小説 2024/11/27 Wed COC「VOID」HO2自機・潮がエオルゼアでミコッテになって過ごす話その2。ただの私得。該当シナリオ及びFF14暁月のフィナーレのネタバレはありませんが暁月エリアまでの地名が出ます。気になる方は閲覧をお控えください。続きを読む潮ッテその2眠い。そう億劫に感じながら潮は目を開ける。占領しているソファから起きあがろうとしてみるが、ふかふかしているクッションと自分を包む毛布の感触、ちりちりと揺れる暖炉の温もりがどうも自分を纏ったまま離してくれそうもない。頑張って起きあがろうと四苦八苦する反面、身体は正直なものでそのままゆっくりとクッションへと倒れ込んでいく。その体をそっと支えられて、魅惑のふかふかとの接触は阻まれた。「おはようございます、潮さん」眠い目をしぱしぱと瞬かせて声の方を見れば、赤髪を揺らしながら青年が柔らかく笑みを浮かべていた。*こちらに来て、潮の環境はひどく忙しないものになった。まずこの世界のことを知る前に自分の体のことから知るべきだったのだからそれも仕方ないのかもしれない。アンドロイドだった時にはなかった空腹や眠気などの生理現象に翻弄された。それに加えて、ミコッテ族(この世界の人間の種類らしい。自分の世界で言うならアメリカ人やロシア人と言ったものだろうと潮は解釈している)としては長身なのだが体力は人並みやや少なめ、と言ったところらしい。エーテルと言うこの世界を構成するエネルギー量もあまり多くなく、冒険者としては魔術職も前衛職もあまり向かないかもしれないと言うのはルカの言だ。事実潮はやることをやってすぐ眠る、と言う生活スタイルになっている。このままではいけない、と一度無理をして起きていたら何でもないところですっ転んでそのまま寝落ちしてしまい、結果余計に迷惑を掛けてしまっている。「焦らなくてもいいさ。できるできないより、まずどういう状態であるかの把握やそれに慣れることも大切だと思うし。ウシオさんのペースで掴んでいけばいい」そう酒を飲みながら朗らかに言うアベルの言葉通り、もどかしい気持ちを抑え込んで自分の体と眠気に抗う日々を送っていた。起きている間はカンパニーハウスの掃除をしてから読み書きをルカやフィオナに教わる。幸い記憶力は良かったので、誰かからの伝言係やメモ帳がわりになったりしている。この辺りはアンドロイドの時とあまり大差ないな、と少しほっとした。文字もゆっくりとなら読めるようになっている。また潮の調子がいい時はその時頼まれた者と近場で買い出しへ向かい、金銭の支払い等を学んでいた。日本のように通貨に種類はなく、ギルと呼ばれる貨幣何枚分と計算するらしい。単純で覚えやすかったから、買い出し要員に任命された時は不安定な自分の足元が少し落ち着いたようで嬉しかった。ただ、まだ文字の読み書きはあやふやだからまだ付き添いは外されないままだ。少し不服だったりする。そんな潮を見かねたのか、はたまた本当に言葉の通りだったのか。少し遠いところへの買い出しをルカに言い渡されたのはつい先日の話のことである。「ウシオはん、ちょいと遠いところへ買い物行って欲しいねん」「? 構わないがどこへ?」「リムサや、リムサ・ロミンサ。君が保護された都市やなぁ」その単語にああ、あそこかと納得する。白い珊瑚礁でできた、潮騒の響く都市。あの時は確かすぐに倒れてしっかり見ることもできなかった。少しだけ慣れた土地から、あまり知らない場所へ。不安と同時に、感じたことのない気持ちが無縁を過ぎる。それは、没頭するような内容の本を捲る時の気持ちのような。それが何かわからず内心首を傾げている潮に気付かず、ルカは続ける。「あそこになぁ、チビらが使うフライパンとかハンマー注文しとんねん。あと漁師ギルドへ魚の卸やな。ベル坊やらなっちゃんが釣って、余ったやつ。質は悪ないし、ちょっとしたお小遣い程度になるんよ。その買い付けと……ああそうそう、そこに道具一式注文してあんねん。その引き取りやね」「俺でいいのか? 引き取りとかなら何とかなるが、買い付けはしたことがない」「構わんよ。アベルとナツキから、って言うたらちゃんと見てもらえるで。あ、せや」ルカは何か思いついたように懐から紙と封筒を取り出すと、近くに置いてあった羽ペン(日本のような、ボールペンらしきものはないらしい。あちこちにインク瓶と羽ペンが設置されているのだ)にインクをつけてさらさらと何かを書く。それを封筒に入れて蝋で封をすると潮に投げて渡した。「ついでにこれ、ギルドマスターか、シシプ言う人に渡しといて。あと付き添いは……せやなぁ……あ、丁度ええわ」少し考え込む素振りを見せたルカは、潮の背後へおういと軽く声をかけた。彼はきょとんとして潮とルカを見、なんですか? と小走りに駆け寄ってきた。「明日確かなんもあらへんだやろ? ウシオはんの買い出し付き合いついでにあれそれ教えたって。……ウシオはん、この子はなぁ……」*「おはよう、龍。悪い、また寝そうになった」「あはは、ちょっと頑張ってましたけど負けてましたね」碧の目を細めて龍が笑う。普通なら怒るところなのだろうが、二度寝しかけたのは事実だし龍はおっとりと笑うから、バカにされている感じがしないのだ。事実彼にもそんなつもりはないのだろう、すぐに俺も二度寝しちゃう時あるんで気持ちわかりますよとフォローを入れてくる。昨日たまたま近くを歩いただけだと言うのに突然自分の面倒を押し付けられてさぞ迷惑だろうな。そう思った潮がそのことについて謝罪すると彼は今のようにふわりと笑って首を横に振った。「明日予定がないのは本当ですし、大丈夫ですよ。俺でよければお付き合いさせてください」そこまで言って頭まで下げられた。間違いなく面倒を見てもらう側なのは自分なのに逆に低姿勢に返されて潮がしどろもどろになる。その様子を小さく笑いながら見たルカは龍に何事かを耳打ちしてほな明日朝の便で向かったって、と踵を返したのだ。「そう言えば、ルカに何を言われていたんだ?」昨日の光景を思い出し、ふと疑問に思ったことを問えば龍はああ、と教えてくれた。「ついでに交感のやり方を教えておいてくれと頼まれていました」「こうかん?」「はい。難しい理屈は俺もよくわかってないんですけども」曰く、自分のエーテルと街や都市に設置されているクリスタルへ通し、また自分の中へクリスタルのエーテルを通すことによってその場所へ一瞬でたどり着くことができる、という。色々な理屈はあるが、要は自分とクリスタルのパスを繋ぐ方法を教えておけと頼まれたそうだ。「それができたら今後は船に乗らなくても、何か用があったらすぐに飛んでいけますから。便利ですよ、テレポ」「……俺は魔法は向いてないと言われたんだが」「ああ、多分戦闘職としてはと言うことじゃないでしょうか? 生まれつきエーテル量が少なすぎるとかでないなら結構誰でもできる魔法です」思わず、潮の耳がぴょこんと跳ねる。魔法。文字通りロボット学やら何やら、科学の結晶であった自分には本当に無縁だったもの。それが使えるかもしれないのだ。楽しみにならないわけがない。それが押し殺せないと言わんばかりに耳がぴこぴこ、尻尾がひょこひょこと動いている。その様子を見ながら龍は一瞬目を丸くしてから微笑する。「ルカさんが多めにお小遣いを渡してくれました。交感と買い出しが終わったらビスマルク風エッグサンドでも食べましょうか」「びすまるくふうえっぐさんど」「元は労働者向けの携帯食だったのを、高級レストランがアレンジしたものですね」「食べる」潮の食いつきの良さにまた笑って、龍はじゃあいきましょうかと潮をソファから引っ張り起こした。*船に揺られて三日後。二人はリムサ・ロミンサの港に立っていた。「ぉえ……」「潮さん、これ。多少楽になります」青い顔をして道の端で座り込んでいた潮に苦笑しながら龍がレザーカンティーンを受け取る。促されるまま蓋を開けておずおずと中身に口をつけて、耳が跳ねた。「ラッシーだ」「はい。ミントで風味つけてるからさっぱりしてるでしょう? 