小説 2025/01/10 Fri TRPGのPCじゃない、診断やら話の流れで生まれたやつら。基本現代日本。現代組とでも銘打っておく。佐辺雫月の話#現代組 続きを読む既に凍えて死んでいた 「佐辺ー今日って暇か?」 「残念、バイトでーす。また誘ってー」 級友に片手を上げて軽く返した雫月はスマホ端末に記載された日時を視界に入れてため息を付いた。ほんの少しの哀愁を苛立ちの中に混ぜ込んで飲み込む。 十二月二十四日。世間ではクリスマスムード一色だ。その中を一人バイト先へ足を進めることにもう何も思わなくなった。ただイルミネーションが目障りだった。 佐辺雫月はクリスマスを筆頭に、カレンダーに記載されている行事が軒並み嫌いだった。人といるのが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。しかしイベントが嫌いだった。 昔は人並みに心が躍っていた気がする。父と母と、三人で過ごす日だとずっとずっと楽しみにしていた。正直な話、サンタクロースという存在を信じていたわけではない。いないものだと割り切った上で両親と過ごせる時間が好きだった。翌朝置かれているプレゼントよりも、自分がプレゼントを抱えて笑ってくれる二人を見れるのが大好きで嬉しかった。 事故だった。居眠り運転で信号を無視し突っ込んできたトラックが、二人が乗っていた車に衝突した、と言うことを知ったのは雫月が高校に上がって暫くした頃だった。即死だったらしい。当時患っていた祖父母では雫月を引き取ることができず父方の兄夫婦のところへ引き取られることになった。 二人が雫月の前から消えたのは奇しくも彼が小学校二年生の、クリスマスだった。 叔父は家にいることが少なかったものの、自分の兄弟の子どもということで気にかけてくれていたとは思う。しかしその妻が雫月を邪険に扱った。自分の子をあからさまに贔屓し、事あるごとに優劣をけては貶す。両親の遺産にこそ手を出さなかったものの、そこから雫月の学費と生活費を出す。授業参観は当然来ないし、運動会は離れたところで一人でコンビニ弁当を食べていた。それだけではなく、毎日の食事も出たことはない。叔父がいるときは大体外食だったし、そこから出た雫月の分だけ遺産から引いていたのを知ったのは家を出る直前だった気がする。 幼心なりに、雫月もこの人の子供じゃないからと理解していた。だからその年から自分の一年の中に誕生日も正月も、クリスマスだって無くなって当たり前だと思っていた。違うとこの子供なんだから好きになってもらえなくて当然だと、必死で思い込んでいたような気がする。 完全に決別したのは高校二年の冬だった。きっかけは雫月があまり喋らなかった(というよりは避けられていた)叔母に両親の死因を聞いた時だった。 「義兄さんも義姉さんもぐっちゃぐちゃで汚かったわよ。あんたのクリスマスプレゼントでも買いに行ってそうなったんじゃない?車に壊れた玩具が乗ってたらしいし。あっやだ、これあんたがいたせいで死んでない?」 あんたがいなきゃ、二人共生きてたかもねえと嘲笑する叔母を、雫月は感情に任せて暴力を振るうことも言い返すこともしなかった。ただ、ありがとうございました。その一言だけ言ってすぐに離れた。叔母は気味悪がっていた。 感情が停滞する。そんなことがあるのかと雫月はどこか他人事のように関心していた。本当なら、それこそこれまでの不満ごとあの女にぶつけても良かったはずなのにそれすらする気力がなかった。一瞬たりとも自分はこの人たちの家族になれていなかった事実と、叔母の話した事実が雫月にほんの少し残った希望も砕いて行く。 「俺の、せいか」 凪いだ心でただ、それだけを呟いた。 そこからは早かった。県外の大学を奨学金で進学し、高校の間ひたすらバイトを掛け持ちした。あの家にはほとんど寄り付かなかった。年齢をごまかして夜中まで働いて今後の貯蓄を蓄える。世間に出てから必要なことを勉強の合間に頭に叩き込む。その頃になると雫月はクラスメイトと遊ぶこともほとんどなくなっていた。必要最低限の物だけ残して全て売り払い、遺産に関しては叔父に相談し世話になった分と少ないながらも半分はあの家に送ることにした。そして一言「これまでお世話になりました」と言って雫月はあの家を出た。返事はなかった。 悴む両手を無造作にポケットに突っ込んで、雫月は次のバイト先へと足を進める。別に金には困っていない。ただこの日持て余してしまう時間に困る。友人たちも大抵イベントで盛り上がっているのだろうが、もうその輪に入りたいとは思えなくなっていた。 どうせ明日は休講だし、ぶっ倒れるまで働いておこう。昔を思い出して凍えてしまわないように。 鮮やかなイルミネーションを睨みつけながら、雫月は次の仕事の内容を無機質に繰り返し思い出していた。畳む
