小説 2024/11/12 Tue CoC「庭師は何を口遊む」ネタバレ有 後日談続きを読む幻は解け、メッキは剥げた幼少の頃の記憶は、実はない。琥白玖の記憶の始まりは親戚の心配そうな顔だった。琥白玖くん、大丈夫? 痛いところはない? その言葉に曖昧に頷いたのが、最初。詳しく聞いたことはないが、どうやら親がハズレだったらしいというのは生きていく内に察しは付いた。親戚たちに聞けば揃って口を閉ざし目を逸らす。ああ、自分は愛されていなかったのかと漠然と思った。だからだろうか、自分を引き取った親戚には勿論関係者の手伝いをした。そうすれば褒められた。褒められるのは純粋に嬉しい。必要でここにいてもいいのだと、安心した。それは通い始めた学校でもそうだった。小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も先生は勿論先輩の手伝いもして後輩の手助けもした。惚れていた女子はとりわけ気にかけた。同級生には不評だったが、彼らにも同じように施せば意見が変わった。そうやって自分で作り上げた「いい子」のレッテルは、琥白玖を守った。時折身動きを取れないような、不快感を伴うなにかを感じたが見ないふりをした。褒めて、必要として。それだけが欲しくて誰かを助け続けた。隣で笑う少女が好きで。ありがとうと言う言葉が好きで。お前がいないと困ると言う言葉が好きで。けれども、自分で望んだそれを受け止めるたびに乾いていく。飢えていく。おかしいな、欲しいものは手に入っているのに。やがて琥白玖は警察官になった。彼女の父親が警察官だったのだ。彼の真似をすれば、彼女にもっと好きになってもらえるかもしれない。だからまずはそれを目指した。警察官になっても琥白玖は変わらず誰かの手伝いをしていたように思う。いい奴、と言う太鼓判ももらえて、安泰だと思っていた。それを、自分で引き金を引いて壊して、壊れていくさまを見ていた。*ふっと意識が浮上する。ここ最近でやっと見慣れ始めた天井だった。琥白玖はゆっくり瞬きをする。しかし起き上がろうとしない。少し身じろいだだけで、安物のソファはぎしと悲鳴を上げた。『庭師』の一件から、厳密には辞表を出して零課から逃げ出して少ししか立っていないのにもう何年も前のような気がする。ただ、気がするだけだ。現に溢れそうになる万感には蓋をして直視しないようにしている。向き合ってしまえば、自分が壊れる気がして。住まいを警視庁から遠く離れた場所に変えて携帯を変えて誰からの連絡も来ないように投げ捨てた。自分から捨ててきたのだ、誰も探しはしないだろう。死んでしまおうかとも思った。けど、的場の抱えた同じ種類の狂気を抱えたまま死にたくなかったし、死ぬのは怖い。それすらできない。取り敢えず生きるだけ、を繰り返している。貯金を少しずつ切り崩しながら今日することを考える。何もしていないよりはましで、日雇いのバイトはしていた。仕事中は楽だった、仕事のことだけを考えていればいい。身体を動かしていれば時間はすぎる。先輩にあたる中年の男が自分になにか言った気がするが聞こえない。家に変えると必要最低限の家具とスミスマシンがぽつんと並んでいる。捨てようと思ったのだが処理が面倒で持ってきた。もうやる必要もないのに気がついたら使っている。身体を動かしていれば時間はすぎるから、問題はない。眠る前が、一番辛かった。その日にあったことと過去のことを比べて、あの場所が恋しいと心が泣く。零課で、楽しかったこととメンツの顔を思い浮かべて虚しくなる。早く、はやく切り捨てて生きることだけを考えたかった。これ以上のことは抱えたくなかった。誰とも関わりたくなかった。そのくせ寂しくて、探して欲しくて、戻りたいと騒ぎそうになる自分がいることを感じて嫌悪する。気持ちが悪くて、嫌いで、疎ましくて。でも嫌われたくなくて、軽蔑されたくなくて、自分もそこにいたかった。