ちょろっと事後描写あり。直接描写はない。
#現代組 #うちよそ #R15
まあお決まりと言えばお決まりのパターン
「じゃあせんせーのデビュー戦勝利を祝ってかんぱーい」
「か、乾杯」
ごちん、と鈍い音を立てながらビール缶同士がぶつかる。適当に買ったつまみだのジャンクフードだのをあたりに広げて雫月は目の前の男にへらりと笑いかける。長身を縮こまらせるように座った男は彼の大学の非常勤の講師だった。名前は浅霧十鵲。変わった名前だったから妙に頭に残っていた。
何故講師の彼が雫月の下宿先にいるかというと話は数時間前に遡る。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「あれ、先生ちゃう?」
趣味のサバイバルゲーム会場にて、友人の相田雄輔の間延びした声に雫月が目を瞬かせる。あれ、と指さされた方を見ると確かに見覚えのある姿がそこにはあった。
「なにしてんだろこんなとこで・・・ってまー普通に考えりゃサバゲーだよな」
「そうやったとして意外すぎへん?・・・佐辺君、またなんかしたんちゃうの?見かけたから追っかけて来たとかありそうやん」
「いや何もしてねぇ、じゃなくてあいちゃん俺をなんだと思ってんの?」
「問題児」
「割と真面目に生きてんだけどなぁ」
雄輔の冗談(?)に苦笑で返して雫月が歩を進める。行き先がわかった雄輔は苦笑を一つこぼしてその後ろについて行く。
難なく人混みをかいくぐり、目的の人のすぐ隣まで行ってぽんと軽く叩く。
「こんな所で何してんすか?せーんせ」
返事の代わりにじゃこ、と鈍い音が響く。雫月が固まり雄輔が焦ったように目の前の銃口をずらしてくれた。
「浅霧先生、人に銃口向けたらあかんって」
「・・・えっと、どちら様でしょうか」
雄輔が絶句する。まあ非常勤だし覚えてなくてもしょうがねえな、と無理やりそう思うことにして雫月はあんたの生徒ですと頬を引き攣らせた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「いやほんとせんせ人の事覚えて無さすぎでしょ」
けたけたと笑う雫月に十鵲が気まずそうにビールを口に含む。雄輔は別の用事が有るからと先に別れたため今はいない。さっき謝ったじゃないですか、と拗ねる姿に雫月の中の十鵲の印象が崩れては組み直される。
同じ講座を受けている友人も雫月も彼に対して何を考えているのか分からない、少々気味の悪い講師だった。素性もしれないし最低限の会話しかしない。余り関わりたくない類の人間である、と言うのが彼への第一印象だ。
しかし喋って見れば結構すぐ拗ねたり、デビュー戦の反省点を言えば次はこうすると負けず嫌いを見せてきたり。雫月の冗談に本気で驚いたり少し笑ったりと、かなり感情豊かだった。何より自分が興味のあることに対して饒舌に喋るのだ。聞き心地のいい声とまとまっていてわかりやすい話し方に雫月も思わず踏み込んで質問をして、と会話が途切れなかった。
時計が日付を超えたあたりで、雫月は十鵲に声を掛けようとした。2人で相当飲んだし、終電も無いだろうから泊まっていけと言うつもりだった。現にそこそこアルコールに強い自分が目を回している。結構早い段階で顔を赤くしていた講師1人追い出すのも気が引けたのだ。
その言葉は、十鵲の唇でせき止められた。
酔ったらキス魔になるタイプなんだろうな、と緩く考えていた雫月はしかし次の瞬間長身に押し倒されて組み敷かれる。
「ちょ、せんせ?」
退いて、と薄くは無い胸板を押し返す。しかし熱に浮かされた目はずっと物欲しそうに雫月を見ていた。こくり、と喉が鳴る。どちらのものかは分からない。まずいと訴えていた理性は十鵲の熱とアルコールに当てられて溶かされる。
やがて十鵲が雫月の唇を再度塞いだ。大きな手が雫月のシャツの下に潜り込んで、そして。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
雫月はぱち、と目を覚ました。薄ら寒いのは服を着ていないからだし腰が痛くて下肢がベタつくのはまあつまりそういう事なんだろう。思ったよりダメージねえな、と思いながら煙草に手を伸ばす。誰かと寝た後の習慣だった。身体に回された長い腕が少し邪魔だった。動いたからか引き込むように腕に力が込められる。跳ねている髪を梳いたのはなんとなくだった。
薄らと十鵲が目を開ける。素っ裸の雫月を見て跳ねるように飛び起きた。
「・・・」
「おはよ、せんせ」
鬱血と歯型だらけで、しかも掠れた声の雫月と下着だけしか着けていない自分の状態で全て察したのだろう。
「・・・すいません、でした・・・ッ!」
下着1枚で土下座された。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
雫月がシャワーから出ると十鵲が抜け殻のような顔でテーブルに簡単な食事を並べている光景に目を白黒させる。
「え、何。つか材料とかなかったよね?」
「買ってきて作りました・・・」
「別に帰ってよかったのに」
「帰れるわけないでしょう!?その、無理させましたし・・・」
あっけからんとした雫月の言葉に十鵲が目を剥く。その直後目に見えて落ち込んだ講師にわかりやすいなぁと苦笑した。
「まあせんせーは気持ちよかったかも知んないけど俺全然イってねえし、あちこち痛いし」
「う」
「中出しされたし、俺処女食われたし」
「・・・すいませ」
「でもメシ作ってくれたし、それでチャラでいーよ」
は?と思わず十鵲が素っ頓狂な声を出す。並べられたサンドイッチをひとつ摘んで口に放り込む。自分の為に食事を用意されたのはいつ以来だっけと考える。
「下手くそだったけどね」
よかったね、女の子じゃなくて俺で。大ダメージを受けたのか崩れ落ちた十鵲に雫月は嘲笑ではない笑みをひとつへらりと零した。
その後、
「わ、私も童貞でしたからね!?」
と言うとてつもなくどうでもいい十鵲のカミングアウトに雫月はものすごく生ぬるい眼差しでそっかぁ、と呟くのだった。
「なんですかその目は!!」
「いや、初めてなら下手くそでもしょうがねえよ、うん」
「慰めてるんですか!?貶してるんですか!?」畳む
#現代組 #うちよそ #R15
まあお決まりと言えばお決まりのパターン
「じゃあせんせーのデビュー戦勝利を祝ってかんぱーい」
「か、乾杯」
ごちん、と鈍い音を立てながらビール缶同士がぶつかる。適当に買ったつまみだのジャンクフードだのをあたりに広げて雫月は目の前の男にへらりと笑いかける。長身を縮こまらせるように座った男は彼の大学の非常勤の講師だった。名前は浅霧十鵲。変わった名前だったから妙に頭に残っていた。
何故講師の彼が雫月の下宿先にいるかというと話は数時間前に遡る。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「あれ、先生ちゃう?」
趣味のサバイバルゲーム会場にて、友人の相田雄輔の間延びした声に雫月が目を瞬かせる。あれ、と指さされた方を見ると確かに見覚えのある姿がそこにはあった。
「なにしてんだろこんなとこで・・・ってまー普通に考えりゃサバゲーだよな」
「そうやったとして意外すぎへん?・・・佐辺君、またなんかしたんちゃうの?見かけたから追っかけて来たとかありそうやん」
「いや何もしてねぇ、じゃなくてあいちゃん俺をなんだと思ってんの?」
