CoC「シビュラ」現行未通過× 同卓も×
けよんの秘匿に実験体を探すことがあるんですけど、それほんまですか??ってなってきてる
というのも、けよんの立ち位置がWSS側に近いのにそのWSSの情報が一切入ってこない、本日見た夢の視点がおそらく禍津國人のものであると仮定した時に、感情的な意味でWSSはけよんの敵になるんじゃねえのかぜ???という…警戒心がね…出てきてしまっています……いやだって指示が出てるで!って話だけあってシビュラ計画のほかメンバーはシビュラの自覚がないし、その後残ってた形跡は本当にわずかで思っていたより情報が少なくて困惑している……たぶんけよんもだけど、他のシビュラたちも何らかの”テーマ”を決めた上で神と神官やらされてんだろうなぁ……という……禍津國人、刀木のことかばったんかな。ありがとうな、後悔してるよ刀木は
今後の行動方針は一旦情報屋にあって話を聞いてからになるので動きは変わるかもだけど、カジノ言ってその流れで空家Bを改めて自分で見るのもありかなぁ、と。天童ちゃんが何を見て、何を取りこぼしたのかちょっと知っておきたい。共有してくれた情報が全部でかつ情報屋で何か出たら素直にカジノします。まあスリもするけど。
ここは治安オワリンティウスのモブリット街。スリくらいする。畳む
#CoC #ネタバレ #シビュラ
けよんの秘匿に実験体を探すことがあるんですけど、それほんまですか??ってなってきてる
というのも、けよんの立ち位置がWSS側に近いのにそのWSSの情報が一切入ってこない、本日見た夢の視点がおそらく禍津國人のものであると仮定した時に、感情的な意味でWSSはけよんの敵になるんじゃねえのかぜ???という…警戒心がね…出てきてしまっています……いやだって指示が出てるで!って話だけあってシビュラ計画のほかメンバーはシビュラの自覚がないし、その後残ってた形跡は本当にわずかで思っていたより情報が少なくて困惑している……たぶんけよんもだけど、他のシビュラたちも何らかの”テーマ”を決めた上で神と神官やらされてんだろうなぁ……という……禍津國人、刀木のことかばったんかな。ありがとうな、後悔してるよ刀木は
今後の行動方針は一旦情報屋にあって話を聞いてからになるので動きは変わるかもだけど、カジノ言ってその流れで空家Bを改めて自分で見るのもありかなぁ、と。天童ちゃんが何を見て、何を取りこぼしたのかちょっと知っておきたい。共有してくれた情報が全部でかつ情報屋で何か出たら素直にカジノします。まあスリもするけど。
ここは治安オワリンティウスのモブリット街。スリくらいする。畳む
#CoC #ネタバレ #シビュラ
CoC「庭師は何を口遊む」「紫陽花栽培キット」ネタバレ有り。いつかの日の話。
止まりそうになる足を叱咤して歩を進める。周りにはスーツ姿の人間が男女関係なく忙しそうに行き交い、その風景に懐かしさが少しと気まずさが大半、心を占める。何人かは見たことのある人間だったが、どうやら自分には気づいていないらしい。何人かはちらちらと視線を向けるが、それどころではないらしい。すぐに前を向いたり、通話中の携帯端末に意識を向けている。
(案外、スーツ着てればわからないもんなんだな)
鯨伏はそんな光景を、少しずれた思考で見ながら歩いていた。かつて、零課で着ていた服装で署の敷地内を歩く。今日こそは目的の人を見つけなければ。これ以上長引いたら戻りたくなくなってしまう。あの居心地のいい家で、最高という言葉すら足りない友人と過ごす日々に甘えて終わってしまう。
だから、今日は注意されるまで粘る。気まずさだとか、怯える心だとかそんなものはかつて逃げ出したことのツケなのだ。精算しきれるとは到底思えはしないのだが。
そんなことを考えながら、ふと視線をあげて鯨伏は駆け出した。いた、いた!と心が叫ぶ。長身が突然動いたものだからその場にいた数人、もちろん鯨伏が探していた人物も。
しっかりと、視線が合う。その表情が驚愕に染まる。
「い、鯨伏!?」
「――ご無沙汰してます、猪狩さん」
鑑識の猪狩幸太郎に軽く頭を下げた。
*
話がしたいんです。割と大事かも知れない話を。そう鯨伏が猪狩を喫茶店へ誘った。丁度午後から非番だったから、と猪狩もその様子を茶化すことなくついてきてくれる。
チェーン店ではなく個人経営の、閑古鳥が鳴いているようなそんな店。取り敢えず珈琲を頼み、テーブル席で向かい合って座る。からん、とアイスコーヒーに入れられた氷が溶けてグラスの中身を緩くかき混ぜる。そんな様子を見ながら鯨伏は黙り込んでいた。
(……なにから はなし すれば いい? これぇ……!?)
顔面こそ真面目で、そして目を伏せて居る鯨伏だがその脳内は大パニックだった。勇んで来て、神童か猪狩かを探し、ようやく対面でき話をする絶好のチャンスなのに肝心の何を話すかを全く考えていなかったのだ。とにかく動かなければ、早く戻りたいから、戻れなくなる前に。その気持ちだけが早って相手に何を伝え、聞くかを本当に全然考えていなかったのだ。
そんな鯨伏に気付いてか、はたまたグラスに水滴が付いてしまうほどの時間を待たされたことにじれてなのか。先に口を開いたのは猪狩の方だった。
「アンタ、今何してんの?アンタのとこのチーフから鯨伏のことは長期の休職扱いにしてくれって言われたんだけど」
「……」
「退職届、出したんだって?ゼロ全員が謹慎中……あれか、スマホわすれたつって俺とあった時?」
「うぐ」
思わず呻く。そうだった。俺この人に嘘付いたんだった。忘れていた事に対する嫌悪感と罪悪感が腹の底で渦巻く。でも、これは自分でやったことだからと飲み込んで頭を下げる。
「嘘、ついてすいませ」
「で、いつ戻るの?」
「へ?」
鯨伏の謝罪を遮って、猪狩が問いかける。一瞬何を言われたのかわからなくて間抜けた顔で彼を見上げると猪狩もまた不思議そうに鯨伏を見ていた。
「だってその格好で署に来てた、ってことは戻ってくるんだろ?」
「え、あ、その」
「違うの? え、マジで辞めるつもり?」
「い、いや!ちが、違います!戻ります、戻りたいです!!」
え、嘘……俺の読み外れた……!? と大げさに口元を手で覆う猪狩に鯨伏が慌てて前のめりにそう叫ぶ。喫茶店のマスターが迷惑そうに二人を見た。その視線に苦笑いしながら頭を下げて、鯨伏は姿勢を戻す。
「……戻りたいんですけど、その前に狗噛さんには話をしたくて」
「? じゃあ電話でもなんでもして本人呼び出せばよかったじゃん。なんで直で来てんの?」
「前の携帯……解約して……皆の番号諸々無くしまして……」
「………アンタ、バカ?」
「返す言葉もないです、うっす」
しどろもどろにそう返す鯨伏に、猪狩がはぁーーーーーーー、と大げさなくらいにため息を着く。大体おおよそわかったぞ、という表情になったが怯みそうになる己に内心で激励し、鯨伏は言葉を続けた。
「その、零課のみんなに会う前に神童さんか猪狩さんに話しておきたいことがあって」
「何? 番号だったら普通に教えるけど流石に出戻りの仲介までは俺やらないよ? 多分、アンタが自分でしたいからこうやって来たんだろうし」
「はい、それはちゃんと自分で言います。番号もお言葉に甘えて教えて欲しい……ただ、ひとつ調べて欲しいことがあって」
「調べる?何を?」
訝しむ猪狩の目の前で、鯨伏はシャツのボタンと袖口のボタンをひとつずつ外す。その行動に不可解だ、と視線を向けていた猪狩が目を見張る。息を呑む音がする。はらりと、何かが机に落ちる音がする。
鯨伏の耳後ろから首筋を伝い、先程広げたシャツの襟から。緩められた袖口の隙間から鮮やかに紫陽花が咲き誇っていた。人の身体にしっかりと根を張り、瑞々しく咲くそれに言葉を失った猪狩が口をはくはくとさせている。
「……これを、的場のものと同じか調べて欲しいんです」
「え、は? そ、それはいいけど、なんなの、それ……」
「荒唐無稽な話ですけど、聞きます?」
狼狽えながらも鯨伏の状態が気になったのだろう、猪狩が頷く。その反応に目を伏せて口を開く。
思い返すのは、弱っていた紫陽花を見つけたこと。何日かかけて世話をしたこと。それが幼い少女になって、取り込まれそうになったこと――取り込まれそうになっている間、確かに幸せだったこと。
鯨伏は隠し事も嘘も得意ではない。だから包み隠さず全てを話した。傍から聞いていれば荒唐無稽ではすまない、気違いの人間の話に聞こえるだろう。だが、鯨伏は目の前で咲かせてみせたのだ。彼女であった花を。
呆気に取られたままの猪狩が、呆然としたまま言葉を吐く。
「……同じのかどうか調べて、どうすんの?」
「内容次第で、零課に戻ったときみんなに黙っておくか全部言うかを決めます。だって嫌でしょう? あ庭師事件を彷彿させるものがくっついてる奴が居るなんて」
「や、まあ……そりゃそうかもだけどさ……でも黙ってなくても、ゼロなら……あの人たちなら受け入れてくれるっしょ?」
「俺が嫌なんですよ。皆の目に『庭師』の時の色が混ざるのが」
その色は驚愕だった。失望だった。恐怖だった。嫌悪だった。――絶望、だった。
当然、その色は自分にもあった。それに押しつぶされて逃げ出した。今は大丈夫だと支えて待ってくれると言った人が居るし、遠い届かないところから背中を押してくれた存在にも出会って自分は進もうと思えたけれど、他の三人がどうかなんて、鯨伏には推し量れない。
「もう、傷付けたくないんですよ。玲央さ……獅子王さんから家族を奪っておいて今更何をと思うけど。でも、痛い思いも苦しい思いも、寂しい思いだってしなくて済むならそれでいいじゃないですか」
「アンタはそれでいいワケ?一人で背負い込むつもり?結構しんどいと思うんだけど」
