小説 2025/01/08 Wed 自探索者小噺 シナリオのネタバレはありません。#CoC #不破碧続きを読む何でもない日のエトセトラあら碧さん、と呼ばれて私は振り返る。今担当している患者の鈴木さんがニコニコしながら車椅子を動かしていた。「ああ、私が押しますから」「すまないねえ、いつも助かるよ」人好きのする笑顔を浮かべながら私を見上げる鈴木さんはもうすぐ退院だ。碧さん、碧さんと私を呼ぶ声はいつだって優しくて、その声がもう聞けなくなると思うとほんの少しだけ寂しい。けど、患者さんが良くなって日常へ送り出すのが私の仕事だと思えば嬉しさのが勝った。「それでね、今度孫が生まれるの。この病院に入院するんですって」「そうなんですね。鈴木さんとは入れ違いになってしまいますね」「そうねえ。けど元気になれば私から会いに行けるから」初夏の風が生ぬるさを孕んで私たちを撫でていく。少し汗を書いた鈴木さんの額を拭いながら退院後の楽しみですね、と頷くとそれはもう嬉しそうにそうなの、と弾んだ声が帰ってくる。「それに、碧さんにも会えるでしょう?」その声に思わず呆気に取られた。私は看護師で、鈴木さんは患者で。私は患者さんを大切に思うし患者さんは私たちを頼るけど、結局のところはビジネスライクだと思っていたから。ぽかんとする私を見上げながら鈴木さんは柔らかい笑みで深く頷いてくれた。「碧さんには怪我をしてから本当に良くしてくださって感謝してるの。それにね、うちは娘夫婦も息子夫婦も共働きでお見舞いは難しいって聞いてたから寂しいんだろうなって思っていたの。けど、碧さんは休憩時間でも私を見掛けたら声をかけてくれたでしょう? そのおかげで全く寂しくなかったのよ。勝手に私の娘だと思っちゃったくらい」ころころと転がす様にそう言ってくれた鈴木さんは、とても優しい顔で。私はうっかり、ぽろりと泣いてしまったのだ。* 「そんな事もあったわねえ」休日の少しおしゃれな喫茶店で、私の大好きな声がころころと笑う。「その節は驚かせてしまって本当にすいませんでした」「いいのよ、嬉し泣きって聞いた時は私だって嬉しかったんだから」患者さんから年上の友達に変わった鈴木さんはあいも変わらず柔らかく笑ってくれる。 鈴木さんご一家とはなんのご縁か、私が当直の日の夜に娘さんが産気付いてスタッフが少なかった事もあり助産に関わった。双子の赤ちゃんを抱きしめながらありがとうと言ってくれた娘さんの泣き笑いが鈴木さんそっくりで、思わずもらい泣きして目を腫らしながら家に帰ったっけ。そんな話をしながら、鈴木さんはふと思いついたような顔をした。「そういえば、碧さんご結婚は?」「お恥ずかしながらまだ、そういう人はいなくて……」「そう……ねえ、もし良かったら紹介しましょうか?」私の弟の息子なんだけれども、真面目な人なの。あなたを幸せにとは行かなくても苦しい時は一緒に頑張ってくれる子なの。どうかしら? と聞かれて私はきょとんとした。一瞬遅れてそれがお見合いの話だと理解する。頭に過ったのは、ぼんやりとしてるのに美味しそうにご飯を食べる顔。「ごめんなさい、お気持ちはとても嬉しいんですけど大丈夫です」「あら、そう?」「はい。ちょっと、気になる人がいるから」私の言葉に今度は鈴木さんがきょとんとして、それは素敵ね、大切にしてねと笑ってくれたのだ。畳む
#CoC #不破碧
何でもない日のエトセトラ
あら碧さん、と呼ばれて私は振り返る。今担当している患者の鈴木さんがニコニコしながら車椅子を動かしていた。
「ああ、私が押しますから」
「すまないねえ、いつも助かるよ」
人好きのする笑顔を浮かべながら私を見上げる鈴木さんはもうすぐ退院だ。碧さん、碧さんと私を呼ぶ声はいつだって優しくて、その声がもう聞けなくなると思うとほんの少しだけ寂しい。けど、患者さんが良くなって日常へ送り出すのが私の仕事だと思えば嬉しさのが勝った。
「それでね、今度孫が生まれるの。この病院に入院するんですって」
「そうなんですね。鈴木さんとは入れ違いになってしまいますね」
「そうねえ。けど元気になれば私から会いに行けるから」
初夏の風が生ぬるさを孕んで私たちを撫でていく。少し汗を書いた鈴木さんの額を拭いながら退院後の楽しみですね、と頷くとそれはもう嬉しそうにそうなの、と弾んだ声が帰ってくる。
「それに、碧さんにも会えるでしょう?」
その声に思わず呆気に取られた。私は看護師で、鈴木さんは患者で。私は患者さんを大切に思うし患者さんは私たちを頼るけど、結局のところはビジネスライクだと思っていたから。
ぽかんとする私を見上げながら鈴木さんは柔らかい笑みで深く頷いてくれた。
「碧さんには怪我をしてから本当に良くしてくださって感謝してるの。それにね、うちは娘夫婦も息子夫婦も共働きでお見舞いは難しいって聞いてたから寂しいんだろうなって思っていたの。けど、碧さんは休憩時間でも私を見掛けたら声をかけてくれたでしょう? そのおかげで全く寂しくなかったのよ。勝手に私の娘だと思っちゃったくらい」
ころころと転がす様にそう言ってくれた鈴木さんは、とても優しい顔で。私はうっかり、ぽろりと泣いてしまったのだ。
*
「そんな事もあったわねえ」
休日の少しおしゃれな喫茶店で、私の大好きな声がころころと笑う。
「その節は驚かせてしまって本当にすいませんでした」
「いいのよ、嬉し泣きって聞いた時は私だって嬉しかったんだから」
患者さんから年上の友達に変わった鈴木さんはあいも変わらず柔らかく笑ってくれる。
鈴木さんご一家とはなんのご縁か、私が当直の日の夜に娘さんが産気付いてスタッフが少なかった事もあり助産に関わった。双子の赤ちゃんを抱きしめながらありがとうと言ってくれた娘さんの泣き笑いが鈴木さんそっくりで、思わずもらい泣きして目を腫らしながら家に帰ったっけ。
そんな話をしながら、鈴木さんはふと思いついたような顔をした。
「そういえば、碧さんご結婚は?」
「お恥ずかしながらまだ、そういう人はいなくて……」
「そう……ねえ、もし良かったら紹介しましょうか?」
私の弟の息子なんだけれども、真面目な人なの。あなたを幸せにとは行かなくても苦しい時は一緒に頑張ってくれる子なの。
どうかしら? と聞かれて私はきょとんとした。一瞬遅れてそれがお見合いの話だと理解する。
頭に過ったのは、ぼんやりとしてるのに美味しそうにご飯を食べる顔。
「ごめんなさい、お気持ちはとても嬉しいんですけど大丈夫です」
「あら、そう?」
「はい。ちょっと、気になる人がいるから」
私の言葉に今度は鈴木さんがきょとんとして、それは素敵ね、大切にしてねと笑ってくれたのだ。畳む