「問題児」
「割と真面目に生きてんだけどなぁ」
雄輔の冗談(?)に苦笑で返して雫月が歩を進める。行き先がわかった雄輔は苦笑を一つこぼしてその後ろについて行く。
難なく人混みをかいくぐり、目的の人のすぐ隣まで行ってぽんと軽く叩く。
「こんな所で何してんすか?せーんせ」
返事の代わりにじゃこ、と鈍い音が響く。雫月が固まり雄輔が焦ったように目の前の銃口をずらしてくれた。
「浅霧先生、人に銃口向けたらあかんって」
「・・・えっと、どちら様でしょうか」
雄輔が絶句する。まあ非常勤だし覚えてなくてもしょうがねえな、と無理やりそう思うことにして雫月はあんたの生徒ですと頬を引き攣らせた。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
「いやほんとせんせ人の事覚えて無さすぎでしょ」
けたけたと笑う雫月に十鵲が気まずそうにビールを口に含む。雄輔は別の用事が有るからと先に別れたため今はいない。さっき謝ったじゃないですか、と拗ねる姿に雫月の中の十鵲の印象が崩れては組み直される。
同じ講座を受けている友人も雫月も彼に対して何を考えているのか分からない、少々気味の悪い講師だった。素性もしれないし最低限の会話しかしない。余り関わりたくない類の人間である、と言うのが彼への第一印象だ。
しかし喋って見れば結構すぐ拗ねたり、デビュー戦の反省点を言えば次はこうすると負けず嫌いを見せてきたり。雫月の冗談に本気で驚いたり少し笑ったりと、かなり感情豊かだった。何より自分が興味のあることに対して饒舌に喋るのだ。聞き心地のいい声とまとまっていてわかりやすい話し方に雫月も思わず踏み込んで質問をして、と会話が途切れなかった。
時計が日付を超えたあたりで、雫月は十鵲に声を掛けようとした。2人で相当飲んだし、終電も無いだろうから泊まっていけと言うつもりだった。現にそこそこアルコールに強い自分が目を回している。結構早い段階で顔を赤くしていた講師1人追い出すのも気が引けたのだ。
その言葉は、十鵲の唇でせき止められた。
酔ったらキス魔になるタイプなんだろうな、と緩く考えていた雫月はしかし次の瞬間長身に押し倒されて組み敷かれる。
「ちょ、せんせ?」
退いて、と薄くは無い胸板を押し返す。しかし熱に浮かされた目はずっと物欲しそうに雫月を見ていた。こくり、と喉が鳴る。どちらのものかは分からない。まずいと訴えていた理性は十鵲の熱とアルコールに当てられて溶かされる。
やがて十鵲が雫月の唇を再度塞いだ。大きな手が雫月のシャツの下に潜り込んで、そして。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
雫月はぱち、と目を覚ました。薄ら寒いのは服を着ていないからだし腰が痛くて下肢がベタつくのはまあつまりそういう事なんだろう。思ったよりダメージねえな、と思いながら煙草に手を伸ばす。誰かと寝た後の習慣だった。身体に回された長い腕が少し邪魔だった。動いたからか引き込むように腕に力が込められる。跳ねている髪を梳いたのはなんとなくだった。
薄らと十鵲が目を開ける。素っ裸の雫月を見て跳ねるように飛び起きた。
「・・・」
「おはよ、せんせ」
鬱血と歯型だらけで、しかも掠れた声の雫月と下着だけしか着けていない自分の状態で全て察したのだろう。
「・・・すいません、でした・・・ッ!」
下着1枚で土下座された。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
雫月がシャワーから出ると十鵲が抜け殻のような顔でテーブルに簡単な食事を並べている光景に目を白黒させる。
「え、何。つか材料とかなかったよね?」
「買ってきて作りました・・・」
「別に帰ってよかったのに」
「帰れるわけないでしょう!?その、無理させましたし・・・」
あっけからんとした雫月の言葉に十鵲が目を剥く。その直後目に見えて落ち込んだ講師にわかりやすいなぁと苦笑した。
「まあせんせーは気持ちよかったかも知んないけど俺全然イってねえし、あちこち痛いし」
「う」
「中出しされたし、俺処女食われたし」
「・・・すいませ」
「でもメシ作ってくれたし、それでチャラでいーよ」
は?と思わず十鵲が素っ頓狂な声を出す。並べられたサンドイッチをひとつ摘んで口に放り込む。自分の為に食事を用意されたのはいつ以来だっけと考える。
「下手くそだったけどね」
よかったね、女の子じゃなくて俺で。大ダメージを受けたのか崩れ落ちた十鵲に雫月は嘲笑ではない笑みをひとつへらりと零した。
その後、
「わ、私も童貞でしたからね!?」
と言うとてつもなくどうでもいい十鵲のカミングアウトに雫月はものすごく生ぬるい眼差しでそっかぁ、と呟くのだった。
「なんですかその目は!!」
「いや、初めてなら下手くそでもしょうがねえよ、うん」
「慰めてるんですか!?貶してるんですか!?」畳む
TRPGのPCじゃない、診断やら話の流れで生まれたやつら。基本現代日本。現代組とでも銘打っておく。
佐辺雫月の話
#現代組
既に凍えて死んでいた
「佐辺ー今日って暇か?」
「残念、バイトでーす。また誘ってー」
級友に片手を上げて軽く返した雫月はスマホ端末に記載された日時を視界に入れてため息を付いた。ほんの少しの哀愁を苛立ちの中に混ぜ込んで飲み込む。
十二月二十四日。世間ではクリスマスムード一色だ。その中を一人バイト先へ足を進めることにもう何も思わなくなった。ただイルミネーションが目障りだった。
佐辺雫月はクリスマスを筆頭に、カレンダーに記載されている行事が軒並み嫌いだった。人といるのが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。しかしイベントが嫌いだった。
昔は人並みに心が躍っていた気がする。父と母と、三人で過ごす日だとずっとずっと楽しみにしていた。正直な話、サンタクロースという存在を信じていたわけではない。いないものだと割り切った上で両親と過ごせる時間が好きだった。翌朝置かれているプレゼントよりも、自分がプレゼントを抱えて笑ってくれる二人を見れるのが大好きで嬉しかった。
事故だった。居眠り運転で信号を無視し突っ込んできたトラックが、二人が乗っていた車に衝突した、と言うことを知ったのは雫月が高校に上がって暫くした頃だった。即死だったらしい。当時患っていた祖父母では雫月を引き取ることができず父方の兄夫婦のところへ引き取られることになった。
二人が雫月の前から消えたのは奇しくも彼が小学校二年生の、クリスマスだった。
叔父は家にいることが少なかったものの、自分の兄弟の子どもということで気にかけてくれていたとは思う。しかしその妻が雫月を邪険に扱った。自分の子をあからさまに贔屓し、事あるごとに優劣をけては貶す。両親の遺産にこそ手を出さなかったものの、そこから雫月の学費と生活費を出す。授業参観は当然来ないし、運動会は離れたところで一人でコンビニ弁当を食べていた。それだけではなく、毎日の食事も出たことはない。叔父がいるときは大体外食だったし、そこから出た雫月の分だけ遺産から引いていたのを知ったのは家を出る直前だった気がする。