「いやいや、背負い込むなんてそんな大層なことできないですよ。物理的な現象で何かあった時に一番前で暴れるくらいしか俺できないですし。でもこれを黙っておくのは、皆に庭師のことを思い出させたくないのと同じくらいに俺にとって忘れたくない大切なことだから。あの子の言葉に救われて。あの存在に祝福されて。その上で全部切って捨てた。それごと全部持って行くと決めたから」
かれてしまっても きっとずっと あなたがだいすきよ
この言葉を忘れたことなんて一度もない。もういないけれども、自分と一緒に咲いている。彼女も自分の背中を押してくれた存在のひとつだって思っている。だから、彼らが嫌がるならとこの身に咲いた花を切り落とそうだなんてもう思えなかった。
なら、自分ができることは彼女も彼も、彼らも全部連れて行くことくらいで。どこまでも止まらず進むことだけなのだ。
「クサいかもですけど……腹は括ったんです。今度はもう逃げない、って」
「……はー!マジでクサい!!すんげえ真面目な話じゃんそれ!!内容なんて想像の斜め上どころかど垂直!!真上すぎ!!」
苦笑する鯨伏にもう限界! と言わんばかりに猪狩が頭を抱えて天を仰いだ。すいません、と呟く鯨伏の紫陽花咲く手を引っつかみ、丁寧に摘み取る。
「どう? 痛くない?」
「……引っ張られると少し。あと刃物で切られる時はちょっと嫌な感じがします」
「神経はちょっと通ってる、ね。血……はもう平気?」
「自分のは平気ですよ。というか俺、涼さんの事件より前はスプラッタ平気でしたし」
「おっけ、じゃあちょっと血と、花の根の周りの皮膚も少し頂戴。もしかしたら追加で唾液とかも貰うかもだけど、まあ皮膚片と血液あれば十分っしょ。仕事の合間になるから時間はかかるけど結果出たら連絡する……から!!スマホ貸して!!ゼロと俺と神童ちゃんの連絡先いれといちゃる!」
「ありがとうございます」
そう言ってまだ新しい端末を猪狩に渡す。あれやこれやといじっている間にもうデータを移し終えたのだろう、鯨伏のスマートフォンを渡しながら猪狩は聞いてきた。
「もし的場ちゃんと同じだったらどうするの?」
「どうもしませんよ。ただちょっと、ざまあみろって思うだけで」
「どゆこと?」
猪狩が意味がわからない、と首をかしげる。その表情を見て鯨伏は口の端を釣り上げて獰猛に、子供のように得意げに、笑う。
きっと、こんなに歪んだ理由で笑うのなんて初めてだ。きっと人からは嫌な顔をされると思うから。
嫌われたくなくて。
ここにいていい理由が欲しくて。
欲しいけれども怖くて言い出せなくて。
奪ってしまった事実が恐ろしくて。
何もないと思い込んでいて、だから余計に手を伸ばせなくて。
『いい子』でいなきゃと、大人になった今ですら思い込んでて。
それらを全部噛み砕く。飲み込む。腹の中でどす黒く混ざり合って重く響く。いい感覚ではないのに、抱えて行けると根拠なく思った。
「死んでからしか咲けない的場より、生きたまま咲ける俺のが綺麗だろ、ってこと!」
――後に猪狩幸太郎はこう思ったらしい。
『あいつ、あんなに開き直ったこと言う奴だったっけ?』と。
*
後日、猪狩から連絡があった。鯨伏の紫陽花と相模原、泉、南から検出された花は類似しているという結果。だが、こうも続いていた。
『確かに性質はよく似てると思う。俺は専門じゃないけど。ただ、なんというかアンタの紫陽花はもう少し人間に近い組織を持ってたからもしかしたら独自に進化したのかも。全く同じもんじゃなかったよ』
『まあそれはそれとして、ちゃんと話して折り合い付いたら帰ってこいよ! 俺四人揃ったゼロ、そろそろちゃんと見たいんだから!』
雨の続く、そんな夜に届いたメッセージだった。畳む
#CoC #ネタバレ #庭師
止まりそうになる足を叱咤して歩を進める。周りにはスーツ姿の人間が男女関係なく忙しそうに行き交い、その風景に懐かしさが少しと気まずさが大半、心を占める。何人かは見たことのある人間だったが、どうやら自分には気づいていないらしい。何人かはちらちらと視線を向けるが、それどころではないらしい。すぐに前を向いたり、通話中の携帯端末に意識を向けている。
(案外、スーツ着てればわからないもんなんだな)
鯨伏はそんな光景を、少しずれた思考で見ながら歩いていた。かつて、零課で着ていた服装で署の敷地内を歩く。今日こそは目的の人を見つけなければ。これ以上長引いたら戻りたくなくなってしまう。あの居心地のいい家で、最高という言葉すら足りない友人と過ごす日々に甘えて終わってしまう。
だから、今日は注意されるまで粘る。気まずさだとか、怯える心だとかそんなものはかつて逃げ出したことのツケなのだ。精算しきれるとは到底思えはしないのだが。
そんなことを考えながら、ふと視線をあげて鯨伏は駆け出した。いた、いた!と心が叫ぶ。長身が突然動いたものだからその場にいた数人、もちろん鯨伏が探していた人物も。
しっかりと、視線が合う。その表情が驚愕に染まる。
「い、鯨伏!?」
「――ご無沙汰してます、猪狩さん」
鑑識の猪狩幸太郎に軽く頭を下げた。
*
話がしたいんです。割と大事かも知れない話を。そう鯨伏が猪狩を喫茶店へ誘った。丁度午後から非番だったから、と猪狩もその様子を茶化すことなくついてきてくれる。
チェーン店ではなく個人経営の、閑古鳥が鳴いているようなそんな店。取り敢えず珈琲を頼み、テーブル席で向かい合って座る。からん、とアイスコーヒーに入れられた氷が溶けてグラスの中身を緩くかき混ぜる。そんな様子を見ながら鯨伏は黙り込んでいた。
(……なにから はなし すれば いい? これぇ……!?)
顔面こそ真面目で、そして目を伏せて居る鯨伏だがその脳内は大パニックだった。勇んで来て、神童か猪狩かを探し、ようやく対面でき話をする絶好のチャンスなのに肝心の何を話すかを全く考えていなかったのだ。とにかく動かなければ、早く戻りたいから、戻れなくなる前に。その気持ちだけが早って相手に何を伝え、聞くかを本当に全然考えていなかったのだ。
そんな鯨伏に気付いてか、はたまたグラスに水滴が付いてしまうほどの時間を待たされたことにじれてなのか。先に口を開いたのは猪狩の方だった。
「アンタ、今何してんの?アンタのとこのチーフから鯨伏のことは長期の休職扱いにしてくれって言われたんだけど」
「……」
「退職届、出したんだって?ゼロ全員が謹慎中……あれか、スマホわすれたつって俺とあった時?」
「うぐ」
思わず呻く。そうだった。俺この人に嘘付いたんだった。忘れていた事に対する嫌悪感と罪悪感が腹の底で渦巻く。でも、これは自分でやったことだからと飲み込んで頭を下げる。
「嘘、ついてすいませ」
「で、いつ戻るの?」
「へ?」
鯨伏の謝罪を遮って、猪狩が問いかける。一瞬何を言われたのかわからなくて間抜けた顔で彼を見上げると猪狩もまた不思議そうに鯨伏を見ていた。
「だってその格好で署に来てた、ってことは戻ってくるんだろ?」
「え、あ、その」
「違うの? え、マジで辞めるつもり?」
「い、いや!ちが、違います!戻ります、戻りたいです!!」
え、嘘……俺の読み外れた……!? と大げさに口元を手で覆う猪狩に鯨伏が慌てて前のめりにそう叫ぶ。喫茶店のマスターが迷惑そうに二人を見た。その視線に苦笑いしながら頭を下げて、鯨伏は姿勢を戻す。
「……戻りたいんですけど、その前に狗噛さんには話をしたくて」
「? じゃあ電話でもなんでもして本人呼び出せばよかったじゃん。なんで直で来てんの?」
「前の携帯……解約して……皆の番号諸々無くしまして……」
「………アンタ、バカ?」
「返す言葉もないです、うっす」
しどろもどろにそう返す鯨伏に、猪狩がはぁーーーーーーー、と大げさなくらいにため息を着く。大体おおよそわかったぞ、という表情になったが怯みそうになる己に内心で激励し、鯨伏は言葉を続けた。
「その、零課のみんなに会う前に神童さんか猪狩さんに話しておきたいことがあって」
「何? 番号だったら普通に教えるけど流石に出戻りの仲介までは俺やらないよ? 多分、アンタが自分でしたいからこうやって来たんだろうし」
「はい、それはちゃんと自分で言います。番号もお言葉に甘えて教えて欲しい……ただ、ひとつ調べて欲しいことがあって」
「調べる?何を?」
訝しむ猪狩の目の前で、鯨伏はシャツのボタンと袖口のボタンをひとつずつ外す。その行動に不可解だ、と視線を向けていた猪狩が目を見張る。息を呑む音がする。はらりと、何かが机に落ちる音がする。
鯨伏の耳後ろから首筋を伝い、先程広げたシャツの襟から。緩められた袖口の隙間から鮮やかに紫陽花が咲き誇っていた。人の身体にしっかりと根を張り、瑞々しく咲くそれに言葉を失った猪狩が口をはくはくとさせている。
「……これを、的場のものと同じか調べて欲しいんです」
「え、は? そ、それはいいけど、なんなの、それ……」
「荒唐無稽な話ですけど、聞きます?」
狼狽えながらも鯨伏の状態が気になったのだろう、猪狩が頷く。その反応に目を伏せて口を開く。
思い返すのは、弱っていた紫陽花を見つけたこと。何日かかけて世話をしたこと。それが幼い少女になって、取り込まれそうになったこと――取り込まれそうになっている間、確かに幸せだったこと。
鯨伏は隠し事も嘘も得意ではない。だから包み隠さず全てを話した。傍から聞いていれば荒唐無稽ではすまない、気違いの人間の話に聞こえるだろう。だが、鯨伏は目の前で咲かせてみせたのだ。彼女であった花を。
呆気に取られたままの猪狩が、呆然としたまま言葉を吐く。
「……同じのかどうか調べて、どうすんの?」
「内容次第で、零課に戻ったときみんなに黙っておくか全部言うかを決めます。だって嫌でしょう? あ庭師事件を彷彿させるものがくっついてる奴が居るなんて」
「や、まあ……そりゃそうかもだけどさ……でも黙ってなくても、ゼロなら……あの人たちなら受け入れてくれるっしょ?」
「俺が嫌なんですよ。皆の目に『庭師』の時の色が混ざるのが」
その色は驚愕だった。失望だった。恐怖だった。嫌悪だった。――絶望、だった。