船酔いした人はよく飲んでるんですよ」ちびちび飲み始めた潮の隣に腰掛けが龍は自分たちが乗ってきたのとは別の船を眺めて、物流増えたなぁ、と呟いた。「? 元々こうじゃなかったのか?」「ええ、結構色々大変だったんです。ラザハンからの香辛料を手に入れるのに苦労しました」「他のものじゃダメなのか?」「使い方によってはそれでもいいんでしょうけど、種類が多くて質もいいんです。グリダニアは木材やハーブがよくて、ウルダハは金属や宝石類だったかな」「じゃあここは?」「魚と船ですね。今日は難しいかもしれませんが、その内造船場とか見に行ってもいいかもしれません」そう言う龍に頷いて、潮はラッシーに口をつける。全部飲み切るとカンティーンをすっと取られた。それくらいは自分で、と言う前に龍に遮られる。最も本人にそのつもりはなかったのだが。「さて、買い物に行く前に交感してしまいましょうか。ついでにサマーフォードのクリスタルも」*ざわざわと数多の人が行き交っている中、それはそこにあった。大きく切り出されたそれに幾つかの装置がついていて、原理も理屈もわからないが浮いて、ゆっくり自転している。それに二人は近いた。「じゃあ、触れてみてください」「? 呪文とかそういうのっていらないのか?」「ええ、交感はあくまでエーテルを通すだけなんです。この場所に、潮さんの事を刻んで残す。やってみてください」ちょっと思ってたのと違う。耳をへたんと垂れさせながら言われるままクリスタルに手のひらを押し当てた。ひやりと、冷たさが手のひらに伝わったのは一瞬で。自分の中に何かが流れ込んでくる。それは決して嫌なものじゃなく、じんわりと自分に馴染んでいく。しばらくすると、その感覚もなくなり後にはクリスタルの冷ややかさだけが残った。「……多分、終わった? どうだろうか」「はい、それで大丈夫です。じゃあ次はサマーフォードの方へ行ってみましょう。そっちも交感できたら一度テレポ使ってみましょう」*荷物を持って動くのは危ないから、先に交感を。そう言われるまま潮は龍について行った。道中羊に似た生き物や大きくて耳の長いネズミをみているとあれはシープ、あっちはマーモット等龍が簡単に説明してくれた。自分が最初襲われていたあの気持ち悪い生き物も遠目に見えて思わず及び腰になってしまったが、大丈夫ですよと龍が笑う。「グーブゥはこっちから手を出さない限り襲ってきません。大きくて口も怖いですけど、基本的には他の種と共生できるくらい大人しいんです」「……俺、最初にあいつに襲われたんだが」「それは……状況を見てないから何とも言えないですね……もしかして何か、別の事で気が立ってたのかも」そんな説明を受けながら、サマーフォードまでの道を歩く。目的地のクリスタルが見えてきた、その時だった。急に周りを囲まれる。それはその辺りを歩いている生物ではなく人間だった。恐らく、脛に傷を持つ者たちなのだろう。冷静に考えてから潮ははっとした。(そうだ、俺戦えない)「よお、お兄ちゃんたち。俺たちちょっと困ってんだわ。少し助けちゃくれねえか?」口調こそお願いの体を取っていたが、明らかに威圧だった。略奪者たちと対面し、しかも自分は戦えないと焦る潮をよそに龍はどこ吹く風、と行った様子で「あ、無理です。だってメリットないし」「アァ!?」「んだと……?てめえ、下手に出てりゃいい気になりやがって」「いや全然下手に出てないじゃないですか。思いっきり圧かけて脅しにかかってるじゃないですか」「ちょ、おい……龍、それ以上は」「こんなことしてないでさっさと手に職つけてはどうですか? 折角世界情勢も落ち着いてきたんですから」潮の静止も虚しく龍の煽りが止まらない。当然それに乗っからない程ならず者達の気は長くない。怒声を上げながら、二人へ得物を手に襲いかかってくる。どうする、逃げるか? そう考える潮に龍の荷物が投げ渡された。「ッ」「潮さん、少し待っててくださいね」言うや否や、潮の返事も待たずに龍は浅く腰を落とした。斧を振り上げた一人に向かって突っ込んでいく。りゅう、と声をかけようとして音にならなかった。どん、と音がしたと思ったら斧を構えていたルガディン族の男が呻き声を一つ零して血に倒れ伏す。一瞬男たちに動揺が走るが数では圧倒していると龍へと打って出る。柔らかな光を湛えたまま、龍の目が細められる。背後から襲ってきたハイランダー族の男の腹を容赦なく蹴りあげ正面から剣を振り下ろしてきたミコッテ族を自分の得物で受け止める。彼が手にしていたのは刀だった。叩き切る事に長けている剣と鍔迫り合うには相性が悪い。それを相手も分かっているのだろう、押し切れると口元を笑みの形に歪めていた。それを一瞥して小さく、しかし相手に分かるように溜息を着いた。碧の目が退屈そうに男を見下ろす。なんだ、と男が疑問に思うより龍が動くのが早かった。すっ、と自分の身ごと刀を引いた。力を込めていた男は当然前へとバランスを崩して倒れそうになる。踏ん張らせない、と言わんばかりに龍の刀が男の首へと振り下ろされた。声も上げれず立て続けに倒れた仲間を見て、ならず者達はたたらを踏んだ。龍は手にした刀を肩に担ぐと彼等を睥睨する。「ああ、殺してません。峰打ちなので生きてますよ。このままこの人達ごと消えていただけるならイエロージャケットにも言いません。何処へでも行けばいい」「……断ったらどうする」「殺します」ああ、どっちにしろイエロージャケットには通報しないことになるなぁ。退屈そうに龍がそう言い放つ。前者は情けだった。後者は、明確な殺意だった。殺すなら、通報する意味も無いだろう? そう言外に意味を含ませる。それを挑発だと受け止め、いきり立つ男達を制し、彼らの代表だろうミッドランダー族の男は倒れた仲間を担がせて撤退していく。その姿が遠く離れるまでじい、と彼等を見ていた龍は姿が無くなったのを確認するとふう、と溜息を着いた。「ああ、潮さん。すいませんお待たせしてしまって。行きましょうか」「……」けろりと、男達に襲われる前の雰囲気で接してくる龍の目の前で、へたり込んでしまった。同時に嫌な汗がぶわりと溢れる。潮さん!? と慌てる龍に大丈夫だと言いたいのに目が合わせられない。戦闘は、ああ言う風に敵意を向けられることはアンドロイドの時からあって、平気だと思っていた。事実、平気だったのだ。生身で感じる悪意と殺意が、ひどく恐ろしい。こんなものを人間は——伊智や六月は、公安として受けていたのか。そっと背中をさすられる。一瞬びくりと震えて、ゆっくり見上げると龍が心配そうに潮の背中に手を這わせていた。「わ……るい、驚いて」「いや、俺もごめんなさい。失念してました、ちゃんと潮さんのことを聞いていたのに。怖かったですよね」潮は口籠る。怖かったと認めるのが恥ずかしいのも少しはあったかもしれない。けど、それ以上に何を言えば気遣いをくれる彼を困らせないのかがわからない。困らせたいわけでも、萎縮させてしまいたいわけでもないのだ。なのに言葉は思いつかなくて、何が正解かもわからない。いつもなら演算で最適解がわかったのに。ずっと、暗い所で歩き回っているような気分だ。申し訳ないと思うのに。そう思いながら動けない潮が大丈夫だと言えるようになるまで龍は側で座って待っていた。*しかし人間とは現金なもので、ある程度落ち着いてからもう一つ新しい経験をした後に美味いものを食うとすぐ立ち直ってしまうらしい。ビスマルク風エッグサンドを口いっぱいに頬張りながら潮は尻尾を揺らしていた。あの後、無事サマーフォードのクリスタルと交感し、早速テレポを使用してみた。直前まで龍が青い顔をしていたが多分、クリスタルの色が照り返しただけなのだろう。そう思い、教えられた通りその魔法を行使する。最初に感じたのは視界のブレだった。その後自分という存在が解けて行き、『リムサ・ロミンサに行きたい』という意思だけがふわふわと漂って——気がついたら都市の雑踏の中に立っていたのだ。後から追いかけてきた龍がほっとした様子で潮を見る。