幼心なりに、雫月もこの人の子供じゃないからと理解していた。だからその年から自分の一年の中に誕生日も正月も、クリスマスだって無くなって当たり前だと思っていた。違うとこの子供なんだから好きになってもらえなくて当然だと、必死で思い込んでいたような気がする。
完全に決別したのは高校二年の冬だった。きっかけは雫月があまり喋らなかった(というよりは避けられていた)叔母に両親の死因を聞いた時だった。
「義兄さんも義姉さんもぐっちゃぐちゃで汚かったわよ。あんたのクリスマスプレゼントでも買いに行ってそうなったんじゃない?車に壊れた玩具が乗ってたらしいし。あっやだ、これあんたがいたせいで死んでない?」
あんたがいなきゃ、二人共生きてたかもねえと嘲笑する叔母を、雫月は感情に任せて暴力を振るうことも言い返すこともしなかった。ただ、ありがとうございました。その一言だけ言ってすぐに離れた。叔母は気味悪がっていた。
感情が停滞する。そんなことがあるのかと雫月はどこか他人事のように関心していた。本当なら、それこそこれまでの不満ごとあの女にぶつけても良かったはずなのにそれすらする気力がなかった。一瞬たりとも自分はこの人たちの家族になれていなかった事実と、叔母の話した事実が雫月にほんの少し残った希望も砕いて行く。
「俺の、せいか」
凪いだ心でただ、それだけを呟いた。
そこからは早かった。県外の大学を奨学金で進学し、高校の間ひたすらバイトを掛け持ちした。あの家にはほとんど寄り付かなかった。年齢をごまかして夜中まで働いて今後の貯蓄を蓄える。世間に出てから必要なことを勉強の合間に頭に叩き込む。その頃になると雫月はクラスメイトと遊ぶこともほとんどなくなっていた。必要最低限の物だけ残して全て売り払い、遺産に関しては叔父に相談し世話になった分と少ないながらも半分はあの家に送ることにした。そして一言「これまでお世話になりました」と言って雫月はあの家を出た。返事はなかった。
悴む両手を無造作にポケットに突っ込んで、雫月は次のバイト先へと足を進める。別に金には困っていない。ただこの日持て余してしまう時間に困る。友人たちも大抵イベントで盛り上がっているのだろうが、もうその輪に入りたいとは思えなくなっていた。
どうせ明日は休講だし、ぶっ倒れるまで働いておこう。昔を思い出して凍えてしまわないように。
鮮やかなイルミネーションを睨みつけながら、雫月は次の仕事の内容を無機質に繰り返し思い出していた。畳む
佐辺雫月の話
#現代組
既に凍えて死んでいた
「佐辺ー今日って暇か?」
「残念、バイトでーす。また誘ってー」
級友に片手を上げて軽く返した雫月はスマホ端末に記載された日時を視界に入れてため息を付いた。ほんの少しの哀愁を苛立ちの中に混ぜ込んで飲み込む。
十二月二十四日。世間ではクリスマスムード一色だ。その中を一人バイト先へ足を進めることにもう何も思わなくなった。ただイルミネーションが目障りだった。
佐辺雫月はクリスマスを筆頭に、カレンダーに記載されている行事が軒並み嫌いだった。人といるのが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。しかしイベントが嫌いだった。
昔は人並みに心が躍っていた気がする。父と母と、三人で過ごす日だとずっとずっと楽しみにしていた。正直な話、サンタクロースという存在を信じていたわけではない。いないものだと割り切った上で両親と過ごせる時間が好きだった。翌朝置かれているプレゼントよりも、自分がプレゼントを抱えて笑ってくれる二人を見れるのが大好きで嬉しかった。
事故だった。居眠り運転で信号を無視し突っ込んできたトラックが、二人が乗っていた車に衝突した、と言うことを知ったのは雫月が高校に上がって暫くした頃だった。即死だったらしい。当時患っていた祖父母では雫月を引き取ることができず父方の兄夫婦のところへ引き取られることになった。
二人が雫月の前から消えたのは奇しくも彼が小学校二年生の、クリスマスだった。
叔父は家にいることが少なかったものの、自分の兄弟の子どもということで気にかけてくれていたとは思う。しかしその妻が雫月を邪険に扱った。自分の子をあからさまに贔屓し、事あるごとに優劣をけては貶す。両親の遺産にこそ手を出さなかったものの、そこから雫月の学費と生活費を出す。授業参観は当然来ないし、運動会は離れたところで一人でコンビニ弁当を食べていた。それだけではなく、毎日の食事も出たことはない。叔父がいるときは大体外食だったし、そこから出た雫月の分だけ遺産から引いていたのを知ったのは家を出る直前だった気がする。
幼心なりに、雫月もこの人の子供じゃないからと理解していた。だからその年から自分の一年の中に誕生日も正月も、クリスマスだって無くなって当たり前だと思っていた。違うとこの子供なんだから好きになってもらえなくて当然だと、必死で思い込んでいたような気がする。
完全に決別したのは高校二年の冬だった。きっかけは雫月があまり喋らなかった(というよりは避けられていた)叔母に両親の死因を聞いた時だった。
「義兄さんも義姉さんもぐっちゃぐちゃで汚かったわよ。あんたのクリスマスプレゼントでも買いに行ってそうなったんじゃない?車に壊れた玩具が乗ってたらしいし。あっやだ、これあんたがいたせいで死んでない?」
あんたがいなきゃ、二人共生きてたかもねえと嘲笑する叔母を、雫月は感情に任せて暴力を振るうことも言い返すこともしなかった。ただ、ありがとうございました。その一言だけ言ってすぐに離れた。叔母は気味悪がっていた。
感情が停滞する。そんなことがあるのかと雫月はどこか他人事のように関心していた。本当なら、それこそこれまでの不満ごとあの女にぶつけても良かったはずなのにそれすらする気力がなかった。一瞬たりとも自分はこの人たちの家族になれていなかった事実と、叔母の話した事実が雫月にほんの少し残った希望も砕いて行く。
「俺の、せいか」
凪いだ心でただ、それだけを呟いた。
そこからは早かった。県外の大学を奨学金で進学し、高校の間ひたすらバイトを掛け持ちした。あの家にはほとんど寄り付かなかった。年齢をごまかして夜中まで働いて今後の貯蓄を蓄える。世間に出てから必要なことを勉強の合間に頭に叩き込む。その頃になると雫月はクラスメイトと遊ぶこともほとんどなくなっていた。必要最低限の物だけ残して全て売り払い、遺産に関しては叔父に相談し世話になった分と少ないながらも半分はあの家に送ることにした。そして一言「これまでお世話になりました」と言って雫月はあの家を出た。返事はなかった。
悴む両手を無造作にポケットに突っ込んで、雫月は次のバイト先へと足を進める。別に金には困っていない。ただこの日持て余してしまう時間に困る。友人たちも大抵イベントで盛り上がっているのだろうが、もうその輪に入りたいとは思えなくなっていた。
どうせ明日は休講だし、ぶっ倒れるまで働いておこう。昔を思い出して凍えてしまわないように。
鮮やかなイルミネーションを睨みつけながら、雫月は次の仕事の内容を無機質に繰り返し思い出していた。畳む
昨日からswitchで咎人始めました。
フリーダムウォーズ
操作感もっさりしてるなぁ、と思う以上に私こんなゲーム下手だったかぁ。。。が強く心折れた。なんか寝たり走っただけで刑期延びるし
でも楽しいですね。目下大剣の練習をしています。でもこれもうちょい進めないとフレンド機能的なものは使えない感じだろうか。頑張ろう
フリーダムウォーズ