当然、その色は自分にもあった。それに押しつぶされて逃げ出した。今は大丈夫だと支えて待ってくれると言った人が居るし、遠い届かないところから背中を押してくれた存在にも出会って自分は進もうと思えたけれど、他の三人がどうかなんて、鯨伏には推し量れない。
「もう、傷付けたくないんですよ。玲央さ……獅子王さんから家族を奪っておいて今更何をと思うけど。でも、痛い思いも苦しい思いも、寂しい思いだってしなくて済むならそれでいいじゃないですか」
「アンタはそれでいいワケ?一人で背負い込むつもり?結構しんどいと思うんだけど」
「いやいや、背負い込むなんてそんな大層なことできないですよ。物理的な現象で何かあった時に一番前で暴れるくらいしか俺できないですし。でもこれを黙っておくのは、皆に庭師のことを思い出させたくないのと同じくらいに俺にとって忘れたくない大切なことだから。あの子の言葉に救われて。あの存在に祝福されて。その上で全部切って捨てた。それごと全部持って行くと決めたから」
かれてしまっても きっとずっと あなたがだいすきよ
この言葉を忘れたことなんて一度もない。もういないけれども、自分と一緒に咲いている。彼女も自分の背中を押してくれた存在のひとつだって思っている。だから、彼らが嫌がるならとこの身に咲いた花を切り落とそうだなんてもう思えなかった。
なら、自分ができることは彼女も彼も、彼らも全部連れて行くことくらいで。どこまでも止まらず進むことだけなのだ。
「クサいかもですけど……腹は括ったんです。今度はもう逃げない、って」
「……はー!マジでクサい!!すんげえ真面目な話じゃんそれ!!内容なんて想像の斜め上どころかど垂直!!真上すぎ!!」
苦笑する鯨伏にもう限界! と言わんばかりに猪狩が頭を抱えて天を仰いだ。すいません、と呟く鯨伏の紫陽花咲く手を引っつかみ、丁寧に摘み取る。
「どう? 痛くない?」
「……引っ張られると少し。あと刃物で切られる時はちょっと嫌な感じがします」
「神経はちょっと通ってる、ね。血……はもう平気?」
「自分のは平気ですよ。というか俺、涼さんの事件より前はスプラッタ平気でしたし」
「おっけ、じゃあちょっと血と、花の根の周りの皮膚も少し頂戴。もしかしたら追加で唾液とかも貰うかもだけど、まあ皮膚片と血液あれば十分っしょ。仕事の合間になるから時間はかかるけど結果出たら連絡する……から!!スマホ貸して!!ゼロと俺と神童ちゃんの連絡先いれといちゃる!」
「ありがとうございます」
そう言ってまだ新しい端末を猪狩に渡す。あれやこれやといじっている間にもうデータを移し終えたのだろう、鯨伏のスマートフォンを渡しながら猪狩は聞いてきた。
「もし的場ちゃんと同じだったらどうするの?」
「どうもしませんよ。ただちょっと、ざまあみろって思うだけで」
「どゆこと?」
猪狩が意味がわからない、と首をかしげる。その表情を見て鯨伏は口の端を釣り上げて獰猛に、子供のように得意げに、笑う。
きっと、こんなに歪んだ理由で笑うのなんて初めてだ。きっと人からは嫌な顔をされると思うから。
嫌われたくなくて。
ここにいていい理由が欲しくて。
欲しいけれども怖くて言い出せなくて。
奪ってしまった事実が恐ろしくて。
何もないと思い込んでいて、だから余計に手を伸ばせなくて。
『いい子』でいなきゃと、大人になった今ですら思い込んでて。
それらを全部噛み砕く。飲み込む。腹の中でどす黒く混ざり合って重く響く。いい感覚ではないのに、抱えて行けると根拠なく思った。
「死んでからしか咲けない的場より、生きたまま咲ける俺のが綺麗だろ、ってこと!」
――後に猪狩幸太郎はこう思ったらしい。
『あいつ、あんなに開き直ったこと言う奴だったっけ?』と。
*
後日、猪狩から連絡があった。鯨伏の紫陽花と相模原、泉、南から検出された花は類似しているという結果。だが、こうも続いていた。
『確かに性質はよく似てると思う。俺は専門じゃないけど。ただ、なんというかアンタの紫陽花はもう少し人間に近い組織を持ってたからもしかしたら独自に進化したのかも。全く同じもんじゃなかったよ』
『まあそれはそれとして、ちゃんと話して折り合い付いたら帰ってこいよ! 俺四人揃ったゼロ、そろそろちゃんと見たいんだから!』
雨の続く、そんな夜に届いたメッセージだった。畳む
#CoC #ネタバレ #庭師
CoC「庭師は何を口遊む」ネタバレ有 後日談
幻は解け、メッキは剥げた
幼少の頃の記憶は、実はない。琥白玖の記憶の始まりは親戚の心配そうな顔だった。琥白玖くん、大丈夫? 痛いところはない? その言葉に曖昧に頷いたのが、最初。
詳しく聞いたことはないが、どうやら親がハズレだったらしいというのは生きていく内に察しは付いた。親戚たちに聞けば揃って口を閉ざし目を逸らす。ああ、自分は愛されていなかったのかと漠然と思った。
だからだろうか、自分を引き取った親戚には勿論関係者の手伝いをした。そうすれば褒められた。褒められるのは純粋に嬉しい。必要でここにいてもいいのだと、安心した。
それは通い始めた学校でもそうだった。小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も先生は勿論先輩の手伝いもして後輩の手助けもした。惚れていた女子はとりわけ気にかけた。同級生には不評だったが、彼らにも同じように施せば意見が変わった。
そうやって自分で作り上げた「いい子」のレッテルは、琥白玖を守った。時折身動きを取れないような、不快感を伴うなにかを感じたが見ないふりをした。褒めて、必要として。それだけが欲しくて誰かを助け続けた。隣で笑う少女が好きで。ありがとうと言う言葉が好きで。お前がいないと困ると言う言葉が好きで。けれども、自分で望んだそれを受け止めるたびに乾いていく。飢えていく。おかしいな、欲しいものは手に入っているのに。
やがて琥白玖は警察官になった。彼女の父親が警察官だったのだ。彼の真似をすれば、彼女にもっと好きになってもらえるかもしれない。だからまずはそれを目指した。警察官になっても琥白玖は変わらず誰かの手伝いをしていたように思う。いい奴、と言う太鼓判ももらえて、安泰だと思っていた。
それを、自分で引き金を引いて壊して、壊れていくさまを見ていた。
*
ふっと意識が浮上する。ここ最近でやっと見慣れ始めた天井だった。琥白玖はゆっくり瞬きをする。しかし起き上がろうとしない。少し身じろいだだけで、安物のソファはぎしと悲鳴を上げた。
『庭師』の一件から、厳密には辞表を出して零課から逃げ出して少ししか立っていないのにもう何年も前のような気がする。ただ、気がするだけだ。現に溢れそうになる万感には蓋をして直視しないようにしている。向き合ってしまえば、自分が壊れる気がして。
住まいを警視庁から遠く離れた場所に変えて携帯を変えて誰からの連絡も来ないように投げ捨てた。自分から捨ててきたのだ、誰も探しはしないだろう。死んでしまおうかとも思った。けど、的場の抱えた同じ種類の狂気を抱えたまま死にたくなかったし、死ぬのは怖い。それすらできない。
取り敢えず生きるだけ、を繰り返している。
貯金を少しずつ切り崩しながら今日することを考える。何もしていないよりはましで、日雇いのバイトはしていた。仕事中は楽だった、仕事のことだけを考えていればいい。身体を動かしていれば時間はすぎる。先輩にあたる中年の男が自分になにか言った気がするが聞こえない。
家に変えると必要最低限の家具とスミスマシンがぽつんと並んでいる。捨てようと思ったのだが処理が面倒で持ってきた。もうやる必要もないのに気がついたら使っている。身体を動かしていれば時間はすぎるから、問題はない。
眠る前が、一番辛かった。その日にあったことと過去のことを比べて、あの場所が恋しいと心が泣く。零課で、楽しかったこととメンツの顔を思い浮かべて虚しくなる。
早く、はやく切り捨てて生きることだけを考えたかった。これ以上のことは抱えたくなかった。誰とも関わりたくなかった。そのくせ寂しくて、探して欲しくて、戻りたいと騒ぎそうになる自分がいることを感じて嫌悪する。
気持ちが悪くて、嫌いで、疎ましくて。
でも嫌われたくなくて、軽蔑されたくなくて、自分もそこにいたかった。
いられる訳も、ないのにだ。本当に滑稽で嫌になる。
琥白玖を苛むように過去の夢を、子供のころの夢と零課にいた時の楽しかった時だけの夢を見る。
狗噛、獅子王、神宮寺。泉、相模原、猪狩、神童――的場。
まだ壊れていない理想がそこにはあって、目が覚めるたびもうないことを思い知る。なんで目が覚めるんだ。あのまま、あのまま眠っていればあそこにずっといられたのにと何度頭を掻き毟ったか。
起きた頭で繰り返されるのは相模原だと思っていた、自分が殺した南玲子の死体。神宮寺が打ち抜いた相模原の遺体。自分が殺したと知っても前に立った狗噛、家族を奪われていた事実を知ったその後も随伴した獅子王。彼らに、煽りとも取れる言葉を投げつける恍惚と笑う的場。そういえば、彼の言葉の中に自分に当てたものは無かったと気付いた。気付いてああ、自分は視野にすら入れてもらえていなかったのかと知った。
誰かの中に、残りたかった。いてもいいよと無条件に、いい子じゃなくても言って欲しかった。でも。
煽りでもよかった、一時は信頼した彼から自分に向けたものがなかったのが全てだった。
もう嫌われているに決まっているだろう、この役立たず。
そんな声が聞こえて、顔を上げる。たまたま映った鏡に自分の顔が写る。今にも癇癪を起こしそうな顔が見えた。笑顔は、絶やさないようにしていたのに。
いっそ、全力で誰かを傷つけてやろうか。誰かを守るなんて口実もないまま、自分のためだけに。あの時も自分のためだけに引き金を引いたけど、今度は何もないまま。
