基本うちよそ、自キャラの話。時系列は順不同。TRPGシナリオ・FF14メインストーリーのネタバレがある作品があります。記載しているのでご注意ください。R18タグの作品のパスワードは関連CPのどちらかの身長で開きます。
CoCシナリオ「オールドメン・アクト・ライク・エンジェルズ」のネタバレがある。後日談。
#CoC #ネタバレ #上田剛 #メンジェ
貴様の矮小な罪悪感など断罪も救済もするに値しない
「判決を言い渡す」
時折遠くなる音の中、無罪と言われた瞬間どこか萎えて無感動になる自覚を抱えたまま、上田は弁護した相手の罵倒を聞き流した。嘘つき、勝とうと言ったくせに、etc.
その一切合切が途切れ途切れに聞こえて、感情に何も響かず、ただ淡々と頭を下げて申し訳ありませんでしたと熱すら込められない謝罪を吐き出した。
*
自首しよう、そう覚悟した頃には全てが終わっていた。奇天烈も通り越した、口にするのも忌々しい格好で、恐怖と不愉快の全てを入り混ぜたようなあの空間で起こった出来事を夢と切り捨て、流れたニュースで現実だと思い知ったのはかなり早い段階だ。四十年も続いただろうあの悍しいカルトそのものの出来事が自分の白昼夢ではなく現実にあったものとして再認識した瞬間思わず頭を抱えて半日程動けなくなったくらいだ。
それでも、そんな上田の心象もお構いなしに日常は過ぎていく。何度も自首しようとか、人をあんな惨たらしく殺した自分が誰かを弁護士するなんてちゃんちゃらおかしいと自嘲しても、あれはしょうがない事なのだと、そうしないと自分が死んでいたかもしれないと言い聞かせても無駄だった。許されたくて裁かれたくて、けど誰も、共に巻き込まれて行動した二人の男達以外は上田が何をしたのか知らないから誰にも吐き出せないまま、一ヶ月を無理やり過ごした。
*
お前最近様子おかしいぞ。長めの休みやるから病院行ってこい。
事務所長からそう言われて一週間の休暇を言い渡されて上田はしどろもどろになった。
耳がおかしくなった自覚はあったが、それでも依頼人や裁判官、相手の検察や別の弁護士の口元を見ていれば聞こえない事を差し引いても答弁は出来ているはずだ。証拠は揃えても裁判に負けるのはよくあることで、上田自身の戦績は良くも悪くも普遍的で、病院に行けと言われる程ではないはずなのだ。それを所長に伝えても取り付く島もなく強制的に休まされ、挙げ句の果てに病院まで本当に紹介されてしまった。あの件もあり何がなんでも行きたくなくて抵抗したが恩人に困り顔をされてしまったら上田は何も言えなくなってしまったのだ。
紹介された病院はいくつもの科を抱えた大型の病院だった。それがあさひのクリニックを、藤堂医院を思い出させて腹の底から苦いものが込み上げる。耳鼻科で診療されてから心療科へ回される。細かい事は聞き流す、というより普通に聞こえづらかったので理解などほとんど出来やしなかったが、どうやらストレス性の難聴らしかった。
「何か、悩みでもあるようでしたらカウンセリング等もしてますけど、どうされます?」
「……いや、いいです。大丈夫なんで」
そうですか。それだけ言うと深くは踏み込まず処方する薬の説明に入ったことに安堵した。
会計もそこそこに逃げ出すように病院から飛び出す。あの、清潔感に紛れた薬品臭さから逃げ出したかった。脳裏に鮮明に映るのは自分が轢き殺した、否すり潰した男の最後の顔と、ドリルの先からわずかに溢れた血の色と。そして逃げて見ないようにしていた、重機の下の人体とも言えない肉片。
「あれ、上田さんじゃん。纐纈さんと待ち合わせでもしてたの?」
は? と思わず顔をあげる。色付きのメガネと、まだ冷えるのに有名な菓子のイラストがプリントされているふざけたTシャツ。老木とそのすぐ隣には助けてくれ、と言わんばかりの顔をした纐纈がいた。
*
「はえ〜上田さんも体調不良だったの。大変だね〜」
どうしてこうなった。知るか俺に聞くんじゃねえ。
視線だけで纐纈と簡単なやりとりをして、目の前で何故か二人前頼んだパフェを見てえぇ〜? 俺甘いものの気分じゃなかったのになんで頼んだんだろ? と首を傾げながら口に甘味を運んでいる。