操作感もっさりしてるなぁ、と思う以上に私こんなゲーム下手だったかぁ。。。が強く心折れた。なんか寝たり走っただけで刑期延びるし
でも楽しいですね。目下大剣の練習をしています。でもこれもうちょい進めないとフレンド機能的なものは使えない感じだろうか。頑張ろう
#CoC #うちよそ #明彦飯
藤堂明彦とフィンセント=スカイグレイのPM12:16
「やあ、来たよ」
「だから連絡・・・誰だアンタ」
「オレが聞きてぇよ・・・」
例によって鮫島が連絡も取らずに清水邸へやってきた。いつもの文句を言おうとして、見知らぬ顔に明彦はぽかんと間抜けな顔をする。自分よりは年上だろう赤毛の外国人に知り合いはいないよな、と思ったところで背後から耳を劈く声が轟いた。
「ア゛ーーーーーーー!!?!??お前!!!なんでここにいやがる!??!?!?!」
なぜかスリッパを両手に持ち威嚇しながら叫ぶウィリアムの声に明彦はもちろん目の前の赤毛の男も耳を閉じる。鮫島だけが面白そうに眺めていたが、彼女を認識したウィリアムの目がぎょろりとそちらを見て吠えたてる。
「ニーナお前か!?こいつ連れてきたの!!」
「そうだよー、フィンくんにご飯をご馳走しようと思ってね」
「連れてくんなよ!!!かえ・・・むぐっ!?」
「ウィルさんうっさい、ちょっと静かにしててくれ。ややこしくなる」
ウィリアムの口に朝顔用のビスケットを押し込み黙らせながら帰ろうと鮫島と格闘する赤毛の青年に声かける。
「・・・取り敢えず、どちら様で?」
「いや、大丈夫。帰るから」
「ここの最寄りのバス次来るの一時間後だよ。今帰るのおすすめしないなぁ」
明彦の質問は無視され、しかし帰ると一点張りの青年にまるで脅しのような鮫島の言葉が内容と噛み合わない呑気さを纏って吐き出される。
青年はまじかよ、と肩を落とした。
*
ことことと音を立てる鍋を眺めながら明彦はちらりと背後を見た。酷く居心地の悪そうな青年の目の前でウィリアムと鮫島が作品が掲載されている冊子を囲んで評論している。と言ってもウィリアムの評価は最終的に自分の作品が一番という自意識過剰まみれのセリフしか出てこず、最初面白がって茶化していた鮫島も飽きたのか自分の好き勝手に評価している。傍から聞いていれば会話になっていない言葉の応酬に頭がおかしくなりそうだ。事実赤い髪はうろたえるように時折すこし揺れている。
「・・・フィンセントさん、ちょっと」
「? オレか?」
大騒ぎする芸術家二人を尻目に明彦が小声で青年の名前を呼ぶ。青年基フィンセントは何故自分が呼ばれたか分からず、しかし目の前の頭がおかしくなりそうな二人の会話を聞くよりマシかと明彦の方へ寄って行く。
近づいた途端ん、と渡された小皿に目を白黒させる。
「なんだ?」
「あの二人泥でも食いそうだし、あんたに味合わせる」
味見しろ、ということらしい。断ろうとしたが鼻をくすぐる匂いに思わず腹がくぅと鳴る。気まずかったが眼前の白い男は笑うことなくずっと小皿を差し出しているのでまあ、と受け取って一口それを飲み込んだ。
煮込んだ野菜特有の優しい甘味と、これは肉の旨味だろうか。舌を滑っていったそれに思わずうまいと呟けばそうかと目の前の白が再び鍋の方を見る。釣られて視線を向ければ黄金色のスープにキャベツの塊が沈んでいた。
「ロールキャベツ・・・?」
「晩飯のつもりだったんだけどな。鮫さん、いっつも突然来るから変更した」
「・・・オレそのつもりじゃなかったし、別に」
「いーよ。アンタ連れてこられただけなんだろ?後でイヤミは鮫さんに言うから気にすんな」
もうちょっとでできっからこっち座ってろよ、とソファではなくテーブルの方を勧められて、のろりと座り込む。えらくしっかりしたガキだなと、フィンセントは上の空そんな事を考えた。
*
目の前に並んだ料理にフィンセントはは?と口をぽかんと開けた。
一人二つずつ並んでいるロールキャベツに、目の前の大きな耐熱容器にはチーズがふんだんに使われたパンキッシュ、綺麗な皿とシルバーが丁寧に並べられている。これを用意したのはお世辞にも(自分が言うのもなんだが)柄が良さそうではない白髪の子供で、しかしこれを作っていたのをフィンセントは見ていた。なんだがリアリティがなくてきょとんとしてしまう。
「赤毛、気持ちは分かるぞ。俺も最初ビビった」
小声でウィリアムが英語でそんな事を言ってきた。まあそうだよな、と普段は揚げ足を取りからかいまくる対象の言葉に素直に頷く。
「早く食べなよ、冷めてしまうよ」
既に口にキッシュを詰め込んでいた鮫島の声に我に返る。と、ウィリアムの反対がをみたら小さなパンが一つ皿に乗せられて押し出されているところだった。
「いや、こんなに食えねえんだけど」
「あーうん。アンタ何食えねえか聞いてなかったから、食えねえんだったらこっちどうかなと」
それだけ言うと明彦は自分の分のキッシュを取り分けて黙々と食べていた。反対側を見ればウィリアムもフィンセントを気にせず既に口にロールキャベツを押し込んでいた。あついあつい、と言いながらも普段見る自称イケメンの普通な仏頂面がどこか本当に美味しそうに見えて、思わず唾液を飲み込んだ。
そういえば、朝から何も食べてない。
今更そんなことを思い出してフィンセントも恐る恐るロールキャベツを切り分けて一口放り込む。まず、熱い。そんなことを思いながらもゆっくり咀嚼していけば先刻味見させてもらったものよりしっかりした味が口の中に広がる。キャベツは芯が取り除いてあるのか固い部分はなく、肉もほろりと崩れるくらい柔らかい。肉汁はコンソメスープに混ざって優しい甘みの中でもしっかり旨みを主張する。ふ、とキッシュに目が向いた。こっちはどうなんだ、と少しだけ取り分ける。周りの記事は食パンの耳を取ったものだった。チーズの下はベーコンとしめじ、スナップエンドウと・・・と考えてもう一つ見慣れないものが目に付いた。見てくれはブロッコリーに近いがフォークでつつくとそれよりもかなり柔らかい。得体の知れないものを食べる気にはなれなくてどうしたものかと視線を泳がせると赤い目とバッチリ視線がかち合った。
「菜の花、嫌いか?」
「ナノハナ?」
「・・・野菜みたいな、花?まあ普通に野菜」
「いやアンタもよくわかってないもん入れるなよ」
「でも旨いのは知ってるからいいだろ」
そんな大雑把な言葉にええいままよとチーズを多めに絡ませて菜の花を口に入れ込んだ。
チーズの味の中にほんのり混ざっているのはオリーブオイルか。胡椒のぴりっとした辛味がアクセントにちょうどいい。絡んでいるのは卵だろうか、ふんわりとした口当たりで生地として敷かれているカリッと焼きあがった食パンと相性がいい。そして、菜の花は思っていた以上に柔らかく、苦味も少なく食べやすい。なんとなく酒が欲しくなるようなそんな味だ。
「・・・不味くはねえな」
「だろ?」
まあ残してもいいけど。そんな明彦の言葉はフィンセントには届かなかった。ゆっくりだが、口を咀嚼するのに忙しくなったからだ。フィンセント用に用意されていたパンはいつの間にかウィリアムが食べていた。
*
「ただいまぁ・・・ありゃ、お客さん?」
ひょこ、と顔をのぞかせたのは芳だった。そういえば仕事午前中で終わるつってたな、と芳の分の用意をしようとして明彦はふとフィンセントの顔が引きつっているのを見た。鮫島はデザートのシフォンケーキに生クリームを乗せながら黙々と食べている。そしてウィリアムはと言うと。