「よかった、うまく行ったみたいで」確かにそう言った。その言葉の意味を潮は——聞かなかった。それどころでは無い。大興奮だった。尻尾の毛と言う毛はぶわりと広がり耳は忙しなく跳ねまくる。思わず龍の両腕を掴んで揺さぶっていた。「り、りりりり龍!! いま、ふわって、ふわってした!!」「あ、ああ……それは……」「ふわってしたと思ったらここにいた!! なあ、これが魔法なのか!?」ギラギラと両目をカッ開き、頬を紅潮させて自分が魔法を使ったという事実にはしゃぐ潮にあはは、と龍は苦笑いをする他ない。「気分が悪いとかは」「ない!!」「無いならよかった……あいてててて、潮さん、痛い、腕痛いです」ぎゅううう、と力一杯握られて、なんなら爪も立てられながらも龍はどう、どうと潮を宥める。漸く手を離すが興奮が冷めない潮に小さく笑みが溢れる。ぴこぴこ、ぴこぴこと耳がよく動くこと。微笑ましさを感じながらも「お使い済ませてご飯にしましょうか」と龍は潮に告げた。*言われていた物を引き取り、ついでにと他のメンバーに頼まれていた物も買って、ついでに龍から潮へと、言語を学ぶための羽ペンと羊皮紙を教えてもらいご機嫌でサンドイッチを頬張る。柔らかいパンには炒ったくるみが入っており、甘みの中にも香ばしさを感じる。そのパンの間には新鮮なレタスとスクランブルエッグが挟まっていた。これだけ見れば、潮の世界にもあったエッグサンドだろう。しかし、使われている卵が違うのかコクがあり、黄色味も少し濃いような気がする。レストラン向けにか、半熟で焼かれた卵はとろりと口の中で溶けて広がった。パンだけ、スクランブルエッグだけでも美味しいのに両方合わさって不味いわけがない。もむ、もむと口の可動域を全力で動かしながら夢中で食べていく。テーブルを挟んだ反対側では、龍が飲み物を飲んで一息ついていた。薄いピンクの液体が、氷を上へと持ち上げながら揺れている。何かと聞いたらピーチジュースと教えてもらい、せっかくだからと同じものを頼んで、運ばれてきたそれを飲んでみる。食感はとろりとしていた。果肉をしっかり濾したのか、意外と粗い所は感じない。味も果物だけの味というより、スパイスが含まれているのか時折ぴり、と刺激を感じた。甘みに刺激は合わない物だと思っていたがそうでもない。オレンジもいいが、ピーチもいいな。そう思いながら口でとろみごと味を楽しんだ。そうしてひと心地ついてから、龍はテーブルに貨幣を置き、潮に声をかける。「じゃあ最後のお使い、済ませましょうか」「漁師ギルドだったか?魚の卸売と、商品の受け取り……ああ、そうだ。ルカからこれを預かったんだった」「? なんですか? それ」「さあ……ギルドマスターかシシプっていう人に渡せとしか」「なるほど」そう言いながら潮を立ち上がり、漁師ギルドへ足を向ける。背後でウエイターがまたのお越しを、と言うのが聞こえた。*レストラン『ビスマルク』のあった上甲板層から下甲板層へ降りて、更に裏手側。エーデルワイス商会前にそのギルドはあった。魚がギルド入り口で天日干しされていたり、生簀を覗いているギルド員がちらほら目に映る。屋内にも小さいがしっかりした生簀が備え付けられており、中には魚達が悠々と泳いでいた。その縁にいる非常に小柄な人物に、龍は声を掛ける。「シシプさん、ご無沙汰してます」「あら? まあ、リュウじゃない! 釣ってる?」「俺は最近園芸ギルドの仕事ばかりですね。人使い荒くって……代わりになっちゃんがアベルさんと頑張ってますよ。はい、これ。アベルさんとなっちゃんの釣果です」「あら、私としては是非貴方にも頑張って欲しいんだけどな? っと、ありがとう。……うん、さすがアベルさん。状態もいいし、釣った後の処理も完璧ね。こっちはなっちゃんかしら? 魚の口が少し抉れてるわね……これはギルドで買うと少し値段を落とさないといけないわ」「わかりました。それでお願いします」「ああっ待って待って! 私が個人的に買わせてもらうわ。なっちゃん、十分お魚さんの扱いが上手になってきたんだもの。特別にはなまるをあげたいわ」そう言いながらにこにこと笑い、財布から貨幣と取り出していた彼女はふと視線を上げた。龍とのやり取りを眺めていた潮と視線が合う。「あら? そっちの人は初めましてね。私はシシプ、ギルドマスター代行よ」「ああ、潮だ。最近彼と同じFCで世話になってる」「そうなのね。あっ、じゃあ、これは貴方のかしら」そう言いながら彼女は立てかけてあった細長い包みを潮に手渡した。首を傾げながら受け取る潮に、龍が開けていいですよと頷く。そっと開けると、そこには釣り竿と他の釣具が一式包まれていた。目を瞬かせる潮に、シシプはにこりと笑いかける。「アベルさんから連絡をもらっていたの。初心者向けの釣具を一式用意してくれないか、って」「……俺の」「そう、貴方の。ほら、ここ。持ち手を見て頂戴。紫色に染色した皮を使っているの。ここのリクエストはミツコからだったわ。貴方の色だったのね」そう言って微笑むシシプの事が視界に入らなかった。アンドロイドだった時は、自分に実装されているシステムや備品の全ては使用権こそあれど全て警察の、『人間』の物だった。相方からはアクセサリーをいくつか貰ったり、食事機能があるから料理を作ってもらったりはしたが、そういう稀有な事をするのは彼だけで、他の人間からこの様に贈り物として何かを受け取ったことがなかったのだ。貰えると思っていなかったし、彼以外に願った事もないから。だから咄嗟にどうアクションすればいいのか、何を言えばいいのか言葉が詰まってしまう。数刻前に龍に対して抱いた恐怖と同じだった。しかしその時よりも血の巡りがいい気がした。ふわりふわりと、浮いてしまうような。そんな心地。「……もしかして、気に入らなかったかしら?」シシプの不安そうな声に我に返って、ゆっくりと首を横に振る。「いや……驚いたんだ。驚いて、嬉しくて。どうしたらいいかわからなくなった」「そう、それなら良かった! うふふ、そうよね。人間嬉しいとびっくりが同時にきたらどうしたらいいのかわからなくなってしまうもの。よくわかるわ」「シシプもそうなるのか?」「ええ、勿論! 自分が今まで出会えなかったお魚さんを釣り上げた時とかね!」ちゃめっ気たっぷりにウインクする彼女に思わず笑って、はたとポケットに入れっぱなしだった手紙の存在を思い出す。「ああ、そうだ。これルカから預かったんだ」「あら、secretの経理さんから?」シシプは手紙を受け取ると、封を切り手紙を読み始める。あの組織はシークレットって言うのか、と潮がぼんやり考えているとかさりとかみが擦れる音がした。「ええ、わかりました。ルカさんに承りましたって伝えておいて」「わかった」「……その様子だと手紙の内容は知らないわね? ネタバラシはしていいかしら?」シシプが龍を見る。龍は苦笑いを浮かべて「多分いいと思いますよ。あの人もドッキリ大好きだし」とGOを出す。わからないのは潮だけだ。首を傾げている潮ににんまりと笑ったシシプはずい、とその小さな手で潮を指差した。「後継人ルカ・ミズミとアベル・ディアボロス両名から依頼により……本日付でウシオ・ホンジョウを漁師ギルド員見習いとして歓迎しましょう!」「は……はい……?」突然歓迎され、訳がわからないと言った潮に「やっぱり事前説明必要じゃないかしら?」「俺もそう思います」と言うシシプと龍の会話が耳に飛び込んできてやっと事態を飲み込んでいく。「ちょ、っと待ってくれ! 事情があって、俺はこの世界の言語が危ういんだ。それなのにここでも世話になるなんて……それに釣りなんてした事がない!」「ええ、だから見習いだと言ったでしょう? 文字の読み書きの件についても手紙に書いてあったわ。それを踏まえてうちに来てもらおうかなって」「かなって、そんな簡単に……」「それとも釣りは嫌かしら? 興味ない?」そう言われて、潮はうぅんと呻いた。興味があるかないかで言うなら、ある。時折魚以外のものが釣れると(なんでグリフォンが釣れるんだ。