとするんじゃない! って、クッキーがもう出来てる!? プリンアラモードも!? あ、アイスまで……!? まちなさい、ま……作りすぎだ!」
その声に、蟲毒が爆笑し椅子ごと後ろへひっくり返った。
スイーツは次の日、スタッフでおいしくいただきました、とのことだ。畳む
CoC「インビジブルの慟哭後」のネタバレがある。後日談
#CoC #ネタバレ #インビジブルの慟哭
いつまでも待っていると思うなよ。
病院の入院棟にて。蒼は元々鋭い目を更に釣り上げて吐き捨てた。
「そんなこと知りませんよ。好きになさったらいいじゃないですか」
ベッドの隣に腰掛ける親友の物言いに、曲がりなりにも親友の今後をどうするか、という相談に冷酷さすらある返事をした蒼に茜は面食らう。返事につまる親友をじろりと分厚いレンズ越しに睨みつけながら蒼は顎に手を添えた。
「だって貴女、結婚は誰の相談もなくすっぱり決めれたじゃないですか。あの時のようにささっと決めて動けばいいと思いますし」
「で、でもあれは相手がいたし、決まってたからで…!」
「その行動力が何故今ないんですか。バカですか」
「ば、バカ…!?」
おかしい、今までの彼女は自分に対してこんな物言いをしたことがあっただろうか。いやない。絶対ない。茜の記憶の中にはいつだって自分の思うまま研究に明け暮れて、自分の提案に対して真剣な意見を返してくれて、決して今のようにぞんざいな返答を返すような人ではなかったはずだ。
けれども動揺する茜にため息を返して蒼は口を開く。
「あのですね、二年ですよ。二年。人間二年もあれば変わります。いつまで貴女の中私は教授のままなんです?バカじゃないんですかそんな古臭い情報さっさアップデートしてくださいバカ」
「に、二回言うの…!?」
「ええ、言います。貴女の欲求のせいで捜査がものすごくややこしくなりましたし」
ぎ、と音がしそうな程キツく茜を睥睨する。僅かに息を吸い込んだ蒼に茜はひっ、と悲鳴をこぼした。
まずい、この蒼は止まらない。そう思うより早く彼女の口が言葉を氾濫させた。
「大体なんで親友という割に結婚するかどうかという相談もなく突然結婚するという報告が直前ギリギリになった挙句残ってた研究も自分の好きな部分だけ全部片付けて残りを全部私に丸投げするし自分は幸せな結婚生活を送ってのには死ぬほど腹がたちましたよでもあの時怒らなかったのは貴女が幸せになるならと祝うだけに止めましたが本当は虚しいわ悔しいわ憎たらしいわで罵詈雑言を吐きたかったんですよでも貴女の嬉しそうな顔を見て私がそんなことを言えると思うんですか言えるわけないでしょうだから我慢したのにその翌年には貴女は未亡人になるわ声をかけたらほっておけと言うわそれで意思を組んでほっておいたらあんなところによりによってひとりで突っ込んで行くなんてバカ以外になんて言えばいいんですか?反論は認めますけどなにかあります?」
「ひぇ…ない、ないです……」
一息、本当に一息にまくし立てた蒼に茜は降参と手を挙げる。ぐさぐさ刺さる言葉を容赦なく全て言い切る。そこだけは変わらないなと言うのは今は言わない方がいいのだろう。
と、無言になった蒼に茜が首をかしげた時だった。
「…私がどれだけ、貴女を思ったか。貴女知らないでしょう?」
「蒼…?」
「才能があるのに、女の幸せだかなんだかわからないけど、そんなものを選んで置いていって。おいて行かれた貴女を見て、今度は戻ってきてくれるんじゃないのかなって期待すれば突き放されて、それなのに私が自由だなんて残した貴女に、私が何を思ったか、知らないでしょう?」
「…」
「縛られてたんですよ、私。貴女に。憎かった。悔しかった虚しかった寂しかった…それなのに、私、茜さんがずっとずっと大好きなんですよ」
「…蒼」
「だから、そんな茜さんの今後のことなんて。私知らない。知りません」