「カオル、おかえり」
いつの間に芳の前に来ていたのだろうか。と、明彦が考えるより早くぎゅ、と芳に抱きついた。客人がいる羞恥心よりウィリアムがいた事の嬉しさのが優ったのか芳も周りを気にせず抱き返す。フィンセントがギギギ、と音が出そうな動きで明彦を振り返る。
「・・・アレ」
「付き合ってる」
「・・・マジだったのかよ」
顔は画像で知ってたけど、と青ざめるフィンセントに苦笑いした明彦は、くいくいと袖を引っ張られて振り向いた。僅かに顔をしかめながら生クリームだけを差し出す鮫島が立っている。
「・・・明彦くん、これお返しするよ。甘すぎる」
「クレームはあっちにつけてくれ・・・」
とんだとばっちりじゃねーか。明彦のぼやきは虚しくキッチンへ散り、人目も気にせず仲睦まじく甘い空気を飛ばす二人を後でしばき倒すと決める。
取り敢えず、明らかに大ダメージを受けたであろう赤毛の客人のためにすっぱいレモネードでも出すか、と明彦は憂鬱になりながら重い腰を上げたのだった。畳む
藤堂明彦とフィンセント=スカイグレイのPM12:16
「やあ、来たよ」
「だから連絡・・・誰だアンタ」
「オレが聞きてぇよ・・・」
例によって鮫島が連絡も取らずに清水邸へやってきた。いつもの文句を言おうとして、見知らぬ顔に明彦はぽかんと間抜けな顔をする。自分よりは年上だろう赤毛の外国人に知り合いはいないよな、と思ったところで背後から耳を劈く声が轟いた。
「ア゛ーーーーーーー!!?!??お前!!!なんでここにいやがる!??!?!?!」
なぜかスリッパを両手に持ち威嚇しながら叫ぶウィリアムの声に明彦はもちろん目の前の赤毛の男も耳を閉じる。鮫島だけが面白そうに眺めていたが、彼女を認識したウィリアムの目がぎょろりとそちらを見て吠えたてる。
「ニーナお前か!?こいつ連れてきたの!!」
「そうだよー、フィンくんにご飯をご馳走しようと思ってね」
「連れてくんなよ!!!かえ・・・むぐっ!?」
「ウィルさんうっさい、ちょっと静かにしててくれ。ややこしくなる」
ウィリアムの口に朝顔用のビスケットを押し込み黙らせながら帰ろうと鮫島と格闘する赤毛の青年に声かける。
「・・・取り敢えず、どちら様で?」
「いや、大丈夫。帰るから」
「ここの最寄りのバス次来るの一時間後だよ。今帰るのおすすめしないなぁ」
明彦の質問は無視され、しかし帰ると一点張りの青年にまるで脅しのような鮫島の言葉が内容と噛み合わない呑気さを纏って吐き出される。
青年はまじかよ、と肩を落とした。
*
ことことと音を立てる鍋を眺めながら明彦はちらりと背後を見た。酷く居心地の悪そうな青年の目の前でウィリアムと鮫島が作品が掲載されている冊子を囲んで評論している。と言ってもウィリアムの評価は最終的に自分の作品が一番という自意識過剰まみれのセリフしか出てこず、最初面白がって茶化していた鮫島も飽きたのか自分の好き勝手に評価している。傍から聞いていれば会話になっていない言葉の応酬に頭がおかしくなりそうだ。事実赤い髪はうろたえるように時折すこし揺れている。
「・・・フィンセントさん、ちょっと」
「? オレか?」
大騒ぎする芸術家二人を尻目に明彦が小声で青年の名前を呼ぶ。青年基フィンセントは何故自分が呼ばれたか分からず、しかし目の前の頭がおかしくなりそうな二人の会話を聞くよりマシかと明彦の方へ寄って行く。
近づいた途端ん、と渡された小皿に目を白黒させる。
「なんだ?」
「あの二人泥でも食いそうだし、あんたに味合わせる」
味見しろ、ということらしい。断ろうとしたが鼻をくすぐる匂いに思わず腹がくぅと鳴る。気まずかったが眼前の白い男は笑うことなくずっと小皿を差し出しているのでまあ、と受け取って一口それを飲み込んだ。
煮込んだ野菜特有の優しい甘味と、これは肉の旨味だろうか。舌を滑っていったそれに思わずうまいと呟けばそうかと目の前の白が再び鍋の方を見る。釣られて視線を向ければ黄金色のスープにキャベツの塊が沈んでいた。
「ロールキャベツ・・・?」
「晩飯のつもりだったんだけどな。鮫さん、いっつも突然来るから変更した」
「・・・オレそのつもりじゃなかったし、別に」
「いーよ。アンタ連れてこられただけなんだろ?後でイヤミは鮫さんに言うから気にすんな」
もうちょっとでできっからこっち座ってろよ、とソファではなくテーブルの方を勧められて、のろりと座り込む。えらくしっかりしたガキだなと、フィンセントは上の空そんな事を考えた。
*
目の前に並んだ料理にフィンセントはは?と口をぽかんと開けた。
一人二つずつ並んでいるロールキャベツに、目の前の大きな耐熱容器にはチーズがふんだんに使われたパンキッシュ、綺麗な皿とシルバーが丁寧に並べられている。これを用意したのはお世辞にも(自分が言うのもなんだが)柄が良さそうではない白髪の子供で、しかしこれを作っていたのをフィンセントは見ていた。なんだがリアリティがなくてきょとんとしてしまう。
「赤毛、気持ちは分かるぞ。俺も最初ビビった」
小声でウィリアムが英語でそんな事を言ってきた。まあそうだよな、と普段は揚げ足を取りからかいまくる対象の言葉に素直に頷く。
「早く食べなよ、冷めてしまうよ」
既に口にキッシュを詰め込んでいた鮫島の声に我に返る。と、ウィリアムの反対がをみたら小さなパンが一つ皿に乗せられて押し出されているところだった。
「いや、こんなに食えねえんだけど」
「あーうん。アンタ何食えねえか聞いてなかったから、食えねえんだったらこっちどうかなと」
それだけ言うと明彦は自分の分のキッシュを取り分けて黙々と食べていた。反対側を見ればウィリアムもフィンセントを気にせず既に口にロールキャベツを押し込んでいた。あついあつい、と言いながらも普段見る自称イケメンの普通な仏頂面がどこか本当に美味しそうに見えて、思わず唾液を飲み込んだ。
そういえば、朝から何も食べてない。
今更そんなことを思い出してフィンセントも恐る恐るロールキャベツを切り分けて一口放り込む。まず、熱い。そんなことを思いながらもゆっくり咀嚼していけば先刻味見させてもらったものよりしっかりした味が口の中に広がる。キャベツは芯が取り除いてあるのか固い部分はなく、肉もほろりと崩れるくらい柔らかい。肉汁はコンソメスープに混ざって優しい甘みの中でもしっかり旨みを主張する。ふ、とキッシュに目が向いた。こっちはどうなんだ、と少しだけ取り分ける。周りの記事は食パンの耳を取ったものだった。チーズの下はベーコンとしめじ、スナップエンドウと・・・と考えてもう一つ見慣れないものが目に付いた。見てくれはブロッコリーに近いがフォークでつつくとそれよりもかなり柔らかい。得体の知れないものを食べる気にはなれなくてどうしたものかと視線を泳がせると赤い目とバッチリ視線がかち合った。
「菜の花、嫌いか?」
「ナノハナ?」
「・・・野菜みたいな、花?まあ普通に野菜」
「いやアンタもよくわかってないもん入れるなよ」
「でも旨いのは知ってるからいいだろ」
そんな大雑把な言葉にええいままよとチーズを多めに絡ませて菜の花を口に入れ込んだ。
チーズの味の中にほんのり混ざっているのはオリーブオイルか。胡椒のぴりっとした辛味がアクセントにちょうどいい。絡んでいるのは卵だろうか、ふんわりとした口当たりで生地として敷かれているカリッと焼きあがった食パンと相性がいい。そして、菜の花は思っていた以上に柔らかく、苦味も少なく食べやすい。なんとなく酒が欲しくなるようなそんな味だ。
