小説 2025/01/10 Fri 短編創作。おおらかな鬼の話。#創作 続きを読む灯送御前物語 昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。 ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。 しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。 鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。 ところが。 その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。 村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。 ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。 「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」 まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。 この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。 村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。 鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。 「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」 呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。 山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。 やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。 ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。 しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。 「でてこい!迎えがきたぞう!」 その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。 洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。 「なんで・・・」 「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」 鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ 鬼が次の日、また村へやってきました。 経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。 「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」 「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」 「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」 こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。 しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。 「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」 遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。 「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」 「は?」 必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。 「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」 「ひっ!?」 「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」 「で、では生贄を・・・?」 「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」 村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽ ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。 そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。 「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」 雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。 やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。 「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」 「な、なんでしょうか鬼様!!」 あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。 「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」 「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」 「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」 その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。 とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。 『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』 雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。 全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。 「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」 「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」 そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。 「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」 村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。 「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」 いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。 「では皆々様方、お手元の提灯を」 言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。 ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。 ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。 やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。 ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。 その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。 「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」 鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。 村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。 この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。 黄泉之灯送御前(よみのひおくりごぜん)。親しみを込めて、おくり様、と。 今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む
#創作
灯送御前物語
昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。
ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。
しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。
鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。
ところが。
その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。
村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。
ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。
「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」
まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。
この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。
村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。
鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。
「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」
呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。
山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。
やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。
ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。
しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。
「でてこい!迎えがきたぞう!」
その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。
洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。
「なんで・・・」
「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」
鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
鬼が次の日、また村へやってきました。
経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。
「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」
「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」
「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」
こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。
しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。
「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」
遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。
「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」
「は?」
必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。
「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」
「ひっ!?」
「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」
「で、では生贄を・・・?」
「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」
村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。
そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。
「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」
雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。
やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。
「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」
「な、なんでしょうか鬼様!!」
あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。
「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」
「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」
「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」
その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。
とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。
『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』
雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。
全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。
「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」
「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」
そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。
「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」
村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。
「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」
いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。
「では皆々様方、お手元の提灯を」
言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。
ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。
ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。
やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。
ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。
その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。
「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」
鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。
村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。
この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。
黄泉之灯送御前。親しみを込めて、おくり様、と。
今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む