再会してからは早かった。何が早かったと言えば老木の動きがだ。元々とっ捕まっていた纐纈はもちろん目の前にいたのが老木だと認識した瞬間回れ右をした上田を容赦なく引っ捕まえて感動の再会〜、等ふざけた事を言いながら近くの喫茶店へ連れて行かれた。一人で思うまま注文していく老木に難聴の上田、ほぼ治っているとは言えチック症の纐纈にストップをかける余力はない。おっさん三人が顔を突き合わせて、そのうち一人は淡々とパフェを食べている図に一ヶ月の苦悩も少し馬鹿らしくなる。
「あ、これ上田さんの奢りね。弁護士さんって儲けてそうだし」
「あ? ……あ!? バカ言うなギリギリで生きてるわ!」
「えぇー……宛にしてたのに。じゃあ纐纈さんは? タクシーの運転手さんなんでしょ?」
「……ざ、んねんながら、今月はや、休んでて余裕、な、いな」
渋面でそう答える纐纈にええぇ? とさして残念そうな顔もせず呻いて、しかしまあいいやと再びパフェに口をつける。その隣にフライドポテトの山やらチキンステーキやら山盛りになっているのだが、それらを食うつもりなのだろうか。このトンチキな男は。上田の視線に気づいた老木はわざとらしく体をくねらせていやん、と気持ちの悪い声をあげた。
「何? 俺の事そんなに好き?」
「……? は!? バカ言ってんじゃねえよ気持ち悪ぃなお前! そんなに食えんのかって思っただけだ!」
「え? 食べたかったら食べてもいいよ? それ二人のだし」
「そ、んなに、食える、か、!」
「一人で食え!!」
「えーしょうがないなあ」
しょうがない、で済むのだろうか。そのまま一人で何事か喋りながら一人で注文した料理の山を消費し始める老木に、耳が聞こえないからと言い聞かせて上田は無視した。纐纈も同じ選択をした。
*
案の定、食べすぎた老木が苦しい〜動けない〜とごねたので二人で抱えて拾ったタクシーに詰め込み、彼の住居の近くらしい場所まで送る。なんでこんなことをしているのか、と上田が一瞬虚無に襲われる。
「ほえー、上田さんってこの事務所なんだねえ。纐纈さんはあのタクシー事務所なんだ。なるほどね、タクシー頼むとき指名するね」
「は?」
素っ頓狂な纐纈の声で我に帰る。いつの間にくすねたのか、老木の手には二枚の紙片がつままれていた。二人の職業用の名刺だった。
「お前こら返せ! 普通に窃盗だぞそれ!!」
「名刺って人に渡すためにあるからいいじゃ〜ん」
「あ、んたに!渡したお、覚えはない、ッ!」
「じゃあちょうだい? オッケーオッケーありがとー」
のらりくらりと躱してへらへらと笑う老木に纐纈が食ってかかる。上田も文句を追加しようとして、ふと冷静になる。
「あんたら、俺が何したか分かってこんなことしてんのか?」
ぽろりと溢れたのはそんな言葉だった。老木がキョトンとし、纐纈は吐きかけた溜息を止める。いや、わからないならいいと続けようとした上田の言葉をわざとかそれともたまたまか、どちらとも読めないタイミングで老木があぁ! と声をあげる。
「あれだよね、院長ブチっとやったやつ! あれかっこよかったよね〜」
「は……?」
ドリルギュイーン、ってさぁ。からから笑いながら不謹慎もいいところの発言を繰り出す老木に上田が固まる。察したらしい纐纈が軽くポンと肩に手を置いた。
「あ、の時は、あんたの行動が、さ、最適だった」
「何が、だ。俺は殺したんだぞ?」
「さんざ、ん。人を、巻き込んで、じ、自分たちだけ、栄えてきたに、人間、だ。酌量の余地ありじゃ、ないか、?」
「そーそー、と言うか上田さんがやらなきゃどのみち無理ゲーだったでしょあんなの。俺か纐纈さんがやってたよ」
ノーカンノーカン、と軽く言う老木に纐纈があんたは不謹慎すぎだ、と勢いよくど突く。いったぁ! と悲鳴をあげる老木の声を聞きながら上田はそうじゃないと言おうとして、やめた。なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。何が、とは言わないが。
許しが欲しいんじゃない。裁かれた上で許されるまで償わせて欲しかったんだ。
けど到底、俺が願っても叶うことはないらしい。畳む
#CoC #ネタバレ #上田剛 #メンジェ
貴様の矮小な罪悪感など断罪も救済もするに値しない
「判決を言い渡す」
時折遠くなる音の中、無罪と言われた瞬間どこか萎えて無感動になる自覚を抱えたまま、上田は弁護した相手の罵倒を聞き流した。嘘つき、勝とうと言ったくせに、etc.