グリフォンも釣られるなよ、と突っ込んだのは記憶に新しい)皆楽しそうだった。ああやって喜んでもらえるならやってみたいと思う。人が楽しいと、自分も嬉しくなる。存在意義を感じて安心するのだ。しかし、同時に自分が過眠気味であることも自覚している。釣り糸を垂らして待っているなんてできるのだろうか。何より今の自分は、アンドロイドだった時に比べてできないことが余りに多すぎる。人間が当たり前にできる事すらもできない。漸く飲食と眠気に違和感がなくなってきたと言うレベルだ。口籠る潮に、龍がぽんと肩を叩く。「できるできないじゃなくて、やりたいかそうじゃないかで選んだらどうですか?」「……やりたいか、そうじゃないか」「できるできないなんて、始めないとわからないし。それにこう言うきっかけを貰えたのなら遠慮なく使えってしまえばいいと思います」あの人たちだってそのつもりでしょうし。何か問題起きたら責任取って貰えばいいんですよ。そんなことを笑って言われてしまえば、できるかどうかで選んでいられなくなる。後ろ盾になってもらって、ここまで付き添ってもらって。道具を贈ってもらって口添えだってしてもらった。それでしないのはどうなんだろう。正解がわからない。甘えているように感じて気が引けている。けれども用意したのはこちらだと言われてしまったら潮が断る理由はなくなってしまうのだ。「じゃあ……色々迷惑をかけると思うが」ぺこ、とシシプに頭を下げる。小さなララフェルのマスター代行はできないうちはそれでいいじゃないと言って笑った。*さて、その日の夜。テレポでFCハウスまで戻った二人を出迎えたのはルカだった。おかえりぃ、と間延びした声に龍が戻りましたと返す。その後ろでテレポの余韻に浸っていた潮を見て、無事やったんやなとこれまたのんびりと言った。その言葉に現実へ帰ってきた潮は首を傾げる。「? 無事だったとは?」「んあ? ああ、テレポてな。魔法適正低すぎると途中でエーテルが解けて消えるねん」まあ死ぬんと同義やなあ。ほけほけととんでもない事を言われ潮はびん、と尻尾を立たせ龍はあちゃあと頭を抱える。その様子を見てぐるんと龍に向き直ると最初テレポした時のように彼の両腕を引っ掴みぐわんぐわんと揺らした。「あちゃあって!! 知ってたのか!!」「ええ……まあ……」「何で!! 言って!! くれない!!」「俺が口止めしたからやなぁ」いたたたたた、と痛がり困る龍を掴んだまま顔だけルカに向くと尖った牙をむき出しにして潮は噛み付いた。「そう言う重要なことは先に言え!! 何も知らずに大はしゃぎしてただろうが!! 下手したら俺はふわふわしながら消えてたところだぞ!!」「ええやん、ちゃんとできたんやで」「それは結果論だ!!」「結果論やね、でもちゃあんと理屈もある。説明したるで……おん、龍坊のこと離したり。腕ちぎれてまうわ」それを言われてはっとして、慌てて龍の腕から手を離す。いてて、と腕をさする龍に謝ると悪いのはルカさんなのでとにこやかに返された。それをジト目で返してからしっしと龍を手で追い払う。荷物片付けてきまーす、と龍はその場を去った。「ほんなら理屈やね。君、テレポした瞬間どないなった?」「どうって……なんか目がぼやけたと思ったらふわっと……」「自分が解けてく感じしたやろ」そう言われてん、と小さく頷く。ええ、ええ。その感覚正しいで。そう答えてルカは続ける。「実際、解けとるんよ。テレポ言うんは、一度自分の存在を分解しとるんよ。それをエーテライトクリスタルを目印に地脈……この星の血管みたいなもんやな。それを辿って目的地へと移動し、その先で肉体を再構築する魔法なんや。せやから、結構メンタルに負担が来るんやわ」「……つまり、最初から『失敗すると死ぬかも知れない』と知ってたら…」「頭の回転良うて助かるわぁ。せやね、雑念入ったらそれこそ地脈で迷子になってお陀仏や」「……黙ってた理屈はわかった。でもなんで魔法適性の低い俺に使わせようとした。その理由がその話はないぞ」「なんで、て。魔法使ったことない、機械の魔力なんぞ知らへんわ。あるかないかの想像もつかんのやったら無い~言うんが最善やろ」呆れたようにため息を突かれ、潮は押し黙る。自分も同じ問題に当たったら全く同じ答えを出していたのがわかるから。それはそれとして、未だ納得ができない。「……今回は成功したが、もし失敗して死んでたらどうするつもりだったんだ」「ワンチャン、帰れるんちゃう?」あっけらかんと言い放ったルカに目をひん剥く。彼曰く、潮より先にいた、赤毛の『同郷』が不慮の事故で死にかけた。だが、手当をしよう、助けようと動いている間に体ごとごっそり消えていたという。またあるものは「帰ります」と一言告げてクルザス西部地方の氷山から身を投げた。だが付近をどれだけ探しても遺体が見つからず、しばらくしてからけろりと現れ「お久しぶりです」としばらく過ごすとまた帰るという言葉と共に自死地味た行動を取ったのだ。それ以降、彼女は現れていないし、当然遺体も見つかっていない。「……盲点だったというか、なんというか」「まあほんまに帰れとるんかは知らんで? ナギちゃんとコハクはんはそれ以来見とらへんし、センリちゃん、マサシはんやったかな。そいつらも戦乱のある地域行って帰ってきてへんからね。ただ、帰れとる可能性はあるんちゃうかな。せやもんで、今回テレポが失敗してもプラスもマイナスもあらへんかなぁ、と」「……それはそれとして伝えておいて欲しかったというか」「なっはっは。まあ俺はそう言う性やねん。許したって。ところで……就職、できましたかいな」意地の悪い笑みをふっと和らげたルカに、潮は一瞬虚を突かれる。なんのことか思い当たって、ふっと笑ってしまった。「おかげさまで。見習いという身分からだが」「それは良かったわ。……ひとつだけ、言うといたるわな。俺が知っとる感じやとそっちは命は等しく大切なんやろうけど、こっちはちゃう」「!」「等しいのは死の方や。それ以外はびっくりするくらい不条理で、命の価値に大小がある。せやから、小競り合いもするし……今んとこ大丈夫やろうけど、大きな戦争かて起きる。そんなもん起きんでも、物盗りに命ごと持ってかれる言うんはここじゃあ珍しないことなんよ。気を抜いとったら死ぬんは力のない方やし、相手が間違えとっても力が強い方がまかり通る」今朝の、龍とならず者たちとのやり取りを思い出す。自分たちが敵わないと知った瞬間撤退を指示した男と、過剰なまでに殺意を向けていた龍と。それがこの世界の命の縮図なのだろうか。押し黙った潮に、ルカはふっと笑う。「元が機械であっても覚えておき。ここじゃあ命のやり取りは身近なもんで、けど誰かが死ぬ言うんはきっと、そっちと変わらんくらい悲しいし、さみしい。せやからな、ある程度は力つけ。物としての性能ちゃうよ、命としての力や」そいでそれは、戦うことだけやないんやで。そう言う彼の顔はどこまでも穏やかで、凪いでいた。*その理由が、わからない。三日ぶりの地下のソファで船を漕ぎながら潮はルカの言葉を考える。死ぬことだけが平等で、命に価値の差がある。けれども、喪失の悲しみは世界を超えていても同じ。そして、戦うことだけじゃない強さ。今までは考えたことはなく、潮からすれば人間は全員等しく助け守る存在だった。そしてそんな彼らを物としての価値で救い、性能で圧倒しても彼らには向けられることはない。だから、ルカの言葉が。この世界のあり方が上手く飲み込めずにいた。きっと、今はとても眠いから。頭が上手く働かないんだ。そう思い、思考に無理やり蓋をする。眠りに落ちる。今日はとにかく忙しなくて――とても驚いたり嬉しかったりしたから、良く眠れそうだ。根拠もなくそう思いながら瞼を閉じる。寝息はすぐに地下室に響いた。畳む#CoC #VOID #本城潮 #クロスオーバー
該当シナリオ及びFF14暁月のフィナーレのネタバレはありませんが暁月エリアまでの地名が出ます。気になる方は閲覧をお控えください。
潮ッテその2