いられる訳も、ないのにだ。本当に滑稽で嫌になる。琥白玖を苛むように過去の夢を、子供のころの夢と零課にいた時の楽しかった時だけの夢を見る。狗噛、獅子王、神宮寺。泉、相模原、猪狩、神童――的場。まだ壊れていない理想がそこにはあって、目が覚めるたびもうないことを思い知る。なんで目が覚めるんだ。あのまま、あのまま眠っていればあそこにずっといられたのにと何度頭を掻き毟ったか。起きた頭で繰り返されるのは相模原だと思っていた、自分が殺した南玲子の死体。神宮寺が打ち抜いた相模原の遺体。自分が殺したと知っても前に立った狗噛、家族を奪われていた事実を知ったその後も随伴した獅子王。彼らに、煽りとも取れる言葉を投げつける恍惚と笑う的場。そういえば、彼の言葉の中に自分に当てたものは無かったと気付いた。気付いてああ、自分は視野にすら入れてもらえていなかったのかと知った。誰かの中に、残りたかった。いてもいいよと無条件に、いい子じゃなくても言って欲しかった。でも。煽りでもよかった、一時は信頼した彼から自分に向けたものがなかったのが全てだった。もう嫌われているに決まっているだろう、この役立たず。そんな声が聞こえて、顔を上げる。たまたま映った鏡に自分の顔が写る。今にも癇癪を起こしそうな顔が見えた。笑顔は、絶やさないようにしていたのに。いっそ、全力で誰かを傷つけてやろうか。誰かを守るなんて口実もないまま、自分のためだけに。あの時も自分のためだけに引き金を引いたけど、今度は何もないまま。そんな度胸もないくせに。子供の声が、琥白玖の脳で囀って響く。がり、と自分の腕に爪を立ててうずくまって、ぐるぐると考えては行き場のない衝動も欲求も恐怖も不安も哀愁もごちゃまぜに混ぜ込んで吐きそうになりながら飲み込んだ。建前すら持てない惨めな男がそこにいた。そこに「いい子」は、いなかった。畳む#CoC #鯨伏琥白玖 #庭師 #ネタバレ
幻は解け、メッキは剥げた
幼少の頃の記憶は、実はない。琥白玖の記憶の始まりは親戚の心配そうな顔だった。琥白玖くん、大丈夫? 痛いところはない? その言葉に曖昧に頷いたのが、最初。
詳しく聞いたことはないが、どうやら親がハズレだったらしいというのは生きていく内に察しは付いた。親戚たちに聞けば揃って口を閉ざし目を逸らす。ああ、自分は愛されていなかったのかと漠然と思った。
だからだろうか、自分を引き取った親戚には勿論関係者の手伝いをした。そうすれば褒められた。褒められるのは純粋に嬉しい。必要でここにいてもいいのだと、安心した。
それは通い始めた学校でもそうだった。小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も先生は勿論先輩の手伝いもして後輩の手助けもした。惚れていた女子はとりわけ気にかけた。同級生には不評だったが、彼らにも同じように施せば意見が変わった。
そうやって自分で作り上げた「いい子」のレッテルは、琥白玖を守った。時折身動きを取れないような、不快感を伴うなにかを感じたが見ないふりをした。褒めて、必要として。それだけが欲しくて誰かを助け続けた。隣で笑う少女が好きで。ありがとうと言う言葉が好きで。お前がいないと困ると言う言葉が好きで。けれども、自分で望んだそれを受け止めるたびに乾いていく。飢えていく。おかしいな、欲しいものは手に入っているのに。
やがて琥白玖は警察官になった。彼女の父親が警察官だったのだ。彼の真似をすれば、彼女にもっと好きになってもらえるかもしれない。だからまずはそれを目指した。警察官になっても琥白玖は変わらず誰かの手伝いをしていたように思う。いい奴、と言う太鼓判ももらえて、安泰だと思っていた。
それを、自分で引き金を引いて壊して、壊れていくさまを見ていた。