その一切合切が途切れ途切れに聞こえて、感情に何も響かず、ただ淡々と頭を下げて申し訳ありませんでしたと熱すら込められない謝罪を吐き出した。
*
自首しよう、そう覚悟した頃には全てが終わっていた。奇天烈も通り越した、口にするのも忌々しい格好で、恐怖と不愉快の全てを入り混ぜたようなあの空間で起こった出来事を夢と切り捨て、流れたニュースで現実だと思い知ったのはかなり早い段階だ。四十年も続いただろうあの悍しいカルトそのものの出来事が自分の白昼夢ではなく現実にあったものとして再認識した瞬間思わず頭を抱えて半日程動けなくなったくらいだ。
それでも、そんな上田の心象もお構いなしに日常は過ぎていく。何度も自首しようとか、人をあんな惨たらしく殺した自分が誰かを弁護士するなんてちゃんちゃらおかしいと自嘲しても、あれはしょうがない事なのだと、そうしないと自分が死んでいたかもしれないと言い聞かせても無駄だった。許されたくて裁かれたくて、けど誰も、共に巻き込まれて行動した二人の男達以外は上田が何をしたのか知らないから誰にも吐き出せないまま、一ヶ月を無理やり過ごした。
*
お前最近様子おかしいぞ。長めの休みやるから病院行ってこい。
事務所長からそう言われて一週間の休暇を言い渡されて上田はしどろもどろになった。
耳がおかしくなった自覚はあったが、それでも依頼人や裁判官、相手の検察や別の弁護士の口元を見ていれば聞こえない事を差し引いても答弁は出来ているはずだ。証拠は揃えても裁判に負けるのはよくあることで、上田自身の戦績は良くも悪くも普遍的で、病院に行けと言われる程ではないはずなのだ。それを所長に伝えても取り付く島もなく強制的に休まされ、挙げ句の果てに病院まで本当に紹介されてしまった。あの件もあり何がなんでも行きたくなくて抵抗したが恩人に困り顔をされてしまったら上田は何も言えなくなってしまったのだ。
紹介された病院はいくつもの科を抱えた大型の病院だった。それがあさひのクリニックを、藤堂医院を思い出させて腹の底から苦いものが込み上げる。耳鼻科で診療されてから心療科へ回される。細かい事は聞き流す、というより普通に聞こえづらかったので理解などほとんど出来やしなかったが、どうやらストレス性の難聴らしかった。
「何か、悩みでもあるようでしたらカウンセリング等もしてますけど、どうされます?」
「……いや、いいです。大丈夫なんで」
そうですか。それだけ言うと深くは踏み込まず処方する薬の説明に入ったことに安堵した。
会計もそこそこに逃げ出すように病院から飛び出す。あの、清潔感に紛れた薬品臭さから逃げ出したかった。脳裏に鮮明に映るのは自分が轢き殺した、否すり潰した男の最後の顔と、ドリルの先からわずかに溢れた血の色と。そして逃げて見ないようにしていた、重機の下の人体とも言えない肉片。
「あれ、上田さんじゃん。纐纈さんと待ち合わせでもしてたの?」
は? と思わず顔をあげる。色付きのメガネと、まだ冷えるのに有名な菓子のイラストがプリントされているふざけたTシャツ。老木とそのすぐ隣には助けてくれ、と言わんばかりの顔をした纐纈がいた。
*
「はえ〜上田さんも体調不良だったの。大変だね〜」
どうしてこうなった。知るか俺に聞くんじゃねえ。
視線だけで纐纈と簡単なやりとりをして、目の前で何故か二人前頼んだパフェを見てえぇ〜? 俺甘いものの気分じゃなかったのになんで頼んだんだろ? と首を傾げながら口に甘味を運んでいる。
再会してからは早かった。何が早かったと言えば老木の動きがだ。元々とっ捕まっていた纐纈はもちろん目の前にいたのが老木だと認識した瞬間回れ右をした上田を容赦なく引っ捕まえて感動の再会〜、等ふざけた事を言いながら近くの喫茶店へ連れて行かれた。一人で思うまま注文していく老木に難聴の上田、ほぼ治っているとは言えチック症の纐纈にストップをかける余力はない。おっさん三人が顔を突き合わせて、そのうち一人は淡々とパフェを食べている図に一ヶ月の苦悩も少し馬鹿らしくなる。
「あ、これ上田さんの奢りね。弁護士さんって儲けてそうだし」
「あ? ……あ!? バカ言うなギリギリで生きてるわ!」
「えぇー……宛にしてたのに。じゃあ纐纈さんは? タクシーの運転手さんなんでしょ?」
「……ざ、んねんながら、今月はや、休んでて余裕、な、いな」
渋面でそう答える纐纈にええぇ? とさして残念そうな顔もせず呻いて、しかしまあいいやと再びパフェに口をつける。その隣にフライドポテトの山やらチキンステーキやら山盛りになっているのだが、それらを食うつもりなのだろうか。このトンチキな男は。上田の視線に気づいた老木はわざとらしく体をくねらせていやん、と気持ちの悪い声をあげた。
「何? 俺の事そんなに好き?」
「……? は!? バカ言ってんじゃねえよ気持ち悪ぃなお前! そんなに食えんのかって思っただけだ!」