眠い。そう億劫に感じながら潮は目を開ける。占領しているソファから起きあがろうとしてみるが、ふかふかしているクッションと自分を包む毛布の感触、ちりちりと揺れる暖炉の温もりがどうも自分を纏ったまま離してくれそうもない。
頑張って起きあがろうと四苦八苦する反面、身体は正直なものでそのままゆっくりとクッションへと倒れ込んでいく。
その体をそっと支えられて、魅惑のふかふかとの接触は阻まれた。
「おはようございます、潮さん」
眠い目をしぱしぱと瞬かせて声の方を見れば、赤髪を揺らしながら青年が柔らかく笑みを浮かべていた。
*
こちらに来て、潮の環境はひどく忙しないものになった。
まずこの世界のことを知る前に自分の体のことから知るべきだったのだからそれも仕方ないのかもしれない。アンドロイドだった時にはなかった空腹や眠気などの生理現象に翻弄された。それに加えて、ミコッテ族(この世界の人間の種類らしい。自分の世界で言うならアメリカ人やロシア人と言ったものだろうと潮は解釈している)としては長身なのだが体力は人並みやや少なめ、と言ったところらしい。エーテルと言うこの世界を構成するエネルギー量もあまり多くなく、冒険者としては魔術職も前衛職もあまり向かないかもしれないと言うのはルカの言だ。事実潮はやることをやってすぐ眠る、と言う生活スタイルになっている。このままではいけない、と一度無理をして起きていたら何でもないところですっ転んでそのまま寝落ちしてしまい、結果余計に迷惑を掛けてしまっている。
「焦らなくてもいいさ。できるできないより、まずどういう状態であるかの把握やそれに慣れることも大切だと思うし。ウシオさんのペースで掴んでいけばいい」
そう酒を飲みながら朗らかに言うアベルの言葉通り、もどかしい気持ちを抑え込んで自分の体と眠気に抗う日々を送っていた。起きている間はカンパニーハウスの掃除をしてから読み書きをルカやフィオナに教わる。幸い記憶力は良かったので、誰かからの伝言係やメモ帳がわりになったりしている。この辺りはアンドロイドの時とあまり大差ないな、と少しほっとした。文字もゆっくりとなら読めるようになっている。また潮の調子がいい時はその時頼まれた者と近場で買い出しへ向かい、金銭の支払い等を学んでいた。日本のように通貨に種類はなく、ギルと呼ばれる貨幣何枚分と計算するらしい。単純で覚えやすかったから、買い出し要員に任命された時は不安定な自分の足元が少し落ち着いたようで嬉しかった。
ただ、まだ文字の読み書きはあやふやだからまだ付き添いは外されないままだ。少し不服だったりする。
そんな潮を見かねたのか、はたまた本当に言葉の通りだったのか。少し遠いところへの買い出しをルカに言い渡されたのはつい先日の話のことである。
「ウシオはん、ちょいと遠いところへ買い物行って欲しいねん」
「? 構わないがどこへ?」
「リムサや、リムサ・ロミンサ。君が保護された都市やなぁ」
その単語にああ、あそこかと納得する。白い珊瑚礁でできた、潮騒の響く都市。あの時は確かすぐに倒れてしっかり見ることもできなかった。
少しだけ慣れた土地から、あまり知らない場所へ。不安と同時に、感じたことのない気持ちが無縁を過ぎる。
それは、没頭するような内容の本を捲る時の気持ちのような。
それが何かわからず内心首を傾げている潮に気付かず、ルカは続ける。
「あそこになぁ、チビらが使うフライパンとかハンマー注文しとんねん。あと漁師ギルドへ魚の卸やな。ベル坊やらなっちゃんが釣って、余ったやつ。質は悪ないし、ちょっとしたお小遣い程度になるんよ。その買い付けと……ああそうそう、そこに道具一式注文してあんねん。その引き取りやね」
「俺でいいのか? 引き取りとかなら何とかなるが、買い付けはしたことがない」
「構わんよ。アベルとナツキから、って言うたらちゃんと見てもらえるで。あ、せや」
ルカは何か思いついたように懐から紙と封筒を取り出すと、近くに置いてあった羽ペン(日本のような、ボールペンらしきものはないらしい。あちこちにインク瓶と羽ペンが設置されているのだ)にインクをつけてさらさらと何かを書く。それを封筒に入れて蝋で封をすると潮に投げて渡した。
「ついでにこれ、ギルドマスターか、シシプ言う人に渡しといて。あと付き添いは……せやなぁ……あ、丁度ええわ」
少し考え込む素振りを見せたルカは、潮の背後へおういと軽く声をかけた。彼はきょとんとして潮とルカを見、なんですか? と小走りに駆け寄ってきた。
「明日確かなんもあらへんだやろ? ウシオはんの買い出し付き合いついでにあれそれ教えたって。……ウシオはん、この子はなぁ……」
*
「おはよう、龍。悪い、また寝そうになった」
「あはは、ちょっと頑張ってましたけど負けてましたね」
碧の目を細めて龍が笑う。普通なら怒るところなのだろうが、二度寝しかけたのは事実だし龍はおっとりと笑うから、バカにされている感じがしないのだ。事実彼にもそんなつもりはないのだろう、すぐに俺も二度寝しちゃう時あるんで気持ちわかりますよとフォローを入れてくる。
昨日たまたま近くを歩いただけだと言うのに突然自分の面倒を押し付けられてさぞ迷惑だろうな。そう思った潮がそのことについて謝罪すると彼は今のようにふわりと笑って首を横に振った。
「明日予定がないのは本当ですし、大丈夫ですよ。俺でよければお付き合いさせてください」
そこまで言って頭まで下げられた。間違いなく面倒を見てもらう側なのは自分なのに逆に低姿勢に返されて潮がしどろもどろになる。その様子を小さく笑いながら見たルカは龍に何事かを耳打ちしてほな明日朝の便で向かったって、と踵を返したのだ。
「そう言えば、ルカに何を言われていたんだ?」
昨日の光景を思い出し、ふと疑問に思ったことを問えば龍はああ、と教えてくれた。
「ついでに交感のやり方を教えておいてくれと頼まれていました」
「こうかん?」
「はい。難しい理屈は俺もよくわかってないんですけども」
曰く、自分のエーテルと街や都市に設置されているクリスタルへ通し、また自分の中へクリスタルのエーテルを通すことによってその場所へ一瞬でたどり着くことができる、という。色々な理屈はあるが、要は自分とクリスタルのパスを繋ぐ方法を教えておけと頼まれたそうだ。
「それができたら今後は船に乗らなくても、何か用があったらすぐに飛んでいけますから。便利ですよ、テレポ」
「……俺は魔法は向いてないと言われたんだが」
「ああ、多分戦闘職としてはと言うことじゃないでしょうか? 生まれつきエーテル量が少なすぎるとかでないなら結構誰でもできる魔法です」
思わず、潮の耳がぴょこんと跳ねる。魔法。文字通りロボット学やら何やら、科学の結晶であった自分には本当に無縁だったもの。それが使えるかもしれないのだ。
楽しみにならないわけがない。
それが押し殺せないと言わんばかりに耳がぴこぴこ、尻尾がひょこひょこと動いている。その様子を見ながら龍は一瞬目を丸くしてから微笑する。
「ルカさんが多めにお小遣いを渡してくれました。交感と買い出しが終わったらビスマルク風エッグサンドでも食べましょうか」
「びすまるくふうえっぐさんど」
「元は労働者向けの携帯食だったのを、高級レストランがアレンジしたものですね」
「食べる」
潮の食いつきの良さにまた笑って、龍はじゃあいきましょうかと潮をソファから引っ張り起こした。
*
船に揺られて三日後。二人はリムサ・ロミンサの港に立っていた。
「ぉえ……」
「潮さん、これ。多少楽になります」
青い顔をして道の端で座り込んでいた潮に苦笑しながら龍がレザーカンティーンを受け取る。促されるまま蓋を開けておずおずと中身に口をつけて、耳が跳ねた。
「ラッシーだ」
「はい。ミントで風味つけてるからさっぱりしてるでしょう? 船酔いした人はよく飲んでるんですよ」
ちびちび飲み始めた潮の隣に腰掛けが龍は自分たちが乗ってきたのとは別の船を眺めて、物流増えたなぁ、と呟いた。
「? 元々こうじゃなかったのか?」