そんな度胸もないくせに。子供の声が、琥白玖の脳で囀って響く。がり、と自分の腕に爪を立ててうずくまって、ぐるぐると考えては行き場のない衝動も欲求も恐怖も不安も哀愁もごちゃまぜに混ぜ込んで吐きそうになりながら飲み込んだ。
建前すら持てない惨めな男がそこにいた。そこに「いい子」は、いなかった。畳む
#CoC #鯨伏琥白玖 #庭師 #ネタバレ
幻は解け、メッキは剥げた
幼少の頃の記憶は、実はない。琥白玖の記憶の始まりは親戚の心配そうな顔だった。琥白玖くん、大丈夫? 痛いところはない? その言葉に曖昧に頷いたのが、最初。
詳しく聞いたことはないが、どうやら親がハズレだったらしいというのは生きていく内に察しは付いた。親戚たちに聞けば揃って口を閉ざし目を逸らす。ああ、自分は愛されていなかったのかと漠然と思った。
だからだろうか、自分を引き取った親戚には勿論関係者の手伝いをした。そうすれば褒められた。褒められるのは純粋に嬉しい。必要でここにいてもいいのだと、安心した。
それは通い始めた学校でもそうだった。小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も先生は勿論先輩の手伝いもして後輩の手助けもした。惚れていた女子はとりわけ気にかけた。同級生には不評だったが、彼らにも同じように施せば意見が変わった。
そうやって自分で作り上げた「いい子」のレッテルは、琥白玖を守った。時折身動きを取れないような、不快感を伴うなにかを感じたが見ないふりをした。褒めて、必要として。それだけが欲しくて誰かを助け続けた。隣で笑う少女が好きで。ありがとうと言う言葉が好きで。お前がいないと困ると言う言葉が好きで。けれども、自分で望んだそれを受け止めるたびに乾いていく。飢えていく。おかしいな、欲しいものは手に入っているのに。
やがて琥白玖は警察官になった。彼女の父親が警察官だったのだ。彼の真似をすれば、彼女にもっと好きになってもらえるかもしれない。だからまずはそれを目指した。警察官になっても琥白玖は変わらず誰かの手伝いをしていたように思う。いい奴、と言う太鼓判ももらえて、安泰だと思っていた。
それを、自分で引き金を引いて壊して、壊れていくさまを見ていた。
*
ふっと意識が浮上する。ここ最近でやっと見慣れ始めた天井だった。琥白玖はゆっくり瞬きをする。しかし起き上がろうとしない。少し身じろいだだけで、安物のソファはぎしと悲鳴を上げた。
『庭師』の一件から、厳密には辞表を出して零課から逃げ出して少ししか立っていないのにもう何年も前のような気がする。ただ、気がするだけだ。現に溢れそうになる万感には蓋をして直視しないようにしている。向き合ってしまえば、自分が壊れる気がして。
住まいを警視庁から遠く離れた場所に変えて携帯を変えて誰からの連絡も来ないように投げ捨てた。自分から捨ててきたのだ、誰も探しはしないだろう。死んでしまおうかとも思った。けど、的場の抱えた同じ種類の狂気を抱えたまま死にたくなかったし、死ぬのは怖い。それすらできない。
取り敢えず生きるだけ、を繰り返している。
貯金を少しずつ切り崩しながら今日することを考える。何もしていないよりはましで、日雇いのバイトはしていた。仕事中は楽だった、仕事のことだけを考えていればいい。身体を動かしていれば時間はすぎる。先輩にあたる中年の男が自分になにか言った気がするが聞こえない。
家に変えると必要最低限の家具とスミスマシンがぽつんと並んでいる。捨てようと思ったのだが処理が面倒で持ってきた。もうやる必要もないのに気がついたら使っている。身体を動かしていれば時間はすぎるから、問題はない。
眠る前が、一番辛かった。その日にあったことと過去のことを比べて、あの場所が恋しいと心が泣く。零課で、楽しかったこととメンツの顔を思い浮かべて虚しくなる。
早く、はやく切り捨てて生きることだけを考えたかった。これ以上のことは抱えたくなかった。誰とも関わりたくなかった。そのくせ寂しくて、探して欲しくて、戻りたいと騒ぎそうになる自分がいることを感じて嫌悪する。
気持ちが悪くて、嫌いで、疎ましくて。
でも嫌われたくなくて、軽蔑されたくなくて、自分もそこにいたかった。
いられる訳も、ないのにだ。本当に滑稽で嫌になる。
琥白玖を苛むように過去の夢を、子供のころの夢と零課にいた時の楽しかった時だけの夢を見る。
狗噛、獅子王、神宮寺。泉、相模原、猪狩、神童――的場。
まだ壊れていない理想がそこにはあって、目が覚めるたびもうないことを思い知る。なんで目が覚めるんだ。あのまま、あのまま眠っていればあそこにずっといられたのにと何度頭を掻き毟ったか。
起きた頭で繰り返されるのは相模原だと思っていた、自分が殺した南玲子の死体。神宮寺が打ち抜いた相模原の遺体。自分が殺したと知っても前に立った狗噛、家族を奪われていた事実を知ったその後も随伴した獅子王。彼らに、煽りとも取れる言葉を投げつける恍惚と笑う的場。そういえば、彼の言葉の中に自分に当てたものは無かったと気付いた。気付いてああ、自分は視野にすら入れてもらえていなかったのかと知った。
誰かの中に、残りたかった。いてもいいよと無条件に、いい子じゃなくても言って欲しかった。でも。
煽りでもよかった、一時は信頼した彼から自分に向けたものがなかったのが全てだった。
もう嫌われているに決まっているだろう、この役立たず。
そんな声が聞こえて、顔を上げる。たまたま映った鏡に自分の顔が写る。今にも癇癪を起こしそうな顔が見えた。笑顔は、絶やさないようにしていたのに。
いっそ、全力で誰かを傷つけてやろうか。誰かを守るなんて口実もないまま、自分のためだけに。あの時も自分のためだけに引き金を引いたけど、今度は何もないまま。
そんな度胸もないくせに。子供の声が、琥白玖の脳で囀って響く。がり、と自分の腕に爪を立ててうずくまって、ぐるぐると考えては行き場のない衝動も欲求も恐怖も不安も哀愁もごちゃまぜに混ぜ込んで吐きそうになりながら飲み込んだ。
建前すら持てない惨めな男がそこにいた。そこに「いい子」は、いなかった。畳む
#CoC #鯨伏琥白玖 #庭師 #ネタバレ
探索者のわやわや。ネタバレ等はありません。
金の星、灰の猫
「……」
ニコルは唖然としながら目の前のイギリス人の女を見ていた。凄い勢いで消えていくスイーツ。文字通り山を成していたそれを口に入れては美味しそうに咀嚼する様子に最早吐き気さえ覚えている。ニコルの手にしていたサンドイッチは幾分か前に食べることを放棄されていた。
『? ニコル、食べないの?』
『アンタが食べてるの見てたらもういいってなっちまったんだよ、ベアトリーチェ』
言いたいことは万も億もあるが、何とか抑えてそれだけ返事する。目の前のイギリス女改めベアトリーチェはじゃあ私にくださいと、ニコルが話すのとは異なる英語でそう答えた。
*
ニコルが日本へ入国し方々を回っていた時のことだった。道に迷ったニコルは目の前に薄汚れた金色の布を拾った。拾った、というかついてきたと言うべきだとはニコル談ではあるのだが、どうも拾われた側はそうは思っていないらしい。
小汚い布は、ベアトリーチェと名乗った。うっすらと黄色み掛かった、白にすら見える淡い波打つ髪を豪快に絡ませて鳥の巣を作っていたのを苦心しながら解いてやれば目の前の女はすぐにニコルに懐いた。財布を落として行き倒れていた彼女にこれっきりだと食事を奢ったのだが、その後は何をしてもついてきていた。何度か本気で撒いたにも関わらず気付けばニコルの行く先々に彼女の頭がひょっこり現れる。その度ニコルは肝を冷やしていた。
当然何か目的があるのか、と問い詰めたこともある。ニコルは住んでいた場所が場所だけに用心深かった。しかし疑われているベアトリーチェと言えば本当に何も企んでおらず、おそらく自分以外の外国人が珍しく、また助けてもらったからと言う理由で付いて回っているだけらしい。疑うだけ無駄だ、とニコルは色々諦めた。
『あ!ニコル見て、カエル!日本のカエルは小さくてかわいいわ!』
『へーへー、そうかい。腹の足しになら無さそうだな』
『食べない!なんてこと言うの!』
あちこちで見るなんの変哲もないものに一々騒ぐベアトリーチェをニコルが適当にあしらう。そうしただけベアトリーチェがうるさくなるもんだからいよいよニコルもムキになって言い返す。ベアトリーチェは楽しそうにそれに乗る。疲れてしまう結果は不本意にも一緒に過ごした数日で分かっているのに相手をするあたしもあたしだな、とニコルは自分にため息をついた。
*
ニコルがぱ、と目を開けたのはほとんどの建物から光が消えた夜更けだった。山奥に借りたコテージの中を何かを物色しているような音が響く。物盗りか、と警戒しながら横目で見るとベアトリーチェが自分の荷物を漁っていた。ニコルのカバンならば取り押さえてやるつもりだったがそうじゃない。
ならこんな夜更けにこいつは何を?気になったら暴かずにはいられない。
『何やってんだ、こんな夜中に』
『あ、起きちゃった?』
むくりと体を起こしたニコルに特に驚くこともなく、ベアトリーチェはごめんごめんと小さく手を合わせた。そんなことどうでもいいよと言い捨てて、視線で質問の続きを促せばベアトリーチェはくふくふと小さく笑って手にしたものを見せつける。
『? なんだそりゃ?』
『星座盤と小型天体望遠鏡よ。今日は久しぶりに晴れたから』
『星なんて見てどうすんだ』
『どうもないわ、見て綺麗だなって思うだけ。強いて言うなら私のお仕事兼好きなこと』
そう言いながら目を伏せたベアトリーチェがいつもと違うように見えて、思わずニコルの心臓が跳ねる。いつものはつらつとした眩しさが、今だけどうにも柔らかい灯りのように感じて驚いたのだ。
落ち込んだわけではなく、どう見ても楽しみで仕方ないと言った風なのに雰囲気が違う彼女に驚いて、困惑する。
『ああ、そう。じゃああたしは寝直すとするから好きに、』
『ねえニコル』
一緒に見ない?