「・・・不味くはねえな」
「だろ?」
まあ残してもいいけど。そんな明彦の言葉はフィンセントには届かなかった。ゆっくりだが、口を咀嚼するのに忙しくなったからだ。フィンセント用に用意されていたパンはいつの間にかウィリアムが食べていた。
*
「ただいまぁ・・・ありゃ、お客さん?」
ひょこ、と顔をのぞかせたのは芳だった。そういえば仕事午前中で終わるつってたな、と芳の分の用意をしようとして明彦はふとフィンセントの顔が引きつっているのを見た。鮫島はデザートのシフォンケーキに生クリームを乗せながら黙々と食べている。そしてウィリアムはと言うと。
「カオル、おかえり」
いつの間に芳の前に来ていたのだろうか。と、明彦が考えるより早くぎゅ、と芳に抱きついた。客人がいる羞恥心よりウィリアムがいた事の嬉しさのが優ったのか芳も周りを気にせず抱き返す。フィンセントがギギギ、と音が出そうな動きで明彦を振り返る。
「・・・アレ」
「付き合ってる」
「・・・マジだったのかよ」
顔は画像で知ってたけど、と青ざめるフィンセントに苦笑いした明彦は、くいくいと袖を引っ張られて振り向いた。僅かに顔をしかめながら生クリームだけを差し出す鮫島が立っている。
「・・・明彦くん、これお返しするよ。甘すぎる」
「クレームはあっちにつけてくれ・・・」
とんだとばっちりじゃねーか。明彦のぼやきは虚しくキッチンへ散り、人目も気にせず仲睦まじく甘い空気を飛ばす二人を後でしばき倒すと決める。
取り敢えず、明らかに大ダメージを受けたであろう赤毛の客人のためにすっぱいレモネードでも出すか、と明彦は憂鬱になりながら重い腰を上げたのだった。畳む
#CoC #うちよそ #明彦飯
藤堂明彦と鮫島新名のPM13:01
「やあ、ご相伴にあずかりに来たよ」
「電話しろつったろーが」
のんびりとした声と共に鮫島がひょっこりと顔を出す。こんな辺鄙なところによくもまぁ、と思いながらも自分と同じく色の抜けた髪にどこか安心しながらも明彦は悪態をついた。
彼女と知り合ったのはなんだったか、と考えながら玉ねぎを刻む。確か、ウィリアムにくっついてきたんだったか。先天性白皮症、アルビノ体質自体は明彦の身近に来栖がいたが、彼は明彦ほど白くはない。西洋系のハーフだと言えばそれで通ってしまうほどのものだ。だから、そのときは驚いたもので、自分と同じくらい白い人間がいたのかと凝視してしまった。
あの時の得体の知れない安心感はなんだったんだろうか。
そんな事を考えながら背後で秋に特撮について熱く語っている鮫島の声を聞きながら刻んだ玉ねぎをバターで炒める。今日は晶と朝顔はいないが秋がいるので多少甘くしておかないと玉ねぎだけほじくり返すのである。それは作り手あるまじきだ、と思いつつ飴色になった玉ねぎを冷ましつつ、その時間でマッシュルームを細かく刻んで、人参をミキサーでペースト状にしていく。肉に可能な限り野菜を突っ込んでおかないと、朝顔や晶はともかくとして秋が絶対に食べないのだ。鮫島には付き合わせるようで申し訳ないが犠牲になってもらう。
冷めた飴色玉ねぎとマッシュルームを合挽きのミンチ肉と卵、牛乳、パン粉を練り混ぜる。地味にこの作業が好きで、気を付けないと延々とこねている上に自分の握力の強さを読み違えて混ぜた具材も潰しかねない。やがて小判型に整えて真ん中を凹ませ、熱しておいたフライパンにそっと置いていく。
ジュウ、といかにもな音を立てて焼いていると背後から秋にしがみつかれた鮫島が覗き込んできた。
「おぉ、ハンバーグかい?楽しみだねぇ」
「おー。焼いたら終わりだからもうちょい向こうで秋に遊ばれててくれ」
「おう、まかせろ!さめ!オレが遊んでやるんだからもっとたのしそうにしろよ!」
「遊んであげてるのこっちなんだけどなぁ?」
なんだかなぁ、と言いながらも秋を抱えて鮫島が離れていく。子供は苦手と言ってたっけ?と思いつつ普段連絡もなく飯だけたかりにくるのでそれくらいのことはしてもらわないとこっちも持たない、と三チビの中でも最も暴れん坊の秋を押し付けるあたり明彦も人が悪い。
さて、と蓋をしたフライパンの隣でソースを煮詰めている小鍋の火を見ながら明彦は洗い物に取り掛かった。
*
できたぞ、と言う言葉に秋より先に鮫島がすっ飛んできた。
「おい・・・秋は・・・」
「さめー!こら!オレをおいてくなバカ!!」
「悪いね、出来立てが逃げるから追いかけて捕まえなきゃと思ったのさ」
「はっ!!なるほどな・・・!?できたて、つかまえたか!?」
「完璧だよ」
「ごくろう!!」
なんの会話だ、と思いながら二人の前にプレートを置いていく。ほわぁ、とそんな間抜けな声を上げたのはどちらだろうか。目の前で湯気が揺らいでいる。
まず、目に付いたのは花形の目玉焼き。赤いケチャップソースがハンバーグを包み込むようにかけられている。白い米に、マグカップには黄金色のオニオンスープが注がれている。そしてレタス・胡瓜・プチトマトの簡単なサラダ。
「お昼から豪勢だねぇ。毎日こんな感じなのかい?」
「普段は夜の間に仕込みだけしてんだよ。アンタが急に来たから予定変更したんだっつーの」
「それはそれは。嬉しい限りだねえ」
「いや褒めてねーよ。イヤミだっつの」
悪態をつく明彦の服の裾を、秋がぐいと強く引っ張る。見てみればまだ食わねえのかと顔面で訴えてきていた。毒気を抜かれた明彦はため息をつきながら席につく。
「いただきます」
「いたっきます!」
「いただきまーす」
挨拶もそこそこに秋と鮫島は勢いよくお互いの目玉焼きに箸を突き立てる。何やってんだ、と思いつつ様式美なので明彦はほっといて黙々と食っていた。
以下、二人の行動である。
箸を固く握ったまま両者、睨み合う(鮫島は普通に見下ろしていただけだが)
「・・・やるな、サメ」
「そっちこそ。けど今日はわたしが早かったよね?」
「は!?オレだろ!?」
「いーや、わたしのが早かった。そうだろうあっきー?」
「あきひこにぃ!!オレ!!オレのが早かった!!」
「知らねえよ、ドローにしとけ」
「「やだー!!」」
箸を握ったまま二人揃って明彦に食ってかかる。当の明彦は酷くめんどくさそうに咀嚼していた。ごくんと飲み込んで箸を一旦置き、すっと手を出す。
それを見た二人も箸から手を離した。そして。
「「「じゃんけんポン!!!!!」」」
勢いよく手を降り出す。明彦がグー、秋と鮫島両名はチョキ。明彦の一人勝ちだ。
「くっ、まけた・・・」
「あきひこにぃジャンケンつよすぎー!!」
「俺が強いんじゃねえよ、お前らがジャンケン弱すぎんだ」
「あ、少しイキったね。しゅーちん、今この人イキったよ」
「イキった!あきひこにぃのイキりむしー!」
勝ったのに散々な言われようの明彦は、しかしこれも鮫島が来たときのいつものことだったからはいはいと受け流した。
大人所帯でいつもの食事は秋も含めて皆行儀よく食べている。しかし、たまにはこういう風に大騒ぎしながら食べる食事も悪くなく、何より普段お兄ちゃんぶってしかめっ面をしている秋が楽しそうだから、明彦は勝手に来る鮫島を強く拒むことはしなかった。
少し冷えたハンバーグは、ちょっとだけ人参の味がした。畳む
藤堂明彦と鮫島新名のPM13:01
「やあ、ご相伴にあずかりに来たよ」
「電話しろつったろーが」
