基本うちよそ、自キャラの話。時系列は順不同。TRPGシナリオ・FF14メインストーリーのネタバレがある作品があります。記載しているのでご注意ください。R18タグの作品のパスワードは関連CPのどちらかの身長で開きます。
灯送御前物語の蛇足。
・少しの戦争描写
・今はロストした探索者が出ている
#創作
灯送御前物語 revival
広島県某所、八月某日。美琴はある廃村跡に来ていた。というのも元々この近くの大規模な発掘作業に来ていたのだが仲良くなった現地民の少年少女に近くに家のあとみたいなものがある、と聞いて作業の合間に訪れたのだ。主任である叔父は美琴の好奇心の強さを知っているので自分の仕事が終わったのなら言ってもいい、と許可を出している。毎度のことなので止めるのが面倒になったとも言うのだが。
生い茂る草を踏みしめて歩きながら周りを見る。なるほど、あちこちに家の基盤のようなものが辛うじて残っていた。家の原型そのものを残しているものは皆無だったが、井戸の崩れた石の山や、人工物と思しき木片が散らかっている。
ふと、その散らかり方が自然と朽ちたと言うにはあまりに飛んでいる気がして美琴は首をかしげた。しかし周りの山を見てああ、自然発火にでも襲われたのだろうかと納得する。視線の先には一部だけ不自然に剥げている山があった。
麓の方だし、なにか原因が分かるかも。そう思った美琴はそちらに足を向けた。
*
道中は木々が生い茂って薄暗さすら感じた森が、一気に明るくなる。目の前の光景に美琴は思わず息を呑んだ。遠目からだと木々が枯れているように見えていたのだが、近づくにつれ鼻に付いた匂いでそうだろうな、と予測していながらそれでも足がすくんだ。
そこだけ、草木全てが焼けて何も残っていなかった。ただ、黒ずんだ土と、むき出しになった石が転がっているだけだった。
「あちゃー・・・焼き畑にしたってやりすぎだよ・・・灰もほとんど残ってないじゃん・・・」
そこまでいってあれ?と引っかかる。焼き畑にするのならばここまで燃やす必要もないし燃えている範囲も中途半端。そもそも燃やさずとも土壌の質は良さそうだし、畑を作ろうとしたにはあまりに地面が均されていない。傾斜のままだった。
山の管理で除草した後燃やしたにしてはこれまでの道のりの草は然程刈られている様子はなかったし、何より、この近辺で焼き畑をする伝統もなかったはずだ。
眼前の不自然さに、好奇心と不気味さが同時に湧き上がる。
なんとなく何かを知らなければならない、と漠然と思い美琴は宛もなく残留物と痕跡を探し始めた。
*
それは、突然目の前に現れた。実際はずっとあったのだろうが、探していながらも何も残っていないだろうな、と決め込んでいた美琴にすれば突然現れた、という表現もあながち間違いではなく、しかしそれはそんな美琴の驚きなど知ったことではない、と言わんばかりにこじんまりとそこに鎮座していた。
崩れかけた、ささやかな・・・いや、酷くお粗末な祠だった。下で朽ちていた村の人間が何かを祀ったのだろうか、と美琴はぼんやり考えた。汗が頬を伝って地面に落ちる。滴り落ちた雫は地面に吸い込まれてすぐに消えた。
美琴は祠の前にしゃがみこんだ。調査をする前にまずすべきことがある、と背負っていたリュックから掃除道具を引っ張り出す。綺麗にしてから調べさせてくださいと祀られていたものに頼むためだ。信仰があろうとなかろうと、その土地を調べに来た自分たちは外部からの招かれざる客なのだからしっかり土地神や地元民へ誠意を見せねばならないという叔父の教えである。
崩れてしまわないようにそっと土埃払う。周り一面灰も残っていないのに崩れかけているこの祠だけが何故残っていたのだろう、と思いながらも出来る範囲で掃除する。腐って折れそうな支柱に添えるように手持ちの木材で補強し、所々石が抜けて絶妙なバランスで立っているだけの土台に適当な大きさの石をはめ込む。
「何をしている」
怒気を孕んだ声が背後からしたのはその時だ。立て付けの悪くなった戸をそっと閉めて備えるために持ってきた日本酒を片手に美琴は振り向く。しかしそこには誰もおらず、そういえば水分とってないなとどこかずれたことを考えながらまた祠へ向いて、固まった。
目に付いたのは鋭く尖った黒い何かと燃えるような赤い双眸。しかし美琴に認識できたのはそこまでで、ぶわりと熱風に煽られる。
「え?」
小さな疑問符だけを残して美琴が消えた。後には彼女が持ってきた、手頃な大きさの瓶に入った日本酒だけか弱くゆらりと中で揺れていた。
*
何処か遠くで鐘の音がする。聞きなれないのに何処か不安を煽るその音に美琴はゆっくりと振り向いて目を見張った。
赤い空に、低い家。空を蹂躙するように飛ぶ、戦闘機。
理解が追いつかないまま、その場から走り出す。ダメだ、ここにいてばダメだと本能が訴える。美琴が走り出して数分後、彼女がいた場所に鉄片が降り注いだ。
走って、走って走って走って。足場の悪い山道を駆け抜けて麓に村が見えた。よかった、人が居るのかと安心したのも束の間、どぉんと体の芯まで震わせるような轟音が襲いかかる。
なんで、と美琴のそれだけを形作ってそれ以降を言葉にすることができなかった。だって、追先ほどまで村があったじゃないか。空は赤いままだけど、それでも確かにあった。そのはずなのに。
どうして、一瞬で燃えてしまうの。
酸欠で震える足を叱咤して逃げようとする美琴の視界にちらりと人影が映った。あの人も逃げるのか、と思っていたが影は確かに燃えた村の方へ向かっている。美琴は思わず自分が逃げようとした方向とは逆に走り出していた。
「な、にやってるの!!ここは危ないから逃げなきゃ!!」
半ば悲鳴のように叫びながら美琴が腕を掴む。そして、掴んだことを後悔した。
爛々と赤く光る目。それだけなら自分も同じようなものだと流しただろう。しかし美琴の視線はその人の頭上に釘付けになった。ひゅ、と喉が抜けた音を出す。それは、人間の頭には到底ないものだった。
黒い角が二本。禍々しく生えたそれに掴んだ腕すら離せない。赤い目がゆっくりと美琴を睥睨し、そして。
荒々しく頭を掴まれる。その瞬間美琴が見たものは、自分の頭を掴む鬼の背後、村の全てが火に呑まれるところだった。
*
は、と勢いよく目を開ける。視界に飛び込んできたのは不自然なほど開けた空だった。がばりと状態を起こして周りを見る。自分が足を踏み入れた焼け野原だった。