柔らかい笑みが、ニコルに向いた。
*
『はいどーぞ、コーヒーだよね?ミルクティーじゃなくてほんとによかった?』
『いつものでいいって』
湯気のたつマグを手渡されながら、ニコルは一口啜る。苦味と香りが口いっぱい広がりながら喉奥に滑り込んでいく感触にほう、と息をついた。隣ではいつの間に作ったのか、一人でハムサンドを頬張るベアトリーチェがいた。ぱちりと目があって、微笑まれる。それがなんだか気不味くて思わず目を逸らすが、ベアトリーチェが動いた音がしてまた彼女に視線を向けてしまう。
『うん、やっぱり今日はよく見える』
そう言いながら天を仰ぐベアトリーチェに、ニコルは言葉をなくした。
真夜中だと言うのに月が煌々と彼女を照らし、波打つ金糸に光を惜しみなく注ぐ。ランタンすら消しているのに、ベアトリーチェの周りだけ明るく見えた。いつだったか、ミサを行う教会に飾られたステンドグラスに描かれたマリアを思い出すが、それよりもベアトリーチェの方が実態を伴っていた。ニコルは、見たことがないものを信じない。だから実在する彼女の神聖さに似た何かを本物だと感じた。
純粋に綺麗だと思ったのは、いつ以来だ。
コーヒーではない何かを飲み込む。その音すら彼女の邪魔になりそうで、ニコルは思わず身を縮こまらせた。そして、腹の底にどろりと黒いものが滑り込む。
夜でも昼でも明るくて、人も疑わずただ笑っていられる彼女と、押し付けられた薄暗い過去からの、灰色の延長線を歩かされるだけの自分との落差に嫉妬した。押し付けられて、本当だったら変えられたかもしれないものまでずっと背負わされて、自分が探す人たちに会うまで自分は不安定のままで。
無性に叫びたくなった。彼女の髪を引っ掴んで引き倒して、力いっぱい殴りたい衝動に駆られた。静かな彼女の悲鳴を聞きたくなった。浅ましいのが自分だけだなんて思いたくなかった。
『ニコル、大丈夫』
柔らかい声だった。ニコルが思わず顔を上げる。ベアトリーチェは笑っていた。何もかもを許すと言った、高慢とも取れる目で。優しくて柔くて触れば壊れてしまいそうなのに、それでもベアトリーチェの方が強かに感じる。それはニコルの劣等感すらも宥めすかして行くようで、肩にかけられたタオルケットが呼応するようにずり落ちた。
それを拾ってもう一度ニコルの肩に掛けながらベアトリーチェはまた笑いかける。
『ニコルはニコルのままでいいの』
『……お前、あたしの何を知って』
『何も知らないわ。けど、ニコルったらずっと悩んでる顔をしてるんだもの。私じゃなくても分かっちゃうわ』
いつの間にかベアトリーチェの手にはカードの束が並べられていた。カンテラに光が入り、その手元を照らす。鮮やかにカード切って並べていく。紙が捲られる柔らかい音が静寂を止めていく。ニコルはその様子を眺めることしかできなかった。すい、と一枚のカードが目の前に差し出される。
『そのまま進んでニコル。大丈夫だから、星も数字もそう出てる』
『……なんだお前、シャーマンってやつか?生憎あたしは占いとかそう言うもんは信じない質でね』
『信じなくてもいいわよ、信じるものじゃないもの。結局占いなんて、数字の結果でしかない』
『だったら何で』
『私の占いは、背中を押すためのものだから』
ニコルだってどうしたいか、自分で分かっているんでしょう?
そう問いかけるベアトリーチェは笑っていなかった。とても真剣で、もしかすればニコルが初めて見た彼女の真顔なのかもしれない。
けれどもそれがどうしたっておかしく見えて、思わずニコルは笑ってしまったのだ。
『押されなくても、あたしは進めるってぇの』
そう、とベアトリーチェも笑った。
*
「すみまセーン!か、かご?かごままけん?に行くしたいデス。電車これ、あってるデスか?」
「かごましけん、だ」
「鹿児島県ですね」
駅員が苦笑しながら目の前の金と灰の頭を見る。外国人の対応は苦手なんだけどなぁ、という彼のぼやきは幸いにも目の前の二人には届いていない。だるそうな灰色と楽しそうな金色が印象的だな、とは思った。
「oh!そうデスそうデース!かごしま、けん!」
「わかる、した。よかったな。じゃ、ばいばい」
灰色が雑に手を振る。金色もそれに勢いよく返す。
『……――――』
『――! ――――!!』
最後に英語で何かを交わして、二人は別れた。義務教育以来英語など触っていない駅員は彼女たちが最後に何を言っていたのかはわからない。
けれども、良い旅なのだろうと思った。何故なら二人は笑っていた。金色は優しげに、灰色は呆れながらも微かに。そう、笑っていたのだから。
電車が走る。ニコルは東へ、ベアトリーチェは西へ。反対方向へ向かって進んでいく。畳む
#CoC #探索者 #小噺
金の星、灰の猫
「……」
ニコルは唖然としながら目の前のイギリス人の女を見ていた。凄い勢いで消えていくスイーツ。文字通り山を成していたそれを口に入れては美味しそうに咀嚼する様子に最早吐き気さえ覚えている。ニコルの手にしていたサンドイッチは幾分か前に食べることを放棄されていた。
『? ニコル、食べないの?』
『アンタが食べてるの見てたらもういいってなっちまったんだよ、ベアトリーチェ』
言いたいことは万も億もあるが、何とか抑えてそれだけ返事する。目の前のイギリス女改めベアトリーチェはじゃあ私にくださいと、ニコルが話すのとは異なる英語でそう答えた。
*
ニコルが日本へ入国し方々を回っていた時のことだった。道に迷ったニコルは目の前に薄汚れた金色の布を拾った。拾った、というかついてきたと言うべきだとはニコル談ではあるのだが、どうも拾われた側はそうは思っていないらしい。
小汚い布は、ベアトリーチェと名乗った。うっすらと黄色み掛かった、白にすら見える淡い波打つ髪を豪快に絡ませて鳥の巣を作っていたのを苦心しながら解いてやれば目の前の女はすぐにニコルに懐いた。財布を落として行き倒れていた彼女にこれっきりだと食事を奢ったのだが、その後は何をしてもついてきていた。何度か本気で撒いたにも関わらず気付けばニコルの行く先々に彼女の頭がひょっこり現れる。その度ニコルは肝を冷やしていた。
当然何か目的があるのか、と問い詰めたこともある。ニコルは住んでいた場所が場所だけに用心深かった。しかし疑われているベアトリーチェと言えば本当に何も企んでおらず、おそらく自分以外の外国人が珍しく、また助けてもらったからと言う理由で付いて回っているだけらしい。疑うだけ無駄だ、とニコルは色々諦めた。
『あ!ニコル見て、カエル!日本のカエルは小さくてかわいいわ!』
『へーへー、そうかい。腹の足しになら無さそうだな』
『食べない!なんてこと言うの!』
あちこちで見るなんの変哲もないものに一々騒ぐベアトリーチェをニコルが適当にあしらう。そうしただけベアトリーチェがうるさくなるもんだからいよいよニコルもムキになって言い返す。ベアトリーチェは楽しそうにそれに乗る。疲れてしまう結果は不本意にも一緒に過ごした数日で分かっているのに相手をするあたしもあたしだな、とニコルは自分にため息をついた。
*
ニコルがぱ、と目を開けたのはほとんどの建物から光が消えた夜更けだった。山奥に借りたコテージの中を何かを物色しているような音が響く。物盗りか、と警戒しながら横目で見るとベアトリーチェが自分の荷物を漁っていた。ニコルのカバンならば取り押さえてやるつもりだったがそうじゃない。
ならこんな夜更けにこいつは何を?気になったら暴かずにはいられない。
『何やってんだ、こんな夜中に』
『あ、起きちゃった?』
むくりと体を起こしたニコルに特に驚くこともなく、ベアトリーチェはごめんごめんと小さく手を合わせた。そんなことどうでもいいよと言い捨てて、視線で質問の続きを促せばベアトリーチェはくふくふと小さく笑って手にしたものを見せつける。
『? なんだそりゃ?』
『星座盤と小型天体望遠鏡よ。今日は久しぶりに晴れたから』
『星なんて見てどうすんだ』
『どうもないわ、見て綺麗だなって思うだけ。強いて言うなら私のお仕事兼好きなこと』
そう言いながら目を伏せたベアトリーチェがいつもと違うように見えて、思わずニコルの心臓が跳ねる。いつものはつらつとした眩しさが、今だけどうにも柔らかい灯りのように感じて驚いたのだ。
落ち込んだわけではなく、どう見ても楽しみで仕方ないと言った風なのに雰囲気が違う彼女に驚いて、困惑する。
『ああ、そう。じゃああたしは寝直すとするから好きに、』
『ねえニコル』
一緒に見ない?