「ええ、結構色々大変だったんです。ラザハンからの香辛料を手に入れるのに苦労しました」
「他のものじゃダメなのか?」
「使い方によってはそれでもいいんでしょうけど、種類が多くて質もいいんです。グリダニアは木材やハーブがよくて、ウルダハは金属や宝石類だったかな」
「じゃあここは?」
「魚と船ですね。今日は難しいかもしれませんが、その内造船場とか見に行ってもいいかもしれません」
そう言う龍に頷いて、潮はラッシーに口をつける。全部飲み切るとカンティーンをすっと取られた。それくらいは自分で、と言う前に龍に遮られる。最も本人にそのつもりはなかったのだが。
「さて、買い物に行く前に交感してしまいましょうか。ついでにサマーフォードのクリスタルも」
*
ざわざわと数多の人が行き交っている中、それはそこにあった。大きく切り出されたそれに幾つかの装置がついていて、原理も理屈もわからないが浮いて、ゆっくり自転している。それに二人は近いた。
「じゃあ、触れてみてください」
「? 呪文とかそういうのっていらないのか?」
「ええ、交感はあくまでエーテルを通すだけなんです。この場所に、潮さんの事を刻んで残す。やってみてください」
ちょっと思ってたのと違う。耳をへたんと垂れさせながら言われるままクリスタルに手のひらを押し当てた。ひやりと、冷たさが手のひらに伝わったのは一瞬で。
自分の中に何かが流れ込んでくる。それは決して嫌なものじゃなく、じんわりと自分に馴染んでいく。
しばらくすると、その感覚もなくなり後にはクリスタルの冷ややかさだけが残った。
「……多分、終わった? どうだろうか」
「はい、それで大丈夫です。じゃあ次はサマーフォードの方へ行ってみましょう。そっちも交感できたら一度テレポ使ってみましょう」
*
荷物を持って動くのは危ないから、先に交感を。そう言われるまま潮は龍について行った。道中羊に似た生き物や大きくて耳の長いネズミをみているとあれはシープ、あっちはマーモット等龍が簡単に説明してくれた。自分が最初襲われていたあの気持ち悪い生き物も遠目に見えて思わず及び腰になってしまったが、大丈夫ですよと龍が笑う。
「グーブゥはこっちから手を出さない限り襲ってきません。大きくて口も怖いですけど、基本的には他の種と共生できるくらい大人しいんです」
「……俺、最初にあいつに襲われたんだが」
「それは……状況を見てないから何とも言えないですね……もしかして何か、別の事で気が立ってたのかも」
そんな説明を受けながら、サマーフォードまでの道を歩く。
目的地のクリスタルが見えてきた、その時だった。
急に周りを囲まれる。それはその辺りを歩いている生物ではなく人間だった。恐らく、脛に傷を持つ者たちなのだろう。冷静に考えてから潮ははっとした。
(そうだ、俺戦えない)
「よお、お兄ちゃんたち。俺たちちょっと困ってんだわ。少し助けちゃくれねえか?」
口調こそお願いの体を取っていたが、明らかに威圧だった。略奪者たちと対面し、しかも自分は戦えないと焦る潮をよそに龍はどこ吹く風、と行った様子で
「あ、無理です。だってメリットないし」
「アァ!?」
「んだと……?てめえ、下手に出てりゃいい気になりやがって」
「いや全然下手に出てないじゃないですか。思いっきり圧かけて脅しにかかってるじゃないですか」
「ちょ、おい……龍、それ以上は」
「こんなことしてないでさっさと手に職つけてはどうですか? 折角世界情勢も落ち着いてきたんですから」
潮の静止も虚しく龍の煽りが止まらない。当然それに乗っからない程ならず者達の気は長くない。怒声を上げながら、二人へ得物を手に襲いかかってくる。
どうする、逃げるか? そう考える潮に龍の荷物が投げ渡された。
「ッ」
「潮さん、少し待っててくださいね」
言うや否や、潮の返事も待たずに龍は浅く腰を落とした。斧を振り上げた一人に向かって突っ込んでいく。
りゅう、と声をかけようとして音にならなかった。
どん、と音がしたと思ったら斧を構えていたルガディン族の男が呻き声を一つ零して血に倒れ伏す。一瞬男たちに動揺が走るが数では圧倒していると龍へと打って出る。
柔らかな光を湛えたまま、龍の目が細められる。
背後から襲ってきたハイランダー族の男の腹を容赦なく蹴りあげ正面から剣を振り下ろしてきたミコッテ族を自分の得物で受け止める。
彼が手にしていたのは刀だった。叩き切る事に長けている剣と鍔迫り合うには相性が悪い。それを相手も分かっているのだろう、押し切れると口元を笑みの形に歪めていた。
それを一瞥して小さく、しかし相手に分かるように溜息を着いた。碧の目が退屈そうに男を見下ろす。
なんだ、と男が疑問に思うより龍が動くのが早かった。
すっ、と自分の身ごと刀を引いた。力を込めていた男は当然前へとバランスを崩して倒れそうになる。踏ん張らせない、と言わんばかりに龍の刀が男の首へと振り下ろされた。
声も上げれず立て続けに倒れた仲間を見て、ならず者達はたたらを踏んだ。龍は手にした刀を肩に担ぐと彼等を睥睨する。
「ああ、殺してません。峰打ちなので生きてますよ。このままこの人達ごと消えていただけるならイエロージャケットにも言いません。何処へでも行けばいい」
「……断ったらどうする」
「殺します」
ああ、どっちにしろイエロージャケットには通報しないことになるなぁ。退屈そうに龍がそう言い放つ。前者は情けだった。後者は、明確な殺意だった。殺すなら、通報する意味も無いだろう? そう言外に意味を含ませる。
それを挑発だと受け止め、いきり立つ男達を制し、彼らの代表だろうミッドランダー族の男は倒れた仲間を担がせて撤退していく。その姿が遠く離れるまでじい、と彼等を見ていた龍は姿が無くなったのを確認するとふう、と溜息を着いた。
「ああ、潮さん。すいませんお待たせしてしまって。行きましょうか」
「……」
けろりと、男達に襲われる前の雰囲気で接してくる龍の目の前で、へたり込んでしまった。同時に嫌な汗がぶわりと溢れる。潮さん!? と慌てる龍に大丈夫だと言いたいのに目が合わせられない。
戦闘は、ああ言う風に敵意を向けられることはアンドロイドの時からあって、平気だと思っていた。事実、平気だったのだ。
生身で感じる悪意と殺意が、ひどく恐ろしい。
こんなものを人間は——伊智や六月は、公安として受けていたのか。
そっと背中をさすられる。一瞬びくりと震えて、ゆっくり見上げると龍が心配そうに潮の背中に手を這わせていた。
「わ……るい、驚いて」
「いや、俺もごめんなさい。失念してました、ちゃんと潮さんのことを聞いていたのに。怖かったですよね」
潮は口籠る。怖かったと認めるのが恥ずかしいのも少しはあったかもしれない。けど、それ以上に何を言えば気遣いをくれる彼を困らせないのかがわからない。困らせたいわけでも、萎縮させてしまいたいわけでもないのだ。
なのに言葉は思いつかなくて、何が正解かもわからない。いつもなら演算で最適解がわかったのに。
ずっと、暗い所で歩き回っているような気分だ。
申し訳ないと思うのに。そう思いながら動けない潮が大丈夫だと言えるようになるまで龍は側で座って待っていた。
*
しかし人間とは現金なもので、ある程度落ち着いてからもう一つ新しい経験をした後に美味いものを食うとすぐ立ち直ってしまうらしい。ビスマルク風エッグサンドを口いっぱいに頬張りながら潮は尻尾を揺らしていた。
あの後、無事サマーフォードのクリスタルと交感し、早速テレポを使用してみた。直前まで龍が青い顔をしていたが多分、クリスタルの色が照り返しただけなのだろう。そう思い、教えられた通りその魔法を行使する。
最初に感じたのは視界のブレだった。その後自分という存在が解けて行き、『リムサ・ロミンサに行きたい』という意思だけがふわふわと漂って——気がついたら都市の雑踏の中に立っていたのだ。後から追いかけてきた龍がほっとした様子で潮を見る。
「よかった、うまく行ったみたいで」
確かにそう言った。その言葉の意味を潮は——聞かなかった。