焼けた村も、鬼もいない。その事実に息をつきかけて、呑み込む。自分が持ってきた日本酒の瓶が溶けていた。中身はなくなっていたため最初こそここに捨てられたものだと思ったが、溶けていない瓶に薄ら白い跡が残っていた。恐らく蒸発したのだろうと判断できて、中身は確かにあったと再認識。時計を見れば10分も立っていない。
薄ら寒さを感じて美琴は慌てて立ち上がる。反射的に溶けてしまった瓶を処理したのは身に付いた習慣からだった。何も考えずにその場を立ち去ろうとして、ふと足元でかさりと音がしたのに気が付いた。
土が付着し所々焦げた一冊の書物だった。
おかしい、確かにこんなもの今までなかったはずだ。理解の追いつかない現象に軽く混乱する。しかし、美琴はこれが危険なものだとは思えなかった。見なくてはならない、そんな気持ちにすらなる。恐怖と好奇心が天秤にかけられる。
逡巡して、それを手にとった。警鐘はならない。安全だと信じたわけではないが少なくとも手に取ってどうこうなる代物ではない。なんとなくそう思った。紐で閉じられた書物の表紙についた土を払い落として、美琴は目を丸くする。
「・・・ひおくりごぜん・・・書留帳?」
*
取っていた宿で拾った書物をぱらぱらとめくっていく。内容は恐らくあの燃えた村の伝承だろうと推測していたがそれよりももっと簡易的な、日記のようなものだった。
曰く、あの村には鬼がいたらしい。それだけ聞くと村に伝わる警告のような伝承なのだろうかと思ったがそれにしては鬼の様子があまりに詳しく描かれ過ぎている。容姿も、性格も、口調も何もかもがまるで実際鬼と話したように描写されている。最初の方のページは鬼を警戒するような内容が徐々に鬼と送る日々を楽しむようなものに変化している。日記の持ち主だけでなく、村人全員が鬼を歓迎するようになっていた。賑やかで騒々しくて、けれども穏やかで優しい日々を彼らは過ごしていたのだろう。
気付けば美琴は泣いていた。何に対しての涙なのか自分にもわからないまま。ただ、ひどく切なかった。自分が見つけるまで誰も気づかれず静かに埋もれていた名も無い村の伝承を見つけた喜びと、そっとしておくべきだったのではないかという後悔が綯交ぜになる。
やがて、美琴は涙を吹いて部屋を飛び出した。
*
次の日、美琴は崩れかけた祠の前に立っていた。手には新品の木材や簡単な金具、持ち運べる程度の工具が握られている。何処か張り詰めた空気を振り払うように両手で自分の頬を勢いよく叩いて作業に取り掛かった。
寸法を測って糸鋸で木材を切っては少しずつ祠の形を整えていく。木材で祠を、石で土台を作り上げ中に祀られていた小さな提灯を壊さないように祀り直す。
やがて簡易ながらも真新しくなった祠に美琴は大きく息をついた。ニスも塗ったので多少の雨なら大丈夫だろう。頬を伝い顎から滴り落ちる汗を雑に拭うと美琴はそこに花と酒を備えた。
酒は恐らく、この祠の主であろう鬼への労わりで。花は、あの生々しい白昼夢で見た、村人への弔いへ。そして一瞬逡巡した後、あの日記も祠へ置いた。
学者としては非常に貴重で、恐らく誰も知らない伝承の記された資料だろう。正直喉から手が出るほど欲しいと思ったが、なんとなくそれをするのは憚られた。結局学者としてより美琴個人の感情から、祠の主へ返すことにしたのだ。自己満足である。それでもいいと美琴は思う。
「・・・まあ、そっとしておいたほうがいいこともあるよね」
小さく笑って美琴は踵を返す。燦々と降り注ぐ真夏の日差しの中、彼女の背中を見つめる赤い双眸に、美琴は最後まで気付かなかった。
*
一週間ぶりの自宅の鍵を開けて中に入る。途中予定外の労働も入ったおかげで飛行機の中で熟睡してしまい叔父に笑われたのは記憶に新しい。変なところが筋肉痛になった、と独り言ちて部屋に入り、凍りついた。
おいてきたはずの日記と、そして見覚えのない書物が数冊、ベッドの上に無造作に置かれていた。なんで、おいてきたのにと口は形を作るが喉が凍りついて音にならない。
震える手で置いてきた日記をぱらりとめくる。内容も字も、そっくりそのまま自分が見たものだった。敗れている箇所も、誤字を訂正した部分も全てそのままで、贋作ではないことをそのまま表している。
しかし最後のページをみて、美琴は目を見開いた。
「持っていけ。好きにしろ」
明らかに書きたされた朱色の墨汁で一言そう書いてあった。年代もパッと見た限り日記の墨汁よりも新しい。慌ててほかの書物も開いていく。内容はよく似たものだったがどれもこれも穏やかで賑やかな暖かい日常を綴ったものだった。目を通していくうちに美琴は笑い出したい衝動に駆られていく。
(すごい淋しがりじゃない、この鬼)
本来ならもっと怖がるべきなのだろう。しかしどうしたってこの書物たちからは鬼の内情がありありと描かれていて想像すればするほど淋しがり屋である、という結論にしか至らなかったのだ。白昼夢で見たあの恐ろしい目はきっと、村が燃えてしまって悲しかったのだと今更気が付いた。
ひとしきり笑って、美琴は鞄からノートパソコンを引っ張り出す。文献として発表するには資料が足りないし、この書物だけでは歴史的資料として物量が足りない。恐らく、誰も手に取らないだろう。そう、学者ならば。
だったら、物語にしてやればいいと美琴は指を踊らせ始めた。
まっさらなデータの一行目。タイトルは『灯送御前物語』畳む
・少しの戦争描写
・今はロストした探索者が出ている
#創作
灯送御前物語 revival
広島県某所、八月某日。美琴はある廃村跡に来ていた。というのも元々この近くの大規模な発掘作業に来ていたのだが仲良くなった現地民の少年少女に近くに家のあとみたいなものがある、と聞いて作業の合間に訪れたのだ。主任である叔父は美琴の好奇心の強さを知っているので自分の仕事が終わったのなら言ってもいい、と許可を出している。毎度のことなので止めるのが面倒になったとも言うのだが。
生い茂る草を踏みしめて歩きながら周りを見る。なるほど、あちこちに家の基盤のようなものが辛うじて残っていた。家の原型そのものを残しているものは皆無だったが、井戸の崩れた石の山や、人工物と思しき木片が散らかっている。
ふと、その散らかり方が自然と朽ちたと言うにはあまりに飛んでいる気がして美琴は首をかしげた。しかし周りの山を見てああ、自然発火にでも襲われたのだろうかと納得する。視線の先には一部だけ不自然に剥げている山があった。
麓の方だし、なにか原因が分かるかも。そう思った美琴はそちらに足を向けた。