柔らかい笑みが、ニコルに向いた。
*
『はいどーぞ、コーヒーだよね?ミルクティーじゃなくてほんとによかった?』
『いつものでいいって』
湯気のたつマグを手渡されながら、ニコルは一口啜る。苦味と香りが口いっぱい広がりながら喉奥に滑り込んでいく感触にほう、と息をついた。隣ではいつの間に作ったのか、一人でハムサンドを頬張るベアトリーチェがいた。ぱちりと目があって、微笑まれる。それがなんだか気不味くて思わず目を逸らすが、ベアトリーチェが動いた音がしてまた彼女に視線を向けてしまう。
『うん、やっぱり今日はよく見える』
そう言いながら天を仰ぐベアトリーチェに、ニコルは言葉をなくした。
真夜中だと言うのに月が煌々と彼女を照らし、波打つ金糸に光を惜しみなく注ぐ。ランタンすら消しているのに、ベアトリーチェの周りだけ明るく見えた。いつだったか、ミサを行う教会に飾られたステンドグラスに描かれたマリアを思い出すが、それよりもベアトリーチェの方が実態を伴っていた。ニコルは、見たことがないものを信じない。だから実在する彼女の神聖さに似た何かを本物だと感じた。
純粋に綺麗だと思ったのは、いつ以来だ。
コーヒーではない何かを飲み込む。その音すら彼女の邪魔になりそうで、ニコルは思わず身を縮こまらせた。そして、腹の底にどろりと黒いものが滑り込む。
夜でも昼でも明るくて、人も疑わずただ笑っていられる彼女と、押し付けられた薄暗い過去からの、灰色の延長線を歩かされるだけの自分との落差に嫉妬した。押し付けられて、本当だったら変えられたかもしれないものまでずっと背負わされて、自分が探す人たちに会うまで自分は不安定のままで。
無性に叫びたくなった。彼女の髪を引っ掴んで引き倒して、力いっぱい殴りたい衝動に駆られた。静かな彼女の悲鳴を聞きたくなった。浅ましいのが自分だけだなんて思いたくなかった。
『ニコル、大丈夫』
柔らかい声だった。ニコルが思わず顔を上げる。ベアトリーチェは笑っていた。何もかもを許すと言った、高慢とも取れる目で。優しくて柔くて触れば壊れてしまいそうなのに、それでもベアトリーチェの方が強かに感じる。それはニコルの劣等感すらも宥めすかして行くようで、肩にかけられたタオルケットが呼応するようにずり落ちた。
それを拾ってもう一度ニコルの肩に掛けながらベアトリーチェはまた笑いかける。
『ニコルはニコルのままでいいの』
『……お前、あたしの何を知って』
『何も知らないわ。けど、ニコルったらずっと悩んでる顔をしてるんだもの。私じゃなくても分かっちゃうわ』
いつの間にかベアトリーチェの手にはカードの束が並べられていた。カンテラに光が入り、その手元を照らす。鮮やかにカード切って並べていく。紙が捲られる柔らかい音が静寂を止めていく。ニコルはその様子を眺めることしかできなかった。すい、と一枚のカードが目の前に差し出される。
『そのまま進んでニコル。大丈夫だから、星も数字もそう出てる』
『……なんだお前、シャーマンってやつか?生憎あたしは占いとかそう言うもんは信じない質でね』
『信じなくてもいいわよ、信じるものじゃないもの。結局占いなんて、数字の結果でしかない』
『だったら何で』
『私の占いは、背中を押すためのものだから』
ニコルだってどうしたいか、自分で分かっているんでしょう?
そう問いかけるベアトリーチェは笑っていなかった。とても真剣で、もしかすればニコルが初めて見た彼女の真顔なのかもしれない。
けれどもそれがどうしたっておかしく見えて、思わずニコルは笑ってしまったのだ。
『押されなくても、あたしは進めるってぇの』
そう、とベアトリーチェも笑った。
*
「すみまセーン!か、かご?かごままけん?に行くしたいデス。電車これ、あってるデスか?」
「かごましけん、だ」
「鹿児島県ですね」
駅員が苦笑しながら目の前の金と灰の頭を見る。外国人の対応は苦手なんだけどなぁ、という彼のぼやきは幸いにも目の前の二人には届いていない。だるそうな灰色と楽しそうな金色が印象的だな、とは思った。
「oh!そうデスそうデース!かごしま、けん!」
「わかる、した。よかったな。じゃ、ばいばい」
灰色が雑に手を振る。金色もそれに勢いよく返す。
『……――――』
『――! ――――!!』
最後に英語で何かを交わして、二人は別れた。義務教育以来英語など触っていない駅員は彼女たちが最後に何を言っていたのかはわからない。
けれども、良い旅なのだろうと思った。何故なら二人は笑っていた。金色は優しげに、灰色は呆れながらも微かに。そう、笑っていたのだから。
電車が走る。ニコルは東へ、ベアトリーチェは西へ。反対方向へ向かって進んでいく。畳む
#CoC #探索者 #小噺
CoC「VOID」ネタバレあり。該当シナリオの後日談。同卓PCのお名前、及びよそ様の相方をお借りしています。
幼気を縊る
蛍光灯が瞬いて、コンクリ質の壁に鈍く反射しているのに薄暗い。そんな拘置所は一昔も前の話だ。今は犯罪者との接見室も白に統一され、一定の明るさを保っている。その面会者側に潮は掛けていた。後ろには帽子を目深に被った相棒と、不安そうにしているアンドロイド課暫定班長が立っている。
不思議な感覚だと思う。本来ここに座るのは潮ではなく伊智か玲斗、つまり人間であってアンドロイドである自分ではないはずなのだ。立場が逆になっている。
奥の、強化ガラスの向こう側。その扉が開く。
人間の担当官の後ろから、有馬真二が姿を見せた。
※
有馬が潮との面会を希望している。不安そうに玲斗が潮と伊智にそう告げたのは半月前の事だ。あの事件の詳細は、世間には隠匿されている。それもそうだ、リボット社のアンドロイドは警察だって利用しているのだ。その社長が起こした事件による、警察へのイメージダウンを恐れて重要な部分は隠蔽されている。当然、当事者のアンドロイド課にも箝口令が敷かれていた。その処理に追われている中での事だった。
「俺としては…反対なんだけど。でも上層部はあわよくば潮に有馬真二の技術を引っ張り出させたいみたいでさ」
ごめん、抵抗しきれなかった。申し訳なさそうに謝る玲斗に構わないと告げる。はて、その時自分はどんな感情を抱いたいのだろうか。
「潮」
ふと隣を見たら帽子の鍔が映り込む。伊智が心配そうな、憤っているような、そんな微妙な顔で俺を見た。
「大丈夫だって。流石に丸腰だろうからさ。前みたく銃口を向けさせたりなんて出来やしないと思うし」
自分で言って、冷たいものが背中に走った、気がした。気がするのはこの体はもはやセンサーを切り替えなければ悪寒すら感じ取れないものになっているからだ。それでも確かに、そう感じた。”有馬潮”として。
またぞわり、とそれが背中を落ちる。雑音になりそうな思考に蓋をして潮は有馬との面会に応じた。
※
老けたな。強化ガラス越しに見る有馬を見た潮の感想はそれだった。夏央を取り込ませた機械の神の隣で立っていた時より狂気はなりを潜めているが、落ち窪んだ目には深く影を差している。艶を無くした白髪が不気味さを助長させていて、いっそ哀れだと思った。
機械の存在の潮ですらそうなのだから、背後に立つ人間二人はそれ以上に感じるだろう。伊智が息を呑む音がする。それを留意事項に留めておきながら潮は改めて目の前の男と向き合った。
視線が合う。絡む。その瞬間ぎょろりとした目が少し優しげに歪んだ。
「潮、調子はどうだ? 身体はどこも、痛くないかい?」
その言葉に搭載された演算機能は素早く「正気ではない」という答えを叩き出した。しかし、感情が確かな記憶を伴って揺れる。
『潮、調子はどうだ? ……すまない、仕事でちゃんといてやれなくて。痛い所はないかい?』
心臓が弱くてよく寝込んでいた潮に、頭を撫でながら不器用に温度をかたむけていた時の。
リフレインする記憶を無理やり蓋をする。勤めて自分はアンドロイドだと言い聞かせる。
「修繕とメンテナンスは済ませてある。問題はない」
「そうか。よかった……所で、夏央は?伊智くんは? 今日は一緒に遊んでいないのかい?」
言葉に詰まる。それ以上に機械すら焼け付くような衝動が口から出そうになった。なんとか押し留めているそれは確実に潮を焼いている。燃えている、とは少し違う。煮えたぎって尚、尽きないような。そんな衝動を呑み込む。
今は、有馬との会話を続けるのが最優先だ。そう言い聞かせる。
「伊智は今日、用事でいない。夏央は……シロウの散歩に出てるよ。俺は留守番だ」
「そうか、会えなくて残念だ」
「……用って、なんだ。会いたいと聞いたから来たんだが」
「そうなんだよ、お前にとっても朗報かもしれないんだ。できたんだよ、傑作とも言えるアンドロイドが」
有馬の顔が喜色に染まる。潮は不愉快で仕方なかった。あれだけのことをして、奪って、壊して、掻き乱したこの男が、自分だけ一番幸せだった時に戻っている。