それどころでは無い。大興奮だった。尻尾の毛と言う毛はぶわりと広がり耳は忙しなく跳ねまくる。思わず龍の両腕を掴んで揺さぶっていた。
「り、りりりり龍!! いま、ふわって、ふわってした!!」
「あ、ああ……それは……」
「ふわってしたと思ったらここにいた!! なあ、これが魔法なのか!?」
ギラギラと両目をカッ開き、頬を紅潮させて自分が魔法を使ったという事実にはしゃぐ潮にあはは、と龍は苦笑いをする他ない。
「気分が悪いとかは」
「ない!!」
「無いならよかった……あいてててて、潮さん、痛い、腕痛いです」
ぎゅううう、と力一杯握られて、なんなら爪も立てられながらも龍はどう、どうと潮を宥める。漸く手を離すが興奮が冷めない潮に小さく笑みが溢れる。ぴこぴこ、ぴこぴこと耳がよく動くこと。微笑ましさを感じながらも「お使い済ませてご飯にしましょうか」と龍は潮に告げた。
*
言われていた物を引き取り、ついでにと他のメンバーに頼まれていた物も買って、ついでに龍から潮へと、言語を学ぶための羽ペンと羊皮紙を教えてもらいご機嫌でサンドイッチを頬張る。柔らかいパンには炒ったくるみが入っており、甘みの中にも香ばしさを感じる。そのパンの間には新鮮なレタスとスクランブルエッグが挟まっていた。これだけ見れば、潮の世界にもあったエッグサンドだろう。
しかし、使われている卵が違うのかコクがあり、黄色味も少し濃いような気がする。レストラン向けにか、半熟で焼かれた卵はとろりと口の中で溶けて広がった。パンだけ、スクランブルエッグだけでも美味しいのに両方合わさって不味いわけがない。もむ、もむと口の可動域を全力で動かしながら夢中で食べていく。
テーブルを挟んだ反対側では、龍が飲み物を飲んで一息ついていた。薄いピンクの液体が、氷を上へと持ち上げながら揺れている。何かと聞いたらピーチジュースと教えてもらい、せっかくだからと同じものを頼んで、運ばれてきたそれを飲んでみる。
食感はとろりとしていた。果肉をしっかり濾したのか、意外と粗い所は感じない。味も果物だけの味というより、スパイスが含まれているのか時折ぴり、と刺激を感じた。甘みに刺激は合わない物だと思っていたがそうでもない。オレンジもいいが、ピーチもいいな。そう思いながら口でとろみごと味を楽しんだ。
そうしてひと心地ついてから、龍はテーブルに貨幣を置き、潮に声をかける。
「じゃあ最後のお使い、済ませましょうか」
「漁師ギルドだったか?魚の卸売と、商品の受け取り……ああ、そうだ。ルカからこれを預かったんだった」
「? なんですか? それ」
「さあ……ギルドマスターかシシプっていう人に渡せとしか」
「なるほど」
そう言いながら潮を立ち上がり、漁師ギルドへ足を向ける。背後でウエイターがまたのお越しを、と言うのが聞こえた。
*
レストラン『ビスマルク』のあった上甲板層から下甲板層へ降りて、更に裏手側。エーデルワイス商会前にそのギルドはあった。魚がギルド入り口で天日干しされていたり、生簀を覗いているギルド員がちらほら目に映る。屋内にも小さいがしっかりした生簀が備え付けられており、中には魚達が悠々と泳いでいた。
その縁にいる非常に小柄な人物に、龍は声を掛ける。
「シシプさん、ご無沙汰してます」
「あら? まあ、リュウじゃない! 釣ってる?」
「俺は最近園芸ギルドの仕事ばかりですね。人使い荒くって……代わりになっちゃんがアベルさんと頑張ってますよ。はい、これ。アベルさんとなっちゃんの釣果です」
「あら、私としては是非貴方にも頑張って欲しいんだけどな? っと、ありがとう。……うん、さすがアベルさん。状態もいいし、釣った後の処理も完璧ね。こっちはなっちゃんかしら? 魚の口が少し抉れてるわね……これはギルドで買うと少し値段を落とさないといけないわ」
「わかりました。それでお願いします」
「ああっ待って待って! 私が個人的に買わせてもらうわ。なっちゃん、十分お魚さんの扱いが上手になってきたんだもの。特別にはなまるをあげたいわ」
そう言いながらにこにこと笑い、財布から貨幣と取り出していた彼女はふと視線を上げた。龍とのやり取りを眺めていた潮と視線が合う。
「あら? そっちの人は初めましてね。私はシシプ、ギルドマスター代行よ」
「ああ、潮だ。最近彼と同じFCで世話になってる」
「そうなのね。あっ、じゃあ、これは貴方のかしら」
そう言いながら彼女は立てかけてあった細長い包みを潮に手渡した。首を傾げながら受け取る潮に、龍が開けていいですよと頷く。
そっと開けると、そこには釣り竿と他の釣具が一式包まれていた。
目を瞬かせる潮に、シシプはにこりと笑いかける。
「アベルさんから連絡をもらっていたの。初心者向けの釣具を一式用意してくれないか、って」
「……俺の」
「そう、貴方の。ほら、ここ。持ち手を見て頂戴。紫色に染色した皮を使っているの。ここのリクエストはミツコからだったわ。貴方の色だったのね」
そう言って微笑むシシプの事が視界に入らなかった。
アンドロイドだった時は、自分に実装されているシステムや備品の全ては使用権こそあれど全て警察の、『人間』の物だった。相方からはアクセサリーをいくつか貰ったり、食事機能があるから料理を作ってもらったりはしたが、そういう稀有な事をするのは彼だけで、他の人間からこの様に贈り物として何かを受け取ったことがなかったのだ。
貰えると思っていなかったし、彼以外に願った事もないから。
だから咄嗟にどうアクションすればいいのか、何を言えばいいのか言葉が詰まってしまう。数刻前に龍に対して抱いた恐怖と同じだった。しかしその時よりも血の巡りがいい気がした。ふわりふわりと、浮いてしまうような。そんな心地。
「……もしかして、気に入らなかったかしら?」
シシプの不安そうな声に我に返って、ゆっくりと首を横に振る。
「いや……驚いたんだ。驚いて、嬉しくて。どうしたらいいかわからなくなった」
「そう、それなら良かった! うふふ、そうよね。人間嬉しいとびっくりが同時にきたらどうしたらいいのかわからなくなってしまうもの。よくわかるわ」
「シシプもそうなるのか?」
「ええ、勿論! 自分が今まで出会えなかったお魚さんを釣り上げた時とかね!」
ちゃめっ気たっぷりにウインクする彼女に思わず笑って、はたとポケットに入れっぱなしだった手紙の存在を思い出す。
「ああ、そうだ。これルカから預かったんだ」
「あら、secretの経理さんから?」
シシプは手紙を受け取ると、封を切り手紙を読み始める。あの組織はシークレットって言うのか、と潮がぼんやり考えているとかさりとかみが擦れる音がした。
「ええ、わかりました。ルカさんに承りましたって伝えておいて」
「わかった」
「……その様子だと手紙の内容は知らないわね? ネタバラシはしていいかしら?」
シシプが龍を見る。龍は苦笑いを浮かべて「多分いいと思いますよ。あの人もドッキリ大好きだし」とGOを出す。わからないのは潮だけだ。
首を傾げている潮ににんまりと笑ったシシプはずい、とその小さな手で潮を指差した。
「後継人ルカ・ミズミとアベル・ディアボロス両名から依頼により……本日付でウシオ・ホンジョウを漁師ギルド員見習いとして歓迎しましょう!」
「は……はい……?」
突然歓迎され、訳がわからないと言った潮に「やっぱり事前説明必要じゃないかしら?」「俺もそう思います」と言うシシプと龍の会話が耳に飛び込んできてやっと事態を飲み込んでいく。
「ちょ、っと待ってくれ! 事情があって、俺はこの世界の言語が危ういんだ。それなのにここでも世話になるなんて……それに釣りなんてした事がない!」
「ええ、だから見習いだと言ったでしょう? 文字の読み書きの件についても手紙に書いてあったわ。それを踏まえてうちに来てもらおうかなって」
「かなって、そんな簡単に……」
「それとも釣りは嫌かしら? 興味ない?」
そう言われて、潮はうぅんと呻いた。