だって、貴女は自分で考えて歩いていけるじゃないですか。私見たいに貴女がいなくなったら何もできなくなるわけじゃないじゃないですか。
どんどん勢いがなくなる言葉尻に、茜は何も言えなかった。ごめん、もありがとう、もなにか違う気がして。
親友なのに、何一つ蒼を知らなかったのだと思い知って。
逡巡が、沈黙になる。扉一枚を隔てた向こうは大勢の足音や話し声で賑やかなのにこの病室だけは静寂が満ちていた。
「…もし、私が。研究に戻るって言ったら…蒼、一緒に来てくれる?」
ポツリと、そんな答えをわかりきった質問をする。逸らしていた視線を蒼に向けた茜は息を呑んだ。
「絶対にお断りです。だって、研究者としての貴女と私は終わってますから」
想像通りの言葉とは裏腹に、どこか清々しい顔で親友が笑っていたから。呆気に取られて思わず茜も笑ってしまったのだ。
*
科捜研で、つまらない検査を繰り返す。研究者としてこんなに退屈な職場はないだろう。蒼は常々そう思う。
けど、このつまらない工程の一つ一つが被害者も加害者も救うなら。親友と再び関わり会えるなら。愚直で、けど眩しくて誰かを信じようと駆け抜ける人の隣で真実を見つけられるなら。
案外、つまらないこの工程も嫌じゃないと、誇らしいと思うのだ。畳む
#CoC #ネタバレ #インビジブルの慟哭
いつまでも待っていると思うなよ。
病院の入院棟にて。蒼は元々鋭い目を更に釣り上げて吐き捨てた。
「そんなこと知りませんよ。好きになさったらいいじゃないですか」
ベッドの隣に腰掛ける親友の物言いに、曲がりなりにも親友の今後をどうするか、という相談に冷酷さすらある返事をした蒼に茜は面食らう。返事につまる親友をじろりと分厚いレンズ越しに睨みつけながら蒼は顎に手を添えた。
「だって貴女、結婚は誰の相談もなくすっぱり決めれたじゃないですか。あの時のようにささっと決めて動けばいいと思いますし」
「で、でもあれは相手がいたし、決まってたからで…!」
「その行動力が何故今ないんですか。バカですか」
「ば、バカ…!?」
おかしい、今までの彼女は自分に対してこんな物言いをしたことがあっただろうか。いやない。絶対ない。茜の記憶の中にはいつだって自分の思うまま研究に明け暮れて、自分の提案に対して真剣な意見を返してくれて、決して今のようにぞんざいな返答を返すような人ではなかったはずだ。
けれども動揺する茜にため息を返して蒼は口を開く。
「あのですね、二年ですよ。二年。人間二年もあれば変わります。いつまで貴女の中私は教授のままなんです?バカじゃないんですかそんな古臭い情報さっさアップデートしてくださいバカ」
「に、二回言うの…!?」
「ええ、言います。貴女の欲求のせいで捜査がものすごくややこしくなりましたし」
ぎ、と音がしそうな程キツく茜を睥睨する。僅かに息を吸い込んだ蒼に茜はひっ、と悲鳴をこぼした。
まずい、この蒼は止まらない。そう思うより早く彼女の口が言葉を氾濫させた。
「大体なんで親友という割に結婚するかどうかという相談もなく突然結婚するという報告が直前ギリギリになった挙句残ってた研究も自分の好きな部分だけ全部片付けて残りを全部私に丸投げするし自分は幸せな結婚生活を送ってのには死ぬほど腹がたちましたよでもあの時怒らなかったのは貴女が幸せになるならと祝うだけに止めましたが本当は虚しいわ悔しいわ憎たらしいわで罵詈雑言を吐きたかったんですよでも貴女の嬉しそうな顔を見て私がそんなことを言えると思うんですか言えるわけないでしょうだから我慢したのにその翌年には貴女は未亡人になるわ声をかけたらほっておけと言うわそれで意思を組んでほっておいたらあんなところによりによってひとりで突っ込んで行くなんてバカ以外になんて言えばいいんですか?反論は認めますけどなにかあります?」