*
道中は木々が生い茂って薄暗さすら感じた森が、一気に明るくなる。目の前の光景に美琴は思わず息を呑んだ。遠目からだと木々が枯れているように見えていたのだが、近づくにつれ鼻に付いた匂いでそうだろうな、と予測していながらそれでも足がすくんだ。
そこだけ、草木全てが焼けて何も残っていなかった。ただ、黒ずんだ土と、むき出しになった石が転がっているだけだった。
「あちゃー・・・焼き畑にしたってやりすぎだよ・・・灰もほとんど残ってないじゃん・・・」
そこまでいってあれ?と引っかかる。焼き畑にするのならばここまで燃やす必要もないし燃えている範囲も中途半端。そもそも燃やさずとも土壌の質は良さそうだし、畑を作ろうとしたにはあまりに地面が均されていない。傾斜のままだった。
山の管理で除草した後燃やしたにしてはこれまでの道のりの草は然程刈られている様子はなかったし、何より、この近辺で焼き畑をする伝統もなかったはずだ。
眼前の不自然さに、好奇心と不気味さが同時に湧き上がる。
なんとなく何かを知らなければならない、と漠然と思い美琴は宛もなく残留物と痕跡を探し始めた。
*
それは、突然目の前に現れた。実際はずっとあったのだろうが、探していながらも何も残っていないだろうな、と決め込んでいた美琴にすれば突然現れた、という表現もあながち間違いではなく、しかしそれはそんな美琴の驚きなど知ったことではない、と言わんばかりにこじんまりとそこに鎮座していた。
崩れかけた、ささやかな・・・いや、酷くお粗末な祠だった。下で朽ちていた村の人間が何かを祀ったのだろうか、と美琴はぼんやり考えた。汗が頬を伝って地面に落ちる。滴り落ちた雫は地面に吸い込まれてすぐに消えた。
美琴は祠の前にしゃがみこんだ。調査をする前にまずすべきことがある、と背負っていたリュックから掃除道具を引っ張り出す。綺麗にしてから調べさせてくださいと祀られていたものに頼むためだ。信仰があろうとなかろうと、その土地を調べに来た自分たちは外部からの招かれざる客なのだからしっかり土地神や地元民へ誠意を見せねばならないという叔父の教えである。
崩れてしまわないようにそっと土埃払う。周り一面灰も残っていないのに崩れかけているこの祠だけが何故残っていたのだろう、と思いながらも出来る範囲で掃除する。腐って折れそうな支柱に添えるように手持ちの木材で補強し、所々石が抜けて絶妙なバランスで立っているだけの土台に適当な大きさの石をはめ込む。
「何をしている」
怒気を孕んだ声が背後からしたのはその時だ。立て付けの悪くなった戸をそっと閉めて備えるために持ってきた日本酒を片手に美琴は振り向く。しかしそこには誰もおらず、そういえば水分とってないなとどこかずれたことを考えながらまた祠へ向いて、固まった。
目に付いたのは鋭く尖った黒い何かと燃えるような赤い双眸。しかし美琴に認識できたのはそこまでで、ぶわりと熱風に煽られる。
「え?」
小さな疑問符だけを残して美琴が消えた。後には彼女が持ってきた、手頃な大きさの瓶に入った日本酒だけか弱くゆらりと中で揺れていた。
*
何処か遠くで鐘の音がする。聞きなれないのに何処か不安を煽るその音に美琴はゆっくりと振り向いて目を見張った。
赤い空に、低い家。空を蹂躙するように飛ぶ、戦闘機。
理解が追いつかないまま、その場から走り出す。ダメだ、ここにいてばダメだと本能が訴える。美琴が走り出して数分後、彼女がいた場所に鉄片が降り注いだ。
走って、走って走って走って。足場の悪い山道を駆け抜けて麓に村が見えた。よかった、人が居るのかと安心したのも束の間、どぉんと体の芯まで震わせるような轟音が襲いかかる。
なんで、と美琴のそれだけを形作ってそれ以降を言葉にすることができなかった。だって、追先ほどまで村があったじゃないか。空は赤いままだけど、それでも確かにあった。そのはずなのに。
どうして、一瞬で燃えてしまうの。
酸欠で震える足を叱咤して逃げようとする美琴の視界にちらりと人影が映った。あの人も逃げるのか、と思っていたが影は確かに燃えた村の方へ向かっている。美琴は思わず自分が逃げようとした方向とは逆に走り出していた。
「な、にやってるの!!ここは危ないから逃げなきゃ!!」
半ば悲鳴のように叫びながら美琴が腕を掴む。そして、掴んだことを後悔した。
爛々と赤く光る目。それだけなら自分も同じようなものだと流しただろう。しかし美琴の視線はその人の頭上に釘付けになった。ひゅ、と喉が抜けた音を出す。それは、人間の頭には到底ないものだった。
黒い角が二本。禍々しく生えたそれに掴んだ腕すら離せない。赤い目がゆっくりと美琴を睥睨し、そして。
荒々しく頭を掴まれる。その瞬間美琴が見たものは、自分の頭を掴む鬼の背後、村の全てが火に呑まれるところだった。
*
は、と勢いよく目を開ける。視界に飛び込んできたのは不自然なほど開けた空だった。がばりと状態を起こして周りを見る。自分が足を踏み入れた焼け野原だった。
焼けた村も、鬼もいない。その事実に息をつきかけて、呑み込む。自分が持ってきた日本酒の瓶が溶けていた。中身はなくなっていたため最初こそここに捨てられたものだと思ったが、溶けていない瓶に薄ら白い跡が残っていた。恐らく蒸発したのだろうと判断できて、中身は確かにあったと再認識。時計を見れば10分も立っていない。
薄ら寒さを感じて美琴は慌てて立ち上がる。反射的に溶けてしまった瓶を処理したのは身に付いた習慣からだった。何も考えずにその場を立ち去ろうとして、ふと足元でかさりと音がしたのに気が付いた。
土が付着し所々焦げた一冊の書物だった。
おかしい、確かにこんなもの今までなかったはずだ。理解の追いつかない現象に軽く混乱する。しかし、美琴はこれが危険なものだとは思えなかった。見なくてはならない、そんな気持ちにすらなる。恐怖と好奇心が天秤にかけられる。
逡巡して、それを手にとった。警鐘はならない。安全だと信じたわけではないが少なくとも手に取ってどうこうなる代物ではない。なんとなくそう思った。紐で閉じられた書物の表紙についた土を払い落として、美琴は目を丸くする。
「・・・ひおくりごぜん・・・書留帳?」
*
取っていた宿で拾った書物をぱらぱらとめくっていく。内容は恐らくあの燃えた村の伝承だろうと推測していたがそれよりももっと簡易的な、日記のようなものだった。