佐辺雫月の話
#現代組
既に凍えて死んでいた
「佐辺ー今日って暇か?」
「残念、バイトでーす。また誘ってー」
級友に片手を上げて軽く返した雫月はスマホ端末に記載された日時を視界に入れてため息を付いた。ほんの少しの哀愁を苛立ちの中に混ぜ込んで飲み込む。
十二月二十四日。世間ではクリスマスムード一色だ。その中を一人バイト先へ足を進めることにもう何も思わなくなった。ただイルミネーションが目障りだった。
佐辺雫月はクリスマスを筆頭に、カレンダーに記載されている行事が軒並み嫌いだった。人といるのが嫌いなわけではない。むしろ好きだ。しかしイベントが嫌いだった。
昔は人並みに心が躍っていた気がする。父と母と、三人で過ごす日だとずっとずっと楽しみにしていた。正直な話、サンタクロースという存在を信じていたわけではない。いないものだと割り切った上で両親と過ごせる時間が好きだった。翌朝置かれているプレゼントよりも、自分がプレゼントを抱えて笑ってくれる二人を見れるのが大好きで嬉しかった。
事故だった。居眠り運転で信号を無視し突っ込んできたトラックが、二人が乗っていた車に衝突した、と言うことを知ったのは雫月が高校に上がって暫くした頃だった。即死だったらしい。当時患っていた祖父母では雫月を引き取ることができず父方の兄夫婦のところへ引き取られることになった。
二人が雫月の前から消えたのは奇しくも彼が小学校二年生の、クリスマスだった。
叔父は家にいることが少なかったものの、自分の兄弟の子どもということで気にかけてくれていたとは思う。しかしその妻が雫月を邪険に扱った。自分の子をあからさまに贔屓し、事あるごとに優劣をけては貶す。両親の遺産にこそ手を出さなかったものの、そこから雫月の学費と生活費を出す。授業参観は当然来ないし、運動会は離れたところで一人でコンビニ弁当を食べていた。それだけではなく、毎日の食事も出たことはない。叔父がいるときは大体外食だったし、そこから出た雫月の分だけ遺産から引いていたのを知ったのは家を出る直前だった気がする。
幼心なりに、雫月もこの人の子供じゃないからと理解していた。だからその年から自分の一年の中に誕生日も正月も、クリスマスだって無くなって当たり前だと思っていた。違うとこの子供なんだから好きになってもらえなくて当然だと、必死で思い込んでいたような気がする。
完全に決別したのは高校二年の冬だった。きっかけは雫月があまり喋らなかった(というよりは避けられていた)叔母に両親の死因を聞いた時だった。
「義兄さんも義姉さんもぐっちゃぐちゃで汚かったわよ。あんたのクリスマスプレゼントでも買いに行ってそうなったんじゃない?車に壊れた玩具が乗ってたらしいし。あっやだ、これあんたがいたせいで死んでない?」
あんたがいなきゃ、二人共生きてたかもねえと嘲笑する叔母を、雫月は感情に任せて暴力を振るうことも言い返すこともしなかった。ただ、ありがとうございました。その一言だけ言ってすぐに離れた。叔母は気味悪がっていた。
感情が停滞する。そんなことがあるのかと雫月はどこか他人事のように関心していた。本当なら、それこそこれまでの不満ごとあの女にぶつけても良かったはずなのにそれすらする気力がなかった。一瞬たりとも自分はこの人たちの家族になれていなかった事実と、叔母の話した事実が雫月にほんの少し残った希望も砕いて行く。
「俺の、せいか」
凪いだ心でただ、それだけを呟いた。
そこからは早かった。県外の大学を奨学金で進学し、高校の間ひたすらバイトを掛け持ちした。あの家にはほとんど寄り付かなかった。年齢をごまかして夜中まで働いて今後の貯蓄を蓄える。世間に出てから必要なことを勉強の合間に頭に叩き込む。その頃になると雫月はクラスメイトと遊ぶこともほとんどなくなっていた。必要最低限の物だけ残して全て売り払い、遺産に関しては叔父に相談し世話になった分と少ないながらも半分はあの家に送ることにした。そして一言「これまでお世話になりました」と言って雫月はあの家を出た。返事はなかった。
悴む両手を無造作にポケットに突っ込んで、雫月は次のバイト先へと足を進める。別に金には困っていない。ただこの日持て余してしまう時間に困る。友人たちも大抵イベントで盛り上がっているのだろうが、もうその輪に入りたいとは思えなくなっていた。
どうせ明日は休講だし、ぶっ倒れるまで働いておこう。昔を思い出して凍えてしまわないように。
鮮やかなイルミネーションを睨みつけながら、雫月は次の仕事の内容を無機質に繰り返し思い出していた。畳む