「え? 食べたかったら食べてもいいよ? それ二人のだし」
「そ、んなに、食える、か、!」
「一人で食え!!」
「えーしょうがないなあ」
しょうがない、で済むのだろうか。そのまま一人で何事か喋りながら一人で注文した料理の山を消費し始める老木に、耳が聞こえないからと言い聞かせて上田は無視した。纐纈も同じ選択をした。
*
案の定、食べすぎた老木が苦しい〜動けない〜とごねたので二人で抱えて拾ったタクシーに詰め込み、彼の住居の近くらしい場所まで送る。なんでこんなことをしているのか、と上田が一瞬虚無に襲われる。
「ほえー、上田さんってこの事務所なんだねえ。纐纈さんはあのタクシー事務所なんだ。なるほどね、タクシー頼むとき指名するね」
「は?」
素っ頓狂な纐纈の声で我に帰る。いつの間にくすねたのか、老木の手には二枚の紙片がつままれていた。二人の職業用の名刺だった。
「お前こら返せ! 普通に窃盗だぞそれ!!」
「名刺って人に渡すためにあるからいいじゃ〜ん」
「あ、んたに!渡したお、覚えはない、ッ!」
「じゃあちょうだい? オッケーオッケーありがとー」
のらりくらりと躱してへらへらと笑う老木に纐纈が食ってかかる。上田も文句を追加しようとして、ふと冷静になる。
「あんたら、俺が何したか分かってこんなことしてんのか?」
ぽろりと溢れたのはそんな言葉だった。老木がキョトンとし、纐纈は吐きかけた溜息を止める。いや、わからないならいいと続けようとした上田の言葉をわざとかそれともたまたまか、どちらとも読めないタイミングで老木があぁ! と声をあげる。
「あれだよね、院長ブチっとやったやつ! あれかっこよかったよね〜」
「は……?」
ドリルギュイーン、ってさぁ。からから笑いながら不謹慎もいいところの発言を繰り出す老木に上田が固まる。察したらしい纐纈が軽くポンと肩に手を置いた。
「あ、の時は、あんたの行動が、さ、最適だった」
「何が、だ。俺は殺したんだぞ?」
「さんざ、ん。人を、巻き込んで、じ、自分たちだけ、栄えてきたに、人間、だ。酌量の余地ありじゃ、ないか、?」
「そーそー、と言うか上田さんがやらなきゃどのみち無理ゲーだったでしょあんなの。俺か纐纈さんがやってたよ」
ノーカンノーカン、と軽く言う老木に纐纈があんたは不謹慎すぎだ、と勢いよくど突く。いったぁ! と悲鳴をあげる老木の声を聞きながら上田はそうじゃないと言おうとして、やめた。なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまったのだ。何が、とは言わないが。
許しが欲しいんじゃない。裁かれた上で許されるまで償わせて欲しかったんだ。
けど到底、俺が願っても叶うことはないらしい。畳む
自探索者小噺 シナリオのネタバレはありません。
#CoC #不破碧
何でもない日のエトセトラ
あら碧さん、と呼ばれて私は振り返る。今担当している患者の鈴木さんがニコニコしながら車椅子を動かしていた。
「ああ、私が押しますから」
「すまないねえ、いつも助かるよ」
人好きのする笑顔を浮かべながら私を見上げる鈴木さんはもうすぐ退院だ。碧さん、碧さんと私を呼ぶ声はいつだって優しくて、その声がもう聞けなくなると思うとほんの少しだけ寂しい。けど、患者さんが良くなって日常へ送り出すのが私の仕事だと思えば嬉しさのが勝った。
「それでね、今度孫が生まれるの。この病院に入院するんですって」
「そうなんですね。鈴木さんとは入れ違いになってしまいますね」
「そうねえ。けど元気になれば私から会いに行けるから」
初夏の風が生ぬるさを孕んで私たちを撫でていく。少し汗を書いた鈴木さんの額を拭いながら退院後の楽しみですね、と頷くとそれはもう嬉しそうにそうなの、と弾んだ声が帰ってくる。
「それに、碧さんにも会えるでしょう?」
その声に思わず呆気に取られた。私は看護師で、鈴木さんは患者で。私は患者さんを大切に思うし患者さんは私たちを頼るけど、結局のところはビジネスライクだと思っていたから。
ぽかんとする私を見上げながら鈴木さんは柔らかい笑みで深く頷いてくれた。
「碧さんには怪我をしてから本当に良くしてくださって感謝してるの。それにね、うちは娘夫婦も息子夫婦も共働きでお見舞いは難しいって聞いてたから寂しいんだろうなって思っていたの。けど、碧さんは休憩時間でも私を見掛けたら声をかけてくれたでしょう? そのおかげで全く寂しくなかったのよ。勝手に私の娘だと思っちゃったくらい」
ころころと転がす様にそう言ってくれた鈴木さんは、とても優しい顔で。私はうっかり、ぽろりと泣いてしまったのだ。
*
「そんな事もあったわねえ」
休日の少しおしゃれな喫茶店で、私の大好きな声がころころと笑う。