のんびりとした声と共に鮫島がひょっこりと顔を出す。こんな辺鄙なところによくもまぁ、と思いながらも自分と同じく色の抜けた髪にどこか安心しながらも明彦は悪態をついた。
彼女と知り合ったのはなんだったか、と考えながら玉ねぎを刻む。確か、ウィリアムにくっついてきたんだったか。先天性白皮症、アルビノ体質自体は明彦の身近に来栖がいたが、彼は明彦ほど白くはない。西洋系のハーフだと言えばそれで通ってしまうほどのものだ。だから、そのときは驚いたもので、自分と同じくらい白い人間がいたのかと凝視してしまった。
あの時の得体の知れない安心感はなんだったんだろうか。
そんな事を考えながら背後で秋に特撮について熱く語っている鮫島の声を聞きながら刻んだ玉ねぎをバターで炒める。今日は晶と朝顔はいないが秋がいるので多少甘くしておかないと玉ねぎだけほじくり返すのである。それは作り手あるまじきだ、と思いつつ飴色になった玉ねぎを冷ましつつ、その時間でマッシュルームを細かく刻んで、人参をミキサーでペースト状にしていく。肉に可能な限り野菜を突っ込んでおかないと、朝顔や晶はともかくとして秋が絶対に食べないのだ。鮫島には付き合わせるようで申し訳ないが犠牲になってもらう。
冷めた飴色玉ねぎとマッシュルームを合挽きのミンチ肉と卵、牛乳、パン粉を練り混ぜる。地味にこの作業が好きで、気を付けないと延々とこねている上に自分の握力の強さを読み違えて混ぜた具材も潰しかねない。やがて小判型に整えて真ん中を凹ませ、熱しておいたフライパンにそっと置いていく。
ジュウ、といかにもな音を立てて焼いていると背後から秋にしがみつかれた鮫島が覗き込んできた。
「おぉ、ハンバーグかい?楽しみだねぇ」
「おー。焼いたら終わりだからもうちょい向こうで秋に遊ばれててくれ」
「おう、まかせろ!さめ!オレが遊んでやるんだからもっとたのしそうにしろよ!」
「遊んであげてるのこっちなんだけどなぁ?」
なんだかなぁ、と言いながらも秋を抱えて鮫島が離れていく。子供は苦手と言ってたっけ?と思いつつ普段連絡もなく飯だけたかりにくるのでそれくらいのことはしてもらわないとこっちも持たない、と三チビの中でも最も暴れん坊の秋を押し付けるあたり明彦も人が悪い。
さて、と蓋をしたフライパンの隣でソースを煮詰めている小鍋の火を見ながら明彦は洗い物に取り掛かった。
*
できたぞ、と言う言葉に秋より先に鮫島がすっ飛んできた。
「おい・・・秋は・・・」
「さめー!こら!オレをおいてくなバカ!!」
「悪いね、出来立てが逃げるから追いかけて捕まえなきゃと思ったのさ」
「はっ!!なるほどな・・・!?できたて、つかまえたか!?」
「完璧だよ」
「ごくろう!!」
なんの会話だ、と思いながら二人の前にプレートを置いていく。ほわぁ、とそんな間抜けな声を上げたのはどちらだろうか。目の前で湯気が揺らいでいる。
まず、目に付いたのは花形の目玉焼き。赤いケチャップソースがハンバーグを包み込むようにかけられている。白い米に、マグカップには黄金色のオニオンスープが注がれている。そしてレタス・胡瓜・プチトマトの簡単なサラダ。
「お昼から豪勢だねぇ。毎日こんな感じなのかい?」
「普段は夜の間に仕込みだけしてんだよ。アンタが急に来たから予定変更したんだっつーの」
「それはそれは。嬉しい限りだねえ」
「いや褒めてねーよ。イヤミだっつの」
悪態をつく明彦の服の裾を、秋がぐいと強く引っ張る。見てみればまだ食わねえのかと顔面で訴えてきていた。毒気を抜かれた明彦はため息をつきながら席につく。
「いただきます」
「いたっきます!」
「いただきまーす」
挨拶もそこそこに秋と鮫島は勢いよくお互いの目玉焼きに箸を突き立てる。何やってんだ、と思いつつ様式美なので明彦はほっといて黙々と食っていた。
以下、二人の行動である。
箸を固く握ったまま両者、睨み合う(鮫島は普通に見下ろしていただけだが)
「・・・やるな、サメ」
「そっちこそ。けど今日はわたしが早かったよね?」
「は!?オレだろ!?」
「いーや、わたしのが早かった。そうだろうあっきー?」
「あきひこにぃ!!オレ!!オレのが早かった!!」
「知らねえよ、ドローにしとけ」
「「やだー!!」」
箸を握ったまま二人揃って明彦に食ってかかる。当の明彦は酷くめんどくさそうに咀嚼していた。ごくんと飲み込んで箸を一旦置き、すっと手を出す。
それを見た二人も箸から手を離した。そして。
「「「じゃんけんポン!!!!!」」」
勢いよく手を降り出す。明彦がグー、秋と鮫島両名はチョキ。明彦の一人勝ちだ。
「くっ、まけた・・・」
「あきひこにぃジャンケンつよすぎー!!」
「俺が強いんじゃねえよ、お前らがジャンケン弱すぎんだ」
「あ、少しイキったね。しゅーちん、今この人イキったよ」
「イキった!あきひこにぃのイキりむしー!」
勝ったのに散々な言われようの明彦は、しかしこれも鮫島が来たときのいつものことだったからはいはいと受け流した。
大人所帯でいつもの食事は秋も含めて皆行儀よく食べている。しかし、たまにはこういう風に大騒ぎしながら食べる食事も悪くなく、何より普段お兄ちゃんぶってしかめっ面をしている秋が楽しそうだから、明彦は勝手に来る鮫島を強く拒むことはしなかった。
少し冷えたハンバーグは、ちょっとだけ人参の味がした。畳む
#創作
灯送御前物語
昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。
ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。
しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。
鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。
ところが。
その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。
村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。
ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。
「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」
まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。
この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。
村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。
鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。
「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」
呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。
山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。
やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。
ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。
しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。
「でてこい!迎えがきたぞう!」
その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。
洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。
「なんで・・・」
「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」
鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
鬼が次の日、また村へやってきました。
経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。
「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」
「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」
「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」
こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。
しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。
「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」
遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。
「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」
「は?」
必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。
「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」
「ひっ!?」
「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」
「で、では生贄を・・・?」
「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」
村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。
そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。
「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」
雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。
やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。
「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」
「な、なんでしょうか鬼様!!」
あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。
「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」
「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」
「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」
その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。
とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。
『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』
雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。
全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。
「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」
「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」
そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。
「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」
村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。
「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」
いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。
「では皆々様方、お手元の提灯を」
言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。
ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。
ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。
やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。
ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。
その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。
「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」
鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。
村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。
この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。
黄泉之灯送御前。親しみを込めて、おくり様、と。
今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む