あの時、殴り殺しておけば良かったか。
そうすれば自分が敗北した瞬間で終わらせてやったのに、とらしくない、物騒なことを考えている自分を自覚できないまま有馬の話は続く。どうやら技術のことを話しているらしく、断片的ではあるが、最新型の、潮のボディの詳細を話しているらしかった。
らしかった、と言うのは音声データとして記録はしているが、潮自身この話に興味がなかったからだ。興味がないと言うか、理解できないというか。背後で玲斗の小さな声が聞こえている。どうやら彼には内容がわかるらしい。それもそうだ、潮をメンテナンスしているのは玲斗なのだ。実際見て触っているのだからこの場にいる誰よりも精通している。
「だから、もうすぐだ。もうすぐ走れるようになるからな、潮」
瞠目した。本来アンドロイドにはない仕草だ。しかし、確実に潮は動揺した。
なんて言った、この男は。
聞き返すこともできないまま有馬を見る。その瞳は狂気に染まりきって現実を見ていない。けれども表情は、声音は、父親のそれだった。家族に向ける、愛情だった。
「お前、サッカーがしたいと言っていただろう? それに、シロウの散歩も。夏央とはプールに行きたいと言っていたし、伊智くんとは絵を描きに公園へ行ってみたいとも言っていたじゃないか」
「……ぁ」
「大丈夫、大丈夫だ。叶うから、叶えてあげるからな。潮」
この男は狂っている。わかっている、理解だってしていて、まともに取り合う必要は無い。それでも傾けられた感情は間違いなく暖かいもので、倒錯しているが本物で。
割り切ろうと、振り切ろうとしている、のに。
ガタン、と音がした。我に返って振り返ると玲斗が伊智を抑えている。荒い呼吸音が響いている。思わずバイタルを取ると酷く興奮しているのが分かった。
無言で立ち上がった潮に、玲斗がもういいんですか、と問う。もういい、これ以上は無駄だと吐き捨てた。
「? 潮、どうしたんだい? 何処へ」
「っお前が……!!」
「伊智」
激昂しかけた伊智の腕を強く掴んで制止する。なんで、と言いたげな伊智の視線を受け止めながら潮は少し逡巡する。
「……俺、今走れてるよ。お父さん」
それだけ告げて、伊智を引き摺って接見室を後にする。そうか、良かったと響いた柔らかい声は聞かなかったことにした。
※
「潮、おい、良いのかよあれ!」
引き摺られている伊智が噛み付いた。何が、と億劫に返した潮に少し言い淀む。
「……あんなの、逃避だろ?あれだけのことしでかして、黄海さんも、俺のお父さんとお母さんも、赤星兄さんだって……」
「それについてはもう殴ってある。終わった話だよ」
「終わったって、お前、有馬の行動で黒田さんが、お前だって!」
「……」
伊智が何を言いたいか、何となくわかる。有馬は狂うことで逃げたと言いたいのだろう。全てを巻き込みながらも遂げられなかったと言う現実から。お前は許せるのかと、伊智は言いたいんだろう。
彼はきっと、許せないんだろう。それでもいいと潮は思う。その権利が、有馬を憎む権利が彼にはある。
ただ一人、理不尽な憎悪を向けられて何もかも失っている。それは潮とて同じだが、失ったものに決定的な違いがあった。
伊智は大切な人たちを失った。潮は自分の命と時間を失った。その差異は、限りなく大きい。
だからなのだろうか。有馬を殴ってからはあの男を薄気味悪いと思いこそすれ憎悪はわかなかった。有馬潮がそうなのか、人の為の機械になってしまったからなのかは、分からないが。
「……潮?」
不安そうな伊智の声にはっとする。物思いに耽って相棒に応えない機体が何処にいる、と嫌悪してからなんともないから、と伊智から距離を取る。
「えっ、ちょ、何処に……」
「席を外すよ、仕事はもう終わったろ?」
「なら俺も……」
「少しだけ一人にしてくれ」
レミに位置情報は送っておくし、回線は開いてるから。何かあったら呼んでくれ。
それだけ告げて潮は踵を返す。背後で伊智と玲斗の声がする。聞こえていない振りをした。
※
二人から離れた潮が居たのは、夏央の墓前だった。時代や科学がどれだけ進もうとも故人を憂い尊ぶ心というものは人から消えることは無いらしい。最も、葬儀や手続きの大部分はデジタル化され、住職の仕事も機械に取って変わっている。その中でも唯一、墓というものは形として残っている。それもまあ、かなり形骸化されて来てはいるが。
墓石に刻まれた姉の名前を見る。そこには犬型ロボットが丸くなって停止している。
あの戦いの後、夏央の遺体に寄り添うようにこうなっていたらしい。その後どれだけ修復しても、燃料を足しても動かなかった。まるで拒絶するかのように。
そんな様子を眺めながら、制服のポケットからガラクタを取り出した。
レンズが割れて、フレームが歪んでいるメガネ。夏央のものだったそれはゴミと言って差し支えない。捨てるべきものだ。手元に置いておくなんて、非合理がすぎる。
けれども、潮はこれを手放せないでいる。
有馬の話を、伊智の言葉を、動かなくなったシロウを、夏央の死に目を思い出す。湧き上がる感情に名前がつけられないままだ。
同時に思う。これは本当に俺の感情か?と。
有馬潮の記憶を後付けされただけのアンドロイドが、感情を謳っているだけなのではないか。陽凪の様に感情学習機能がある訳でもない。それもそうだ。死にかけた有馬潮の依代になっただけの機械なのだから。
目の前の墓に視線を向ける。そこにあるのは夏央の名前だけ。有馬潮の記載は、どこにも無い。
記憶があるのに、存在していた証明が出来ない。はっきりしているのにあやふやで、形があるのにそれを自分だと言いきれない。
伊智のクレヨンを折ったのは。
そのクレヨンを夏央と一緒に買って返したのは。
画面に映る母と笑いあったのは。
父に外で遊びたいと、願ったのは。
間違いなく潮なのに、どこにも「俺」を見つけられなくて。
俺は本当に居たのかな、なんて。
「……なつ姉、俺、本当になつ姉の弟だった?」
答えは無い。何もかも明確にならないまま潮は踵を返す。答えが欲しい。俺はなんなのか。
当面は廃棄処分されないように、また有馬のような悲しみにくれないように。
人間たちへの心象を良くするために、愛嬌を撒いておこう。スパローへ行った二人には親しみが湧きやすいようにアンドロイドらしくなく居よう。伊智は俺でもいいと言いながら「有馬潮」を求めているから、それをなぞろう。
せめて、せめて今。ここにいる「俺」が、壊されないように。昔のことがぐちゃぐちゃて不明瞭で、それでも今ここに有るのは、間違いないから、だから。
否定、しないで。どうか。お願い。望む形でいるから。そういう形でいるから。楽しいねって、思って貰えるように。そうやって動くから。
ここに居させて。
軋む稼働音の合間に、ごめんねと今はもう聞けない声が響いた気がした。畳む
#CoC #VOID
幼気を縊る
蛍光灯が瞬いて、コンクリ質の壁に鈍く反射しているのに薄暗い。そんな拘置所は一昔も前の話だ。今は犯罪者との接見室も白に統一され、一定の明るさを保っている。その面会者側に潮は掛けていた。後ろには帽子を目深に被った相棒と、不安そうにしているアンドロイド課暫定班長が立っている。
不思議な感覚だと思う。本来ここに座るのは潮ではなく伊智か玲斗、つまり人間であってアンドロイドである自分ではないはずなのだ。立場が逆になっている。
奥の、強化ガラスの向こう側。その扉が開く。
人間の担当官の後ろから、有馬真二が姿を見せた。
※
有馬が潮との面会を希望している。不安そうに玲斗が潮と伊智にそう告げたのは半月前の事だ。あの事件の詳細は、世間には隠匿されている。それもそうだ、リボット社のアンドロイドは警察だって利用しているのだ。その社長が起こした事件による、警察へのイメージダウンを恐れて重要な部分は隠蔽されている。当然、当事者のアンドロイド課にも箝口令が敷かれていた。その処理に追われている中での事だった。
「俺としては…反対なんだけど。でも上層部はあわよくば潮に有馬真二の技術を引っ張り出させたいみたいでさ」
ごめん、抵抗しきれなかった。申し訳なさそうに謝る玲斗に構わないと告げる。はて、その時自分はどんな感情を抱いたいのだろうか。
「潮」
ふと隣を見たら帽子の鍔が映り込む。伊智が心配そうな、憤っているような、そんな微妙な顔で俺を見た。
「大丈夫だって。流石に丸腰だろうからさ。前みたく銃口を向けさせたりなんて出来やしないと思うし」
自分で言って、冷たいものが背中に走った、気がした。気がするのはこの体はもはやセンサーを切り替えなければ悪寒すら感じ取れないものになっているからだ。それでも確かに、そう感じた。”有馬潮”として。
またぞわり、とそれが背中を落ちる。雑音になりそうな思考に蓋をして潮は有馬との面会に応じた。
※