「その節は驚かせてしまって本当にすいませんでした」
「いいのよ、嬉し泣きって聞いた時は私だって嬉しかったんだから」
患者さんから年上の友達に変わった鈴木さんはあいも変わらず柔らかく笑ってくれる。
鈴木さんご一家とはなんのご縁か、私が当直の日の夜に娘さんが産気付いてスタッフが少なかった事もあり助産に関わった。双子の赤ちゃんを抱きしめながらありがとうと言ってくれた娘さんの泣き笑いが鈴木さんそっくりで、思わずもらい泣きして目を腫らしながら家に帰ったっけ。
そんな話をしながら、鈴木さんはふと思いついたような顔をした。
「そういえば、碧さんご結婚は?」
「お恥ずかしながらまだ、そういう人はいなくて……」
「そう……ねえ、もし良かったら紹介しましょうか?」
私の弟の息子なんだけれども、真面目な人なの。あなたを幸せにとは行かなくても苦しい時は一緒に頑張ってくれる子なの。
どうかしら? と聞かれて私はきょとんとした。一瞬遅れてそれがお見合いの話だと理解する。
頭に過ったのは、ぼんやりとしてるのに美味しそうにご飯を食べる顔。
「ごめんなさい、お気持ちはとても嬉しいんですけど大丈夫です」
「あら、そう?」
「はい。ちょっと、気になる人がいるから」
私の言葉に今度は鈴木さんがきょとんとして、それは素敵ね、大切にしてねと笑ってくれたのだ。畳む
#CoC #不破碧
何でもない日のエトセトラ
あら碧さん、と呼ばれて私は振り返る。今担当している患者の鈴木さんがニコニコしながら車椅子を動かしていた。
「ああ、私が押しますから」
「すまないねえ、いつも助かるよ」
人好きのする笑顔を浮かべながら私を見上げる鈴木さんはもうすぐ退院だ。碧さん、碧さんと私を呼ぶ声はいつだって優しくて、その声がもう聞けなくなると思うとほんの少しだけ寂しい。けど、患者さんが良くなって日常へ送り出すのが私の仕事だと思えば嬉しさのが勝った。
「それでね、今度孫が生まれるの。この病院に入院するんですって」
「そうなんですね。鈴木さんとは入れ違いになってしまいますね」
「そうねえ。けど元気になれば私から会いに行けるから」
初夏の風が生ぬるさを孕んで私たちを撫でていく。少し汗を書いた鈴木さんの額を拭いながら退院後の楽しみですね、と頷くとそれはもう嬉しそうにそうなの、と弾んだ声が帰ってくる。
「それに、碧さんにも会えるでしょう?」
その声に思わず呆気に取られた。私は看護師で、鈴木さんは患者で。私は患者さんを大切に思うし患者さんは私たちを頼るけど、結局のところはビジネスライクだと思っていたから。
ぽかんとする私を見上げながら鈴木さんは柔らかい笑みで深く頷いてくれた。
「碧さんには怪我をしてから本当に良くしてくださって感謝してるの。それにね、うちは娘夫婦も息子夫婦も共働きでお見舞いは難しいって聞いてたから寂しいんだろうなって思っていたの。けど、碧さんは休憩時間でも私を見掛けたら声をかけてくれたでしょう? そのおかげで全く寂しくなかったのよ。勝手に私の娘だと思っちゃったくらい」
ころころと転がす様にそう言ってくれた鈴木さんは、とても優しい顔で。私はうっかり、ぽろりと泣いてしまったのだ。
*
「そんな事もあったわねえ」
休日の少しおしゃれな喫茶店で、私の大好きな声がころころと笑う。
「その節は驚かせてしまって本当にすいませんでした」
「いいのよ、嬉し泣きって聞いた時は私だって嬉しかったんだから」
患者さんから年上の友達に変わった鈴木さんはあいも変わらず柔らかく笑ってくれる。
鈴木さんご一家とはなんのご縁か、私が当直の日の夜に娘さんが産気付いてスタッフが少なかった事もあり助産に関わった。双子の赤ちゃんを抱きしめながらありがとうと言ってくれた娘さんの泣き笑いが鈴木さんそっくりで、思わずもらい泣きして目を腫らしながら家に帰ったっけ。
そんな話をしながら、鈴木さんはふと思いついたような顔をした。
「そういえば、碧さんご結婚は?」
「お恥ずかしながらまだ、そういう人はいなくて……」
「そう……ねえ、もし良かったら紹介しましょうか?」
私の弟の息子なんだけれども、真面目な人なの。あなたを幸せにとは行かなくても苦しい時は一緒に頑張ってくれる子なの。
どうかしら? と聞かれて私はきょとんとした。一瞬遅れてそれがお見合いの話だと理解する。
頭に過ったのは、ぼんやりとしてるのに美味しそうにご飯を食べる顔。
「ごめんなさい、お気持ちはとても嬉しいんですけど大丈夫です」
「あら、そう?」
「はい。ちょっと、気になる人がいるから」
私の言葉に今度は鈴木さんがきょとんとして、それは素敵ね、大切にしてねと笑ってくれたのだ。畳む
CoC「Sibyl-シビュラ」ネタバレ有 後日談
#CoC #ネタバレ #シビュラ #刀木イヴリン
果たしてこれは心酔と、忠義と、愛と言えるのだろうか?