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ふっと意識が浮上する。ここ最近でやっと見慣れ始めた天井だった。琥白玖はゆっくり瞬きをする。しかし起き上がろうとしない。少し身じろいだだけで、安物のソファはぎしと悲鳴を上げた。
『庭師』の一件から、厳密には辞表を出して零課から逃げ出して少ししか立っていないのにもう何年も前のような気がする。ただ、気がするだけだ。現に溢れそうになる万感には蓋をして直視しないようにしている。向き合ってしまえば、自分が壊れる気がして。
住まいを警視庁から遠く離れた場所に変えて携帯を変えて誰からの連絡も来ないように投げ捨てた。自分から捨ててきたのだ、誰も探しはしないだろう。死んでしまおうかとも思った。けど、的場の抱えた同じ種類の狂気を抱えたまま死にたくなかったし、死ぬのは怖い。それすらできない。
取り敢えず生きるだけ、を繰り返している。
貯金を少しずつ切り崩しながら今日することを考える。何もしていないよりはましで、日雇いのバイトはしていた。仕事中は楽だった、仕事のことだけを考えていればいい。身体を動かしていれば時間はすぎる。先輩にあたる中年の男が自分になにか言った気がするが聞こえない。
家に変えると必要最低限の家具とスミスマシンがぽつんと並んでいる。捨てようと思ったのだが処理が面倒で持ってきた。もうやる必要もないのに気がついたら使っている。身体を動かしていれば時間はすぎるから、問題はない。
眠る前が、一番辛かった。その日にあったことと過去のことを比べて、あの場所が恋しいと心が泣く。零課で、楽しかったこととメンツの顔を思い浮かべて虚しくなる。
早く、はやく切り捨てて生きることだけを考えたかった。これ以上のことは抱えたくなかった。誰とも関わりたくなかった。そのくせ寂しくて、探して欲しくて、戻りたいと騒ぎそうになる自分がいることを感じて嫌悪する。
気持ちが悪くて、嫌いで、疎ましくて。
でも嫌われたくなくて、軽蔑されたくなくて、自分もそこにいたかった。
いられる訳も、ないのにだ。本当に滑稽で嫌になる。
琥白玖を苛むように過去の夢を、子供のころの夢と零課にいた時の楽しかった時だけの夢を見る。
狗噛、獅子王、神宮寺。泉、相模原、猪狩、神童――的場。
まだ壊れていない理想がそこにはあって、目が覚めるたびもうないことを思い知る。なんで目が覚めるんだ。あのまま、あのまま眠っていればあそこにずっといられたのにと何度頭を掻き毟ったか。
起きた頭で繰り返されるのは相模原だと思っていた、自分が殺した南玲子の死体。神宮寺が打ち抜いた相模原の遺体。自分が殺したと知っても前に立った狗噛、家族を奪われていた事実を知ったその後も随伴した獅子王。彼らに、煽りとも取れる言葉を投げつける恍惚と笑う的場。そういえば、彼の言葉の中に自分に当てたものは無かったと気付いた。気付いてああ、自分は視野にすら入れてもらえていなかったのかと知った。
誰かの中に、残りたかった。いてもいいよと無条件に、いい子じゃなくても言って欲しかった。でも。
煽りでもよかった、一時は信頼した彼から自分に向けたものがなかったのが全てだった。
もう嫌われているに決まっているだろう、この役立たず。
そんな声が聞こえて、顔を上げる。たまたま映った鏡に自分の顔が写る。今にも癇癪を起こしそうな顔が見えた。笑顔は、絶やさないようにしていたのに。
いっそ、全力で誰かを傷つけてやろうか。誰かを守るなんて口実もないまま、自分のためだけに。あの時も自分のためだけに引き金を引いたけど、今度は何もないまま。
そんな度胸もないくせに。子供の声が、琥白玖の脳で囀って響く。がり、と自分の腕に爪を立ててうずくまって、ぐるぐると考えては行き場のない衝動も欲求も恐怖も不安も哀愁もごちゃまぜに混ぜ込んで吐きそうになりながら飲み込んだ。
建前すら持てない惨めな男がそこにいた。そこに「いい子」は、いなかった。畳む
#CoC #鯨伏琥白玖 #庭師 #ネタバレ