「ひぇ…ない、ないです……」
一息、本当に一息にまくし立てた蒼に茜は降参と手を挙げる。ぐさぐさ刺さる言葉を容赦なく全て言い切る。そこだけは変わらないなと言うのは今は言わない方がいいのだろう。
と、無言になった蒼に茜が首をかしげた時だった。
「…私がどれだけ、貴女を思ったか。貴女知らないでしょう?」
「蒼…?」
「才能があるのに、女の幸せだかなんだかわからないけど、そんなものを選んで置いていって。おいて行かれた貴女を見て、今度は戻ってきてくれるんじゃないのかなって期待すれば突き放されて、それなのに私が自由だなんて残した貴女に、私が何を思ったか、知らないでしょう?」
「…」
「縛られてたんですよ、私。貴女に。憎かった。悔しかった虚しかった寂しかった…それなのに、私、茜さんがずっとずっと大好きなんですよ」
「…蒼」
「だから、そんな茜さんの今後のことなんて。私知らない。知りません」
だって、貴女は自分で考えて歩いていけるじゃないですか。私見たいに貴女がいなくなったら何もできなくなるわけじゃないじゃないですか。
どんどん勢いがなくなる言葉尻に、茜は何も言えなかった。ごめん、もありがとう、もなにか違う気がして。
親友なのに、何一つ蒼を知らなかったのだと思い知って。
逡巡が、沈黙になる。扉一枚を隔てた向こうは大勢の足音や話し声で賑やかなのにこの病室だけは静寂が満ちていた。
「…もし、私が。研究に戻るって言ったら…蒼、一緒に来てくれる?」
ポツリと、そんな答えをわかりきった質問をする。逸らしていた視線を蒼に向けた茜は息を呑んだ。
「絶対にお断りです。だって、研究者としての貴女と私は終わってますから」
想像通りの言葉とは裏腹に、どこか清々しい顔で親友が笑っていたから。呆気に取られて思わず茜も笑ってしまったのだ。
*
科捜研で、つまらない検査を繰り返す。研究者としてこんなに退屈な職場はないだろう。蒼は常々そう思う。
けど、このつまらない工程の一つ一つが被害者も加害者も救うなら。親友と再び関わり会えるなら。愚直で、けど眩しくて誰かを信じようと駆け抜ける人の隣で真実を見つけられるなら。
案外、つまらないこの工程も嫌じゃないと、誇らしいと思うのだ。畳む
#CoC #ネタバレ #四季送り
雪溶け
大祓の後、死後の世界から戻ってきて数日。片付けを申し出てくれた錦玉に断っていた杏仁はようやく閻魔の部屋を片付けようと動いていた。
ほんの少しだけいたアガチだけの魂安らぐ場所で私の部屋のことは任せるとこっそりいわれていたことでもあり、一人で片付けたかったのだ。最後に任せてくれたことだから。
最後の最後まで人任せだなぁ、なんて悪態をつきつつ任せてもらえることがうれしくて「 」。
「これが資産関連で、こっちが……通帳? うわっ、何この金額……こわ……」
見たこともない金額に思わず通帳を放り出しながら、手続きが必要なもの、そうでないもの。捨てていいもの、杏仁が引き継ぎたいものを分けていく。と、いいつつも彼女は酒以外は基本的にあまりものを持ちたがらなかったのだろう。目につくものはアクセサリー数点と、書類だけだ。服はサイズが壊滅的に間に合わないので泣く泣く売却用の段ボールに詰める。
(ノーチラス関連の書類はデータ化して荒城さんに任せよう。私が持ってていいものじゃないし、持っていたくないし……経営関係は、雲平さんが持って行ってくれたかな? 残ってたらまとめて渡そう)
必死に目の前のことを処理する為に頭を使う。あの日以来、物忘れをしたりすることも増えた。咄嗟に思い出せないことだって。けれども、それが普通で、脳がすべてを覚え込むなんて状況がおかしいことだったのだ。早く慣れなくては、と思う反面思い出せないという事象に足がすくむ。
また私は何か忘れてしまったのだろうか?