テレビ通話の向こうで、男性が話をしている。それを聞きながらイヴリンは相槌を打ち、時々質問を返した。通話画面とは別にメモアプリを立ち上げていて、聞いた内容を入力する。それを何度も繰り返す。
『では――さん、こちらを一旦二週間後までに提出してください』
「はい、わかりました。出来次第メールで送らせていただきます」
『よろしくお願いします』
簡単な挨拶だけ済ませると通話は切れた。ふう、と一息ついてすっかり冷めた珈琲を口に含む。酷く濃く、苦く、酸味がある。その上雑味がすごくて好きではない。むしろ嫌いな味だ。
けれども、雑に淹れられたそれは短時間とはいえ眠気を払ってくれるのだからしょうがない。コスパも考えるとエナジードリンクより遥かに安い。
(まさか、またこう言う業務にかかわるなんて思わなかったな)
そう思いながら、ぴしゃりと締め切られている襖に目を向けた。
*
WSSを裏切り、シビュラたちとその神々で逃げ出してからイヴリンがすぐにしたことは生活基盤を整えることだった。己の神が口を開く前に自分の戸籍の抹消行為及び身分偽造を行い、少ない元手で仮住まいを決めて、さっさと手に職をつけたのだ。前職での経験が存分に生きて表社会でも裏社会でもやっていけそうなところは弊社に感謝、と思ったのは記憶に新しい。
「禍津様、わたしは少し業務を行いますので何かあればおっしゃってくださいね」
「いいや、お前が頑張っているのなら私は邪魔にならないようにしよう。励みなさい」
他の神々とは違い、イヴリンの崇め愛する神は聞き分けがいい。彼自身、神官のイヴリン以外に興味もないようで仕事中は基本的に瞑想しているし、買い出し等も頼めば留守を預かってくれる。(イヴリンが長期間離れていたのは実験による神の観察をしていた時だけだったので、少々心配したが杞憂だった)事前に伝えれば、宅配の受け取りもしてくれた。そういう意味でも助かる。助かるが、少しだけ寂しいとも感じる。
『おや、イヴリン。そこで詰まってるんですか?』
『……なに、悪い?』
『いえいえ。しかし、困りましたねぇ。貴女のその仕事が終わらないと二人のブレイクタイムができないんですけど』
『じゃあちょっと黙っててよ。考えてるんだから』
『ふふ。あ、そうそう。ここをこうすればいいのでは?』
『へ?えっ、あ、あー……そうか、ここかぁ……』
『解決ですね。では今は切り上げて、リフレッシュついでに私とお茶でもどうです?』
『……わかったよ』
ふと脳裏に過る過去の記憶が浮かんで消える。手助けする前に絶対ちょっかいをかけてきてはイヴリンの手を止めてはヒントを落として仕事を取り上げる。今思えば根を詰めていた自分に対しての気遣いだったのだろう。
彼と彼の神の差異を見つけてはちくりと胸の奥を走る痛みに、自業自得だとひっそりとため息をついた。
*
「――リン、イヴリン」
「ッ、は、はい!」
肩に軽い振動、そして落ち着いた、ゆったりとした声。少し意識が飛んでいたのか、イヴリンは禍津の声で飛び起きた。見れば心配そうにのぞき込んでいる神の相貌が視界に飛び込んできた。一瞬、國人さんと呼び掛けて慌てて話を逸らす。
「申し訳ございません! わたし眠って、あ、お、お食事の時間でしたか!? すぐ作ります!」
「いや、慌てなくていい。いつものぱそこん…ですか。その音がしなくなったものだから気になったのだ。疲れているのだろう? 今夜は私が作りますよ」
「いやいやいやいやいや! 禍津様にそんな、家事なんてさせられません! わたしがやりますから!」
ばたばたと立ち上がりエプロンをひっつかんで支度するイヴリンに、ぽつりと言葉が落とされる。
「……私では、やはり頼りにならないか?」
振り向けば、ロザリアとの闘いで気を失って目覚めた後のような困った表情を浮かべて自分を見ている禍津がいた。困っている、というよりどこか気落ちしたような、先程まで見せていた笑みを浮かべてはいたものの、弱弱しい。それが余計に沈んでいるように見える。
ぞっとした。まずイヴリンが感じたものはそれだった。彼の心配よりも先に、自分が仕える神にそのような表情をさせてしまったという事実に恐れた。それを顔に出さないようにして、一呼吸入れてそんな自分に嫌悪する。同時に、気づかなかった自分にも。
ここで二人で暮らし始めてから、禍津には極力何もさせないようにしていた。宅配に関しては致し方なく頼みはしたが、それでもその一回切りだ。
なぜなら彼は神、自分は神官。奉仕するのが当たり前。しかしそれより平等な感情がお互いの中にあることを失念していたのだ。
少し、難儀だなぁ。そんなことを考える。