曰く、あの村には鬼がいたらしい。それだけ聞くと村に伝わる警告のような伝承なのだろうかと思ったがそれにしては鬼の様子があまりに詳しく描かれ過ぎている。容姿も、性格も、口調も何もかもがまるで実際鬼と話したように描写されている。最初の方のページは鬼を警戒するような内容が徐々に鬼と送る日々を楽しむようなものに変化している。日記の持ち主だけでなく、村人全員が鬼を歓迎するようになっていた。賑やかで騒々しくて、けれども穏やかで優しい日々を彼らは過ごしていたのだろう。
気付けば美琴は泣いていた。何に対しての涙なのか自分にもわからないまま。ただ、ひどく切なかった。自分が見つけるまで誰も気づかれず静かに埋もれていた名も無い村の伝承を見つけた喜びと、そっとしておくべきだったのではないかという後悔が綯交ぜになる。
やがて、美琴は涙を吹いて部屋を飛び出した。
*
次の日、美琴は崩れかけた祠の前に立っていた。手には新品の木材や簡単な金具、持ち運べる程度の工具が握られている。何処か張り詰めた空気を振り払うように両手で自分の頬を勢いよく叩いて作業に取り掛かった。
寸法を測って糸鋸で木材を切っては少しずつ祠の形を整えていく。木材で祠を、石で土台を作り上げ中に祀られていた小さな提灯を壊さないように祀り直す。
やがて簡易ながらも真新しくなった祠に美琴は大きく息をついた。ニスも塗ったので多少の雨なら大丈夫だろう。頬を伝い顎から滴り落ちる汗を雑に拭うと美琴はそこに花と酒を備えた。
酒は恐らく、この祠の主であろう鬼への労わりで。花は、あの生々しい白昼夢で見た、村人への弔いへ。そして一瞬逡巡した後、あの日記も祠へ置いた。
学者としては非常に貴重で、恐らく誰も知らない伝承の記された資料だろう。正直喉から手が出るほど欲しいと思ったが、なんとなくそれをするのは憚られた。結局学者としてより美琴個人の感情から、祠の主へ返すことにしたのだ。自己満足である。それでもいいと美琴は思う。
「・・・まあ、そっとしておいたほうがいいこともあるよね」
小さく笑って美琴は踵を返す。燦々と降り注ぐ真夏の日差しの中、彼女の背中を見つめる赤い双眸に、美琴は最後まで気付かなかった。
*
一週間ぶりの自宅の鍵を開けて中に入る。途中予定外の労働も入ったおかげで飛行機の中で熟睡してしまい叔父に笑われたのは記憶に新しい。変なところが筋肉痛になった、と独り言ちて部屋に入り、凍りついた。
おいてきたはずの日記と、そして見覚えのない書物が数冊、ベッドの上に無造作に置かれていた。なんで、おいてきたのにと口は形を作るが喉が凍りついて音にならない。
震える手で置いてきた日記をぱらりとめくる。内容も字も、そっくりそのまま自分が見たものだった。敗れている箇所も、誤字を訂正した部分も全てそのままで、贋作ではないことをそのまま表している。
しかし最後のページをみて、美琴は目を見開いた。
「持っていけ。好きにしろ」
明らかに書きたされた朱色の墨汁で一言そう書いてあった。年代もパッと見た限り日記の墨汁よりも新しい。慌ててほかの書物も開いていく。内容はよく似たものだったがどれもこれも穏やかで賑やかな暖かい日常を綴ったものだった。目を通していくうちに美琴は笑い出したい衝動に駆られていく。
(すごい淋しがりじゃない、この鬼)
本来ならもっと怖がるべきなのだろう。しかしどうしたってこの書物たちからは鬼の内情がありありと描かれていて想像すればするほど淋しがり屋である、という結論にしか至らなかったのだ。白昼夢で見たあの恐ろしい目はきっと、村が燃えてしまって悲しかったのだと今更気が付いた。
ひとしきり笑って、美琴は鞄からノートパソコンを引っ張り出す。文献として発表するには資料が足りないし、この書物だけでは歴史的資料として物量が足りない。恐らく、誰も手に取らないだろう。そう、学者ならば。
だったら、物語にしてやればいいと美琴は指を踊らせ始めた。
まっさらなデータの一行目。タイトルは『灯送御前物語』畳む
短編創作。おおらかな鬼の話。
#創作
灯送御前物語
昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。
ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。
しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。
鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。
ところが。
その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。
村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。
ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。
「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」
まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。
この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。
村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。
鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。
「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」
呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。
山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。
やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。
ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。
しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。
「でてこい!迎えがきたぞう!」