血の気が引きかけて、思い出す。それを何度か繰り返していて、ほんの少しだけ杏仁は疲弊していた。それを受け流すために、あるいはこみ上げてきそうな何かを無視するために目の前のことを事務的にこなす。
「ああ、そうだ。部屋の解約もしなきゃ。賃貸の書類は……ん?」
必要な書類を探していると、資料の下から分厚い冊子が出てきた。固い表紙にかなり大判だ。そして、物凄く思い。冊子とは言ったが、横から見る分に一ページが非常に分厚い。捲るのに苦労しそうな、不思議な冊子だ。
少し逡巡して、杏仁は思い切ってそれを開いた。目を見開く。
アルバムだった。多数納められた写真は一人の人間の、赤ん坊から子供、そして一番見覚えのある姿になるまでが年代順に納められていた。なぜそれが年代順で、一人の人間だと杏仁がわかったか。それは閻魔が普段の振る舞いからはわからないほど几帳面に記して一緒に挟んでいたから。
『美銀 推定ゼロ歳 2/2』
こんなメモが、写真と共に挟まっていたから。
思わず息をのむ。片付けのことも忘れて杏仁はページを捲っていく。
『美銀 推定二歳 私をえんみゃと呼んだ。ヨスガに思わず連絡を入れた。』
『美銀 推定四歳 よく動き回る。子供とはものすごく体力があるものだ。動き回って捕まえるのも一苦労する。悪くはない』
『美銀 あまりに動き回るので、危険が及ぶ前に行動を制限しよう。着物を着せてみた。少し捕まえやすくなった』
『美銀 推定六歳 この子は覚えが早い。好奇心がすごく強いようだ。教えたそばから自分の知識にしていく。次は何を教えるべきか』
『好き嫌いが出てきたらしい。私の選ぶものをいや!というようになってきた。少し傷つく』
『美銀 推定八歳 一番興味があるのは料理らしい。この子が好きなことをのびのびとできる場所を作ってあげようと思った。』
『香華先生の所のご子息に合わせてみた。楽しそうに遊んでいるようだ、喧嘩しないようで安心した』
美銀 美銀 美銀
たくさんのメモが、杏仁の名前を呼んでいた。その隣には思い出や愚痴、そして愛を添えて。十年前の大祓のことも書いてあった。『アガチにしてしまったこの子に、二週間しか記憶を残せないこの子に、少しでも幸せを』。呪いのような誓いだった。
ぱたん、ぱたん。頁を捲る少しだけ重い音が静まり返った部屋に響く。ひたすら杏仁の写真が収められていて、忘れて取り戻せなかった幼少を食い入るように見進める。
ぱたり、ぱたり。頁をめくる音とは違う、軽い音が主を失った部屋に響く。
「ッ、ぁ」
引き攣った音が、杏仁の口から零れた。それは決壊の始まりで、濁流の始まりで。
「あ、ああ、あ……!」
膝から崩れ落ちた。ぎゅう、とアルバムを抱きしめる。床に涙が落ちていく音がして、視界ずっと揺らいでいる。
「お、かあ、さん……ッ!おかあさん……!」
杏仁が意味を持つ言葉を発して。そして。
「ぅ、わあぁぁああああああ、ッ!!あ、あっ、ぐぅ……ッ!ひ、ぐ、ぁ、ア……あ……わあああああッ!!」
大声をあげて、悲鳴をあげて、泣いた。
*
全部、涙は出し切ったはずなのだ。
最初は愛してくれていたことへの感謝で。
次は好きな人と、その家族と戻ってこれた安堵に。
最後は約束をした人にただいまを言えた嬉しさに。
自分は十分泣いた。嬉しい涙をたくさんもらった。
じゃあ、この涙は。これは。
その気持ちにそっぽを向くなと涙が言う。
ここなら誰も聞いちゃいない。誰にも気づかせない。だから。
ただ一つの、わがままを。
(さみしい。もっといっしょに、いたかった。一緒に、生きたかった)
それはもう、かなわないのだけども。
蹲って、泣き叫ぶ。喉が裂けるまで、目が熱を持って開けてられなくなるまで。
寂しさが溶けるまで、泣いて。畳む