「禍津様。頼りにならないなんてそんなことはありません。立場上わたしは貴方様に、雑務をお願いできません。ただそれだけです」
「……愛し合っているのに? 体も重ね、心も通わせた。お前は私に、嬉しい言葉を言ってもくれたのに?」
「愛だけでは神と人は平等にはなりませんわ」
お互いに抱いた情愛が通ずる、というだけなのだ。自分と彼は。身の程は弁えないといけない。わかっている。ただ、元恋人の姿をしているだけの尊い存在なのだ。彼が望めども、それだけは覆らない。覆ってはならない。そのようなことはあってはならない。彼の神は彼ではない。混同してはいけない。禍津國人はもう、世界のどこにも、天国にも地獄にもいない。情愛であっても、彼と同じような愛し方ではいけない。
彼以上に尊い闇を、イヴリンは知らない。他のシビュラ達が仕える神々も素晴らしいが、ズ=チェ=クォンという存在程だとは思わない。だから、へりくだらないでほしい。わたしより上に、常にいてほしい。使ってほしい。わたしをわたしをわたしを。人間を。わたしを見てくれる。使ってくださる。それだけで十分満たされるのに、これ以上頼るなんて恐れ多い。
けれども彼は、半分人間になってしまった。なら、その部分は『刀木イヴリン』として満たさないといけない。なぜならわたしは彼のお気に入りなのだから。
「ただ……そうですね、わたしのお料理の評価をお願いしてもよろしいでしょうか? レシピを見ながらとは言え、まだ自信がないのです」
「お前の作る料理はどれもおいしいですよ」
「もうっ、それでは成長できませんわ! 禍津様のお好みだって、もっと知りたいですのに!」
そう少し頬を膨らませてしまえば、彼は落ち込んだ笑顔をいつもの胡乱なものに変えた。どうやら、機嫌は直ったらしい。そのことにほっとしながら彼を食卓で待つよう伝えて食事の準備に取り掛かる。
和食は一通りやっただろうか。では今日は洋食にしてみようか。くどくないものを選んで、様子を見よう。神に捧げるものなのだ、不快の一片でもあってはならない。しかし、同じものでは意味がない。本来食事の必要のない存在なのだ。愉しんでいただく娯楽として、つまらないことはできない。
包丁を握る手が、微かに震えた。畳む
#CoC #ネタバレ #シビュラ #刀木イヴリン
果たしてこれは心酔と、忠義と、愛と言えるのだろうか?
テレビ通話の向こうで、男性が話をしている。それを聞きながらイヴリンは相槌を打ち、時々質問を返した。通話画面とは別にメモアプリを立ち上げていて、聞いた内容を入力する。それを何度も繰り返す。
『では――さん、こちらを一旦二週間後までに提出してください』
「はい、わかりました。出来次第メールで送らせていただきます」
『よろしくお願いします』
簡単な挨拶だけ済ませると通話は切れた。ふう、と一息ついてすっかり冷めた珈琲を口に含む。酷く濃く、苦く、酸味がある。その上雑味がすごくて好きではない。むしろ嫌いな味だ。
けれども、雑に淹れられたそれは短時間とはいえ眠気を払ってくれるのだからしょうがない。コスパも考えるとエナジードリンクより遥かに安い。
(まさか、またこう言う業務にかかわるなんて思わなかったな)
そう思いながら、ぴしゃりと締め切られている襖に目を向けた。
*
WSSを裏切り、シビュラたちとその神々で逃げ出してからイヴリンがすぐにしたことは生活基盤を整えることだった。己の神が口を開く前に自分の戸籍の抹消行為及び身分偽造を行い、少ない元手で仮住まいを決めて、さっさと手に職をつけたのだ。前職での経験が存分に生きて表社会でも裏社会でもやっていけそうなところは弊社に感謝、と思ったのは記憶に新しい。
「禍津様、わたしは少し業務を行いますので何かあればおっしゃってくださいね」
「いいや、お前が頑張っているのなら私は邪魔にならないようにしよう。励みなさい」
他の神々とは違い、イヴリンの崇め愛する神は聞き分けがいい。彼自身、神官のイヴリン以外に興味もないようで仕事中は基本的に瞑想しているし、買い出し等も頼めば留守を預かってくれる。(イヴリンが長期間離れていたのは実験による神の観察をしていた時だけだったので、少々心配したが杞憂だった)事前に伝えれば、宅配の受け取りもしてくれた。そういう意味でも助かる。助かるが、少しだけ寂しいとも感じる。
『おや、イヴリン。そこで詰まってるんですか?』
『……なに、悪い?』
『いえいえ。しかし、困りましたねぇ。貴女のその仕事が終わらないと二人のブレイクタイムができないんですけど』
『じゃあちょっと黙っててよ。考えてるんだから』
『ふふ。あ、そうそう。ここをこうすればいいのでは?』
『へ?えっ、あ、あー……そうか、ここかぁ……』