その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。
洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。
「なんで・・・」
「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」
鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
鬼が次の日、また村へやってきました。
経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。
「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」
「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」
「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」
こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。
しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。
「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」
遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。
「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」
「は?」
必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。
「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」
「ひっ!?」
「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」
「で、では生贄を・・・?」
「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」
村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。
そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。
「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」
雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。
やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。
「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」
「な、なんでしょうか鬼様!!」
あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。
「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」
「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」
「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」
その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。
とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。
『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』
雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。
全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。
「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」
「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」
そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。
「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」
村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。
「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」
いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。
「では皆々様方、お手元の提灯を」
言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。
ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。
ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。
やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。
ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。
その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。
「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」
鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。
村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。
この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。
黄泉之灯送御前。親しみを込めて、おくり様、と。
今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む
#創作
灯送御前物語
昔々、あるところにそれは恐ろしい人喰い鬼がおりました。その鬼は山を縄張りにし旅人を襲い死体を貪るが故に村人だけではなく旅の商人にも恐れられておりました。
ある日、村の子供たちがこっそり山へ遊びにいきました。村の大人たちが「山は危険だ。鬼に食われるぞ」と言っていたので肝試しを思いついたのです。
しかし大人たちが言っていたような鬼は出てこず、なぁんだと子供たちはがっかりします。何事もなく村へ帰りました。
鬼がいないとわかった子供たちは毎日のように山へこっそり遊びに行きます。山にはたくさん、美味しいものや楽しいものがあることがわかったからです。大人たちにはわからない山への抜け道を使いますから、ばれずに毎日楽しく探検をしておりました。
ところが。
その日は雨が降りました。ぬかるんだ山道は大変滑りやすく、大人の足でも大変歩きづらいですから、子供たちがその道を歩くのは至極困難なことになります。突然の大雨だったこともございましたので、大人たちが子供たちの不在に気づいたのは雨が少々弱まった逢魔ヶ刻でした。
村は忽ち大騒ぎとなりました。探しに行こうにも既に薄暗く、弱くなったとは言え雨は降り続いていたのですから、大の大人でも山に入るのは二の足を踏んでしまいます。
ああ、だめかもしれない。鬼がいるから助けなくてはいけないのに。大人たちが嘆いていると、家屋の外から大きな声が聞こえました。
「おおうい、誰か!誰かいないのかあ!」
まるで、雷様のような、とてもとても大きな声でした。男の人よりも高く、女の人よりも低い、どちらともつかない不思議な声でした。村の男たちが家から出ると、腰を抜かして尻餅をつきます。
この村の誰よりも大きな体に、頭のてっぺんから半分ずつほど色の違う髪の毛。着物は不思議な形をしておりこの国のものではないような細やかで美しい反物で拵えておりまして、その着物に負けない程、目を見張るような美しい女人がそこにはおりました――頭に二本、禍々しく生えた角さえなければ。
村人たちは恐れおののきました。きっと、子供たちが山へ行ってしまったのだろうと。鬼がいかり、村を襲いに来たのだろう、と。勇ましい若い衆が鍬や鋤を鬼に向けますが、何もしていないのに持ち手がすぱん、と切れて使えなくなってしまいました。
鬼が、尻餅をついて動けない男の前に進み出て、目を合わせます。ひっ、と言葉がでない男を指差して鮮やかな紅で彩った唇で言いました。
「お前と、お前。そしてそこの二人だな。来い」
呼ばれた男たちは揃って固まりついてしまいます。無造作に選ばれた自分たちがどうなるのか分からず震え上がり、また自分の息子や主人が選ばれてしまった女は泣き崩れます。そんな人間の事情など知ったことか、と鬼は男たちを連れて行ってしまいました。
山へ連れて行かれた男たちはみなが暗い顔をして鬼の後ろを歩きます。途中で逃げ出そうとしましたが、そのたびに鬼が「離れるな」と振り向きもせず言うのですから逃げられなかったのです。
やがて冷えた空気を吐き出す洞窟の前まで連れて行かれました。奥が全く見えない程暗い、ぽっかりと口を開けた洞窟に男たちは震え上がります。
ああ、あの中で自分たちは食われるのだろうか。慰みのように裂かれてしまうのだろうか。そのような考えばかりが頭をよぎります。
しかし鬼は男たちを洞窟へ入れることはしませんでした。代わりに手を二回打ち鳴らしてまた大きな声を上げたのです。
「でてこい!迎えがきたぞう!」
その言葉の意味が理解できなかった男たちは、目を疑いました。
洞窟から、泥だらけになった子供たちがわっと出てきたのです。どうしても信じられなくて、男が鬼を見ました。
「なんで・・・」
「? お前たちの村の子だろう?違ったか?」
鬼がきょとり、としながら首をかしげてそう言いました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
鬼が次の日、また村へやってきました。
経緯と致しましては恐ろしい風貌でありましたが、男と子供達を傷一つ付けることなく、また帰り道で襲ってきた熊を倒して村へ贈った鬼を、最初村のみんなが恐ろしいと口々に言っておりました。しかし帰ってきた子供たちの話を聞いて、しばらく様子を見ようということになったのです。
「あのねえ!おにさんがあめでぬれたおらたちをあったかいかぜであっためてくれたんだ!」
「おなかがすいてぐうってなったの!そしたらね、ほしがきをくれたんだよ!」
「あめがよわくなるまでたくさんおはなしをきいたの!とおいみやこのおはなしもしってたんだ!」
こんなことを言われて、また自分の目で熊から自分たちを守ったのを見た男たちの意見でむやみに追い払うよりそっとしておこうという話になったのです。ですが、お礼がしたいと子供たちが口々に言うので、村で出せる分のお供え物を山の麓へ置きました。
しかし、次の日。鬼が村の前でお供え物を持って立っていたのです。子供たちが彼女(鬼に女人であるか男人であるか、当て嵌るのかはさておいて)へ近づくと鬼は困った顔をしたそうです。
「あのなぁ、わしこんなのいらんのじゃが」
遠くで確かにそう聞いた村人は、すぐさま村長へ知らせに行きました。自分の息子を迎えに出し、鬼を家へ招いて村長は頭を深く下げます。
「もうしわけございませぬ、あなた様のこのみにあわなかったのでしょう。しかし、人を、村を襲うのだけはゆるしては・・・」
「は?」
必死に許しを請う村長に、鬼は口をぽかんとあけて驚きました。それもそのはず、彼女は村を襲うつもりなんて全くなかったのです。これは教えてやらねばな、と鬼は言いました。
「別にわし、ここ襲うつもりぜっぜんないんだケド。人食いとか言いふらしてる奴はいるけど基本的に死体しか食わんぞ。生きてるもん食ったときに腹下したからの」
「ひっ!?」
「いやだから若気のいたりじゃって。そりゃあの供えモン全部くってお前らが餓死すりゃわしの食い物増えるよ?ケドなぁ、わし少食なんじゃよ。ばたばた死なれたら食いきれんし腐ってしまうのも構わんし」