興味があるかないかで言うなら、ある。時折魚以外のものが釣れると(なんでグリフォンが釣れるんだ。グリフォンも釣られるなよ、と突っ込んだのは記憶に新しい)皆楽しそうだった。ああやって喜んでもらえるならやってみたいと思う。
人が楽しいと、自分も嬉しくなる。存在意義を感じて安心するのだ。
しかし、同時に自分が過眠気味であることも自覚している。釣り糸を垂らして待っているなんてできるのだろうか。何より今の自分は、アンドロイドだった時に比べてできないことが余りに多すぎる。人間が当たり前にできる事すらもできない。漸く飲食と眠気に違和感がなくなってきたと言うレベルだ。
口籠る潮に、龍がぽんと肩を叩く。
「できるできないじゃなくて、やりたいかそうじゃないかで選んだらどうですか?」
「……やりたいか、そうじゃないか」
「できるできないなんて、始めないとわからないし。それにこう言うきっかけを貰えたのなら遠慮なく使えってしまえばいいと思います」
あの人たちだってそのつもりでしょうし。何か問題起きたら責任取って貰えばいいんですよ。
そんなことを笑って言われてしまえば、できるかどうかで選んでいられなくなる。後ろ盾になってもらって、ここまで付き添ってもらって。道具を贈ってもらって口添えだってしてもらった。それでしないのはどうなんだろう。
正解がわからない。甘えているように感じて気が引けている。けれども用意したのはこちらだと言われてしまったら潮が断る理由はなくなってしまうのだ。
「じゃあ……色々迷惑をかけると思うが」
ぺこ、とシシプに頭を下げる。小さなララフェルのマスター代行はできないうちはそれでいいじゃないと言って笑った。
*
さて、その日の夜。テレポでFCハウスまで戻った二人を出迎えたのはルカだった。おかえりぃ、と間延びした声に龍が戻りましたと返す。その後ろでテレポの余韻に浸っていた潮を見て、無事やったんやなとこれまたのんびりと言った。その言葉に現実へ帰ってきた潮は首を傾げる。
「? 無事だったとは?」
「んあ? ああ、テレポてな。魔法適正低すぎると途中でエーテルが解けて消えるねん」
まあ死ぬんと同義やなあ。
ほけほけととんでもない事を言われ潮はびん、と尻尾を立たせ龍はあちゃあと頭を抱える。その様子を見てぐるんと龍に向き直ると最初テレポした時のように彼の両腕を引っ掴みぐわんぐわんと揺らした。
「あちゃあって!! 知ってたのか!!」
「ええ……まあ……」
「何で!! 言って!! くれない!!」
「俺が口止めしたからやなぁ」
いたたたたた、と痛がり困る龍を掴んだまま顔だけルカに向くと尖った牙をむき出しにして潮は噛み付いた。
「そう言う重要なことは先に言え!! 何も知らずに大はしゃぎしてただろうが!! 下手したら俺はふわふわしながら消えてたところだぞ!!」
「ええやん、ちゃんとできたんやで」
「それは結果論だ!!」
「結果論やね、でもちゃあんと理屈もある。説明したるで……おん、龍坊のこと離したり。腕ちぎれてまうわ」
それを言われてはっとして、慌てて龍の腕から手を離す。いてて、と腕をさする龍に謝ると悪いのはルカさんなのでとにこやかに返された。
それをジト目で返してからしっしと龍を手で追い払う。荷物片付けてきまーす、と龍はその場を去った。
「ほんなら理屈やね。君、テレポした瞬間どないなった?」
「どうって……なんか目がぼやけたと思ったらふわっと……」
「自分が解けてく感じしたやろ」
そう言われてん、と小さく頷く。ええ、ええ。その感覚正しいで。そう答えてルカは続ける。
「実際、解けとるんよ。テレポ言うんは、一度自分の存在を分解しとるんよ。それをエーテライトクリスタルを目印に地脈……この星の血管みたいなもんやな。それを辿って目的地へと移動し、その先で肉体を再構築する魔法なんや。せやから、結構メンタルに負担が来るんやわ」
「……つまり、最初から『失敗すると死ぬかも知れない』と知ってたら…」
「頭の回転良うて助かるわぁ。せやね、雑念入ったらそれこそ地脈で迷子になってお陀仏や」
「……黙ってた理屈はわかった。でもなんで魔法適性の低い俺に使わせようとした。その理由がその話はないぞ」
「なんで、て。魔法使ったことない、機械の魔力なんぞ知らへんわ。あるかないかの想像もつかんのやったら無い~言うんが最善やろ」
呆れたようにため息を突かれ、潮は押し黙る。自分も同じ問題に当たったら全く同じ答えを出していたのがわかるから。
それはそれとして、未だ納得ができない。
「……今回は成功したが、もし失敗して死んでたらどうするつもりだったんだ」
「ワンチャン、帰れるんちゃう?」
あっけらかんと言い放ったルカに目をひん剥く。彼曰く、潮より先にいた、赤毛の『同郷』が不慮の事故で死にかけた。だが、手当をしよう、助けようと動いている間に体ごとごっそり消えていたという。またあるものは「帰ります」と一言告げてクルザス西部地方の氷山から身を投げた。だが付近をどれだけ探しても遺体が見つからず、しばらくしてからけろりと現れ「お久しぶりです」としばらく過ごすとまた帰るという言葉と共に自死地味た行動を取ったのだ。それ以降、彼女は現れていないし、当然遺体も見つかっていない。
「……盲点だったというか、なんというか」
「まあほんまに帰れとるんかは知らんで? ナギちゃんとコハクはんはそれ以来見とらへんし、センリちゃん、マサシはんやったかな。そいつらも戦乱のある地域行って帰ってきてへんからね。ただ、帰れとる可能性はあるんちゃうかな。せやもんで、今回テレポが失敗してもプラスもマイナスもあらへんかなぁ、と」
「……それはそれとして伝えておいて欲しかったというか」
「なっはっは。まあ俺はそう言う性やねん。許したって。ところで……就職、できましたかいな」
意地の悪い笑みをふっと和らげたルカに、潮は一瞬虚を突かれる。なんのことか思い当たって、ふっと笑ってしまった。
「おかげさまで。見習いという身分からだが」
「それは良かったわ。……ひとつだけ、言うといたるわな。俺が知っとる感じやとそっちは命は等しく大切なんやろうけど、こっちはちゃう」
「!」
「等しいのは死の方や。それ以外はびっくりするくらい不条理で、命の価値に大小がある。せやから、小競り合いもするし……今んとこ大丈夫やろうけど、大きな戦争かて起きる。そんなもん起きんでも、物盗りに命ごと持ってかれる言うんはここじゃあ珍しないことなんよ。気を抜いとったら死ぬんは力のない方やし、相手が間違えとっても力が強い方がまかり通る」
今朝の、龍とならず者たちとのやり取りを思い出す。自分たちが敵わないと知った瞬間撤退を指示した男と、過剰なまでに殺意を向けていた龍と。それがこの世界の命の縮図なのだろうか。
押し黙った潮に、ルカはふっと笑う。
「元が機械であっても覚えておき。ここじゃあ命のやり取りは身近なもんで、けど誰かが死ぬ言うんはきっと、そっちと変わらんくらい悲しいし、さみしい。せやからな、ある程度は力つけ。物としての性能ちゃうよ、命としての力や」
そいでそれは、戦うことだけやないんやで。
そう言う彼の顔はどこまでも穏やかで、凪いでいた。
*
その理由が、わからない。三日ぶりの地下のソファで船を漕ぎながら潮はルカの言葉を考える。
死ぬことだけが平等で、命に価値の差がある。けれども、喪失の悲しみは世界を超えていても同じ。そして、戦うことだけじゃない強さ。今までは考えたことはなく、潮からすれば人間は全員等しく助け守る存在だった。そしてそんな彼らを物としての価値で救い、性能で圧倒しても彼らには向けられることはない。だから、ルカの言葉が。この世界のあり方が上手く飲み込めずにいた。
きっと、今はとても眠いから。頭が上手く働かないんだ。
そう思い、思考に無理やり蓋をする。眠りに落ちる。今日はとにかく忙しなくて――とても驚いたり嬉しかったりしたから、良く眠れそうだ。
根拠もなくそう思いながら瞼を閉じる。寝息はすぐに地下室に響いた。畳む
#CoC #VOID #本城潮 #クロスオーバー