『解決ですね。では今は切り上げて、リフレッシュついでに私とお茶でもどうです?』
『……わかったよ』
ふと脳裏に過る過去の記憶が浮かんで消える。手助けする前に絶対ちょっかいをかけてきてはイヴリンの手を止めてはヒントを落として仕事を取り上げる。今思えば根を詰めていた自分に対しての気遣いだったのだろう。
彼と彼の神の差異を見つけてはちくりと胸の奥を走る痛みに、自業自得だとひっそりとため息をついた。
*
「――リン、イヴリン」
「ッ、は、はい!」
肩に軽い振動、そして落ち着いた、ゆったりとした声。少し意識が飛んでいたのか、イヴリンは禍津の声で飛び起きた。見れば心配そうにのぞき込んでいる神の相貌が視界に飛び込んできた。一瞬、國人さんと呼び掛けて慌てて話を逸らす。
「申し訳ございません! わたし眠って、あ、お、お食事の時間でしたか!? すぐ作ります!」
「いや、慌てなくていい。いつものぱそこん…ですか。その音がしなくなったものだから気になったのだ。疲れているのだろう? 今夜は私が作りますよ」
「いやいやいやいやいや! 禍津様にそんな、家事なんてさせられません! わたしがやりますから!」
ばたばたと立ち上がりエプロンをひっつかんで支度するイヴリンに、ぽつりと言葉が落とされる。
「……私では、やはり頼りにならないか?」
振り向けば、ロザリアとの闘いで気を失って目覚めた後のような困った表情を浮かべて自分を見ている禍津がいた。困っている、というよりどこか気落ちしたような、先程まで見せていた笑みを浮かべてはいたものの、弱弱しい。それが余計に沈んでいるように見える。
ぞっとした。まずイヴリンが感じたものはそれだった。彼の心配よりも先に、自分が仕える神にそのような表情をさせてしまったという事実に恐れた。それを顔に出さないようにして、一呼吸入れてそんな自分に嫌悪する。同時に、気づかなかった自分にも。
ここで二人で暮らし始めてから、禍津には極力何もさせないようにしていた。宅配に関しては致し方なく頼みはしたが、それでもその一回切りだ。
なぜなら彼は神、自分は神官。奉仕するのが当たり前。しかしそれより平等な感情がお互いの中にあることを失念していたのだ。
少し、難儀だなぁ。そんなことを考える。
「禍津様。頼りにならないなんてそんなことはありません。立場上わたしは貴方様に、雑務をお願いできません。ただそれだけです」
「……愛し合っているのに? 体も重ね、心も通わせた。お前は私に、嬉しい言葉を言ってもくれたのに?」
「愛だけでは神と人は平等にはなりませんわ」
お互いに抱いた情愛が通ずる、というだけなのだ。自分と彼は。身の程は弁えないといけない。わかっている。ただ、元恋人の姿をしているだけの尊い存在なのだ。彼が望めども、それだけは覆らない。覆ってはならない。そのようなことはあってはならない。彼の神は彼ではない。混同してはいけない。禍津國人はもう、世界のどこにも、天国にも地獄にもいない。情愛であっても、彼と同じような愛し方ではいけない。
彼以上に尊い闇を、イヴリンは知らない。他のシビュラ達が仕える神々も素晴らしいが、ズ=チェ=クォンという存在程だとは思わない。だから、へりくだらないでほしい。わたしより上に、常にいてほしい。使ってほしい。わたしをわたしをわたしを。人間を。わたしを見てくれる。使ってくださる。それだけで十分満たされるのに、これ以上頼るなんて恐れ多い。
けれども彼は、半分人間になってしまった。なら、その部分は『刀木イヴリン』として満たさないといけない。なぜならわたしは彼のお気に入りなのだから。
「ただ……そうですね、わたしのお料理の評価をお願いしてもよろしいでしょうか? レシピを見ながらとは言え、まだ自信がないのです」
「お前の作る料理はどれもおいしいですよ」
「もうっ、それでは成長できませんわ! 禍津様のお好みだって、もっと知りたいですのに!」
そう少し頬を膨らませてしまえば、彼は落ち込んだ笑顔をいつもの胡乱なものに変えた。どうやら、機嫌は直ったらしい。そのことにほっとしながら彼を食卓で待つよう伝えて食事の準備に取り掛かる。
和食は一通りやっただろうか。では今日は洋食にしてみようか。くどくないものを選んで、様子を見よう。神に捧げるものなのだ、不快の一片でもあってはならない。しかし、同じものでは意味がない。本来食事の必要のない存在なのだ。愉しんでいただく娯楽として、つまらないことはできない。
包丁を握る手が、微かに震えた。畳む
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