「で、では生贄を・・・?」
「だーかーらー!そんなんいらんという話がしたいんじゃってば!話をきかんかお前は!あと誰が人間の死体だけなんて話をしたか!動物も死ねば死体じゃろうが!・・・ったく、話を戻すぞ。とにかく危害を加えるつもりは全くないし供えもんが欲しいわけでもない。今後も今までどおり普通に生きていけばよいわ。わしも山で好きに生きとるからの」
村長も、背後で頭を下げていた息子も思わず下げていた頭を上げて、鬼を見ます。鬼はにっ、と口元を上げて笑っていたのです。どこか不敵だというのにその目はどこまでも慈悲深く優しい赤色をしておりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
その日から、鬼と村の不思議な関わりが始まりました。鬼が山へ降りてくることもあれば、村人が山へ足を踏み入れることもありました。村へ鬼が来ればみなが炊き出しを持ち寄って飯を食いながら鬼に村での出来事を語り、山へ人が来れば鬼が安全な道や役に立つものを教える。お互いの住処を行き来しているというのにそこには間違いなくお互いを敬う気持ちがあったのです。次第に村の者たちは彼女が来るのを心待ちにするようになり、また口にはしませんでしたが、鬼も村の者たちを大切に思うようになりました。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
ある年、村で疫病が流行りだしました。一度かかってしまうと村の薬師にはどうすることもできず、次々へ村人が倒れていきました。隣の村へ行こうにも四方を山に囲われたこの村から人を出すこともできず、病に伏せる村の者に村長は心を痛めるばかりでした。
そんな時でした。いつもの年より静かな夜に、突然山から大量の草を担いだ鬼が駆け下りてきたのです。そして薬師をたたき起こし、こう言いました。
「これ!!あった!!これじゃよ!!これ!!早く煎じんかバカタレ!!気を落として呆ける時ではないぞ!!」
雷様のような声をあげながら、薬師を使い、また自身も草を煎じます。やがて大量に出来上がったものを村の家一つ一つを訪ね歩いて病で苦しむ村の人へ飲ませたのです。
やがて、病は徐々に落ち着いてきました。数日感つきっきりだった鬼は朝も早くに村長の家の戸を叩きます。
「おおうい村長!!むーらーおーさー!!ちょっと話があるんじゃが起きとるかぁ!?」
「な、なんでしょうか鬼様!!」
あまりの大きな声にたまらないと飛び出してきた村長の胸ぐらを引っつかみ、乱暴にがくんがくんと揺らしながら鬼は聞きました。
「お前の村は土葬だったな!?墓はどこじゃ!!」
「どそ、っ?墓っ?え、ええっ!?まさか、鬼様・・・村の者を・・・!?」
「食わんわバカタレ!!何ゆえ貴様らの先祖の亡骸を喰らわねばならんのじゃ!!違うそうじゃないっちゅーの!!いいから言わんか!!」
その迫力に思わず村長は村の墓の場所を指で差し教えました。すると嵐のように鬼がそちらへすっ飛んでいきます。一体何だったんだ、と村長は腰を抜かすほかありませんでした。
とっぷりとお日様の沈んだその夜、聞き慣れた声が村全体に響き渡りました。
『全員!!!!火の点いていない提灯を持って墓に集合じゃあ!!!!!ちなみにこっそりみなの家に置いたからの!!!!もっとらん奴はお仕置きじゃあ!!!!!!』
雷様のような声が山中に木霊します。寝入っていた老婆すらも飛び起きるほどの声とその言葉に首をかしげながらもいつの間にか家に置かれた提灯を手にぞろぞろと村はずれの墓地へ集まります。
全員が集まった頃、ひょっこりと鬼が姿を現しました。先頭に立っていた村長が不思議そうに鬼を見て聞きます。
「おにさま、このような夜更けにどうされたのでしょう?」
「うむ、此度の流行病の原因をお前たちに伝えるのと、あとちょっと大事なことをするのでみなにしかと見て欲しくての」
そう言うと鬼は赤い目を村の者たちへ向けました。少々眠たげにしていた村の者たちはすっと背筋を伸ばします。きっと、大切なことをお伝えになられるに違いない。だっていつもたくさんの心を映す赤色が、とても美しく輝いていたのですから。
「この村は、死者を棺桶に入れそのまま埋めるな?此度はその骸から雑菌・・・いや瘴気だな。悪い気が流れ出してみなを苦しめる病になったのだ。故にこの骸を焼く」
村の人はどよめきました。故人の亡骸をまた燃やすなど、と憤る人もいました。それでも鬼はよく通る声で話し続けます。
「罰当たりだと思うじゃろうが、わしはそれでもお前たちの無事のが大事なんじゃ。理解せよとは言わぬ、許せとも言わぬ。罰するならば好きにせい」
いつもの雷様のような声ではありませんでした。静かな森を思わせるような、透き通る声でした。しん、と村人の声が消えました。鬼はひとつ、息をついて赤い目を村のみなへと向けた後、頭を下げたのです。
「では皆々様方、お手元の提灯を」
言われるままにみな、提灯を掲げます。それを見た鬼はくるりと墓場へ向いて手を伸ばしました。
ぽう、と光ったのは彼女の手なのでしょうか。それはやがて打ち立てられた卒塔婆へ移り鮮やかな炎を灯したのです。
ぽう、ぽうと、いくつも、いくつも炎が灯ります。怪談で聞くような人魂ではなく、ただ、優しく穏やかに煌めいて闇夜をまろく照らします。
やがて卒塔婆に灯った炎は地面を覆い尽くしました。ああ、燃えている。そういったのは誰なのでしょう。苛烈さはなく、ひたすらに凪いだ炎でした。
ふ、と暗闇が炎を飲み込みます。突然消えた炎に村の人たちが声を上げようとして、ふわりと手元の提灯が優しく灯ります。
その光は赤い色でした。青い色でした。黄の色でした。緑の色、白い色、様々な色でした。大も小もありました。消え入りそうなものから強く輝くものも。
「もうよいじゃろう?憂いは晴らしたし、願いは叶えた。黄泉へ渡り、継ぎの世へ思いを馳せるがよいわ」
鬼は優しくそう告げる。ふっ、と提灯の光は消えて、変わりに朝日が差し込んでおりました。
村人たちは言いました。鬼が、ご先祖様の魂を導いたのを確かに見た、と。
この日から、鬼は彼らの葬儀へ立ち会うようになりました。今生の餞と来世への幸福を祈って空へ灯を送る。その姿に村の人々は彼女に感謝と親愛を込めてこう呼ぶようになりました。
黄泉之灯送御前。親しみを込めて、おくり様、と。