老けたな。強化ガラス越しに見る有馬を見た潮の感想はそれだった。夏央を取り込ませた機械の神の隣で立っていた時より狂気はなりを潜めているが、落ち窪んだ目には深く影を差している。艶を無くした白髪が不気味さを助長させていて、いっそ哀れだと思った。
機械の存在の潮ですらそうなのだから、背後に立つ人間二人はそれ以上に感じるだろう。伊智が息を呑む音がする。それを留意事項に留めておきながら潮は改めて目の前の男と向き合った。
視線が合う。絡む。その瞬間ぎょろりとした目が少し優しげに歪んだ。
「潮、調子はどうだ? 身体はどこも、痛くないかい?」
その言葉に搭載された演算機能は素早く「正気ではない」という答えを叩き出した。しかし、感情が確かな記憶を伴って揺れる。
『潮、調子はどうだ? ……すまない、仕事でちゃんといてやれなくて。痛い所はないかい?』
心臓が弱くてよく寝込んでいた潮に、頭を撫でながら不器用に温度をかたむけていた時の。
リフレインする記憶を無理やり蓋をする。勤めて自分はアンドロイドだと言い聞かせる。
「修繕とメンテナンスは済ませてある。問題はない」
「そうか。よかった……所で、夏央は?伊智くんは? 今日は一緒に遊んでいないのかい?」
言葉に詰まる。それ以上に機械すら焼け付くような衝動が口から出そうになった。なんとか押し留めているそれは確実に潮を焼いている。燃えている、とは少し違う。煮えたぎって尚、尽きないような。そんな衝動を呑み込む。
今は、有馬との会話を続けるのが最優先だ。そう言い聞かせる。
「伊智は今日、用事でいない。夏央は……シロウの散歩に出てるよ。俺は留守番だ」
「そうか、会えなくて残念だ」
「……用って、なんだ。会いたいと聞いたから来たんだが」
「そうなんだよ、お前にとっても朗報かもしれないんだ。できたんだよ、傑作とも言えるアンドロイドが」
有馬の顔が喜色に染まる。潮は不愉快で仕方なかった。あれだけのことをして、奪って、壊して、掻き乱したこの男が、自分だけ一番幸せだった時に戻っている。
あの時、殴り殺しておけば良かったか。
そうすれば自分が敗北した瞬間で終わらせてやったのに、とらしくない、物騒なことを考えている自分を自覚できないまま有馬の話は続く。どうやら技術のことを話しているらしく、断片的ではあるが、最新型の、潮のボディの詳細を話しているらしかった。
らしかった、と言うのは音声データとして記録はしているが、潮自身この話に興味がなかったからだ。興味がないと言うか、理解できないというか。背後で玲斗の小さな声が聞こえている。どうやら彼には内容がわかるらしい。それもそうだ、潮をメンテナンスしているのは玲斗なのだ。実際見て触っているのだからこの場にいる誰よりも精通している。
「だから、もうすぐだ。もうすぐ走れるようになるからな、潮」
瞠目した。本来アンドロイドにはない仕草だ。しかし、確実に潮は動揺した。
なんて言った、この男は。
聞き返すこともできないまま有馬を見る。その瞳は狂気に染まりきって現実を見ていない。けれども表情は、声音は、父親のそれだった。家族に向ける、愛情だった。
「お前、サッカーがしたいと言っていただろう? それに、シロウの散歩も。夏央とはプールに行きたいと言っていたし、伊智くんとは絵を描きに公園へ行ってみたいとも言っていたじゃないか」
「……ぁ」
「大丈夫、大丈夫だ。叶うから、叶えてあげるからな。潮」
この男は狂っている。わかっている、理解だってしていて、まともに取り合う必要は無い。それでも傾けられた感情は間違いなく暖かいもので、倒錯しているが本物で。
割り切ろうと、振り切ろうとしている、のに。
ガタン、と音がした。我に返って振り返ると玲斗が伊智を抑えている。荒い呼吸音が響いている。思わずバイタルを取ると酷く興奮しているのが分かった。
無言で立ち上がった潮に、玲斗がもういいんですか、と問う。もういい、これ以上は無駄だと吐き捨てた。
「? 潮、どうしたんだい? 何処へ」
「っお前が……!!」
「伊智」
激昂しかけた伊智の腕を強く掴んで制止する。なんで、と言いたげな伊智の視線を受け止めながら潮は少し逡巡する。
「……俺、今走れてるよ。お父さん」
それだけ告げて、伊智を引き摺って接見室を後にする。そうか、良かったと響いた柔らかい声は聞かなかったことにした。
※
「潮、おい、良いのかよあれ!」
引き摺られている伊智が噛み付いた。何が、と億劫に返した潮に少し言い淀む。
「……あんなの、逃避だろ?あれだけのことしでかして、黄海さんも、俺のお父さんとお母さんも、赤星兄さんだって……」
「それについてはもう殴ってある。終わった話だよ」
「終わったって、お前、有馬の行動で黒田さんが、お前だって!」
「……」
伊智が何を言いたいか、何となくわかる。有馬は狂うことで逃げたと言いたいのだろう。全てを巻き込みながらも遂げられなかったと言う現実から。お前は許せるのかと、伊智は言いたいんだろう。
彼はきっと、許せないんだろう。それでもいいと潮は思う。その権利が、有馬を憎む権利が彼にはある。
ただ一人、理不尽な憎悪を向けられて何もかも失っている。それは潮とて同じだが、失ったものに決定的な違いがあった。
伊智は大切な人たちを失った。潮は自分の命と時間を失った。その差異は、限りなく大きい。
だからなのだろうか。有馬を殴ってからはあの男を薄気味悪いと思いこそすれ憎悪はわかなかった。有馬潮がそうなのか、人の為の機械になってしまったからなのかは、分からないが。
「……潮?」
不安そうな伊智の声にはっとする。物思いに耽って相棒に応えない機体が何処にいる、と嫌悪してからなんともないから、と伊智から距離を取る。
「えっ、ちょ、何処に……」
「席を外すよ、仕事はもう終わったろ?」
「なら俺も……」
「少しだけ一人にしてくれ」
レミに位置情報は送っておくし、回線は開いてるから。何かあったら呼んでくれ。
それだけ告げて潮は踵を返す。背後で伊智と玲斗の声がする。聞こえていない振りをした。
※
二人から離れた潮が居たのは、夏央の墓前だった。時代や科学がどれだけ進もうとも故人を憂い尊ぶ心というものは人から消えることは無いらしい。最も、葬儀や手続きの大部分はデジタル化され、住職の仕事も機械に取って変わっている。その中でも唯一、墓というものは形として残っている。それもまあ、かなり形骸化されて来てはいるが。
墓石に刻まれた姉の名前を見る。そこには犬型ロボットが丸くなって停止している。
あの戦いの後、夏央の遺体に寄り添うようにこうなっていたらしい。その後どれだけ修復しても、燃料を足しても動かなかった。まるで拒絶するかのように。
そんな様子を眺めながら、制服のポケットからガラクタを取り出した。
レンズが割れて、フレームが歪んでいるメガネ。夏央のものだったそれはゴミと言って差し支えない。捨てるべきものだ。手元に置いておくなんて、非合理がすぎる。
けれども、潮はこれを手放せないでいる。
有馬の話を、伊智の言葉を、動かなくなったシロウを、夏央の死に目を思い出す。湧き上がる感情に名前がつけられないままだ。
同時に思う。これは本当に俺の感情か?と。
有馬潮の記憶を後付けされただけのアンドロイドが、感情を謳っているだけなのではないか。陽凪の様に感情学習機能がある訳でもない。それもそうだ。死にかけた有馬潮の依代になっただけの機械なのだから。
目の前の墓に視線を向ける。そこにあるのは夏央の名前だけ。有馬潮の記載は、どこにも無い。
記憶があるのに、存在していた証明が出来ない。はっきりしているのにあやふやで、形があるのにそれを自分だと言いきれない。
伊智のクレヨンを折ったのは。
そのクレヨンを夏央と一緒に買って返したのは。
画面に映る母と笑いあったのは。
父に外で遊びたいと、願ったのは。
間違いなく潮なのに、どこにも「俺」を見つけられなくて。
俺は本当に居たのかな、なんて。
「……なつ姉、俺、本当になつ姉の弟だった?」
答えは無い。何もかも明確にならないまま潮は踵を返す。答えが欲しい。俺はなんなのか。
当面は廃棄処分されないように、また有馬のような悲しみにくれないように。
人間たちへの心象を良くするために、愛嬌を撒いておこう。スパローへ行った二人には親しみが湧きやすいようにアンドロイドらしくなく居よう。伊智は俺でもいいと言いながら「有馬潮」を求めているから、それをなぞろう。
せめて、せめて今。ここにいる「俺」が、壊されないように。昔のことがぐちゃぐちゃて不明瞭で、それでも今ここに有るのは、間違いないから、だから。
否定、しないで。どうか。お願い。望む形でいるから。そういう形でいるから。楽しいねって、思って貰えるように。そうやって動くから。
ここに居させて。
軋む稼働音の合間に、ごめんねと今はもう聞けない声が響いた気がした。畳む
#CoC #VOID
さらに恐ろしいことに今週が終わると11月半分過ぎるんだよな………