今は何もない山の奥。ひっそり朽ちた小さな祠。その祠の主の、お話です。畳む
#FF14 #うちよそ
互いの硬さ
「ねえねえアベル」
酷く弾んだ声がアベルの角を震わせる。ゆっくり振り返れば満面の笑みのニコラスが期待を隠さずアベルを見ていた。ああ、かわいい。思わず口に出そうになったのを飲み込んでどうした、とぎこちなく笑みを返して返事をする。アベルの下手くそな笑みを馬鹿にせず更ににこー、となんとも緩い音が聞こえそうな笑顔を返してくるニコラスに不器用な心臓が高鳴りっぱなしだ。
「あのねえ、アジムステップで聞いたんだけどあそこのゼラの人たちは、大好きを角をくっつけて伝えるんだって。アベルは知ってたの?」
「? そうなのか?」
「知らないの?」
二人してきょとんと呆ける。アウラ・レンのニコラスが知らないのはともかくとして(同一種族とは言えレンとゼラでは大きく文化が違うのだ)アウラ・ゼラのアベルが知らないのはなんともおかしな話だ。その意味合いを読み取ったのか特に気にすることもなくああ、と手元のグラスを回しながらアベルが口を開く。
「俺の一族は特殊なんだ。主な種族がアウラ・ゼラってだけで他種族からも大勢が混ざってる移動民族だったし」
「そう言えばそうだよね。私の故郷にも年に3回くらいしかこなかったし」
「だろ?色々変わった種族だったって未だに仕事先で言われるんだ・・・それは置いといて、その中でアウラ・ゼラの特性だけが飛び出してたら他の種族の住民がなじまないかも、っていう理由で色々なくなった風習もあるんだ。それは他種族も同じでミコッテ族の命名規則とかそういったものも含めてな。多分その角をくっつける、って言う奴もなくなった風習の一つなのかもしれないなぁ」
当然新しくできた風習もあるみたいだけど、とアベルはくいとグラスを傾ける。お昼からお酒?とニコラスに顔を顰められて残念普通のジュースだと苦笑で返す。ついでに手元のグラスをニコラスに渡せばアベルの手からちびりと飲んで酒気がないのがわかったのかそのまま飲み始める。
ああ、かわいい。今日何度目かわからない感嘆にアベルの頬が緩む。いつものさわがしいFCハウスの喧騒も悪くはない・・・いやかなり疲れるので御免被りたいな、と思い直す。それはさておき、ニコラスと過ごす穏やかな時間が酷く愛おしいと思う。
恋焦がれて気が狂いそうになったこともある。嫉妬や欲望に荒れ狂ったこともある。二度と会えないかもしれないと、絶望したことさえあった。今でもたまにそうなりそうなことはあって、けれどもニコラスが飛び込んできてくれるから凶悪は衝動は今でもなりを潜めていてくれるのだ。
本当に、好きだなぁ。口には出さず、膝の上へ座ったニコラスの髪をそっと梳く。お世辞にも手入れが行き届いたとは言えないその髪が好きだ。日焼けしてほんの少し指先に引っかかるのがとても彼女らしくて、好きだ。
「ねえアベル」
いつの間にかアベルの手からグラスをもぎ取ってジュースを飲み干していたニコラスが好奇心で輝かせた瞳をアベルに向けていた。なんとなく言いたいことがわかった気がして苦笑する。それでもきちんと思ったことは口に出して伝えたいニコラスだ、きっと理解したことはわかった上で告げてくるのだろう。
「ちゅーもいいんだけど・・・角、くっつけてみない?」
好きを伝える種類は多い方が素敵でしょう?そう言って立ち上がって、座り込んでいるアベルの両頬を手で挟み込む。鱗を撫でる手が心地いい。アベルのそれより小さくて、けれどもたこができているその手が好きだ。その手に自分の手を重ねながらニコラスを見上げる。
「いいぞ。でもあんまり勢いよくしないようにな?俺の角硬いんだから、ニコの角が欠ける」
「わかってるよ!じゃあ失礼しまーす」
元気のいい声に苦笑する。こつ、と宛てがわれた音が角に響いて脳へ伝える。この風習が伝えられていなかったなのもあるが、他人とこうやって角を合わせるのは初めてだなとぼんやり考えた。
その思考は、脳に直に響くような音で吹き飛んだのだが。
「ッ!?」
「ひゃあっ!?」
ニコラスが擦り合わせた側の角を抑えながら飛び退いた。相当驚いたのだろう、尻尾の鱗が逆だって尻尾自体もびんと立ち上がってしまっている。それはアベルも同じで全身の鱗が逆だった。心臓がバクバクと全力疾走している。
響いた音自体はよく聞くような在り来たりな摩擦音だった。それが脳内に響いた瞬間なんとも言えない感覚が過って気が付けばぞわりと身体が粟立った。愛情表現なんて生易しいものではなかった。一気に劣情を煽るような、そんな感触だった。
それはどうもニコラスもおなじだったらしい。顔を真っ赤に染めて口をはくはくとうごかしていた。きっと間違いなく、アベルも同じ顔をしているのだろうけれども。
「こ、これっ、だめだね!びっくりしちゃった!あは、あははは・・・」
言い出しっぺだからか引き攣った笑みを浮かべながら乾いた声を出すニコラスにアベルは近寄ってしゃがみこむ。未だに角を抑えていたニコラスの腕を引っ張って、無防備になったその角に唇を近づけた。
「あ、べる?」
「明日、ニコラスは休暇だったか?」
「・・・そ、うだよ・・・アベルも?」
「いや、長期依頼が入ってる」
上擦ったニコラスの声がえぇ、と驚愕に変わる。しかしアベルはそれどころではなかった。明日のことなどもうどうでもよくて、今はただ目の前の愛おしい女の事しか見えていないしかんがえていない。彼女が関わるとなりふり構わなくなると知っているのは果たして何人くらいなのだろうか。なにせ、本人にも自覚がないことなのだから。
「明日なんて知らない。なあ、ニコラス」
「・・・な、に?」
「今夜、抱くから空けておいてくれ」
日が沈むまでは耐えるから。それだけ言うとアベルは足早に家を出て行った。ああは言ったが恐らく明日の準備でもしに行ったのだろう。その背中を見送ってニコラスは暫く座り込んだまま立ち上がれなかった。別にご無沙汰という訳ではない。ただいつだってニコラスを求めてくるときのアベルはいいか?といつだってニコラスの返事を待っている。
あんなにストレートに求めてきて、ニコラスの答えを聞かなかったのははじめてだったのだ。
「・・・あ、アベル、ずるいよ、それ・・・ッ!」
突然豹変した夫にニコラスが絞り出すよう呟いた。そしてなんとなく今夜がいつもよりも長い夜になりそうだと考えて今度は顔全部を真っ赤に染めたのだ。
同じ表情を手で抑えながら違う部屋でしているアベルの事は気付かずに。畳む